第14話 秘密


「ひとつずつ整理しよっか」

 敬語はナシだとおっさんが言うのでタメ口だ。さっきまでは抵抗があったけど、『おっさん』と思うとけっこう平気にしゃべれる気がする。

「まず、ママとの関係をはっきりさせて」

 私のパパに関してママが言っていたのは矛盾だらけのいい加減な情報ばかりでひとつも当てにならない。パパ以外の殿方たちにもけっこうモテたと本人は自慢していたものだがそれとて自己申告で、裏の取りようがないから言い放題の出まかせ放題だ。

 謎につつまれたママのロマンスに迫る絶好のチャンスだというゴシップ的好奇心がかなりな部分を占めているのは否定しないが、このおっさんが安全な存在であると認めるに足る保証がほしいというのももちろん主要な目的ではある。

「ふるい友人だ。さっき言ったろ」

「ただの友人?」

 おっさんはラーメンを勢いよくすすりあげると、ほとんど噛まずに喉の奥に落としこむ。

「友人にタダも有料もあるかよ」

「私にはあるの。ただの友人だったらウチに泊めるわけにはいかないね。それに助けてくれたりここまでしてもらう理由も――」

「つぎの質問だ」

 有無を言わせぬ強制終了だ。あわを食っておもわず私は口をぱくぱくしてしまう。

「ひとつずつ整理するんだろ? はやく片づけてくれ」

 おっさんは不機嫌そうに言うと、またラーメンをすすりだす。ずるずるっと音がリビングに響く。

「じゃ、どうして私を助けるの? ママとは友人でも私とは無関係だよね? 会ったのも今日はじめてだってのに」

 私が言うと、おっさんは箸をテーブルに置いた。箸のたてた音に私はびくりとしたけど、よく見ればお椀はスープまで飲み干されてからっぽになっている。「ごちそうさま」ということらしい。

かなでから頼まれたからだ。これも最初に言った」

「頼まれたからって命の危険を冒すもの?」

 私はしつこく食い下がる。おっさんはうるさい蝿を追っぱらうみたいな調子で私に応じる。

「相手と場合による」

 そのようすがあまりに断固として取りつく島もなかったから、私は追及をいったん止めなければならなかった。

「…………まあいいわ。でもこれは答えて。私はどうして狙われてるの? こうなることをママは知っていたの? 知ってて吾妻サンに助けを求めたの?」

 おっさんはしばらく考えこんだあと、おもむろに口をひらいた。

「おまえはなにも知らなくていい」

 言葉はつめたいが声はむしろあたたかい。うまく言えないけどさっきよりずっと親身なものを感じた。このひとの本性がどこにあるのか、わからなくなってくる。いや、さいしょからなにひとつわかっていないのかも。おっさんは言葉をつづける。

「ただ、おれが味方だってことだけわかっていればいいんだ。いや――」

 そう言ったまま私の顔を見つめている。私の顔のなかをじっくり探せばなにかが見つかるかとでもいうように。やがて一段と低い、でも一段と親身な声でおっさんは言った。

「こんな言い方だとおまえは納得しないか。おまえは奏の子だったな。ふん……つまり、こういうことだ。ここにくそやべえ秘密がある。秘密を知っちまったらもうおまえはあと戻りできない。だから知らない方がいい。おまえのためだ。わかるな?」

 私はぽかんと間抜けな顔をしていたんだろう、きっと。

「わかっている――こんな説明じゃ納得いかねえんだろ。それでも飲みこめ、おまえのために言ってるんだ」

 私は食べかけていたラーメンの、口のなかのさいごのひと口をごくんと飲みこんだ。おっさんの言うとおり頭ではとても納得できないけれど、気迫におされておっさんの言葉も飲みこんでしまったみたいだ。



「誰かが侵入した形跡があるって言ったよね?」

 鍋と食器を洗いながらおっさんに声かける。そういやまだ制服を着たまんまで、家事をするのにあんまり適した格好とはいえないが、だからといって部屋着になるのも無防備な感じでちょっと抵抗があるのだ。おっさんはやはりまだ私にとって、家族ではなく他人であるらしい。

「侵入したのって、いつのこと? 私ぜんぜん気づかなかったんだけど」

 おっさんはリビングのすみにかがみこんで、またなにやら調べているようすだ。なにをどうやって調べるのか見当もつかないけれど。私の問いにもうわのそらで、しかたなく私は同じ問いを繰りかえす。おっさんはテレビの下の、配線がぐちゃっとしているところを触りながら、

「徴候はひとつもなかったのか?」

 とつぶやくみたいに言う。聞こえないならそれでもいいって思ってるんじゃないかというほどちいさな声で。じっさい水をざああっと流して鍋をすすいでいるからほんとにそう言ったのかあやしい。

 キッチンから私はおっさんを注視しながら、つぎの言葉が出てくるのを待つことにする。おっさんの肩のよこではママの遺骨が白い箱のなかに収まって、まるでおっさんの作業を見守っているようだ。

 でもしばらく待ってもなにも言わないからこりゃ私から訊かなきゃいけないみたい。

「徴候って……例えば?」

 おそるおそる言葉を出したって感じに言うとおっさんはあまり考えずに作業をしたまま返してくる。

「奏の持ちものがなくなっているとか、場所がちがうとか」

 私はきゅっと水栓をとじて、鍋を水切りかごに置く。いちおう頭をひねってみる。

「ママの部屋、見たよね?」

 もちろんおっさんもママの部屋のあの惨状は目にしたわけだから言わずもがなとは思うけど、あそこでなにか動かされてたりなくなってたりしても、気づくのは至難の業なのである。

「なにかなかったか、奏の大切にしていたものが」

 背中を向けたまま言うおっさんの言葉を聞いて、私のなかでひらめくものがあった。


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