第12話 仕掛け


 間の抜けたおなかの音に、吾妻あづまサンがにがわらいする。

「なんですか?」

 キレ気味に私は睨む。吾妻サンはにがわらいのままに答える。

「健康でなによりだ」

 それから私の部屋に侵入して、窓やらベッドやら調べだす。せめて靴ぐらい脱いでよと言いたかったが、タイミングを完全に逸してしまった。ママの寝室とちがってきちんと整頓されている私の部屋には、もちろん洗濯ものなんか放り出しちゃいない。

「なにかあるんですか?」

 私が訊いても振りかえらないで、ドライバーみたいな工具を取り出し窓をなぞっている。

「吾妻サン?」

 このひと、口だけじゃ答えないだろうどうせ、と肩をゆすると吾妻サンはめんどくさそうに口をひらく。

「ま、いきなり殺すってこたないだろうが念のためだ。油断して死ぬのはごめんだからな」

 かれの言葉をしばらく私は反芻する。殺すとか死ぬとか、昨日までならなんの妄想だよと笑いとばしたところだけれど、ついさっき現に襲われたあとではそうもいかない。頭がくらくらしそうだ。


 やがて吾妻サンは振り向くと、

「おら。盗聴器とカメラ」

 とちいさな装置を私の足もとに抛った。ごくごくちいさなもので、部屋の電気部品の一部と言われればそれで通りそうだ。自分ではぜったい気づけなかった自信がある。

「どこにあったの!?」

 吾妻サンはだまってエアコンの配線のあたりとベッドの下を指す。

「あとリビングと、もう片っぽの部屋――かなでの部屋だな、そこにも同じのがあった。どうやらこれで全部のようだが、子供だましみてぇなもんだな」

 さっきから思いもよらない事態の連続で頭がとても追いつかない。ふらふらとリビングへ向かう私の背に、吾妻さんの言葉が届く。

「おれの存在を、さっきまでやつらは計算に入れていなかった。小娘ひとりイカせるぐらい、オナニーより簡単だってかるく考えてたんだろうよ」

 なんかまた下品なこと言ってるような気がするけど麻痺した頭には引っかからないで耳のよこをすべっていく。

 リビングのソファにどすんっとからだをしずめて、気を落ち着かせようと深呼吸する。今日のできごとをひとつひとつ整理していこう。

「あっ」

 とたんに今朝のことを思い出してしまったのだ。

「リビングのカメラって、どこにあったんですか?」

 うしろを振りかえって、うわずる声で訊くと、ゆっくり寝室から出てきた吾妻サンはだまってリビングのエアコンを示す。

「芸のねえヤローだ。そっからこっちのキッチンのあたりまで写るようになっている」

「今朝ここで着替えた……」

 おもわず声に出してしまった。ソファで頭を抱えこむ。

 だれにも見られてない開放感からついついここで元気いっぱい着替えたのだが、音楽に合わせてダンスみたいに着替えるようすは、よそから見ればさぞ滑稽に映ったことだろう。下着姿を見られたことより、その恥ずかしさが先にこたえた。

「そう気にするな」

 ソファのそばまできて言う声は、心なしかすこしだけやさしい。

マッパじゃなかったんだろ? ああ……風呂場にカメラはなかった、安心しろ」

 顔を上げると、吾妻サンは気まずそうな顔して目をそらす。なぐさめてくれているんだろうか。柄にもなく――と言えるほどこのひとのこと知ってはいないが、言葉づかいはともかくわるいひとではないのかな、と評価をあらためようかとちらっと思う。

 私の表情がゆるんだのを見て、吾妻サンもほっと安心した顔になって言葉をつづけた。

「だいじょうぶ、オナニーしてるとこ見られたわけじゃねえんだ、下着ぐらい見られたところで減るもんじゃねえし」

 ダメだこのひと、デリカシーってもんがまるきり欠けている。これでなぐさめてるつもりなんだろうか。やっぱり評価をもう三段ほど下げる。おもいっきり表情をつめたくした私を、吾妻サンはけげんそうな目で見た。



「確認しておくぞ」

 と吾妻サンは言った。私にことわることもなく勝手にトイレを使って出てきたあとのことだ。私はまだ制服から着替えてもいない。

「おまえは狙われている。おれはおまえを守る。危険が去るまでおれがここに住んでやる。どれだけかかるかはわからねえが……なるべくはやく済ませてえもんだな」

 吾妻サンはにこりともせず、壁にもたれて言う。私はソファにすわって呆然と話を聞くだけだったが、「ここに住んでやる」ってのは聞き捨てならない。

「ちょ、ここに? どうして? ってゆうか不許可です、今日会ったばかりの男のひととひとつ屋根の下とかダメでしょふつう。そういや吾妻サンのこと私なんにも知らないんですけど、ママとの関係とか狙われてる理由とかどうしてここに来たのかとか、あと……とにかくもろもろ説明してもらえます? 私はひとに恨まれるようなことした覚えないし、狙われるような特別な事情もないし、そのうえどうしていま知らない男のひととふたりっきりで自分ちにいなきゃなんないのか心底まったくわけわかんないです、不許可ですよぜったい、断固として不許可です」

 吾妻サンはだまって聞いていたが、私がちょっと口を止めたところで、のっそり壁から離れてこちらに近づいてくる。あらためて見るとこのひと背は高いし、細身に見えたからだもじつは分厚くがっちりしていてちょっとこわい。


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