第10話 遭遇
昼間は子供たちやご老人でにぎやかな公園も夕暮どきのせいか人はまばらだ。制服姿で全力疾走する私をまわりがどう思うかなんてのはあえて考えないことにする。助けを求めようかと一瞬考えたがそれもやめた。とにかく走る。毎朝ジョギングを欠かさない効果がこんなところで役に立つなんてびっくりだ。
やつらは一体なんなんだろうと考える。木々のあいだをすり抜けながら。
もしかしたらほんとうにママの旧知の友人で、べつに害がないどころか援助や保護を申し出てくれるとかいい話をもってきてくれたのかもしれない。だとしたらじゃがいもをぶつけたりなんかして私はとんだ迷惑娘だ。でも私の直感は、やつらは危険だと告げている。林のむこうに交番のうしろ姿が見えてくる。私は私の直感を信じる。
うしろから足音が迫る。足には自信があるんだけど相手もなかなかのものらしい。私がスカートに革靴という走るにはちょいと不向きなかっこうで、かばんまで抱えてるってハンデを計算に入れても。もう荒い呼気まで耳にとどく。きっと二三歩の距離だ。肩に手がかかった瞬間かばんを思いきり投げつけ、うしろも見ないで走る。かばんがなくなった分すこし加速したようだ。
エコバッグにつづいてかばんもぶつけるなんて、三つのお札を投げつけながら
もうすこしで林を出るってところでふいに天地がひっくり返って、走ってた勢いのまま私は林の出口あたりまで転がった。
足をひっかけられたのだ、と頭で状況把握する。もしかして追い詰められてる? 立ち上がると同時にななめうしろへ向け裏拳を放つ。それは敵(たぶん)のこめかみを打つはずだったんだけど、手応えはなく、代わりにやわらかく受けとめられて――ふりかえればあの暗い目の男が私の手首をつかまえている。
考えるまえに膝蹴りを出す、狙いは禁断の金的だ。
「きゃあっ、残酷」ってママならうれしそうな悲鳴を上げたはずだ――って、こんなときそんなこと考えてる余裕なんてないのに、ママのばか。
だが男は足を内に寄せてきっちり防いだ。同時に私の手首をひねる。私は完全に制圧された形だ。うしろからはあはあ息を荒くしたノッポが追いつく。ノッポの額から血が流れているのは私のかばんが直撃したのだろう。それともそのまえのジャガイモなのかも。
「やってくれたなアバズレ」
清純乙女をつかまえてアバズレたぁ聞き捨てならない暴言だがそんな指摘している場合じゃなさそうだ。うしろ手にひねりあげられた腕が痛くって声にならない。ノッポのまっかになった顔はみにくく歪んでいる。
「おい、待て」
暗い目の男の制止もかいなくノッポのボディブローが私のおなかにめりこむ。息がとまる、涙が落ちる、よだれも洟水も垂れる、喉からこぼれる呻き声が自分の声じゃないみたい。
からだはくの字に曲がるが目はノッポから離せない、なにしろノッポはまだ気が済まないと見えておもいっきり手を振り上げている。うしろの男がやめろと言うけど激昂していて聞く耳もたないみたいだ。
両手は押さえられているから防ぎようがない。やつの一撃が放たれる瞬間私は目をつむる。歯を喰いしばり、衝撃に備える。
……いつまで待ってもその一撃は来なかった。しかも押さえられていた両手がふいに自由になり、はずみに私は草っ原にはでに転げてしまう。とても動けた状態じゃないけど草っ原からやつらをキッと見あげる。
だがそこにやつらはいなかった。代わりに立っていたのは別の男だ。
あたりは木々のおかげで暗いうえ、公園の道にまばらに立つ電灯が逆光になって、顔はよく見えない。そいつはゆっくり私の方へ歩いてくると、私に手を差し伸べた。
「
まだ緊張のなかにいる私は男を見あげるだけで、口は動かせない。男はむっつり怒ったみたいな顔して私を見おろしている。さきのふたりより歳はいっていて、たぶん四十代かそれ以上。敵か味方かわからないけど、私の名を知ってるってことはただの通りすがりの第三者ってことはないわけだ。……一難去ってまた一難?
私が警戒したまま答えないでいると、男は差し伸べていた手を戻し、ふっと息を吐いた。
「まあいい。はやく立て。こいつらが動けないでいるうちに」
よく見ると、すぐそこの木の根っこあたりにさっきのふたりが転がっている。うめき声をあげるひとりを確かめるようにかがんで、背中を向けたまま男はまた促す。
「いつまでもフニャチンみてえに寝くずれてんじゃねえ。
初対面の、しかもうら若い少女にむかってなんたる言いぐさだとちょっと憤慨しながら、呼吸がまだ苦しいのを押して立ち上がるあたりは私もたいがい負けずぎらいだ。立ち上がってもおなかを押さえ前かがみになっている私を見て、男がにがわらいする。
「ふん。さすが
「ママを知ってるの?」
男は答えないで、かばんを私に差し出す。逃げるときノッポにぶつけたかばんだ。
「こいつはおまえのだな。なかなかの逃げっぷりだった。裏拳も、膝蹴りも」
「見てたの?」
だったら見てないではやく助けてくれたらよかったのに。恐怖と安心とがつづけざまにきたせいなのか感情がおかしくなっているみたいで、助けてもらって感謝というよりついつい恨みがましい声になってしまう。
「ちょうど目に入った。公園の外からな」
私の非難の目なんか気にするようすもなく男は言う。
「あやうく間に合わねえとこだった」
夜空に向かってつぶやくみたいに言うと、さっさと歩きだす。あわてて背中を追う。するとまだなにやらぶつぶつ言っているのが聞こえる。
「だいたいあいつが中途半端な
あのアマってのはどうやらママのことらしい。
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