第4話 噂話


 お弁当を半分も食べないうちにまわりの男子はもう食べおわって、とっとと教室を飛び出していく。行先は真夏の運動場だ――なにが楽しいんだかちっともわからないけど。

「小学男子かよ」

「まったくだ」

 あきれたって顔する千佳ちかに答えたのは、自分こそ子供っぽさをたっぷり残してんじゃないのって言いたくなるよなお子さま男子の悠斗ゆうとだ。

「(会話に)入ってくんなよきもちわりー」

 ゆるふわな外見に似合わず千佳の言葉は辛辣だ。とはいえだれでも見境なくぶった切るってわけではないのがこの子の繊細なところだ。つまり悠斗は遠慮不要と認定されている。

「おれちょっとすげーの見つけたんだけど、聞いて聞いて?」

 悠斗はへこたれないで、しかもマイペースだ。千佳の見立ては正しい、そしてますます毒を吐く。

「しかも勝手に話しはじめちゃうしコイツ」

「はいはい、なになに?」

 しかたないって感じで真由まゆが悠斗の相手をしてやる。

「日本版フリーメイソンって知ってる?」

「なにそれ? 受験に出るの?」

 すかさずつめたく千佳が返す。男子どもをいつも鋭く一閃で斬りふせる切れ味はきょうも絶好調だ。一方の悠斗もまた細身のなよやかな外見に似合わず鷹揚に応じるからこのふたりはじつに好敵手といってよいだろう。

「出ねー。いやどうだろ? やっぱ出ねーわな、地理にも日本史にも」

 いつの間にやら悠斗はちゃっかり会話の中心になっている。この屈託なさと童顔とが女子のあいだにするっと入りこんで違和感を感じさせないのだ。


「そんでフリーメイソンってなによ?」

 千佳があらためて訊く。悠斗が女子の環に入ってくるのをいちいち指摘するのはもう諦めたようだ。賢明な判断だと思う。キリがないから。

「メイソンが無料フリーってことだろ?」

「だからメイソンってなによ?」

 不毛だ。さっきから話は一歩もまえに進んでいない、というかふたりとも進める気がない。

 いい加減ふたりのやりとりに飽きた真由がだまってスマホの検索結果をふたりに示した。

「そーやってさ、すぐ正解をAIに聞くってどーかと思うな、おれは。正しい答えにたどりつくまでの過程が……」

「で、けっきょくなんなの?」

 千佳はけろりと悠斗を無視して、スマホの画面を覗きこむ。そこにはいくつかの答えが示されている。

 曰く、フリーメイソンは数世紀の歴史をもつ秘密結社である。

 曰く、ルーツは石工組合とされている。

 全世界に展開し、総会員数は数百万人を数えるらしい。

 秘密の入会儀式があるとされ、会員だけが知るさまざまな符号で連絡を取りあう。

「うっわ、あやしー」

「こんなの信じてんだ悠斗」

「うっせ、権力者と結託したメディアの言うことより、ネットの方がよほど信用できるんだよっ」

「あーこりゃ重症だ」

 千佳の目はすっかり残念な子を見る目になっている。ますます悠斗はむきになる。

「おめーらこそ、真実が見えてねえんじゃねーの? テレビとか新聞とか旧勢力に飼い馴らされっちまってさ」


 千佳は肩をすくめた。手のつけられない重症だとあきらめたらしい。

 私の見るかぎり悠斗の頭もけっして弱くはないのだが、突拍子もない新説を頭っから信じきってしまうことがときどきあって、そうなると他人の忠告などまるきり耳を貸さない。そのうち妙な宗教やら政治活動に引きこまれてしまうんじゃないかと心配になってしまう。千佳もあんな口ぶりしてても根は友だち思いな子だから忠告してやるんだけど、その結果はたいてい今回みたいな不首尾におわるのだ。

 新聞かあ、と私は声に出さずにため息をつく。

 悠斗が信じないと言った新聞を、毎朝欠かさず読めといったのはママだった。この世をうまく生き抜くための第一歩が、世間でなにが起こっているかちゃんと知ることなのだと。

 もっともママの場合は新聞一辺倒じゃなく、雑誌やネットのニュースにも敏感でありなさいというのが主張だった。

 おかげで私は世間並みの高校生よりは社会の動きにくわしいはずだと思う。

 だからフリーメイソンなる秘密結社が実在するらしいことも、よくは分からないがどうやら我々の生活に直接の害はないらしいことも、おぼろげに知っている。

 世界征服とか新世界創出とかそんなどっかの厨二なひとたちを喜ばせるようなことならおもしろいんだろうけど、幸か不幸か世界をどかんとひっくり返すような団体ではなさそう……というのが私の印象だ。


「で?」

 というわけで、つめたい千佳に代わって私がつづきを聞いてあげよう。

「その日本版フリーメイソンってのがどうしたって?」

 悠斗の顔は、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりにかがやいた。秘密を知っている者の優越感と、鼻高々に秘密をみんなに話したいという欲求が、かれの両頬からかくしようなくあふれ出している。

「どうやらこいつらが、日本を裏から牛耳ってるらしいぜ。戦後の未解決事件のほとんどにはこいつらが噛んでいるって話だ」

「戦後っていつよ? 戊辰戦争?」

 千佳がねじ返すが悠斗は気にしない。無知なる者たちにとくべつに教えて進ぜようってな自己陶酔で、ちょっとやそっとの皮肉では心にクリティカルヒットとはいかないらしい。

「なんとかいう実業家の誘拐事件とか、メガバンクの巨額詐欺事件とか、元大臣の収賄事件とか、参院議員の……」

「みんな無料のメイソンのしわざってわけね」

 さいごまで聞かずに千佳が言う。フリーなメイソンも落ちぶれたもんだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る