可愛いキャンディー

 警察が茜ちゃんの遺体を発見した後の僕らは、当たり前だが第一発見者、と言うのもやや異なるが……最も直近の参考人という事で警察署に行き、長い時間様々な質問を受けた。


 だが、茜ちゃんの遺体があったクローゼットに僕や心美ちゃんの指紋が無かった事。

 心美ちゃんの携帯を調べた所、確かに茜ちゃんからの連絡があり、その前後に不振なやり取りも無かった事。

 僕の携帯にも不振な点が無かった事から、早々に疑いは晴れたようだった。


 だが、僕の心臓は早鐘のように鳴り響き、手のひらは汗によってまるで水に濡れているかのようだった。


 茜ちゃんはいつ死んだのだろうか?


 考えてはいけないと思いながらも、僕は隣の心美ちゃんに視線が向いてしまう。

 今までの色んな事。

 特に昼間の茜ちゃんの言いかけたことや誰かからの電話。

 考えてはいけないと思いながらも、心美ちゃんから視線を外せない。


 もし自分の想像が当たっていたら……

 そう思うだけでも叫び声を上げて出て行きたくなる。


 その数時間後にやってきた20代の女性刑事さんは、茜ちゃんの死因については教えてもらえなかったが、心美ちゃんは茜ちゃんの死亡時間を知りたがり、何度も尋ねた。

 それによると、茜ちゃんが亡くなったのは正確な時刻は今後の詳細な検死解剖次第だが午後19時頃との事だった。


 心美ちゃんと夕食を食べていた時間……

 僕は深く息をつき俯いた。

 良かった……彼女は関係ない。


「だから大丈夫だよ。お父さんは関係ないから。その時間、一緒にご飯食べてたんだよね? あなたのインスタにお父さんがご飯食べてる写真、あがってるもんね」


 刑事さんは心美ちゃんに優しく微笑むとそう言った。

 そうか……一般的には僕が疑われるほうか……って言うか、心美ちゃんインスタとかやってたんだ。


 確かにあの時「パパが好きなの食べてる姿って、撮った事無いよね」といきなり言い出して写真を撮り出したのだ。しかも顔出し。

 そのお陰でアリバイが証明された。

 そうでなければ、僕だけまだ拘束されていただろう。


 心美ちゃんは警察署でもずっと泣き続けていたが、途中からはしゃくりあげながらも落ち着きを見せ始めていた。


「私が……しゃべらないと、パパ……捕まっちゃう」


「心美ちゃん、凄いね……でも大丈夫だよ。お父さんには私たちが聞くから」


 そう刑事さんが言っても心美ちゃんは首を横に強く振って言ったのだ。


「嫌です……パパは……私が……」


 ●○●○●○●○●○●○●○●○


 それからさらに少し後、ようやく帰れる事になり香苗が待っているとの事だったので、僕と心美ちゃんは警察署の待合室に向かうと、そこには目を真っ赤に腫らした香苗が居た。


「卓也! ……心美ちゃん! 良かった」


 上ずった声で僕らに駆け寄った香苗は、すぐに心美ちゃんを強く抱きしめた。


「ママ……ゴメンね」


「いいのよ。怖かったよね。もう……大丈夫。卓也も……大変だったね」


「いや、僕は大丈夫。それより心美ちゃんが……」


「ゴメンなさい……」


「誰も悪くないじゃない。なんで謝るの? しばらく家でゆっくりしましょう。卓也も……お仕事休めそう?」


「心美ちゃんのケアが必要だと思う。来週からしばらく有給を取るよ」


「……ありがとう。土日はみんなでゆっくりしましょう。落ち着いたら……どこか行ってもいいし」


「そうだな。……良かったら姉さん夫婦の実家はどうかな? 海も近いし静かだから心美ちゃんも心を休められるんじゃないかな」


 そう言うと、心美ちゃんは涙でべたべたになった顔で頷いた。


「……行きたい。ありがとう。土曜と日曜は一緒に居てくれるんだよね?」


「ああ、もちろんだ。ゴメン、ちょっとお手洗いに行ってくるよ」


 そう言ってトイレに行くと、そこでさやに日曜の旅行を中止にする事と、茜ちゃんの一件をラインした。


 それに対して、さやからはすぐに「分かった。もちろんいいよ。卓也さん大丈夫? 落ち着いたらまたお店に来てね。後、心美ちゃんにも気を配ってあげて」との返答があった。


 ホッとしながらラインの画面を見ていると、ふと先ほど刑事さんに心美ちゃんが見せていたラインの画面が浮かんだ。


 たまたま出ていたその画面には外国のものらしき可愛らしい包装紙に包まれたキャンディーの画像があり、すぐ下には「美味しかった。有難う」と言う意味のスタンプがあった。

 アイコンは無かったので誰からのものか分からなかったが、非日常の時間が続いていた中でそのお洒落なキャンディーの画像は妙にホッとしたのを覚えている。


 二人のところに戻り、3人で車に乗り込むとその事を思い出したので、何気なく話した。


「……だから、緊張しっぱなしだったのがホッとしたよ。心美ちゃん、あれって友達からだったの?」


 心美ちゃんは僕の問いに目を閉じて、ぼんやりとした口調で言った。


「うん……ああ、でも……友達じゃないかな……同じ施設だった渡辺って言う子」


 渡辺……篤。


「心美ちゃん……篤君とやり取りしてるの?」


 そう言うと、後部座席から心美ちゃんの声が聞こえた。


「うん……時々ライン送れ、って言われてるから。ずっとお世話になってたお兄ちゃんみたいな人だしね」


 ●○●○●○●○●○●○●○●○


 その翌日。

 午前中みんなでゆっくりとテレビや配信の外国ドラマを見た後、午後は3人でホームセンターに買い物に行くことにした。


 そこで、日用品などを買っていたが、香苗がお手洗いに行くと言うので心美ちゃんと僕でお手洗い前のベンチに座っていた。


「……昨日は有難う、パパ。パパが居てくれなかったら、私……警察の人と上手くしゃべれなかったかも」


「嫌、僕こそ心美ちゃんが居てくれて良かったよ。でなかったら下手したら冤罪になりかねなかった……所で、大丈夫? もちろんすぐに落ち着くのは難しいと思うけど……」


「ありがとうパパ。パパが居てくれたら……頑張れる。すごくホッとするから……所で一個聞いてもいい?」


「もちろん。何かあった?」


 僕の言葉に心美ちゃんはニッコリと笑い、僕の肩に頭をもたれさせると言った。


「パパが昨日言ってた渡辺篤君の事だけど……何で知ってるの? 確か篤君の事なんて言った覚えないけど。あの施設の子供で渡辺って3人いるのに……どうして?」

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