聞こえる(1)
「ありえない、って……どういう事だ?」
真夏のはずなのに、カフェの中の温度が数度下がったんじゃないか、と感じ苛立ちを覚えてしまう。
胃がギュッと痛む。
僕の抗議混じりの視線を見ながら、さやは眉をひそめて続けた。
「そもそも女の子のそんな画像を撮る目的ってなに? その仙道さんに限らずだけど」
「それは……相手を脅して思い通りにするため」
「思い通りにするのに画像で脅すなんて下の下でしょ。本当に追い込まれると人は冷静な判断力を失う、って知ってるよね? それは見方を変えると別の意味にも取れない? つまり冷静なら画像の拡散を恐れて言う事を聞くけど、冷静さを失うと目先の事……この人から逃れたい、あんな人捕まっちゃえばいい、しか考えない。そう思わないかもだけど、思うかもしれない」
さやはコーヒーを飲むと続けた。
「私だったら、画像の事なんてどうでもよくなって警察に駆け込む。だって怖いもん。自分に性的な暴力を加えて、画像を持ってる人間が身近に居るわけでしょ? 次にちょっと冷静になった頭でこう考える。アイツが画像を拡散する前に、警察に捕まっちゃえばいいんだ、って。脅す側にしたら、相手の行動なんてエスパーじゃないんだから逐一わかんないでしょ? その時点で脅す側が圧倒的に不利なの。だから脅迫と監禁、そこからのマインドコントロールはワンセットになりやすいんだよ。低い成功率をちょっとでも高めれるから」
「だが……仙道さんがそこまで考えるのか? 衝動的にその……行為をして、衝動的に脅したんじゃないのか? 後、心美ちゃんは施設にいる。それは監禁に近い……」
「近い、とそのもの、は全然違う。本気でそう思って実行してたなら、仙道さんは卓也に会う前にとっくに捕まってるよ。心美ちゃんはね……恐ろしく賢い。あの子と何度か二人で話したから分かる。私が思うことをあの子が気付かないはずがない。拡散する前に捕まってしまえばいい、って。まして心美ちゃん、画像自分でも持ってるんでしょ? 完璧じゃん」
さやの言葉に僕は何とも言えなかった。
「決定的な事言うね。画像を撮った場所って聞いた? 施設か車か……しかないよね。まさか無理やりラブホ、なんてありえない。駐車場で大声出されたらアウト。じゃあ施設? これも同じ。夜中だとしても泊まりの職員が居る。自分しか職員が居なかったら? それでも、心美ちゃんが翌朝、別の職員が来るまでショックで泣き喚いてたら? 車内? あんな狭いところで? ドラマじゃないんだから、あんな障害物の多いところで暴れる相手に出来るわけ無いって。大型車の後部座席ならありだけど、そんなおあつらえ向きのシチュエーションにわざわざ居てくれる?」
「……ってか、お前詳しいな……」
「私、犯罪心理学調べるの好きなんだ。後、自分も被害経験あるしね」
「え……」
「流石にあなたには言えないでしょ。いいよ、何とかトラウマとは付き合えてるから。とにかく……心美ちゃんがこの時期まで画像程度で言う事聞いて大人しくしてるのは考えづらい。ま、証拠はないから推測でしかないけどね……信じるかどうかは卓也に任せる」
信じるかどうか、と言われても……
僕は落ち着きなくストローをもてあそんだ。
いや、実際は答えは浮かんでいた。
だけど、口に出したくなかった。
「じゃあ、あの画像は誰が撮ったんだ? 心美ちゃんは……本当にあんな目に……あったのか?」
「さあ。それが分かるのはあの子自身しか居ない。それか未来のあなた。今、はっきり分かるのは、あの子が持ってたあの画像はあなたのための物って事くらいかな」
なんだよ、それ。
僕は胃がキリキリ痛むのを感じた。
確かにそうだ。
僕も内心、違和感は感じていた。
なぜ、心美ちゃんほどの子が言われるままになってるんだ? と。
それこそが違和感の正体だった。
だが……だったら……仙道さんは……
くそ、訳が分からない。
「ゴメンね、嫌な気になった? つい興奮しちゃって……」
「いや、全然。むしろ有難う。最近、あの子の関係で色々ありすぎてさ。……なあ、これからも相談してもいいかな?」
「もちろん。私も相談したい事あるしね。後、話してた施設の男の子とは? 連絡取った?」
「それが……何回ラインしても既読にならないんだよ」
「え? 何、それ」
「だから、今度また施設に行こうと思ってる。気になってね」
「……それさ、私も行っていい?」
「頼むよ。いつにしようか。僕の予定は……」
その時。
さやが突然僕に目配せすると、わざとらしいくらいの大声で「すいません、もうお店やって無くて……」と言ったので、慌てて後ろを向くと、その直後ドアベルが鳴り……心美ちゃんともう1人入ってきた。
あの子は……以前遊びに来た子だ。
確か、
「あ、どうしたの心美ちゃん? ゴメンね、今お店やってなくてさ……」
さやがすまなそうに言うと、心美ちゃんはクスクス笑いながら言った。
「でもパパと仲良くお話してるじゃん。私も混ぜてよ。茜ちゃんと今度遊びに行くんだけど、その話ししてたらカフェの事になってさ。あ、さやさんのお店、行きたいな……って」
「そう……でも、卓也さんは古い友達だし、経営の事を相談もしてるから……」
「じゃあ私も聞きたい。私、カフェ経営するのが夢なんだ。だから、私にも教えて。ね? 茜ちゃん知ってるよね、私の夢」
「……はい。心美ちゃん……さやさんと一緒にカフェをやりたい、ってすっごく楽しそうに言ってます」
「ありがと、茜ちゃん。大好き」
そう言って心美ちゃんは茜ちゃんの手をギュッと握ると、茜ちゃんは見て分かるほどに顔を赤くして俯いた。
「ね? だから、これからもパパとのお話の時、たまにでいいから居ていい?」
「……分かった。でも、あまり遅くまではダメよ」
さやは笑顔で頷くと、オレンジジュースを淹れて二人に出した。
しかし……なんてタイミングの良さだ。
まるで……
そこまで考えて、僕は首を振った。
いや、落ち着け。
もう彼女を……疑いたくない。
今の自分が怖いんだ。
心美ちゃんを……ほんの時々……ほんのたまに……モンスターのように感じてしまう。
それから4人で取りとめの無い話をして、店を出た。
その夜、さやとラインをして渡辺篤君に会いに行く日程を4日後。
今度の日曜日にした。
だが……この夜から3日後の土曜日。
その予定は消えた。
その始まりは、さやのカフェを出た翌日の木曜日。
静かな雨の降る夕方だった。
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