なかよし

 昨夜の一件……心美ちゃんに覗かれていた事は、僕に少なからず動揺を与え、香苗には悪かったけど続きをどうしても行えなかった。


 それも申し訳なかったが、心美ちゃんにも気まずさがあった。

 もう寝ただろうと安易に決めつけてしまった。

 

 僕らに幻滅してないといいけど。

 でも、まさかのぞき見るとは……いや、あのくらいの子は性的なことにも興味が強い年頃だ。


 物音も出ていたかも知れない。

 それで好奇心から覗いたとしても彼女を責められない。


 そんなモヤモヤした気分のまま、ベッドの中で横向きになると布団で顔を覆った。 

 香苗は朝早くから休日出勤のため、すでに家を出ていた。

 日曜なのに大変だ……


 今……何時くらいかな。

 心美ちゃんはもう起きてるだろうか?


 そんな事を考えながら布団に潜り込むと、幾分気持ちも落ち着いてきた。

 とはいえ、心美ちゃんとどんな顔して……

 布団を頭から被っていると落ち着いてくる。

 子供の頃からのクセだった。

 この温もりと暗闇が気持ちを穏やかにして、思考を整理してくれる。


 そう思っていると、急にドアが開く音が聞こえた。

 香苗……帰ってきた?

 いや、違う。

 と、いう事は……


 何で心美ちゃんが。

 そう思いながら寝た振りをしていると、足音がこちらに近づいてくる。

 忍び足でもない普通の足音。


 このまま引き返してくれないだろうか。

 そう思った直後、足音はベッドに近づくと端に腰を降ろしたらしく重みを感じた。

 

 心臓が音を立てて鳴り響く。

 次に背中にそっと手が置かれた。

 動揺のせいか、布団から顔を出すことが出来ずにいると、その手は僕の背中をまるで子供をあやすように優しくさすり始めた。


 驚いて布団から顔を出すと、ベッドの端に座った心美ちゃんの優しい笑顔に朝日が当たっていた。


「おはよう、パパ。今日はお寝坊さんだね」


「いや、なんで……」


「もう9時半だよ。全然起きてこないから心配になって。あ、お疲れだったのかな? ……夜は」


 そう言って薄く微笑む彼女の顔には変わらず朝の光が当たっていたが、なぜか部屋の空気をヒンヤリとさせている様に感じ、僕は目を逸らした。


「……その事は……ゴメン」


「ん? なんで謝るの? いいじゃん別に」


「え?」


「本当のママが言ってたの。愛し合う男女はそういう事をする。そうやって温もりも快楽も……身体の一部まで分け合いながら、心の底まで深く繋がるんだ、って」


 僕は目を見開いて心美ちゃんを凝視した。

 実の……母親が。

 冗談だろ。


 心美ちゃんは僕の目を見返すと、僕の髪の毛をそっと触りながら顔を近づけて言った。


「だから気にしない。愛し合う者同士はそういうことをする……愛しあっていれば」


 カーテンの隙間から漏れる光に照らされた彼女の顔は、見惚れてしまうような美しさがあった。

 これは……まずい。


 僕はわざと目を逸らした。

 

「父親の前でそういう事をみだりに言うもんじゃないよ。僕も……昨夜は配慮が足らなかった……ご飯にしようか」


「もう作ってあるよ。パパの好きなハムエッグとゆで卵。それとトースト」


「あ、そうなんだ。ゴメン、寝てて」


「いいよ。その代わりさ、お願いがあるんだけどいいかな?」


「なに? 何でも……とは行かないけど、聞けることなら」


「ほんと!? やった! あのさ、今日近くの神社でお祭りがあるんだ。それ行きたい。毎年施設で夏祭りに行ってて、なんか行かないと物足りなくて」


 夏祭り……

 確かにここから歩いて10分ほどの神社で毎年お祭りがあるのは知っている。

 香苗とも3人で行きたいね、と言ってたが。


「そうだね。ただ、香苗も行きたがってたんだ。もしもうちょっと待ってもらえるなら3人で行かないか?」


「うん、そうだね。ママも一緒に行こう。ただ、今日も行きたい。お祭りは1回しか行っちゃダメ、なんて決まり無いでしょ。それにさ……」


 心美ちゃんは恥ずかしそうに微笑みながら僕の目を見て言った。


「お祭りの前に行きたいところもあって。お店なんだけど……」


 それを聞いて僕はピンときた。

 ああ、なるほどね。

 何か買ってほしいものがあるのか。

 それで……


 僕は内心ホッとした。

 お財布代わり。

 年頃の女の子は、父親に対してそうあるべきだよな。

 最近の彼女の行動や言動に薄ら寒いものを感じていた僕は安堵しながら言った。


「目当てはそっちか。オッケー。だったらママがいるのはマズイな」


「え! いいの!?」


「いいのも何も、それ目当てで付き合ってくれるんだろ?」


 僕はわざとニヤリと笑いながら言った。

 心美ちゃんちゃんは小さく笑った。


「ふふん、ばれちゃったか」


「当たり前だ。僕が心美ちゃんだったら母親と出かけるなら、それ目当て以外ありえないだろ」


「じゃあ決まりね。ご飯食べよ」


 ●○●○●○●○●○●○●○●○


 お祭りという事もあってか、心美ちゃんは紺色と赤や黄色の混じった鮮やかな浴衣を着てきた。

 そんな彼女を連れて、車で20分ほど走ったところにある大型商業施設に行くと、そこでも彼女の存在感は絶大だった。


 ショッピングモール内でも彼女は僕と腕を組んで来ようとしたが、それは言葉を尽くして拒否し、彼女も最後は折れて普通に並んで歩いていたが、歩いていると周囲の視線が痛い。

 パパ活とか思われてんのかな。


 たまに「あれ、誰? 可愛い」「アイドル? モデル? エグイよね、あの子」「写真、撮らせてくれるかな? インスタあげたいんだけど……」「隣って、マネジャーじゃね? 頼んでみろよ」等々聞こえてくるのも誇らしいやらガックリ来るやら。

 誰がマネジャーだよ。

 まあ、パパ活と思われるよりずっといいが……


「心美ちゃんもこれからは学校の男子と来ないとな」


「なんで?」


「いや……普通にこんなオッサンと歩いてると、君が恥ずかしいだろ。もう30過ぎで顔も普通だし、体系も……ね。心美ちゃん、可愛いんだからもっと……」


「可愛いって言ってくれた」


 心美ちゃんは目を輝かせると、僕の腕にくっついてきた。

  

 その後、心美ちゃんは目当ての雑貨屋に入ると、しばらく真剣な表情で何か探していたが、やがてペンダントを持ってきた。

 それは海のような深い青色の石をひし形に加工したペンダントだった。


「それが欲しいの?」


「うん。前にパパが買ってくれたの。でも無くしちゃって……ずっと探してて、やっと見つけたんだ」


 そう言って心美ちゃんは急にすまなそうにうつむいてポツリと言った。


「ゴメンね。パパに言う事じゃないけど……」


 僕は笑顔になると、心美ちゃんの頭を優しく撫でた。


「気にするな。そういうのは言っていいよ。心美ちゃんにとって、前のパパもママも大切だ。隠すことじゃない。僕もママもそれは分かってるから」


「……ほんと?」


「うん。今じゃなくてもいいから、もしそうしたい、と思ったときは僕らにも聞かせてよ。パパとママの事」


 心美ちゃんは微笑みながら小さく頷いた。

 

「よし、じゃあそれ貸して、買ってくるよ」


「いいの?」


「いいのも何も、それ目当てで付き合ってくれてるんだろ?」


 ●○●○●○●○●○●○●○●○


 その後、少し歩いた僕らはお腹も空いてきたのでフードコートで昼を食べることにした。

 僕はハンバーガーで、心美ちゃんは刺身定食。

 

「心美ちゃん、刺身好きなんだ?」


「う~ん、って言うより太らないように」


 なるほどね。 

 中学生になるとそういうのも気を使うようになるのか。

 やっぱ、もっとちゃんと勉強しないと思春期の女の子の事は分からない。


 そんな事を考えていると、携帯が鳴ったので確認するとさやからのラインだった。

 さや……久しぶりだな。


 内容を確認すると「今夜、お店で会えない? 話があるの」と言うもので、無理と返事すると「明日の夜に来て欲しい」と。

 明日なら大丈夫なのでそう返事したが、何なんだ……

 心美ちゃんの事だろうか……


「どうしたの、パパ?」


 心美ちゃんの声でハッと我にかえると、慌てて笑顔を作った。


「あ、大丈夫。ちょっと……」


「さやさんから?」


 その言葉に思わず顔が引きつってしまった。


「ふふっ、パパほんとに分かりやすい。鎌のかけがいがあるって言うか……適当に言っただけなのに」


 なんて言おうか考えていると、心美ちゃんは薄く微笑み言った。


「大丈夫だよ。さやさんとは


 何もおかしなところは無い。

 至って普通の「仲良し」と言う言葉。

 だが、僕にはそれが全く違う……何かは分からないが、全く異なる意味を持っているように感じた。


 ●○●○●○●○●○●○●○●○


 翌日の夜。

 約束通りにさやのカフェに行くと、ドアには中からカーテンが閉まっており、営業終了の札がかかっていたが、さやから言われたとおり裏口から店内に入る。


 間接照明が店内を知っているカフェとは全く異なる様子にしている。

 さやはいつものようにカウンターでコーヒーを挽いている。


「あ、来た。そこのソファに座って」


 カウンターじゃないんだな……

 不思議に思いながらも、言われるままにソファ席に座る。

 少しすると、コーヒーを2つ淹れたさやがそれを目の前のテーブルに置くと、僕のすぐ隣に座る。

 今までした事のないメイク。

 見たことの無い清楚な服装。

 それはさやを「幼馴染」ではなく「女性」として見させるには充分だった。


 僕はその距離の近さに動揺しながら言った。


「用って……なに? 心美ちゃんの事?」


 するとさやは短く笑って言った。


「うん、そう。彼女の誤解を解きたくてさ」


「誤解?」


「うん。彼女、すっごくいい子だよ。私あの子の事大好き。だから、これからも心美ちゃんとはもっと仲良しになりたいと思ってる」


 ……なんだ?

 僕はその言葉に妙な違和感を感じた。

 だけど、その違和感の正体が分からない。


 色々考えていると、さやが微笑みながら僕の目をじっと見た。


「だからさ、これからも心美ちゃんとお店に来てよ。で、もう前のラインは気にしなくていいから、卓也も気軽に来て」


「ああ……分かった」


「ありがと。ただ、提案があって。前みたいに営業時間中だと、他のお客さんが来たらゆっくり話せないからさ……だから1人で来るときは19時以降に来て。こうやって裏口開けとくから」


 僕は変わらずに感じる違和感を掴みきれずに頷いた。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る