【カクヨム10短編参加作品】/【偏差値ゼロの国防大学】

一文字 ワールド

第1話

時は西暦2100年、日本中で今年最も注目を集めた大学があった。


【国立防衛隊付属ゲーム大学 ゲーム学部 ゲーム学科】の単科募集である。


学費無料、全寮制、食事給与制服支給、就職率100%、授業中はあらゆるゲームがやり放題、成績優秀者は幹部待遇、最終課題をクリアしたものには豪華特典と生涯年金保証、入学条件は18歳以上の健康な男女。このご時世に、思わず目を疑う驚愕の好条件である。しかも無試験、自己推薦の入学願書を送付すればOKという、




まさに【偏差値ゼロの国防大学】との触れ込みであった。




ただし卒業後は国防隊に入隊が必須で、途中退学はその時点で一切の権利を喪失する。しかしそんな中、ゆうに万を超える応募者の中から留学生を含めて数百人が入学したようだった。


サキモリ ヒデオも御多分にもれず、小さい頃から学校の勉強よりゲームが大好きなクチで、突如出現した夢のようなパラダイスに、はやる気持ちを抑えられなかった。






「ようこそ、偏差値ゼロの国防大学へ!というのはともかく、学生諸君を心より歓迎する!君たち新入生はこれより、


【国立防衛隊付属ゲーム大学 ゲーム学部 ゲーム学科】の学生となり、未来の幹部候補生として、ぜひゲーム三昧の日々を送って欲しい!


人類の平和は、君たちの遊び心にかかっていると思って精進してくれ!」



学長からの不思議な挨拶があった。正式名称は恥ずかしいし、言いにくいので、学生たちはこの大学のことを〈ゼロ大〉と呼んでいる。この広大なキャンパスには全てが不足なく用意されていて、生活の支障などなく、3食昼寝付き、世界中のあらゆるゲームが年代問わず全てアーカイブされている。


しかもゲーム、ロボット工学など科学技術でトップを走る日本、そしてゼロ大の開発した、超最先端のオリジナルゲームが試せるというのだから笑いが止まらない。学校の勉強はできないが、凄腕のオタクゲーマーたちにとってはまさに天国である。


「よう、ヒデオ!調子はどうだい?」


ケンジが声をかけてきた。こいつも全国のバトルゲームでランキング上位者の常連で、僕の高校の時からの顔見知りだ。


「ほんと、俺たちのようなヤツにとっては、ここは天国だな」


全くだ。絶望世代無理ゲーと思っていたら、こんな当たりくじを引けるんて奇跡としか言いようがない。




「エイユウ、そろそろ次の授業が始まります」


この娘は留学生枠のアナスタシア。ロシア産の美少女でなぜか、日本オタクで漫画もアニメもゲームもこよなく愛するちょっと変わった女の子だ。




「アーニャ、次は何がオススメ?」


こいつは純国産のメガネっ娘で、カズミ。恋愛ゲーム、エロ、RPGはもちろん、バトルゲームのセンスも1級品だ。



ニックネームでアーニャと呼ばれた少女は、超秀才のようでこのゼロ大の全貌やらシステムやらを詳細に把握しているようだった。


「そうですね〈国防隊オリジナルゲーム概論〉はいかがでしょう」

皆の目が光った。


「ついに来たか、ゼロ大だけのあたりガチャ!これをやるためにここに入ったと言っても過言ではないからな」

ケンジが言った。


が、他の数百人の新入生もおそらく同様の気持ちだろう。ゼロ大では1回生は幅広くゲームに触れる目的で一般教養として、古今東西のあらゆるスタイルのゲームにアクセスし、その歴史や特徴を理解する。偏差値ゼロのヒデオたちには無理ゲーであるが、優秀な教授人が恐ろしく簡単にわかるように説明してくれる。


PC、オンライン、3D、ライダー、VR、AR、メタバース、デジタルツイン、空間投影、そのほか最新技術やデバイス、ガジェット。


コンテンツもブロック崩しや古典モノ、恋愛、RPG、乙女、エロ、シミュレーション、カード、クエスト、バトル、格闘、戦闘、メカ、ロボット、ミリタリー、サバイバル、ありとあらゆるゲームを満遍なくやり込み、背景や周辺知識まで理解していくうちに、いつの間にかハイレベルな専門家になっている。


「やっと解禁や!どない難儀なゲームもなあ、オレのラブでいてもうたるわ!」

教室で隣の席にいるイケメンのアメリカ人は、アーニャと同じく留学生枠のマイケル。


「おんどれは下品でやかましいアルヨ、ほんまどこでそげな変な日本語覚えとっと?」

もはやお約束の中国からの可愛い留学生、ミンミンがさらにおかしな日本語でツッコんでいる。


いつも日本は外国人から間違って誤解されているとしか思えない。




「この授業は全学生必修項目です。概論から始まって、基礎、専門科目、演習、実践と続いていきますのでしっかりとついてきてくださいね」

国防隊の美人教授が説明後、僕を指名した。


「防人 英雄、1ページ目から読んでください」


ケンジが冗談混じりにからかう。


「サキモリ ヒデオって漢字で書いたら、まさに国防隊そのものなんだな、これが」





ケンジに言われるまで、僕は気づいていなかった。そしてアーニャが僕のことを〈エイユウ〉と呼んでいることにも。




「あなたたちはこのゼロ大で日々ゲーム三昧、そして既存のほぼ全てのゲームをクリアしてきたことでしょう。そんな猛者たちに贈るのが、この世界超最先端最新鋭の超絶リアル体感型バトルゲーム。


その名は【最終決戦 ハルマゲドン】です」


「オオーッ!!」


「ワァッ!!」


そこかしこで歓声や黄色い悲鳴が上がる。僕の隣ではいつものように冷静沈着なアーニャがこの様子を見つめている。


「お察しの通り、あなたたちは未来の国防隊幹部候補生ですから、卒業後は日本と人類を守る使命を担っていただきます。それゆえそのために必要なミッションは、このゲームの中に隠されています。


未知の敵から世界の平和を守り、そして侵略者を撃つ!心技体を兼ね備え、知力体力時の運を駆使し、最強の武器や兵器を使いこなし、命懸けで平和を勝ち取るものこそ真の英雄、そしてそれが王道のバトルゲームの真髄です!」


と同時に講堂の全学生の熱気が上がる。アーニャと僕を除いては。






「このバトルゲームは、名前が示す通り、地獄の黙示録ハルマゲドンから地球を守るための最終決戦を想定したシミュレーションゲームです。とは言っても、国防隊が日々体感しているような実際の戦闘のエッセンスなども含ませて、まるで本物の戦争をしているかのようなリアリティが味わえます。


VR・AR・メタバースはもちろん、サイバー、ニューロ接続一体化技術や、電子・量子力学、最先端のAI生成技術・・あらゆる超高度最先端最新鋭の理論と技術を組み合わせ、具現化し製作した最高峰のバトルゲームです」



誰もが興奮を隠しきれない。


「もうすでにシナリオと環境設定は済んでいます。地球はハルマゲドンの猛攻により追い詰められています。皆さんはまず制空圏、次に制海圏、そして制陸圏を取り戻し、最終的に世界に平和を取り戻すのです。」


なるほど、典型的な戦略戦争戦闘さながらの王道バトルゲームそのものだ。久々にゲーマーの血が燃えたぎってきた。


「では、しばらくは概論の授業を進めて全体像とロードマップを把握し、基礎科目では陸海空での戦闘について、そして専門科目では皆さんの使用する武器や兵器の扱い方や操縦方法などを学びます。


楽しく学べるように、その中で対抗戦やイベントなども盛り込まれています。そしてそのあとは演習を行い、それまでに学び、身につけたものを総動員してゲームに参加し、支配圏奪取のためにクリアを目指して進んでもらいます。」


さすがに驚くほど本格的だ。逐一細かい設定も進行も申し分がない。


「あかん、興奮してションベンちびりそうや」

とマイケル。


「てめえはお黙りアルヨ、わちきの桃源郷がくそうなってまうわ!」

とミンミン・・


「これって、世界中のエロゲーが束になっても叶わないエクスタシーだね」

おいおい、カズミ・・・


「いっちょ、ここらで天下をとってやるか、凄腕のバトルゲーム世界ランカーここにありってな」

ケンジは普通。まともで良かった。


「ゼロ大にきてほんとに良かったな!」


「いや、奇跡のガチャを引いたってなあ!」


「一生分の運を使い果たしても本望だわ」


このあと数百人の学生たちは、生まれ変わったように青春を謳歌しているようだ。学校の勉強ができないというだけでクズ扱いされたり、単にゲームが好きで、熱中していたらニートと呼ばれ、いつの間にやらeスポーツブームなど嘘のように消え去り、世間からは脱落者、底辺、現実逃避と蔑まれていた彼らが、自分の本当に好きなことだけをやって、それで満足し、しかも最高の環境と幸せが手に入っている。


適材適所がこんなにも大切なキーワードだったなんて、体験したものにしかわからないだろう。


「人は天職に巡り合った時に、その使命を全うできるのかもしれません」

アーニャがボソッと呟いた。




「そうかもしれないね」

僕は学生を見ながら同意する。


でもこの時のアーニャの言葉には、何か別の意味があるなんて、浮かれて想像できなかったんだ。






「好きこそものの上手なれ、、か」

ケンジが感慨深く呟く。


「人間、好きなことだけしとったらええねん、それが人生の最適解やろが!」

マイケルが吠える。


「オタクもタマキンにはナイスなことゆわはりおすのう」

ミンミンは相変わらずネジが飛んでいる。


「でも好きなことするから情熱とエクスタシーが滴るんだよね」

カズミは惜しいというか残念でならない。





「もうそろそろですね。エイユウ。そして心の準備も」

アーニャが促す。


「そうだ、いよいよ明日から演習だからね。よくここまで、しかもこんなに早くきたもんだよ」




好きなことに没頭すると、寝食を忘れて集中するように、水を得た魚たちは優秀な成績で概論、基礎、専門科目を吸収しクリアしていった。今ではもはや正規の国防隊員にも知識においては引けを取らないレベルにまで。


「対抗戦もイベントも最高だった」

ケンジが振り返る。




「そして覚悟も・・・」

アーニャが誰にも聞こえないように寂しげに呟いた。




「それでは演習を行います。ステージ1、制空圏の奪取です!」


教授の号令とともに、シミュレーションが始まった。学生たちはシミュレーションルームに入り、裸になって薄い電極がたくさんついたプラグスーツに身を包み、蚕のサナギのような緻密に繋がる配線の中のコクピットに座り手袋をはめ、メットゴーグルと酸素マスク越しにモニターを見る。


ヒデオたちはこのコクピットを通して、遠隔操作で実際の機体を操縦しているのだ。


空中戦に特化した専用のバトルアーマロイドは可変型の飛行形態と、人型で背部の巨大ボードで空中をサーフィンできる優れものだ。デザインも震えるほどカッコいい。


状況に応じて形態を使い分けながら、機銃、サーベル、肉弾戦を駆使して敵のバトルアーマロイドを撃破していくのだ。


初めての演習はさすがに不慣れで、誰もが苦戦しているようだ。そして敵もなかなかのもので、器用に機体を操り、フォーメーションを組んで攻撃してくる。






「ズガァッーーン!!!」


敵の機銃やミサイル攻撃で、次々と仲間たちが撃墜されていく。



「ドシュッ!」



人型に変形した敵が肉弾戦で突進し、サーベルで仲間の機体を突き刺し大破させていく。さすがに実践を想定したシミュレーションだけあって、衝撃も体感もかなりリアルに感じられる。


「訓練終了!撤退します」

教授の声が響いた。



そのあと普段着に着替えて講堂の反省会に出向く。


「いやー、さすがに演習はすごいな!リアリティが全く別次元だ!」

ケンジが興奮していた。


「でも俺は撃墜されずに持ち堪えたぜ、ヒデオはどうだった?」


「うん、僕もなんとか、、ね」


「さすがヒデオ、下半身の強さが幸いしたね!」

メガネっ娘が残念な発言をしている。


「あないな雑魚どもに舐められとったら命がいくつあっても足りんわ!」

吠えるマイケルの機体は両足を吹っ飛ばされた。


「オンドレもしょぼいアルネ!」

ミンミンは頭を吹っ飛ばされたようだ。





そしてアーニャは・・・




「今回は3分の1が撃墜され、半数近くが大破となりました。」



初戦とはいえ、想像以上に被害が大きい。


もちろん学生は全員無傷ではあるが。そんな中でも敵機を撃墜した猛者もいた。




「防人 英雄!よくやりました!初陣で敵機を3機撃破」

一斉に学生の視線が僕に集まる。




「そしてアナスタシア!10機は見事です!」

講堂がどよめく。




「アーニャ、君は一体・・」

声をかけようとしたその時、



「エイユウ、やはりあなたはすごいです。倒した3機は全て人型モードでの肉弾戦ですね」


ヒデオはロックオンして撃墜するよりも、戦闘モードで肉弾戦を体験する方を選んだのだ。もちろんハードルは圧倒的に高い。そんなことまでアーニャは・・・



その後、制空圏の演習は回数を重ねて練度を増し、初戦のような大敗はなく、敵機と拮抗するまでに全体の戦力は上がった。






「皆さん、よく頑張りました。次は制海権奪取の演習です」

教授が次のステージを許可した。


「空中戦に慣れたと思ったら、水中では勝手がいかないな!」


ケンジの言う通り、視界も悪く反応も鈍い海中での戦闘は困難を極めた。


水中戦に特化したバトルアーマロイドは、人型はもちろん、可変して潜航艇として速度を出せる優れモノだ。遠方からの魚雷の撃ち合いに勝負がつかない時は、接近して人型で肉弾戦となる。


「エイユウ、援護します!」


潜航艇のアーニャが正確に魚雷を撃つ。敵の人型は大破、体制を崩したところをヒデオがとどめを刺す。ステージ2ではペアワークが課題として出されていたのだ。


不思議とマイケル&ミンミンペアが予想外の活躍を見せた。


ケンジとカズミは安定した戦果を、



そして僕とアーニャのペアは


「20機!お見事です!」



たった2機で、いや二人で10倍の敵を撃破したのだ。






この勢いはステージ3の制陸圏、地上戦に続くことになる。戦車と人型に可変するバトルアーマロイドは空中や水中の制約を受けずに、特に扱いやすかったからだ。


しかもステージ3は、ソロ、ペアに続いてチーム戦が課題となっていた。


僕とアーニャはもちろんのこと、ケンジとカズミ、マイケルとミンミンの6人編成は、数百人の学生の中でも群を抜いて戦闘力が高かったのだ。


こうして各ステージをクリアして、陸海空の支配権を取り戻し日本と人類に平和が訪れた。


「学生のみなさん、あなたたちはこの短期間でよく学び、よく遊び、そして優秀な成績で課題をクリアしてきました。心より賛辞を送ります。」


そして教授の顔が曇り、信じられない発言が飛び出した。




「子供のお遊びはここまでです。ここからは大人の世界です。」




一斉に会場がどよめく。




「皆さんは演習レベルまでの訓練を終えて、見習いを卒業しました。これからは一人前の大人になるかどうかの選択をしてもらいます」





アーニャがうつむき加減で僕の顔を見る。




「これからゲームは実践、もとい実戦ステージに入ります。そしてあなたたちにお伝えしなければなりません」


「今ここで、退学か継続かの選択をしてください。ここから先は大怪我をする危険性があります」




「それはどう言うことですか?」

学生の誰かが思わず手を挙げた。




「心して聞いてください。今までは安全圏での勝負でした。つまり撃墜されても痛くも痒くもない。だから子供のゲームなのです。


しかし実戦では命取りです。そのリアリティを感じてもらうため、ゲームのレベルを上げるのです。もちろん死にはしませんが、ニューロ接続レベルを上げて、シンクロ率を高め、シミュレーションでのダメージが直接肉体に還元されるよう設定を変更します。


つまり遠隔操作であっても、よりリアルにダメージが感じられるため、まさに実戦さながらの体験となります。だからこそ必死で取り組み、戦闘力が飛躍的に向上するのです。」


この時ばかりは学生一同声を失っていた。しかし意外なことに退学者は誰一人いなかった。甘い蜜を知った世捨て人には、恐怖よりも快楽が勝ったようだ。







そして実践が始まった。最初はニューロ接続レベルを下げてのスタートだったから、軽い怪我人が出るくらいだった。


しかしレベルが上がると、その苦痛や反復する恐怖に勝てない学生が増えてきた。一部の学生はやはりただのゲーム好き、そして他には現実逃避でゲームをやり込みその分上手くなっただけ。そんな彼らが苦痛と恐怖に耐えられる訳もなく、レベルが上がるにつれて半数以上が退学していった。




残った強者たちは、そもそもゲームに人生を賭けている救いようのないオタクか、残酷な現実よりもこの世界で死ぬ方がまだマシと考えているか、冷静に将来設計をしたたかに考えているヤツか、それとも何も考えていないようで自分の直感に導かれながら、ひたすらレベルアップをしているクレージーどもか・・


その苦痛と恐怖に満ちた実践を耐え抜いた学生は、わずか100人ほどに減少していた。




「これより最終課題を発表します」

美人教官の号令が講堂にこだました。




「えっ、もう全てクリアしたんじゃ・・・」


「俺たちはリアリティも体験して、その上で実践テストをクリアした。そして空、海、陸の支配権を奪取したから、侵略者から日本と人類を守ってゲームクリアでしょ?」


学生たちが質問する。




「皆さんは本当によくやりました。まさか100人も残るとは国防隊にとっても嬉しい誤算です。だからこそ、あなたたちの可能性に賭けようと思います。」



アーニャだけが教授の真意を理解しているようだ。



「これから最終課題に挑戦してもらいます。文字通り最後です。そしてクリアしたものには約束通り、いえ、それ以上の一生涯のパラダイスを保証しましょう。」


美人教授が続ける。




「最終課題は究極のバーチャルリアリティ、宇宙戦争バージョンです!地球を防衛したあなたたちには、宇宙での最終決戦に参加してもらいます!」


学生たちは想定外の宇宙編があると聞いて戦慄した。多分この時点でもう気づいているのだろう、次に用意されている最悪の苦痛と恐怖に。




「今回の宇宙編は次元が違うんじゃないか!?」

さすがのケンジも動揺を隠せない。


「シンクロ率が半端やないでええ!」

珍しくマイケルが弱気になる。


「いや、うちかて、こげなマジなアンビリーバボーな苦痛なんて聞いてないとよ!」

ミンミンも錯乱しているようだ。


「これはイクぅっーーー!!」

カズミの混乱も理解できる。




ただ僕とアーニャだけは至って冷静だ。


そして訓練が終わり、宇宙戦闘用バトルアーマロイドから降りた時、たくさんの学生が倒れ出した。


「残り50名となりました。それでは卒業試験を行います。シミュレーションは実際の宇宙空間で行います。」




僕たちはなすすべもなく、実際に超巨大戦艦に乗り込んで宇宙空間を航行していった。


「あれが人類の敵、ハルマゲドンです。皆さんはあの惑星を破壊してください」




ついにボスキャラの登場か。それにしても今回は手がこんでいる。シミュレーションの画面には、国防軍の全戦力が設定されており、シナリオは〈総力戦〉と設定されている。




「これぞ究極のリアリティやんけ!」

とマイケル。


「夫にとって不満足ないアルネ!」

とミンミン。


「もう死んでもいいーッ!」

カズミが叫ぶ。


「これをクリアしたら真のバトルゲームマスターだな!」

ああ、そうだな、ケンジ。




気の遠くなるような激戦が続く。もう1年近くにわたってバトルを繰り返している感覚だ。次々と悲鳴を上げて撃墜されていく学生たち。




アーニャがつぶやく。


「エイユウ、私たちの出番です。」





司令室に呼ばれた僕たちに、驚愕の命令が下された。





「防人 英雄、そしてアナスタシア。今からこの戦争の全指揮権を貴殿らに委譲する」






「そうか、最優秀学生二人に、最後の仕上げを任せてくれるということか。ゼロ大の教授陣も心憎い演出をしてくれるもんだ」

僕は今まで頑張ってきた自分を褒めてやりたくなった。


そしてちょっぴり嬉しかったのは、僕のことをヒデオではなくなぜかエイユウとよぶアーニャと、ツートップでこの栄誉を任されたこと。




「バトルアーマロイド、左右に展開せよ!ケンジとカズミは左翼軍を攻撃、マイケルとミンミンは右翼軍を遊撃、マリーン隊は敵の砲台を爆撃、柏木隊はレーダーを破壊せよ!、、我が艦隊は隊列を組め!冨永艦長、惑星破壊ミサイルの準備はよろしいか!?」



隣で屹立するアーニャの完璧な補佐もあり、神技のような連携と、流れるようなフォーメーションがマッチした。



そして敵の防衛戦力を悉く蹴散らした後、最大のクライマックスがやってきた。



「生き残った艦隊、バトルアーマロイド、並びに全ての残存国防隊戦力に告ぐ!超最先端最新鋭バトルゲーム・最終決戦ハルマゲドン!ここに防人 英雄の名において全ての仮想戦争を終結するために、超究極兵器、惑星破壊ミサイルを発射する!!」




今までに見たこともないような、まばゆい閃光が全宇宙を包んだ。衝撃も半端ではなく、耐え抜いたその先のモニターには、超巨大な悪の惑星ハルマゲドンの姿は既になかった。






終わった・・・ようやく長い訓練の旅が。


思えば偏差値ゼロの国防大に、ふって湧いたような奇跡的なタイミングで入学できたこと、そしていい仲間に恵まれたこと、そして不思議で気になるアーニャに出会えたこと、何よりも好きで得意なゲームを極めた結果が、この栄誉、そして将来にわたる最高の待遇・・・




誰もがドリームを叶えられる【偏差値ゼロの大学】の実力主義


【国立防衛隊付属 ゲーム大学 ゲーム学部 ゲーム学科】、


略してゼロ大よ、、ありがとう、我が青春、、我が友よ!





「・・・」



「・・・・・」





いや、少し様子が変だ。ゼロ大の美人教授たちはもちろん、超巨大戦艦のクルーの誰もが所在なく沈黙している。




「勝ったのか、我々は・・」

先ほどまで全権を委ねられていた司令官がワナワナと震えている。



「ええ、本当に、まさか勝てるなんて・・」

美人教授が血相を変えている。



そして一斉に大歓声が上がった。



「我々は勝った、 勝ったんだーー!!」



「防人 英雄、いや、あなたこそは日本を、人類を救った真の英雄です!あなたの勇姿と伝説は、この先延々に全人類に語り継がれていくことでしょう!


あなたがいなければ私たちはハルマゲドンによって滅ぼされていたことでしょう。サキモリ ヒデオ、いや、世界を救った救世主、あなたこそが真のエイユウです!本当にありがとう!」




艦内だけでなくたくさんのモニターに映し出された、数えきれない人々が歓喜の涙を流し、叫んでいる。



いや、これは卒業試験で、シミュレーションだろう?最終課題をクリアしたものには、ここまでリアルなボーナス設定があるのかと、、、


さすが世界一のシミュレーションゲームだ・・・



と思いたかったのも束の間・・?





「敵は四十億もいたんだぜ!散々俺たちを苦しめたハルマゲドンも最後はあっけないものじゃないか!」


狂気に満ちた高らかな笑い声がこだました。




「えっ・・四十億って、なんだそれ・・?」


僕はそのまま気を失った。






あれからどれくらい眠っていたのだろう。


長い昏睡状態から覚めた時、僕はアーニャの暖かい膝枕の上で息を吹き返したようだった。


「アーニャ・・!?」


僕はその悲しい、そして慈愛に満ちた彼女の表情から全てを察することができた。




「エイユウ、本当にお疲れ様でした、そして・・よく頑張りましたね」

アーニャの表情は痛々しいほどに優しい。



「仕方なかったのです。人類が真っ二つに分かれて覇権を争い、片方は地球に、そして片方は宇宙に新天地を求め、そして故郷を奪取すべく攻撃を仕掛けてきたのですから」



僕はただ戦慄していた。



「長い戦争が始まり、多くの国が滅ぼされ、そして最後の戦力である日本は優秀な人材を集め、叡智を結集してハルマゲドンに特攻をかけました。


そしてほとんど勝算のない最終決戦に挑んだのです。


そしてもはや勝てないことを悟った国防隊は、一人の若者が起こすかもしれない最後の奇跡にすがったのです。」




アーニャが続ける。




実は最終決戦だけは、シミュレーションモードを変更して完全リアルモードに設定変更、全レベルとシンクロ率が100%、現実の全ての戦闘に反映される正真正銘のリアルバトルモードだったのです。



「そしてあなたはそのまさかに応えて、地球に残った人類を救ったのです。地球を去った四十億人の人類の命と引き換えに・・・」




ヒデオは壊れかけていた。




「昔、誰かが言っていましたね。一人を殺せばただの殺人犯だが、億を殺せばそれは立派な英雄だと」




激しい目眩と吐き気と恐怖がヒデオを襲う。



「あなたは英雄になったのです。サキモリ ヒデオではなく、地球軍国防隊の英雄として・・」




四十億人を抹殺したヒデオの精神は・・・




「私の役目はエイユウを育て、世界を守らせて、、そして最後に、救うこと。


心配しないで、あなたが再び息を吹き返すまで、私は一生そばにいます。


あなたはこれから宇宙にただ一人の英雄なのです。これからも地球を救うためにも・・」



「アーニャ・・・」




英雄は静かに目を閉じた。


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