雨が降ったから君にプロポーズをする

 授業が終わり、下校のために昇降口へとやってきた理央と雫空。

 そこには既に、自分の傘を持ち二人のことを今か今かと待っていた晴姫の姿があった。


「あれ、晴姫ちゃん。早いね」

「早いね、じゃないですよ。私のほうが遅いとあの手この手で理央先輩と二人きりになろうとする雫空さんのせいで仕方なくです」

「えー、そんなひどいこと言わないでよー」

「じゃあ聞きますけど……私がいなかったらどうしてました?」


 ジト目で睨み付ける晴姫に対し、ニコニコとした表情を崩さない雫空。

 そして自分が何を言っても火に油を注ぐだけになると理解している理央はといえば、先に自分の靴を取りに二人からこっそりと離れていた。


「いつも通りに公園に行ってたよ? 晴姫ちゃんならその辺わかってるから後から来てくれるし」

「そうなるのがわかってるから、先に来てるんです! あそこで理央先輩と雫空さんを二人きりにはさせたくないですから」

「私としては、ちょっとくらい許してほしいけどなぁ」

「去年今年と理央先輩と同じクラスのくせに、まだ言いますか。その差を埋めるために私は頑張ってるんですよ」

「そこはまあ、同い年の特権ってことで」

「むぅ、ずるいですよ……」


 体格差の都合で、身長が一回り大きな雫空を晴姫が下から見上げて睨みつける形になる。

 そして睨まれている雫空は、頬を膨らませている晴姫のことをやっぱり可愛いな、などと本人にバレると余計にむくれるようなことを考えていた。


 二人がそんな膠着状態に陥っていると、自分の靴を持った理央が戻ってくる。


「二人ともにらめっこはそれくらいにして、とりあえず雫空は自分の靴取ってきたら?」

「にらめっこじゃないもん」

「はいはい、外出て待ってるからね。晴姫、行くよ」

「は、はい!」


 雫空がいなくなるのと同時、並んで歩き出す理央と晴姫。

 晴姫は理央と体が触れあうくらいの距離、具体的に言うのであれば理央の腕を抱きしめることができるくらいの場所に位置取った。

 理央もそんな行動に何を言うでもなく、晴姫の好きにさせている。


「先輩、さっきの会話聞いてたから二人きりにしてくれました?」

「ただの結果論だよ。それに、晴姫が頑張ってるのは知ってるから僕にできることはしてあげたいだけ」

「……理央先輩はそこがずるいんです。自分の状況を理解してて、その上で私と雫空さん、どっちにも餌をあげるんですから」


 照れ隠しに、俯いて理央の制服の袖を握る晴姫。

 理央はそんな晴姫の頭を優しく撫でる。


「……雫空さんが来るまで、こうしててください」

「うん、いいよ」

 

 晴姫にとって至福の時間。

 それが長くは続かないとわかりながらも、その時間を精一杯自分に満喫する。

 制服の袖を握るだけだったのがいつの間にか手を握り、理央の腕に頬を擦り付けていた。

 そんな晴姫の様子を見て理央はまるで猫みたいだと、そんなことを考える。


 そして、一分にも満たないわずかな時間の後。

 明らかに二人を目標とした足音が近づいてくる。


「おっまたせー……って、晴姫ちゃんずるいー!」

「先に来てた私の特権です。羨ましいですか?」


 文句を言う雫空に対し、見せつけるように理央の腕に抱きつく晴姫。

 そんなことをされた雫空は自分も抱きついてやろうとズカズカと近づいていくが、空いていたほうの腕を突き出した理央に物理的に制止される。


「はーい、ストップ。ここでそんなことしたら邪魔だからね」

「えー、晴姫ちゃんだけずるいよー」

「はい、晴姫のターンも一旦終わり。公園行くんでしょ?」


 そう言ってするりと離れていった理央に、晴姫は恨みがましい視線を向ける。

 しかし理央はそんな視線を全く気にも留めず、自分の傘を広げ雨の中へと歩き出す。


 雫空と晴姫は顔を見合せ、ため息をつくと自分の傘を取り出して理央を追いかけた。

 理央に追いつくと、左側に雫空、右側に晴姫と自然に理央を挟み込む形で三人が並ぶ。


「理央くんってさ、私たちにからかわれて恥ずかしがったりするのにこうやって公園一緒に行ってくれるの律儀だよね」

「自分が何やらされるかわかった上で来てくれますからね…………もしかして理央先輩、ドMってやつですか?」

「違うからね!? 慣れたというか断りようがないっていうのが半分と、自分で言い出したことが原因なのに二人には甘えさせてもらってるからこれくらいは、っていうのが残りの半分」

「あはは、愛されてるね。私たち」

「そうですねー。できればもっと表にそれを出してほしいところですけど、理央先輩ですから仕方ないです」


 そうしてひたすらに理央が雫空と晴姫に弄られながら学校から歩くこと二十分程。

 三人は住宅街の一角にある小さな公園へとやってきた。

 雨が降っているということもあって誰一人として遊んでいる様子はなく、ただ雨音だけが耳に届くばかりだ。


「理央くん! 私、待ってるからね!」


 そしてそんな公園の一角、二つ並んだブランコへと雫空が勢いよく駆け出していく。

 水溜まりを踏んで水が跳ねることに気も留めない雫空にほんとに子供っぽいという感想を持ちながら、理央は隣に残った晴姫のことをちらりと見る。


「私はいつもの場所で待ってますから。行ってきてください」

「……いつも待たせて悪いね」

「大丈夫ですよ。こればっかりは二人きりがいい気持ちはよくわかりますから」

「ありがとう、晴姫」

「いえいえ。それじゃ、これはもらっていきます」


 そう言うと理央の手に持っていた鞄を自分のものにする晴姫。

 その手にはいつの間に預かったのか、雫空の鞄も握られている。

 自分のものを含め三人分の鞄を持った晴姫は、雫空のいるブランコとは真逆の方向へと歩き出す。


 晴姫を見送った理央は一呼吸つくと、雫空の待つブランコへと向かう。

 そして待ち人たる雫空はニコニコと、これから起こる出来事への期待が隠しきれないと、そんな表情を浮かべて理央のことを待ちわびていた。


「お待たせ、雫空」

「よーし、それじゃあ早く早く!」

「僕に心の準備の時間はくれないの?」

「えー、理央くんいつもそう言うからそろそろ慣れてほしいなぁ、って」

「何回やってもプロポーズするのなんて慣れないよ……」


 これから行われるのは理央から雫空へのプロポーズ。


 これが初めてというわけはなく、むしろその逆。

 何回も、という言葉が指す通り数えきれないくらいに繰り返されてきた二人の約束だ。


「はぁ……よし。しずくちゃん」


 一つ息を吸い、雫空ではなくしずくちゃんと呼びかける理央。

 普段とは違う呼び方であり、この約束の原点、その当時と同じ呼び方。

 それが二人の中で自然と決められていた合図だった。


「…………何?」

「ジューンブライドって知ってる?」

「……知らない」


 当然、二人とも今ではジューンブライドがどんなものなのかということは知っている。

 知らなかったのは最初の雫空のみ。


「六月に結婚する花嫁はね、ずっと幸せになれるんだって」

「私、結婚しないよ……?」


 当時の理央がテレビか何かで偶然見かけただけの知識。


 脈絡も何もなく、せめて話の流れを多少考えるくらいはしてもよかっただろう、とこのやり取りを繰り返す度に理央は過去の自分に突っ込みを入れたくなってしまう。

 しかし、そんなことを考えられるのもこの会話をしながら冷静でいられる部分があるからこそだ。


 当時の幼い理央には、泣いている雫空に何か言わないといけないということしか頭になかった。


「まだ、でしょ?」

「そうだけど……でも、私が結婚できるかもわからないもん」

「大丈夫だよ」


 ここで一つ言葉を区切る理央。


 ここから先の言葉は人生を左右する、否、既に一人の少女の生き方を変えてしまった言葉だ。


「しずくちゃんならきっと結婚できるよ。それに……もしもの時は責任は取るから」

「理央くんが結婚してくれるの?」

「……約束するよ。だから、少しだけ頑張ってみない?」

「頑張る! めちゃくちゃ頑張ってるから早くご褒美ちょうだい!」


 返事と同時に理央に駆け寄り抱きつく雫空。

 ここまでの流れを勢いよく断ち切った雫空に苦笑いを浮かべてため息をつきながら受け止める。


 そして二人の間のシリアスな雰囲気もそれと同時になくなり、普段通りの明るい空気が戻ってくる。


「雫空、あと少し我慢できなかったの?」

「無理! それに、私が聞きたいところは聞けたからいいの」

「それはそうだろうけど……」


 雫空の聞きたかったところというのは当然、理央が結婚すると約束する部分だ。

 この約束は比喩でもなく文字通り・・・・に、雫空が今を生きる理由の大部分を占めている。

 これがなければ今この場に雫空がいなかったらとしてもなんら不思議はない。


「やっぱりさー、理央くんはひどいよね。私にこんなこと言ったのに晴姫ちゃんにも同じようなことするし」


 そう言いながら抱きつく力を強め、物理的に不満を露にする雫空。


「それはほんとに雫空と晴姫、どっちにも申し訳ないとは思うけど……後悔はしてないよ」

「……知ってるよ。そんな優しい理央くんに助けられたから私も晴姫ちゃんも仲良くなれたんだもん」


 似た立場にあった雫空と晴姫。

 出会ってすぐの頃は喧嘩をすることも何度もあったが、一度互いの境遇を話し合ってからはそれも少なくなった。

 相手への敵対心よりも、自分と同じ考えを持つ仲間だという意識のほうが強くなったからだ。


 それでも、根本的な部分は理央への想いであり互いに譲ることはできず、理央から見れば微笑ましいじゃれあいを日常的にするようになったのだ。


「何回でも言うけどね、私は理央くんに自分のことを選んでほしいって思ってるよ」

「……知ってるよ」

「約束をそのままにしておけばよかったのかなって後悔も何回もしてる」

「……それも知ってる」


 でも、と。


 そこまで言った雫空は理央に抱きついていた腕を離し、真っ直ぐに自分の脚で立つ。

 そうすると、今は雨に濡れないように二人で理央の傘に入っているので、必然的に至近距離で見つめ合うこととなる。


「それ以上に約束があるから選んでくれたんだって考えそうになる私を、私が許せない。だから、私は自分の力で。晴姫ちゃんともぶつかって。その上で理央くんに私のためじゃない、私と理央くん二人のためのプロポーズをさせてみせるよ」


 そう笑顔で宣言する雫空の表情に理央は目が離せなくなる。

 理央がこの言葉を聞いたことは今日が初めてではない。

 何度聞いてもその度に視線が、思考が、雫空に釘付けにされてしまう。


「覚悟しててよね、理央くん」

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約束の花嫁は雨が好き 蒼雪 玲楓 @_Yuki

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