第4話 ダイク
ピピピピピピピピ!
「うわ! びっくりした!」
俺はスマホのアラームで我に帰った。これまでのことを思い返していたら、こんなに時間が経過していた。今日の早朝にSMSで連絡が来て、俺は彼女と一緒に現場に来たのだ。ご丁寧に俺用のスーツまで用意されていた。
「さて、行くわよ」
彼女がそう言い、二人で車を出て再び現場へと向かう。現場はキレイに片づけられ、立ち入り禁止のテープだけが残っていた。だが血の臭いと、一部には血の跡が残ったままだ。
「今回の事件だけどね。犯人はあれよ。見える?」
彼女がそう言って指さしたのは、木材か何かの残骸だった。……だが俺はその残骸に佇む、何かを見てしまった。……男だった。無精ひげを生やした長髪の男がタバコを吸いながらけだるそうに佇んでいる。
「見えた?」
「ええ。髪の長い男が煙草をふかして立ってますね。……彼が犯人ですか?」
「正確には違うけど、同じね。……最近祠を壊したってネットミームが流行っているんだけど、知ってる?」
そういえば最近SNSでそんな投稿が流行っていたな……あまり興味は無かったが。俺が頷くと彼女は続けた。
「ミームの内容としては、村で祀っている祠を壊した者に、古老が死ぬぞ! と警告を与えるんだけど、最近では老人ではなくて、イケオジが言うパターンが流行っているわね……もうわかったでしょ? つまり人々の間で、祠を破壊したら死ぬというある種の信仰が生まれている訳よ……そして実際に壊した者が出てしまった……それが今回の結果よ」
つまり何か? ネットミームの影響で、世の中の祠を破壊すると、死が訪れるようになったと、そう言うことか? 祠なんて日本中どこにでもあるぞ。街中至る所に爆弾があるのと変わらないじゃないか!
「そ、それでどうするんですか? この事態?」
「ひとまずこの残骸は片付けるしかないけど、他のは放っておくしかないわね。祠を壊すような罰当たりはそうそういないし、いたとしてもろくな人間じゃないわ。死んだ方が社会にとっては有益かもね」
彼女は酷く冷淡な声で言い放った。その声に俺はゾクッとしてしまった。彼女は淡々と続けた。
「さて、こういった怪異の対処方法を今から実演するわ。難しくないからあなたも真似して続けなさい。甘く見ていると死ぬわよ」
彼女はそう言うと、両手で忍者漫画の忍法のように印を結び始めた。そして呪文のようなものを唱え始めた。
「臨、兵、闘、者、皆、陣、烈、在、前……ぼさっとしてないで、あなたもやるのよ。ホントに死ぬわよ」
「は、はあ」
呪文の方は、やはり漫画でも有名な一説だったので、何とかできたが、印の方は難しい。必死で彼女の手先を見て、真似する。……その後10分ほどその行為を続け、彼女はようやく終えた。
「今のはね、九字法とか九字切りと言ってね。古来より伝えられる護身法よ。いま私たちは法力の力に守られているわ。この状態で怪異に触れば、弱いモノならそれだけで祓うことができるわ。さ、祠の残骸を片付けるわよ」
彼女がそう言ってカバンからゴミ袋を取り出し、祠の残骸を片づけ始めた。たしかに祠にはなにか半透明のもやのようなものが纏わりついている。あれが怪異の本体なのか……。しかし触れば除霊? されるのか……なんだか呆気ないな。俺はぼんやりしながら彼女の形のいい尻を舐め回すように見ていた。
「ちょっと、ぼ~としてないで手伝ってよ」
「あ、はい」
彼女に文句を言われ、俺は慌てて手伝おうとしたが、そのとき傍らに佇む男の姿が目に入った。いつの間にか奴の目には殺意のような赤い光が宿っていた。俺は本能的に危険を察知し、思わず霊に飛びついた。
「危ない!」
「!!」
霊は彼女に襲い掛かろうとしたが、俺が霊に抱き着いた事でその動きが止まった。彼女はお札の様なものを取り出し、霊に突きつけた。すると霊は苦しみ始め、そのまま蒸発するように消えていった。
「助かったわ。祠の方が本体だと思ったけど、男の方だったのね。……私は聞くことしか出来ないから、声を出さないタイプは苦手なのよ。お手柄よ」
「い、いえ。ところでさっきのお札は」
「ああ、強い霊に使う武器みたいなものね。消耗品だからあまり使いたくないんだけど、私は霊を攻撃するような能力は持っていないから。……まあいいわ。さっさと片づけましょ」
その後、俺達は祠の残骸を片付けると車に戻った。適性は問題ないようで、俺は安堵した。俺は捜査第九課の事務所があるという、とあるビルの地下に連れていかれた。てっきり警視庁に部屋があるのかと思ったが、やはり裏組織という事で日陰の存在らしい。
地下の重々しい扉を開くと、簡素だが小綺麗な事務所だった。かび臭い廊下と違って、不思議と良い香りが漂っている。部屋には三人の人物がいた。いずれも女性で、どうやら俺は女の園に招かれたらしい。先輩は部屋の奥にいた女性の下に俺を連れて行った。
歩きながら俺は横目で他の女性たちを見たが、一人はポニーテールの女性で部屋の隅になぜか置いてあるサンドバックを一心不乱に殴りつけていた。もう片方の女性は机にずらっと並べられた瓶の匂いを嗅いでウットリした表情をしていた。形から香水の瓶に見えた。座っているので分かりづらいが、随分と小柄な女性のようだ。
「お帰りなさい、ミミちゃん。ご苦労様」
「只今戻りました。係長」
出迎えたのは、ボブカットのぽっちゃりした女性だ。格好は俺達と同じ黒いスーツだが、上着は着ていない。ズボンに贅肉が少し乗っかっており、マニアにはたまらない光景だ。30代前後に見えるが、肌がツヤツヤだった。手を後ろに組んで、ガムでも噛んでいるのか、しきりにクチャクチャと口を動かしている。
「そっちの子が噂の新人君ね。……いい目をしてるわね。うちには今女の子しかいないけど、がんばりなさい」
「は、はじめまして、目黒亮介です」
「あらごめんなさいね。係長の餅田よ。よろしくね」
そう言って、係長はにっこり……いやニッタリと表現した方が良いだろうか、口元を大きく歪めて笑みを浮かべた。そしてその時、彼女の口元から半透明の何かが飛び出しているのを見てしまった。……ガムだと思っていたが、あれは……まさか霊!?
俺が呆然としていると、先程までサンドバックを殴りつけていた女性がいつの間にか背後に立ち、俺の肩を叩いた。
「兄ちゃん、新人か? 男は久しぶりやな」
彼女は体格が良く、俺と背丈はあまり変わらなかった。サンドバックを殴っていたためか、汗だくになっており、シャツの下のスポーツブラが透けていた。俺は彼女の大きな胸に目が釘付けになっていた。
「……ええ度胸しとるやんけ。そのうちワイが可愛いがってやるサカイ、楽しみにしとき」
女性は不快そうに俺を見ると、怪しげな関西弁で
俺はもう一人の女性に目をやるが、彼女は俺に興味がないのかずっと香水の香りを嗅いでいる。俺がその瓶の中身をじっと見ると、やはり半透明の何かが見えた。
俺はとんでもない職場に来てしまったのではないかと立ち尽くしたが、そんな俺に係長は恐ろしいことを言い放った。
「さて、目黒君だっけ? しばらくはミミちゃんと組んで仕事を覚えなさい。長い付き合いになるからしっかり仕事を覚えて定年まで頑張るのよ。うちには定年退職以外は死亡退職しかないからね」
「……え? あの、最初からこんなことを言うのはあれなんですが、依願退職とかそういうのは?」
「無いわよ。辞表を出してもいいけど、死ぬわよ。そういう職場なの。うちは。ああ、最近流行の退職代行とか使っても無駄よ。死人が増えるだけだからやめてよね。さて、私は目黒君の歓迎会のお店を探してくるから、ミミちゃん後はよろしくね」
そういって、係長も部屋を出ていった。ミミちゃんことミミ先輩が俺に憐憫の視線を向けると語りだした。
「まあそういう訳だから、頑張ってね。係長も言っていたけど、逃げようとしない方がいいわよ。必ず死ぬから。それも大いに苦しんで。……うちがダイクと呼ばれている由縁よ」
彼女の言葉を聞きながら、俺は全身が震え出していた。だが震えながらも彼女のスラっとした足を見ていた。これから恐ろしい日常が始まるのかも知れないが、ミミ先輩をはじめ職場はキレイな女ばかりだ。こうなれば開き直ってガン見するしかない。
こうして俺の眼福な日常が始まったのだ。霊や怪奇に塗れてはいるが……
ダイク 警視庁捜査第九課 ~目黒亮介の眼福な日常~ 大島ぼす @1957141
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