第3話 誘い
車の中で俺は彼女と二人きりになった。
「さて……一応私の身分を教えてあげるわ。こういう者よ」
「警視庁捜査第九課 耳塚真紀子……刑事さんですか?」
「まあ、そうね。一応。さて貴方も身分証を見せてくれる?」
「は、はい」
俺は彼女が差し出した名刺を見ながら彼女に聞いた。一応というのはどういうことだろう? だが質問するのが怖くて俺も彼女に免許証を提示して身分を明かした。
「それで、俺にどうしろと言うんですか? 女の人をジロジロ見たから即逮捕というのはやりすぎじゃあ無いんですか?」
「だから何度も言うけど、そっちじゃないわよ。単刀直入に言うわ。あなた見えているんでしょ。霊が」
その質問に俺は心臓を掴まれたような感覚がした。この女は何を言っているんだ? 確かに俺には普通の人間には見えないものが見えるが、それを霊などど、ばかげている!
「馬鹿なことを言わないでください! 何のいたずらですか!」
「否定しなくていいのよ。私もあなたと同じだから。気持ちは分かるわ」
「お、同じって、じゃあ貴方も見えたんですか? あの子が……」
「いえ。私には見えないわ」
彼女の答えに俺ははらわたが煮えくり返る思いだった。ここまで引っ張っておいて見えないだと! なにが同じだ! 俺が思わず大声を出し掛けるがその機先を制止て彼女の一言が俺を黙らせた。
「私にはね。聞こえるのよ。あの子の声がね。……あなたには聞こえた?」
「……いえ。俺には姿が見えるだけです。血塗れの女子高生が……」
「そう。良かったわね。見えるだけで。私には聞こえるわ。あの子の断末魔の声が……何度も何度も……うるさくて叶わないわ。こんな体質なものだから、これが手放せないのよ」
そう言って彼女はヘッドフォンをつんつんした。俺はこの時になって初めて彼女がヘッドフォンを付けているのに気づいた。なにしろ先程から首から下を中心に見ていたので、顔は一瞬見たが、頭などには目がいかなかった。押し黙る俺に彼女は続けた。
「世間ではこういった能力を持つ人は極めて少ないけど、見える人は結構多いのよ。でもあなたほど鮮明に見える人は珍しいかもね。大抵の人は、人らしき者がうっすら見える程度よ」
俺は衝撃の事実を知った。今まで霊が……見てはいけないモノが見える者など自分しかいないと思っていたが、俺以外にも存在したのか……しかも彼女のように霊の声が聞こえる者まで……。だがそれで俺にどうしろというんだ。
「……それで、俺に何のようなんですか、ハッキリしてください」
「まあ単純な話よ。スカウトよ。あなたをうちの課に採用したいのよ。なにしろこんな仕事だからリクルートが大変なのよ」
俺は公務員になれる可能性を提示され、一瞬喜んだが、話がうますぎる。彼女は俺の怪訝そうな表情を見て、話を続けた。
「勿論、私と同じ捜査官として採用するわよ。この書類に待遇面が書いてあるから良く読んでね」
彼女はそう言うと、車のダッシュボードから書類を取り出し、俺に差し出した。俺はさらっと簡単に一読し、その給料の額に驚いた。
「……職務の級 9級9号 給料月額443,500円? こ、こんなに貰えるんですか!? 新人なのに?」
「そーよ。スゴイでしょ。普通の警察官ならこんなに貰えないのよ。一部の偉い人だけ。年2回賞与が出るから年収は1千万を超えるわよ。やったわね」
俺はそれを聞いて絶句した。年収1千万だと? 年収300万の俺が? ……だがやはり信じられない。あまりに話が出来すぎだ。そもそもどんな仕事なんだ。捜査官とは。俺は聞いてみた。
「捜査官てのは、具体的に何をするんですか?」
「簡単に言えば霊や怪異から国民を守るのが仕事よ。治安維持という意味では普通の警察官と同じね。まあ彼らは人間の犯罪者を逮捕するのが仕事だけど」
「耳塚さんはつまり霊を逮捕すると?」
俺の問いに彼女はケラケラと笑った。
「逮捕してもねえ。誰も裁けないでしょ。主な仕事は霊を確認して無害か有害か判断すること。そのうえで有害なら取り除くわ。早い話が除霊ね」
「そういえば、さっきの血塗れの女子高生は何なんですか?」
「あの子はね、先日あのホームで飛び降り自殺したのよ。理由は知らないけどね」
「そ、それで地縛霊か何かに?」
俺は先日電車が遅延したことを思い出していた。確かに飛び込みがあったと聞いたが、それが原因だとは。だが彼女の返答は意外なものだった。
「地縛霊云々は関係ないわね。究極的には誰も死んでいなくても霊は出るのよ」
「……え? どういうことですか? あれは自殺した女子高生の霊じゃないんですか?」
「違うわ。……あれは自殺した女子高生の霊が、このホームにいるのではと人々が恐れたから生まれたのよ」
「……意味がわからないんですか?」
「幽霊の正体見たり枯れ尾花……聞いたことない? 幽霊というのは簡単に言えば人々の思い込みが生むのよ。きっと自殺したあの子はここで地縛霊になった。みんながそう思ったからあの霊は生まれたのよ」
俺は彼女の言っていることは理解できたが、納得は出来なかった。それを察したか彼女は続けた。
「じゃあ聞くけど、戦争中に東京では空襲があったわよね。大勢が苦しんで焼け死んだんでしょうね。では何故彼らの霊は東京に出てこないの? 死んだ人の無念が悪霊を生むなら、日本中霊だらけよ。世界では飢餓で毎年1千万人が死ぬのよ? そういった人たちは皆餓鬼にでもなったのかしらね?」
彼女の話を俺は否定できなかった。確かに俺は戦時中の死者の霊など見たことが無い。
「分かった? あの女子高生の霊は大した害は無いわ。あなたみたいに見える人は不快でしょうけど。いずれ死んだ女子高生のことなど皆忘れてしまうわ。そうすればあの霊も自然消滅するわ。……で、どうする? ウチに来る?」
俺は彼女に転職するかどうかの意思表示を迫られた。俺は不安だったが高額な給与と退屈な日常からの脱却に憧れ、彼女に答えた。
「……不安はありますが、前向きに検討したいです。これで採用して頂けるんですか?」
「そ、良かったわ。でも一度仕事の体験をしてもらって適性を見るわね。丁度いい事件が起きたら連絡するから電話番号を教えて」
彼女はそう話を締めくくり、俺は電話番号を教えて車を出た。俺は走り去っていく車を見ながら夢でも見たのかと思ったが、手に持った書類が現実だと教えてくれた。その後、会社には直接営業に出ると伝えたが、とても外回りなどする気になれず、ファミレスで1日中ボーっとしていた。
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