第5話  きゅーん!

 中間テスト期間も終わり、学校は通常授業に戻っていた。

 昼食をとった後、オレは別のクラスにいる友人のところへ行くため教室を出た。


 すると廊下の向こうから、サラサラ黒髪のポニーテールを揺らしながら歩いてきた学年一の美少女。


 鈴宮ひなたさん。


 紺色ブレザーとグレーのチェック柄のスカートから、すらりと伸びた白い手足。日本人離れした青い目と整った顔立ちをしている。ロシア人とのハーフらしい。


 身長は162センチ。バスト、ウエストのサイズは不明。

 見たカンジ、バストは標準以上。ウエストもメチャ細い。

 周囲の視線総取りの「わがままボディ」だ。


 つき合っているオトコはいないらしい。数多のイケメンたちが彼女に挑んだが、彼らはすべて葬られた(未確認情報)。 


 趣味・特技は独自に編み出した「占い」。よく当たるとのウワサだ。


「ひなたちゃん、どこ行くの?」


 友人らしき女子に声をかけられた鈴宮さんが、笑みを浮かべて手を振っている。


 くぅ~、かわいい。

 

 廊下でお目にかかれるなんて、今日はいいことありそうだ。


 そして、鈴宮さんがオレの目の前にまで来たそのとき。


 きゅーん!


 オレの心臓が締め付けられる。


 きゅ、きゅんだと!?


 世界の時間が止まった。

 オレの前にChoiceが出現する。 


 1.告白こくる。


 Choiceの表示が「告白る」だけ!?

 ちょ、Choiceのクセして「告白る」一択て。

 まさかの不具合か?


 オレが戸惑っていると、どこからか副音声が。


『彼女とつき合いたければ、告白る以外ありません‼』 


 イヤイヤ、そりゃ鈴宮さんが彼女なら最高だけど。しかしな……。 


『迷うことはありません。世界がアナタの選択を待っています。さあ、告白るのです。告白りなさい』


 時間が止まっているから、オレが選択しないと世界は動かない。


「で、でもさ……」


 オレは安定のモブだぞ?

 学年一の美少女に告白るほど勇者じゃない。


『さっさと告白れグズ、このヘタレ!』


 ためらうオレに神様からの鬼催促。


 告白るしかなかった。

 「告白こくる」を選択すると、


 きゅーん!


 オレの心臓が締め付けられる。

 ふたたびオレの目の前にChoice出現した。


 おい、さっきのChoiceは、いらねーだろ。


 ①片膝を突いてひざまき、両手を前に差出して「好きです」と告白る。

 ②指パッチンして一回転。「好きです」と告白る。

 ③「#~*&$%★@!+「⇔?{}¥ぷひひひ」と告白る。


 なんでだよ!

 跪くとか指パッチンして一回転て、いったい何の罰ゲームだ! 

 最後のヤツなんて文字化けしてんじゃねーか! 語尾の「ぷひひひ」からして絶対ダメなヤツだろコレ。


 くそ、①か②か。

 指パッチンは意味わかんねぇ。


 オレは「①片膝を突いてひざまき、両手を前に差出して『好きです』と告白る。」を選択した。


 止まっていた時間が動き出す。


 鈴宮さんの前で、オレは右膝をついて跪くと両手を前に差し出した。


「な、なに?」


 彼女の青い双眸が不安げに揺れている。


「好きです」


 オレの奇行を目撃した男子たちはどよめき、女子たちはキャー! と黄色い声を上げている。

 同学年の男子が自分の目の前で跪くという緊急事態に、鈴宮さんは二、三歩後ずさりした。

 眉を寄せまるで汚物を見るような目でオレを睥睨へいげいしている(ようにオレには見えた)。


 約30秒後。


 両手を差し出して跪くオレの頬を、冷たい風が撫でる。鈴宮さんはオレを避けるようにして、無言のまま足早に立ち去った。


 石化するオレ。ピシッとひび割れ、サラサラと風化していくカンジがした。


 ヒソヒソと話す声や、笑い声が耳に入る。


「ヤ、ヤバっ! アイツ、マジ勇者。いや、ゴッド」


「ゴッド、スゲー」


「ゴッド、かっけー」


 や、ヤメロッ! オレをゴッドと呼ぶな。


「おい、見たか? アイツ、鈴宮さんから汚物を見るような目で見下ろされていたぞ」


「いいなぁ……。オレも鈴宮さんに『このゴミっ!』とか言われて踏みシメられたい」


「身も心も尊厳までも、鈴宮さんに蹂躙されたい」


 ……オレには上級者すぎる性癖でついていけねぇし。


 ああ、なんだよ。なんなんだよ。人生の岐路がわかったって、何にもなりゃしねぇ。ロクでもねぇ選択肢ばっかだよ。


 オレはただ、フツーに平穏な人生を送りたいだけなのに。フツーに生きていくだけでも、こんなにシンドイのか。人生ってのは。



 こうして散々な一日が終わり、放課後。

 

 校門を出た直後のことだった。


「十文字君!」


 背中を丸めてとぼとぼ歩くオレの後ろから女子が呼び止めた。


 誰かと思って振り向けば、鈴宮さんが腕を組んで立っていた。

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