第3話 はじめてのThe Choice

 止まっていた時間が動き出す。


 わかっていても避けられる状況じゃない。ばあさんの自転車がオレのケツ側面に突っ込む。

 衝撃を和らげるため、オレは咄嗟に自転車の進行方向へ跳んだ。


 周りの人には、吹っ飛ばされたように見えただろう。


 ガシャン、ギギギと、えげつない音が周囲に響く。


「ぐわっ、痛ぇ……」


「なに、ボサッと突っ立ってんのよ! どいてって言ったじゃない」


 ばあさんが目を剥いてオレに怒鳴る。


 えええぇ~!? なんでオレが悪いみたいになってんだ?


 自転車ミサイルの無差別爆撃を受けたオレは、肉体だけでなくメンタルにもダメージを受けた。


 *


 オレは痛みの走るケツを摩りながら、帰りの道を歩いていた。


 横断歩道を渡って左に曲がり、桜の名所「熊猫通り」を道なりに進む。

 年輪を重ねた桜の大樹が等間隔にならぶ並木道だ。


 ふと桜の木の根元に視線を向けると、そこに黒革の財布が落ちていた。


「おいおい、スゲー落とし物だな」


 オレは立ち止まって財布を拾い上げた。

 失礼して中を確認。

 財布の中身は免許証、クレジットカード、そして……。


「はわわわわっ! 結構、金入ってんなコレ」


 財布の中を覗き込むオレに向けられた諭吉さん三枚と栄一さん二枚の双眸。

 オレたちは、そのまましばらく見詰め合っていた。


 イカン。このままではオッサンたちと恋に落ちてしまう。


 オレの瞳が$に変わりかけたその瞬間。


 ドクンッ! と心臓が跳ねる。

 世界の時間が止まった。


 心臓が跳ねるのは何なん?


『演出です(キリッ)』


 どこからか、そんな副音声が聞こえてきた。


 心臓に悪りぃな。地味にLIFEが削られる。


 オレの目の前にChoiceが出現した。


 ①「おじさんたち、今日からオレと暮らそう」と言って持ち帰る。

 ②交番へ届ける。

 ③神社の賽銭箱へ投げ込む。

 ④周囲にばら撒き、諭吉&栄一乱舞を路上ライブ。


 ……選択肢のイカレ具合。


 あのな。

 交番へ届ける以外は、すべて論外だからな?


 最初のヤツは、占有離脱物横領罪(刑法254条)になるんだぞ。

 神社の賽銭箱に投げ込むのもダメだよな?


 それとな。

「諭吉&栄一乱舞」て、おっさんズ乱舞なんか開演してどーすんだよ! 


 イカレたChoiceを目の当たりにしたオレは、すっかり冷静になっていた。

 迷うことなく「②交番へ届ける」を選択。


 うん。オレえらい。


 きっと、落とし主は困っていることだろう。

 少しでも早く届けて、安心させてやろう。


 止まっていた時間が動き出す。


 オレは踵を返して、近くの交番へ行って財布を届けた。


 お巡りさんに教えてもらいながら、拾得物届け出の書類に必要事項を書き込んだ。


 たしか、遺失物法だったか? 

 遺失物の価値の5%から20%の謝礼(報労金)が貰えるハズ。


 5万円だからな。20%なら……、ええと、1万か。うひゃー!


 交番を出たオレの表情が緩む。


「それにしても、いいな、この力。なんかオレ向き?」


 イカレた選択肢には閉口したが、選択に困るほどではない。

 まともな選択肢も用意されている。


 これなら、平穏で安定した生活も夢じゃない。

 人生、安全運転が一番だ。


「おっと、明日から中間テストだったわ。早く帰って勉強しよ」


 ――そして翌日。


 中間テスト第一日目が終了した。


 昼過ぎに学校から家へ帰ると、オレは制服を脱ぎ捨ててベッドへダイブした。

 今日のテストで激しく消耗し、スライム化している。


 「……はぁ。いくらなんでも、アレはねーだろ」


 頭から布団を被って、独りボヤいた。

 

 どうかオレの話を聞いて欲しい。

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