後編

 SNS運用フェーズ

  フェーズ1:種まき

  注力ポイント:立ち上げ・運用体制の整備

  ターゲット:うんこに好意を持っている人(特殊性癖者、就学前児童など)

        自分で情報収集できる人

        マスメディアの偏向報道に疑問を抱いている人 

  配信内容:うんこを好きになってもらう……



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ライター・動画制作者募集!


【概要】YouYubeやTikTok、Instagramで「うんこ」の魅力について語ってくれるテキストや動画コンテンツの制作者を募集します!


【当案件はこんな方にオススメです!】

・脱糞系の動画を見るのが好き

・スキマ時間に場所を選ばず稼ぎたい


今後、月200本以上の投稿を目指しているので

仕事が早い方には優先的に依頼します!……


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unko@丸の内脱糞アカ @Suteki_buriburi


最近「うんこ」の魅力にはまってます!

よく見るとかわいいし、健康も管理できるし一石二鳥?

「うんこは汚い」ってイメージも、実は反日勢力のものによるらしいし……

海外だとセレブもうんこにハマってるらしいよ!


#うんこがんばれ

#括約筋の躍動を止めない


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『こんにちは、ぽっくりマリサだぜ』

『ぽっくりレイムだぜ』

『今回は、反日マスゴミによる不当なうんこのネガティブキャンペーンについて解説するぜ』……


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 元兵は自身が撮影した大量のうんこ画像を折花へと提供した。うんこ画像はいろんな演出やアプローチでネットの海に放流され、自分で思いついたこととはいえ、元兵は自分の恥部が世界に晒されているようで、少し気恥ずかしくなった。

 しかし、うんこを恥ずかしいものだと思う、その精神がいけない。俺はまだ、メディアの洗脳から抜けきれていないということだ。折花には今回のプロモーションのために、私財をはたいて依頼している。元兵はただただ、自分のうんこが“バズる”ことを祈るばかりである。


「不安ですか? 大丈夫ですよ。たしかにSNSやYouTubeにあげることで、垢BANはされまくってますけれど、アカウントなんていくらでも作れますし」


 そうは言われても、漠然とした不安を抑えきれない。本当に賢い人達が、うんこの魅力に気付き、洗脳から解かれるのだろうか。芸能人や文化人ならともかく、市井に生きる一般人の自分のうんこに、そこまでの力などあるものだろうか。

 元兵はカバンからガラスケースを取り出した。中で密閉されているうんこが、ニスの輝きでテラテラと輝き、元兵のささくれだった気持ちを穏やかにしていく。


「貴方は勘違いしている。賢い人達が真実に気づいてくれるのを待つんじゃないんです。私たちが『賢い人達』を作るんですよ。真実を知った人を、私たちが生み出すんです」


 動画の編集をしながら、元兵の目を見ずに応える折花。


「私たちが狙っているのは、テレビや新聞のように情報を受動的に得られるメディアを憎む層です。そうした人たちは自ら情報を“選び”に行きます。そうした人間の一部は、能動的に手に入れた情報はリスクや労力を使って手に入れたものだから、間違っていたら“もったいない”と考えるんですよ。自分の選択が間違っていたという現実を受け入れることになりますし。だから、『自分から選びにいった情報は間違っていないはずだ』と考える人間が完成する。オールドメディアをどう疑うかではなく、疑っている自分でいることのほうに価値がある。だから手に入れた情報の質ではなく、どういう経緯で情報を手に入れたのか重要視する。私たちの戦略はそういう人たちをなるべく増やし、味方に引き込むことです」


 そうした、他人を見下したようなやり方でいいのだろうかと、折花の手口に疑問を抱く元兵だったが、この男は過去の仕事で実績も出しているようだし、自分は安くない金を出してるし、ネットに広がっていく自分のうんこはもう止められない。


「うんこだけに、ここからが踏ん張りどころですよ。そのうち適当なインフルエンサーが食らいついて、誰もが貴方のうんこから目が離せなくなりますから」


 心から折花を信用できないままの元兵だったが、想定していたよりも早く、その日は訪れた。

 

「TikTok見ましたか! 今、『うんこダンス』が流行っているらしいんですよ!」


 折花が差し出したスマホの画面では、若い男女が尻を振って踊っていた。


「なんか、うんこブリンバンバンボーンとか、私にはよくわからないんですけど、流行っているみたいなんですよ。でもこれで、わかりましたよね。来てますよ、うんこに大きな波が! あ、それじゃ下水道に流されちゃうか。アッハッハ! フヒッ」


 ショート動画の画面が次々と切り替わり、素人の若者からアイドル、芸人、犬まで、大股を開き、尻を揺らして、楽しく脱糞のポーズを取っている。喜ぶべきなのか、国の未来を憂うべきなのか、元兵には判断できなかった。

 

 YouTubeで「うんこ」と検索してみると、折花が投稿した動画のサムネイルがずらりと並ぶ。どの動画も、再生回数が数十万回を超えていて、うんこにビッグウェーブが来ているというのは勘違いではなさそうだった。もちろん、人気の要因となっているのは元兵のうんこである。

 そうなると、必然的に国民は「あれは誰のうんこなんだ」という疑問を抱くようになり、うんこ特定班が活発に動き始める。元兵は、自分のうんこが流行ることは願ったり叶ったりではあるが、自分が注目されることだけは避けたかった。


「ほら、ネットの有名人達がうんこについて言及してますよ。一癖も二癖もあるネット上のカリスマたちが、みんなうんこを絶賛し始めました。これからますます伸びますよ。あっ、今度は海外の有名アーティストが私たちの動画をシェアしてる!」


 想像以上の広がり方に、喜びを通り越して恐怖を感じていた元兵だったが、やがて恐れていた事態が発生した。

 折花のオフィスから自宅に帰る途中、一瞬のまばゆい光が元兵を照らした。すぐに、それがカメラのフラッシュだと気づくと、今度はマイクを持った男が近づいてくる。


「あの……今流行りの『黄金うんこ』の生みの親ですよね?」


 この報道がきっかけとなり、うんこブームの立役者として、元兵の存在を世界が認識することとなった。顔写真はもちろん、これまでの経歴や故郷に離れて暮らす家族のことまで、あらゆるメディアが元兵の素性を暴き散らした。

 殺到する取材依頼を、元兵はすべて断った。昨日は「TIME」の表紙用の撮影を断ったばかりだ。折花は絶対に受けるべきだと煽ったが、元兵は自室でただただ、ガラスケースの中のうんこを眺めて、自分という人間を見つめ直す日々を送った。

 

 気が付けば街中にうんこグッズが氾濫し、往時のうんこドリルブームのそれとは比べ物にならないほど、うんこの熱狂は世界を包んでいる。元兵が変装を施して街を歩いていると、突然後ろから話しかけられた。バレてしまったかと思って振り返ると、そこには折花がいた。


「ねえ、今度の県知事選に出ませんか?」


 何を言われているのかわからないので、一旦折花のオフィスに寄って詳しく話を聞いた。どうやら近いうちに、現職の任期満了に伴う県知事選が行われることになり、折花は元兵を立候補させたいらしい。


「今の貴方の人気なら、当選は固いでしょう。私もこっそりですが、バックアップしますから。なに、当選したあかつきには、色々と仕事を回していただければ、私はそれで……」


 元兵は当然、即座に断ろうとしたが、折花の湿っぽく熱い手が再び、元兵の手を強く握った。


「これはね、商売じゃないんですよ。国のためなんです。反日左翼がマスゴミの力を使って、うんこのイメージ悪化を働いてきたがために、この国はダメになってしまった。でも、今はどうですか? 人々はみな、『真実』に気づいた。うんこの復権こそが、沈みゆくこの国を救う唯一の手段だとわかってしまった。貴方の心の片隅に、少しでも愛国心があるのなら……子どもたちに明るい未来を残したいのなら、この選挙は出るべきなんです。貴方しかいないんですよ、日本を救えるのは」


 一ヶ月半後、圧倒的な得票数を以て、県知事に当選した元兵の姿がそこにあった。

 選挙活動中、口下手な元兵のために折花が用意した台本には、「うんこ!」と「愛国!」の二言しか書かれていなかった。実際、元兵がその二言を叫ぶだけで、選挙カーを囲む大衆は熱狂し、涙を流し、涎を垂らし、糞尿を漏らし、身の丈に合わない絶大な人気に飲まれるばかりの元兵を正義のヒーローと崇めた。


 政治のことなど、人並み程度にしか学んで来ていない元兵は、慣れない県知事の仕事に忙殺され、国のことを憂う時間も、ガラスケースの中のうんこを見つめる時間も持つことができなかった。折花は政治の世界にパイプを確保したことで、仕事の幅が大きく広がった。


 ある日、腹痛を感じた元兵は県庁のトイレへと駆け込んだ。いつものようにうんこをひり出していると、トイレがしんと静まり返っていることに気づいた。


 何ヶ月ぶりだ。こんな静寂は――。


 元兵は涙が止まらなくなった。トイレは孤独でいられる場所だというが、今の元兵には何よりも重要で、必要な事実だった。

 あれはまだ幼い頃、初めてひとりでトイレで用を足すことができて、両親から褒められた日のことを思い出した。

 うんこというのは、わざわざ誰かに見せつけることなく、ひとりで完結するものではなかったか。いつかは誰かに下のお世話になる日がくるかもしれないが、せめてそれまでは、ひとりで何もかもを済ませるべきではなかったか。みんなが当たり前にやっているようなことに大仰な飾りをつけて、名誉とか、名声とか、地位とか、権力とか、そんなものを求めてはいけなかったのではないか。

 そのとき、何者かがトイレのドアをノックした。


「びっくりした。県知事ですけど」

「おっ、やっと自分の言葉で話してくれましたね、知事。ちゃんと上の口からも出るものなんですね」


 折花はドアの向こうから話しかけた。今度は地域政党を作って、国政に出てみないかという誘いだった。折花は政治家への転身に欲を見せていた。


「……やめとくよ」


 元兵はカバンからガラスケースを取り出すと、中のうんこを便器に放り、「大」のスイッチを押した。

 この国を変えると言った手前、どこまでいけるかわからないが、せめて県知事の仕事を精一杯、頑張ってみよう。水に流してしまう前に、まずはケツを拭く番だ――。


 





 




 

 


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うんこ復権の日 ななおくちゃん @nanaoku

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