第5話 ニューカマー
「――まずは、メンバーを増やそうと思う」
波乱のオリエンテーションを超えた翌日。
早速始まった基本座学の授業を終え、食堂にて昼食を摂った後――テーブル向かいに腰を下ろして上品にカップを傾けるエレスィへと。
デュエルは基本、団体競技なのである。故に、大会出場に際しても、最低限の頭数を揃えねばその資格すら与えられない。
小規模大会ならば選手となるふれんず三体で良かったりするが、やはりある程度の規模ともなれば、プロアマ問わずに五体のフルメンバーが必要不可欠となるのだから。
基本ルールにおいては、一度に戦場に登場させる選手は一体のみである。
故に。異様に強い一体で相手のメンバー全てをなぎ倒すとの例や戦術も無い訳でも無いのだが、だとしても出場条件を満たす規定数は確保しておかねばならない。
「ふぅん……。まぁ、妥当な選択ねぇ」
流すように美麗な視線を此方へ寄越し、彼女は別段の不満も無いと話の続きを促すのだ。
「それで今はまだ、一軍だ二軍だ控えだというレベルですらないからさ。チーム内の
「授業での練習試合や駆け出しの小規模大会ならそれで済むけれど、いずればそれなりの大会出場の為にあと四体プラス控え。それに戦術面での入れ替え要員や、皆が何時も万全のコンディションと云うのも難しいのだから、いずれぞれのポジションごとに数体ずつは必要ね」
「じゃあ、当面はエレスィと別ポジの選手を探すということで進めようか」
「構わなくってよ。……あぁ、この
――生きのいい新人からの挑戦ならば、何時でも受けて差し上げて良くってよ。なんて。
「やれやれ……本当に、頼もしいことで嬉しいばかりだよ」
「ふふん、当たり前でしょう? なんて言っても、私は貴方の
*
――そんなこんなで一通り授業を終えた、放課後。
廻照は、現在唯一のチームメンバーであるエレスィを連れて、広大な
「アンタんとこの選手にならないかって? あぁ、勧誘ね――良いよ」
到着するや否や、廻照は自身の観察眼を信じて目に留まった学生――リングの中でスパーリングを受けていた一体のフレンズへと声を掛けたところ、なんとすんなりと話が通ったのであった。
傍に掛けてあったタオルで肌に煌めく汗を拭いながらリングを降りて来た彼女からは、思っていた以上に快い返答が為されたのである。
エレスィとは異なり、女性にしては随分と高い身長にしなやかな手足の伸びた体躯は、常夏を彷彿とさせる小麦色。
まぁ、彼女が180センチある己と数センチほどしか違わないほどに高身長だとしても、ふれんずの中には原生においては5・6メートルの者も存在するのだから、大した驚きも無いのだが。それどころか、獣、鳥、海洋生物に無機物っぽいものから――最早、何と形容すべきか解ら姿形までより取り見取りだ。
さて置き。
目の前で通った鼻筋は美麗で凛々しく、その眼は彼女の肩口までも無い短い髪と同じように力強い黒を放つのだ。
女性らしく細く滑らかな四肢なれども、運動着から伸びたそれはいっそ芸術性すら感じられる絶妙なバランスの筋肉質を帯びており、先程運動中にちらりと見えたシャツの裾からはうっすらと割れた腹筋が顔を覗かせていた。
加えて、アスリート然とした体躯でありながら、その胸部も臀部も甘く実った果実のように大きく魅力的な形状を保っていよう。異性を釘付けにする、魔性の禁断。
人間であろうとふれんずであろうと、女性の形を保った相手故か。その身からは、爽やかで甘酸っぱい汗の薫りが鼻腔を
いずれにせよ、外観としてはエレスィとはまた異なった魅力的な美人であることに相違無いが――彼女を勧誘したのは、そんな点などでは無い。
廻照の目に留まった点は、先程のスパーリングの中にある。
リングの中での鍛錬とは言え、彼女は自身よりも頭一つ以上は大きく。丸太のような腕を持った全身金属質な光沢を放つ巨漢の選手からの乱打を、難無く受け続けていたのだから。
昨日のエレスィのように、繊細な感覚と技術で己よりも力のある攻撃を受け流していたという形ではない。
正面から鋼の嵐を、その強靭な肉体を以って受け捌いていたのである。
――故に。そんなタフネスに魅かれた廻照は、こうして彼女へと声を掛けたとの結果に繋がるのだ。
汗を拭って此方へと降りて来た彼女は、右手を差し出して爽やかで友好的な笑みと共に言った。
「アタシは、リカ。リカ・ギガスロスだ。よろしくね、色男にお嬢サマ!」
「おっと、悪い――勧誘しておいて、こっちから先に名乗るのが礼儀だったよ。俺は廻照で、こっちのがエレスィだ」
「ふふん、確かに強靭さには文句ないわ。私の覇道の一助と成るなら、傘下に加えて差し上げてもよろしくってよ?」
「はははっ、上を目指すならそれぐらい威勢も良くなくっちゃな! 任せときなお嬢サマ、見ての通りガタイの丈夫さには自信が有るんでね」
エレスィの偉そうな口調に、微塵も気分を害した様子も無く。
リカは愉快そうに笑って、廻照とエレスィの手を力強く握ったのであった。
*
「――取り敢えず、これで最低限の矛と盾は用意できたかな」
「デュエルはチーム戦だから、他のメンバーにも活躍の場を用意して華は持たせてあげるわぁ」
自信家でありながらも、エレスィは決して競技性やチームワークを理解していない訳では無いというのは実に助かる点であった。
これがもしも、暴君の如き振る舞いを見せる才能だけの我儘娘であれば、仲間集め一つとってもこれほどスムーズには進まぬことだろう。
しかし、豪奢な粒が揃っていようとも、未だ身内は二粒のみ。戦略面はともかく、競技としての最低限にはピースがあと一つ必要となる。
「今居るのが物理アタッカーに物理盾、となると……次に欲しくなるのは魔法アタッカーあたりか?」
「アタシは魔法面でもある程度は体張れるスペックだと思うけど、長期的に見ればやっぱそっち方面の専門の盾役も欲しくなるね」
「残念だけれど、舞台は主役たるこの私だけでは成り立たないことくらい解っていてよ。だから脇役や裏方――搦手の専門家に小賢しい遊撃用の仕事屋にも唾を付けておくべきではなくって?」
三人寄れば、何とやらでは無いけれど。
やはり、ゲームのように攻略サイトを眺めながら一人でうんうんとメタを考えるよりも、こうして実際の選手たちと意見を交わし合った方がより有意義な時間となるだろう。
どうせならば基礎能力の高く使い勝手の良い――所謂、人権だのトップメタだのとも呼称されるようなふれんずに加入して欲しい所だが、それこそこの世界はゲームではなく紛れも無い現実なのだ。
しかし選手にだって都合があり、当然のように此方との人格面や目指す先、方針やチーム環境に対する相性だって存在する。
間違いなく、廻照が相手にしているふれんずとは――生き物なのだから。
故に。高能力の奴が出るまで厳選などと言うのは、実に非現実的な話となる。
「まぁ、新学期は始まったばかりだし、腰を据えてじっくりやるしかなさそうだな……」
そう焦らず往こうとの結論へ達した廻照であったが――その出会いは、意外と遠くないのではないかとの予感も感じているのであった。
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