第3話 新天地
「……あー、取り敢えず、改めて入学おめでとう。お前さんたちの担任になった
割り振られたクラスへと赴き学友となる者たちも揃うと、教壇上の担任となった男が気だるげに軽い挨拶をした。
草臥れた背広を着用した、寝ぐせの目立つ中年男性。
パッと見のだらしなさはあれでも、此処で雇われている以上、教員としての能力はあるのだと思いたい。
そうして榛斑と名乗った担任教諭は、挨拶もそこそこにオリエンテーションだと言って説明を始める。
「此処は人工的な埋め立て地に造られた施設だが、周囲の自然には手付かずの場所も少なくない」
確かに――到着前は寝入ってしまっていたが、電車の窓から見えただけでも、此処に来るまでは大いに様々な自然環境が存在していた。
海、山、森林、。少し離れれば、火山に砂漠、峡谷まで。あらゆる環境が展開されていると言っても過言では無い。
「古来においては、原住のふれんずを痛めつけてから力ずくで
公式大会にも出場できないし、スポンサーなんぞ付くはずも無し。
ナンパで婦女の手を無理矢理引っ張ったら通報食らうのと同じだ、なんて。
少々俗な言い方であったが、言っていることは至極当然の常識か。
正直、この世界に来た頃には、廻照もふれんずは戦闘で体力を減らしてから捕獲するものだと思っていた。
しかしながら、此処は紛れも無く現実に存在する世界であって、生きとし生ける全ての者は、電子遊戯のキャラクターなどでは無い。
都市部などの主要な人間社会の中では当然法で捌かれるとして、辺境のふれんずたちだけで暮らす集落なんかであっても、倫理道徳に反する行いをすれば、どんな目に遭っても可笑しくは無いのだから。
一先ず。廻照たち学生を含めた監督志望の競技者がすべきことは、その他多くの事柄と同じようにルールを守って活動しなさいとの次第である。
学生身分故にふれんずとの契約に必要となるカード、彼らの体力を回復させ怪我の治療も行えるメディカルセンター。
それに加えて、各種の専門家共々、教育施設だけあって一通りしっかりと揃っているとなれば、此方としての文句の付け所など皆無であった。
と、なれば――。
「……さて。しかしお前たち、初日から退屈な話ばかりじゃつまらんって顔だな」
言うや否や。
教壇上の榛斑は、教室内を一瞥した後――ちらりと、目が逢った廻照を指して言い放った。
「ソコのエキゾチックな風体の……あぁ、
「えっ、俺……ですか?」
「そ、お前さんよ。入学式のペア組みでエラい目立ってたお兄ちゃん、ハイ立った立った! 実習教室中央のフィールドまでちゃっちゃと駆け足な」
ボサっと聞いていた訳では無いにしろ。突然の指名に、数瞬呆けた返事をしてしまったのも仕方が無いだろう。
そのまま有無を言わせぬ指示ゆえに、
やはり、デュエルの実技にも応用が利く為か。
教室は単なる座学の為の場所のみならず、ある程度動き回れるほどの広さを有する空間なのだ。なんとクラスごとに与えられた部屋の一つが、少々小振りな体育館ほどもあるのだから。
だからこそ、実技実演の際に容易に飛んだり跳ねたりすることが出来るのだろう。
これに加えて、本格的な試合の際には巨大なアリーナを使うこととなり、野外の運動場であれば、そのサイズ感も青天井だ。
金があるところにはあるものだと言うよりも、この世界における競技の立ち位置が嫌でも解るほどの力の入れ様である。
兎にも角にも、これから行うのは試合形式の実習であろう。
既に周囲のクラスメイト達からはワクワクとしたざわめきが起こっており、教師の話をダラダラ聞くより余程面白いと各々の顔に浮かんでいる。
初手から見世物のように引き出されるのは運が無かったと言わざるを得ないが、いずれは腐るほどもっともっと大きな舞台に立つことになるのだ。
故に、こんな戯れて程度を乗りこなせないようでは話にならないだろう。
そして試合形式である以上、相手が必要となることは言うまでも無い。
廻照の指名から間髪入れず、もう一人の
「じゃあもう一人は……
「ハハッ、守執
「やかましいバカ坊、さっさと指示された場所に向かえ。ちんたらしてると評定下げるぞ」
「くっ、この僕に向かって何たる言い草……! これだから風情も情緒も乏しい粗野な輩は嫌なんだ……!」
小馬鹿にした物言いをして担任から返り討ちに遭った守執は、それでも無駄に評価を落とされるのは嫌なのだろう。
苛立ちを隠そうともせず、足早に廻照の対面のフィールドへと向かってきた。
やや神経質そうながらも、それなりに整った顔立ちと佇まいには、確かにその辺を歩く一般市民とはまた違った雰囲気を感じられる。
確かに、守執コーポレーションの名は廻照も存じている。この世界においても、ゲームの中であっても。
エネルギー産業から物流を主軸に世界中のあらゆる事業へと着手し、競技の世界においても多くのプロをも抱える程の莫大な資金と社会的影響力を有する巨人の如きコングロマリットである。
故にそのトップの跡取りともなれば、彼の過剰な程に全身から充ち溢れた自信は可視化されそうなほどでに噴出しているのも分からなくもない。
それはさて置き――はてさて、と。
こうして、お膳立ては為されたものの。廻照自身、実際の対人における試合形式は初めてなのである。
無論、ルールや事前に勉強していたし、システムやら技術・戦術面においてはゲームの中で嫌と云うほど磨いてきた。
だが、やはりこうして面と向かって現場へ立ってみると、言い様の無い感触が己の中へと巻き起こるのもまた事実である。
高揚のような期待のような昂ぶり。
しかしながら、そんな廻照の様子を緊張とでも受け取ったのだろうか。
守執は相も変わらず人様を見下すような態度を以って、此方へと言い放つ。
「――君! 先程は少しばかり目立っていたようだが、タダの一学生がこの僕より輝かしいなんてことは有り得ないということを覚えておきたまえ!」
「いや、別にあの場で目立ちたかったわけでも何でも無いんだが……」
「ハンッ! 人には分相応という言葉がある様に、時には自己を顧みて慎みを覚えるべきだよ君ぃ。世界の主役であり導き手であるこの僕に対し、君のような者は精々引き立て役として活躍して欲しいものだね。」
「……まぁ、程々に楽しもうや。競技の世界じゃ、結果こそが全てなんだろ?」
「そう! 結果を出してこそ、人間は社会において認められるのさ! 僕が何時だって、栄光に満ちた勝者なんだ!」
一点の曇りもない程に揺らがぬ言葉を響かせた守執が
プロのライセンスはまだ所持していないが、此の時だろう。
――此処からきっと、廻照の競技者としての生活が幕を開けたのであった。
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