第1話 目が覚めれば、其処は……

 ――夢を、見ていた気がする。


 幼い頃から大好きなゲームがあって、それは日夜進歩を続けていた。


 最初は、小さな携帯端末の白黒画面の中から始まって、素朴な和音と共に拙いドット絵がちょこちょこと揺れている程度の電子の玩具。


 しかし気が付けば、パソコンを通じて美麗な3Dモデルにて身体を得た存在が、縦横無尽にネット上を駆け巡る程に成長を遂げていた。


 遠く離れた国々のプレイヤーとも、リアルタイムでオンライン対戦が成り立つ環境。


 世界中で大会が開かれ、優秀な成績を修めた者には賞金まで出されるのだ。


 数多の企業との提携、キャラクターグッズの展開、メディアを座巻などなど……。


 最早それは、単なる子供のお遊びの範疇に止まらないほどに、世界的なムーブメントを巻き起こしていたのだ。


 ――とは言え、所詮はゲームとしての範疇だろう。


 世界大会の優勝者であっても、プロ野球選手の年俸には到底敵わないし。


 卓上遊戯を例に挙げても、将棋やポーカーのプロプレイヤーの方が遥かに良い稼ぎを叩き出しているのが事実である。


 企業とのタイアップなどがあるのもゲームや登場キャラクター自体に対する評価であり、その中の大会にて結果を出したところでちょっとネットニュースで取り上げられるレベルである。


 少なくとも、例え一度の大規模大会で優勝者へ賞金が出されたところで、これだけで生計を立てていける人などほぼ存在しなかった。


 シニア大会という名の大人オンリーの枠組みもあるとは言え、結局は子供の遊びに毛が生えた程度の遊戯なのだ。


 その、はずだったのに……。



『次は~學苑スコラ前~學苑前~。お降りの方は、お忘れ物の無いように……』



 マイクを通した一本調子なアナウンスが車内へと流れ、それに伴い廻照かえでの意識も覚醒する。


 目覚めと共に感じるのは、前の座席の背もたれと電車独特のシートの匂いか。


 ……身体の僅かなこり具合からしても、どうやら今まで浅く寝てしまっていたようだ。



「まぁ、結構長旅だったからな……」



 なんて誰に聴かせるでも無く独り零しながら、隣の空いた座席の上にて伸びをする。


 元より荷物は少ないとは言え、大部分は先に新居となる学生寮へと送っていた。


 故に手荷物は、足元に置かれた円柱のバッグが一つだけ。実に身軽な恰好である。


 そうして身体を解す内に、間も無く目的である駅へと自身が乗る車両は到着したようだ。


 ――今からどれだけ前から良く知らないが、とある地方の一角。


 木々と陰が鬱蒼と茂った山を越えた先。


 冴えない漁港を有するだけの地方都市へと再開発の手が入り、寂れた海岸地帯を埋め立てることによって、新たなる近未来都市が誕生した。らしい。


 そこへと建てられたのが、此度廻照が所属することとなる競技者養成機関――通称、『學苑スコラ』だ。


 この世界的において、最大のエンターテイメントである『デュエル』という名の競技。


 人間が契約を交わした『ふれんず』を鍛え、競技性を以って力を競い合う。


 の感覚で言えば、スポーツと格闘技を併せたような立ち位置だろう。


 ――廻照にとっては、人気があれども単なる創作物ゲームの中の出来事でしかなかったお遊び。


 それが此処では、何よりも人々を熱狂させる娯楽どころか。


 既に社会構造にすら食い込んでいる、世界的なシステムの一部ですらあったのだ。


 その立役者である監督プレイヤー選手ふれんずを一端の競技者として磨き上げる場所こそが、この學苑に他ならない。


 故に、何やかんやで。


 自分自身も良く解らないままにこの世界へと放り込まれていた廻照は、自分の食い扶持を稼ぐため。


 ……何より、あれだけ好きだったゲームと酷似した世界へと足を踏み入れたのだから、と。


 己の可能性と培ってきた技量を駆使し、プロの競技者と成るべく。


 何処まで己の力が通用するのか、栄誉を手にすることが出来るのかを確かめる為に――此度、學苑へと通うことにしたのであった。


 無論、此処を卒業したからと言って、誰しもがプロへの道が拓かれる訳では無い。


 それどころか、大半は他の競技の世界と同じように、望んだ結果が出ずに志半ばで道を違えることとなる。


 更にプロの領域へと足を踏み入れたところで、必ず大成が約束されているなどと考えることはお門違いなのだから。


 学生気分など通用するはずもなく、専門の競技者の中においても、明確に上と下という形にて格付けが為されるとの現実は着いて回る。


 それでも栄光への道はその先へと確かに続いており、中には學苑在籍中に既にプロと遜色のない力を発揮し、結果を叩き出す者も存在するという。


 故に誰しもが、この學苑にて栄華への道を昇り、頂点を掴むことを夢見ているのだ。


 ――と、さながら他人事のように考えている廻照であるが。勿論、そんな酸いも甘いも自分自身へと当て嵌まるということも理解しているつもりであった。


 無論、別世界で生まれ育った己が、本当の意味でこの世界を理解しているのかなど知る由も無く。


 あくまで現状と得られた情報における肌感覚にて、そう判断しているに他ならないが。


 

「いずれにせよ、此処には仲間のふれんずどころか知り合いの一人もいないしな。學苑に着いてから、腰を据えてやるしか無さそうだ」



 荷物片手に電車を降りた廻照は、一人そんなことを呟きながら駅のホームを進み抜け、本日入学式を行うという学び舎の広場へと向かっていたのだった。




        *




『――以上で、學長からの挨拶を終わります。続きまして……』



 激励、訓示、注意などなど。

 

 月並みな文句など皆適当に聞き流す中、すんなりとこの学び舎の長らしき老人の挨拶は終了していた。


 辺りを軽く見渡しても、騒ぎこそしないが真摯に聞き入っている者などほぼ見受けられない。


 何処の世界も、偉い人の話はつまらないものなんだな、なんて。ちょっとした共通点に対し、無駄にほっとしてしまう。


 しかしながら、先程から司会進行を行っている教頭とやらの発言によって、すぐさま会場は沸き立つこととなった。




『一先ず新入生の皆さまには、人間とふれんず――一対一にて、ペアを作って頂きます。あぁ、既に契約相手をお持ちの方はその限りではありませんが』



 先の眠気を誘う退屈な話とは異なり、一瞬にして広場の空気が緊張する。


 教頭の言によれば、早い話がこの學苑生活を送る上で共に切磋琢磨を行う――初めのパートナーを選べとの話であった。


 デュエルは、人間だけでもふれんずだけでも成り立たない。


 即ち、最低一人と一体という組み合わせが生まれ、初めて競技者として成立するのだから。


 当然。駆け出しのひよっこであろうとも、プロの競技者を目指す以上、この場の誰しもがそんなことは理解している。


 されども、こうして目の前で明確に競技者への第一歩を踏み締めることとなる以上、それこそ誰だって少なからず期待と興奮を抱くものだろう。


 無論、廻照もそんな例に漏れず、表面上は冷静に取り繕いながらも――内心は、それなりに熱量を帯びるものとなっていた。


 学び舎に来るまでに、当たり前のように人間社会に溶け込み生活をしているふれんずたちを数多見て来た。


 この世界の現代においては、人間の生存圏において、フレンズが存在していない場所など最早皆無と言っても良いだろう。


 だが、それでも――此処から廻照の競技者人生の第一歩が始まることに、間違いは無いのであった。

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