第44話「迷える少女」
「きょ、今日は低級の敵しかいないから、らくちんだねっ」
「…うん」
郊外から少し進んだ先、耕作放棄地にて私とトミコは影奴の討伐を行っていた。彼女の言うとおり今日は低級の敵しか出てこないため、苦戦することはまずない。
私はショットガンモードにしたランチャーメイスで、トミコは風魔法にて生み出した空気の刃で敵を撃破していく。数はそこそこいるものの出てきた直後には駆逐できるほどの強さしかないため、囲まれるといった心配もなかった。
だというのに、私の心と体は重い。悪趣味なチャームによって重くなった首輪を着けられ、離れた場所からリードで引っ張られているような、いつも以上に自由を感じられない環境で戦うとこうもなるのだろう。
「…ひ、ヒナちゃん、遠距離攻撃ばかりじゃなくて、接近戦も『見せて』ほしいって…」
「…了解」
今日だけは心を殺して戦わないといけない、そう思ってトリガーを引き続けていたら…無線を受け取ったトミコが私に勝るとも劣らない不快感を顔に浮かべつつ、それでも指示に従うために近距離攻撃の準備を始めた。
トミコは基本的に中距離を保って戦うタイプの魔法少女で、接近戦は得意というほどでもない。けれども現体制派に認められた彼女が近距離では無力というわけもなく、杖を槍のように持ち替えたらロッドの先端に魔法で土を纏わせ、それは鋭利な穂先を作り上げた。
私はいつも通り打撃モードに持ち替え、鈍い動きの敵に接近してメイスを叩きつける。効率だけを考えるのなら二人で遠距離攻撃を続けたほうがいいのだけど、今日ばかりはそうも行かなかった。
『本日の戦いですが、魔法少女学園の支援者が観覧に訪れます。敵は低級しか出ないはずなので、【舞踏会】のように美しく戦うことを意識してください』
魔法少女学園の存在は秘匿されている一方、日本で運営されている以上は政府などの支援も受けている。そして過激派のような学園への反発を行う存在もいるように、そうした支援の打ち切りやシステムの是正を求める人間もいた。
だからこそ、支援をしている人に対してはそれなりに見返りを用意する必要があって、そのうちの一つがインフラの少女たちの身売り──学園はあくまでも当人同士の意思としているけど──なのだろう。反吐が出る。
そして、私たちセンチネルですらそうした見返りに利用されることもある。現に今日は『戦う魔法少女が見たい』という実に悪趣味な要望があったみたいで、ここから後方には望遠鏡などを使って私たちの様子を楽しんでいる人間がいた。
(…ここにカナデがいなくてよかったな…)
カナデと離れたことに対する後悔は、あの日から一切消えていない。
けれど、今日に限って言えば『カナデを薄汚い目から守れた』とも言えて、このためにあの別れがあったと思ったら…ほんのわずかに気分が紛れた。
もちろん、自分が見世物になっている不快感は消えないけれど。
「よし、こっちはどうにかなりそう…トミコ、大丈夫?」
「うん、大丈夫っ。接近戦は久々だけど、訓練はしてたから」
縦から、横から、メイスを振り回して影奴を吹き飛ばす。学園の命令に従うのは癪だけど、今日は見栄えのいい動きが必要と言われていたのを思い出し、わざと高めにジャンプして空中で縦回転を行い、そのまま強烈な勢いでメイスを地面に叩きつけた。
魔力の込められたメイスは本体が直撃した敵はもちろんのこと、地面に当たった際に衝撃波が発生し、周囲の敵も巻き込んで跳ね飛ばす。一応この技には『グランドハンマー』という名前があるけれど、使ったことは数えるほどしかなかった。
だって私は射撃戦のほうがメインだと思っていたし、接近戦はカナデがこなしてくれていたから、それこそこういう機会でもなければ存在すら忘れていたかもしれない。
ちなみにトミコも土の槍を上に掲げて振り回したり、風魔法を纏って高速で突進したり、何度もRPGな感じの技を披露していた。多分、私よりも見栄えはいいと思う。
「ふう、これで敵は全滅…お疲れ様」
「う、うん、お疲れっ。ヒナちゃん、今日も格好良かったよ」
程なくして影奴の反応は完全に消えて、私はこの無意味な戦いから解放されたことに表情を緩める。トミコも同じ気持ちだったのか、本日初めての笑顔──ただし普段よりもぎこちない──を浮かべていて、終始私と同じ気持ちで戦っていたことに少なからぬ友情を感じられた。
その気持ちに従って握りこぶしを浮かべてみたら、トミコもまた少しだけ顔を明るくしてグータッチに応じてくれる。
「あはは、トミコも格好良かったよ。それじゃあ、今日はもう帰って」
「いやはや、素晴らしい…君たち魔法少女は、我が国の宝ですねぇ」
…そんな貴重な充実感を台無しにするようなねっとりした声音が、私たちの背中から投げかけられる。
このまま無視して帰りたいという気持ちが巨大すぎたけれど、そんな態度を取ればまたハルカさんに説教されるのは確実なので、私はトミコよりも早く後ろを振り向く。
年齢はおそらく50代後半くらいの男性で、真っ黒な髪を七三に分けており、四角いフレームの眼鏡をかけていた。レンズの向こう側にある細目はだらしなく垂れ下がっていて、拍手は送りつつもいやらしい視線を隠してはいなかった。
「魔法少女を見られて、こうして話しかけられる機会、我々でも滅多にないからねぇ…支援できたことを誇りに思いますよ」
「……どうも」
服装自体はきちっとしたスーツで、詳しい役職とかは知らないのだけど、なんでも『次官』と呼ばれている人らしい。私は政治に疎いからどれくらいの地位のかはわからないし、まったく興味もないけれど、魔法少女について把握できる程度にはえらいのだろう。
…そして、どんな国でもえらい人間ほど悪趣味な性格の割合が多そうなのは、同じな気がする。
口調こそ丁寧に思えるけど全身から出ているオーラは下水道で暮らすネズミよりも汚らしくて、私は自然とトミコよりも一歩前に出た。本当は帰りたいけれど。
「私にも君たちと同じくらいの年齢の娘がいるんですがね、最近は目すら合わせてくれなくて…まったく、国のために働く君たちを見習わせたいですよ」
「……これが仕事なので」
年齢が同じくらいの娘さんがいるのなら、私たちにそういう目を向けるのはやめてもらえませんか?
危うく心の叫びが出そうになり、私は表情と感情、その他諸々を殺して一番当たり障りのなさそうな返答をした。トミコは私以上にこういう男性の目つきに苦手意識があるのか、体を硬くして身じろぎすらしていない。
「いやぁ、本当に素晴らしい…その滅私奉公、公務に携わる我々も見習うべきですなぁ。そうそう、私のせがれもまだ30代と若いのですが、私の背中を追うように仕事に励んでましてね…おかげで独身のままで」
それ、私に言う必要ありますか? ないですよね?
今日ほど『言いたいことが言えない』という状況を歯がゆく思ったことはなかった。話したくもない相手の聞きたくもない情報を受け取った私の脳は、まだまだ育ち盛りで容量にも余裕があるはずの胃袋を膨らませるような、軽い吐き気を伴う不快感を訴えている。
挙げ句の果てにじわりじわりと私たちに近づいてきて…というか、見るからにおとなしいトミコのほうをじろじろと見定めていた。
「君たちさえよければ、魔法少女を卒業したあとに会ってもらえませんかね? その頃にはせがれも今以上に立派になっていて、交際相手としても申し分ありませんよ?」
「……すみません、そういう話はちょっと」
以前サクラ先生に聞いた話が、見たこともないはずの明確な光景として蘇る。
魔法少女を卒業した少女たちは、お偉いさんにその身を捧げることもある。インフラであれば選択肢はほぼなく、センチネルであってもそういう誘いは来るのだろう。
そしてトミコはこういう要求をされた場合、ちゃんと断れるのだろうか? 彼女の芯の強さを信じたいけれど、それでも私のやや後ろで固まったままの彼女の雰囲気を感じ取ると、不安がよぎる。
「おっと、急すぎましたかねぇ? まあ、いきなり知らない相手と会うのも怖いでしょう…なら、まずは私とゆっくり話して」
「いい加減にしろ」
この男がトミコの手を取ろうとしたとき、私の堪忍袋の緒どころか袋自体がはじけ飛んだ。
魔力だけはほとんど込めないようにしつつ、それでも全力でこいつの腕をひねりあげる。魔法を使わない基礎格闘術もならってはいたけれど、なるほどこういうときに使うのかと感心しそうになった。
「い、いだいっ!! なにをする!!」
「それはこちらの台詞だ。私たちに汚い手で触るな」
「……ひ、ヒナちゃん落ち着いて!」
魔力は込めていないはずなのに十分な反撃となったようで、男はみっともなく苦痛を訴える。本当ならこのままへし折ってやっても良かったけれど、ようやく体が動くようになったトミコに袖を引っ張られて手を離した。
相手は腕を押さえながら睨んできたけれど、もちろん私に恐怖はない。だって、私は…こういう人間から大切な人を守るために力を振るうと、もう決めたのだから。
「お前だけを守るために戦っているんじゃない。お前だけを楽しませるためでもない。私には…私たちには、戦う理由があるんだ。それを汚そうとするのなら、次は手加減はしない」
「ひっ!!…し、支援者に対してなんて態度だ! このことは報告するからな! 覚悟しておけ!」
「ご自由に。こちらも魔法少女を汚そうとしたこと、きちんと報告させてもらいます」
魔法少女は、どんな立場であっても戦いからは逃れられない。
センチネルであれば影奴やテロリストと戦って、インフラであれば国を支えるために理不尽と戦う。
そんな私たちが下卑た願望のために汚されるなんて、捧げられるなんて…認められるものか!!
しかし、こいつは運がよかった。逃げる背中を無情に見つめながら、私はランチャーメイスの砲身を握りしめる。
(…もしもカナデに手を伸ばしていたら、私はあいつを殺していただろうから)
トミコには悪いと感じる程度の罪悪感はあったとしても、もしもここにいたのがカナデだったのなら…私は多分、自分を抑えられなかった。
逆鱗に触れられた私はあの男を見るも無惨な肉塊にしていて、今度こそ更生施設行きになっていただろうから。
…いや、運がよかったのは私か。
「……ごめんね、ヒナちゃん。気持ち悪いこと、押しつけちゃった」
「ううん、気にしないで。それと、止めてくれてありがとう」
トミコはもう一度私の袖を引っ張って、申し訳なさそうに謝ってくる。もちろん私がこの子に対して憤っているはずもなく、せめて反省文か始末書は自分だけが書こうと決意した。
(…カナデ。私の戦いって意味があるのかな?)
守るべき人は遙か遠くにいて、近くに寄ってくるのはドブネズミ。
もしもこれからもそんな日々が続くのであれば、私はまた戦う理由を見失ってしまいそうだった。
【後書き】(※ここから先は本文と関係ありません)
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
この作品の続きはネオページ上にて商業連載(公式連載)しておりますので、よろしければそちらをご覧いただけると幸いです。
オリジナル小説に関しましては、当面はネオページに優先的に公開していきますので、今後ともよろしくお願いいたします。
魔法少女の反逆~重なる魔法と世界の果て~ 花田一郎 @hanada_1010
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