第24話 とりあえず自宅へ


 それだけが僕とサユリ、タイスケたちが心配してる事だったんだ……



 ハンルを見つめる一組の目があった。


 その目は真剣にハンルを見つめていた。

 

 そしてその目はハンルの本気を理解したかのように頷き、


「フフフ、不肖の息子だけれどその気があるならどうかよろしくね、セイナちゃん」


 一組の目とはヘレンであった。応接間に入ろうとしたヘレンはいち早く己の息子の様子がおかしいのに気がつき、真剣に観察をしていたのだ。


 そして、この年になるまで女性に恋をした事が全く無かった息子が、ヨウナシの友人らしい女性に一目惚れした事を理解したのだった。


 ヘレンは思った。いくら息子が思いを寄せてもセイナ自身にその気がないならば無理に婚約や結婚などはさせはしない。けれども百が一、千が一の確率でセイナが息子を思ってくれて両思いとなったならば、身分の差などどうとでもしてみせると心に固く誓ったのであった。


 何故か幼い頃から女性に興味を示さない息子にヘレンは危機感を持っていた。ひょっとして恋愛対象は男性なのか? とも疑ったが男性に対してもそんなに興味を示さない息子。

 成人を過ぎ、主人から息子へと爵位を引き継いだ時にはこれは養子でも迎えなければ息子の代でペリ伯爵家は終わってしまうとも危惧していたのだ。



『なっ、なんて可憐なご令嬢だろうか! これまで私の周りにこれほど私の心を騒ぎ掻き立てるご令嬢がいたであろうか? いや、居なかった!! 失礼だがヨウナシ殿の妻であるサユリ殿も可憐ではあるが、セイナ嬢の可憐さに比べれば全くもって及ばないと言わざるを得ない。それとヨウナシ殿の友人であるタイスケ殿の二人の妻、ルミ殿、サキ殿も魅力的な女性である事は一切否定はしないが、私の胸には何も響いては来ない。それはレン殿も同じだ。レン殿の野性味あふれる魅力も見る者が見れば物凄いのだろうがな。何よりもセイナ嬢だ!! あの可憐な髪型に眼鏡の奥のつぶらな瞳! その瞳も黒かと思えば光の当たる角度によっては黄金色になる。ああ、私は生まれて初めて異性に恋をしている。幼い頃からどんな女性をみても心が動く事が無かった私がだ。子供心にひょっとして私は男性が好きなのかと悩んだ日々よ、さらば! 私はセイナ嬢に猛アタックをかけて、その気持ちを私に向けさせて見せるぞ!!』


 ハンルがセイナに一目惚れした時の内心はこうであった。そして現在に至る……




「セイナ嬢、失礼な質問になるやも知れないがご趣味などはあるのかな?」


 お見合いかっ! 思わず僕はそう突っ込みを入れそうになったよ。


「あの、読書が趣味です」


 ちょっとだけ頬を赤らめながら答えるセイナさん。意外とハンル様に好意を持ったのかな?


 僕はそう思ったんだけど女子たちの意見は違ったみたいだ。いきなり異性にご趣味は? なんて聞かれて少し恥ずかしかったんだろうって後でサユリが教えてくれたよ。


 それからもハンル様はセイナさんに色々と質問をする。そして


「その、セイナ嬢。もしも構わなければ私と結婚を前提とした付合いをして貰えないだろうか?」


 いきなり婚約をぶっ込むハンル様。けれどもそこで待ったがかかったんだ。


「ちょっと待ちなさい、ハンル!」


 ヘレン様が現れた。やっぱり伯爵家ともなれば平民との婚約なんてってところなのかな? なんてちょっとだけヘレン様に残念な気持ちを持ってしまった僕だけど……


「早すぎるわよハンル! 先ずはお友だちとしてセイナちゃんと仲良くなって、お互いを良く知合い、それからセイナちゃんがハンルでも良いと思ってくれたら婚約でしょう。いきなり婚約を申し込んでもセイナちゃんが戸惑うだけじゃない! 全く、貴方はやっとお付合いしたい女性と巡り会えたからって順番を飛ばし過ぎよ!!」


 違った…… 僕が悪かったです、ヘレン様。なんて僕の内心の思いを知るはずもないヘレン様はそれからもハンル様に二言ふたこと三言みこと続けて小言を言ってからセイナさんの方を向いて言う。


「ごめんなさいね、セイナちゃん。いきなりで驚いたでしょう? でも息子なりに真剣に貴方の事を思っているのは母親である私が保証するわ。でもいきなりお付合いなんて無理でしょうからどうかお友だちとして息子と向き合って貰えないかしら?」


 ヘレン様の言葉にセイナさんも答えた。


「あっ、はい。私もこの世界に来たばかりで何も分からないですから…… その、先ずはお友だちとしてハンル様と接していけたらと思います」


 おや? 先ずはって事は少しは脈があるのかな?


「そ、そうだったな。母上、分かりました。友人として私の人となりをセイナ嬢に見て貰う事にします。済まない、つい気が急いてしまって」


「いえ、私みたいな地味な女子に好意を寄せて貰えるなんてと思ってしまって驚いただけです」


「地味だなんて!? そんな事は無いぞ、セイナ嬢!! この場にいる誰よりも輝いて見えるぞ!!」


 うん、まあ、気持ちは分かりますよハンル様。僕もサユリがこの場にいる誰よりも輝いて見えますからね。【恋は盲目】ってこういう事を言うんだろうね。


 それから暫くは談笑を続けていたんだけどバルさんに促されて未練たっぷりにハンル様はお仕事に戻られていったよ。


 そして残った僕たちはそのまま伯爵邸に泊まる事になって、タイスケやレンさんたちの宿屋に置いたままの荷物は執事さんの一人が受取りに行ってくれる事になったんだ。


 で、少し大きな部屋に召喚された僕たちだけで集まったんだ。

 レンさんたちにも声をかけたんだけど、


「アタシらは良くも悪くもこの世界に生まれて育った者だからね。もしもそんな便利な場所があるって知ってしまったなら抜け出せなくなるかも知れない。だから誘いは嬉しいけれども遠慮しておくよ。それに、これまでにヨウナシやサユリが携わった商品が購入出来るからね。それで満足しておくに越した事はないさ」


 って言われて自宅には来ない事に。男前だよねレンさん。


 けれど……


「私はヨウナシ様、サユリ様付きとなった侍女でございますから、何処だろうと付いて参る所存でございます」


 セレーヌさんがそう言って来るんだよね。まあハンル様とヘレン様は既に一度ご招待してるんだし、この世界の人を招待しても問題ないのは分かってるんだけど、どうもセレーヌさんは違う目的がありそうなんだけど…… 


「ヨウナシが構わないと思うなら連れて行っても良いんじゃないかな?」


 結局はタイスケのその言葉でセレーヌさんも自宅に連れて行く事になったよ。


 そして、僕たちは僕とサユリの愛の巣にタイスケ、ルミさん、サキさん、セイナさん、セレーヌさんを連れて飛んだんだ。


「おお! ここがそうなんだね!」

「素敵なお家!」

「ああ、何だか懐かしいわ!」

「ここがヨウナシくんとサユリさんの家なのね」


「広さは十分。ここでならヨウナシ様と存分に腕試しが……」


 一人だけ家についての感想じゃない気がするんですけど…… 


「とりあえず、中に入ってよ。靴を脱ぐ家なんてみんなも久しぶりでしょ」


 そう言ってみんなを自宅の中に招待したんだ。


「うわ〜、玄関が懐かしく思える日が来るなんて!!」

「サユリちゃん、お風呂って入れる?」

「あっ、私も入りたい! 宿屋だと身体を拭くだけだったから!」

「あの、私も入りたいです……」


「うん、大丈夫だよ。ヨウくん、良いよね?」

「うん、みんなが終わったら僕とタイスケも入るよ」


 僕の返事を聞いて女子四人はお風呂場へと向かった。良かった、大浴場とはいかないけどそれなりに大きなお風呂場を作っておいて。そこで僕はセレーヌさんをチラッと見た。


「良かったらセレーヌさんも入ってきても良いんですよ?」


 そう言うと、セレーヌさんは首を横に振り


「私は使用人でございますから皆様とご一緒する訳には参りません。それよりもヨウナシ様に一つお願いがございます」


 来たよ。まあ今なら女子たちもお風呂に行ってるから無様に負けたとしても大丈夫かな?


「はい、分かりました。庭でいいですか?」


「さすがヨウナシ様です。話が早い」


「えっ!? 何? どうしたのヨウナシもセレーヌさんも?」


 タイスケだけが訳が分かってないみたいだけど僕は説明をした。


「う〜んと、セレーヌさんは多分だけど極東の国の武術を学んだ人なんだと思うんだ。で、僕が刀を武器として使っているから、その腕を見てみたいんだと思う。その為に手合わせをしたいと願われたから今から手合わせするんだけど、タイスケ、立会人になってくれるかな?」


 これまでのセレーヌさんの言動を思い起こして推理した僕の言葉にセレーヌさんは頷き、タイスケは突然の事だからビックリはしてるけど、立会人になることは了承してくれたんだ。 


 それで、庭に出た僕たち三人。凡そ十メートル離れて向かい合う僕とセレーヌさん。タイスケは僕たちよりも少し離れた場所で見て貰う。審判じゃないからね。


「ヨウナシ様、手加減は無用にございます」


「えっと、僕は手加減して欲しいです……」


 僕の返事にフッと微笑んだかと思うと手裏剣が飛んできたよ!


「うわっ!? とっ!」

  

 何とか躱した僕の目の前にセレーヌさんは既に忍刀を手に迫ってきていた。けれども僕もただ躱しただけじゃない。ちゃんと態勢は整えていた。


「抜刀術【飛燕】」

「ッ!?」


 キィーンッ!!


 僕の刀はセレーヌさんの忍刀によって弾かれたけど、


「二の太刀【急降下】」


 弾かれた僕の刀が翻ってセレーヌさんを襲う。


「くっ!? 流石ですねヨウナシ様!」


 侍女服の胸部分を浅く斬り裂いただけで辛くもセレーヌさんに避けられてしまう。


「これならば私も師匠に学んだ全てを出しても大丈夫ですね!! 忍術【火遁の術】」


 セレーヌさんが組んだ両手の人差し指が僕に向けられる。そこから火が僕に向かって飛んできた。


「刀術【暴風】」

  

 けれども僕の刀の一振りで火はセレーヌさんに向かって逆戻りする。


「ッ!? まだまだ!! 【水遁の術】」


 今度は指先から水流が迸り自分に向かってくる火を消したセレーヌさん。でも……


「刀術【仕斬】」


 セレーヌさんの隙を見て取った僕は懐に入り込み首の皮一枚の所で刀をピタリと止めた。


「参りました!!」


 その言葉を聞いてからも五秒ほど刀を動かさずにいた僕。そしてセレーヌさんが力を抜いた瞬間にセレーヌさんの利き手を峰で打った。


「おいたはダメですよ、セレーヌさん」


 そして、今度こそ


「ふうっ、まさかそこまで見抜かれるとは思いませんでした。完敗でございますヨウナシ様」


 侍女に戻ったのを確認してから僕はセレーヌさんから刀を引いたんだ。


「お見事でございました、ヨウナシ様。まだまだ私の及ぶところでは無いと自覚致しました。これより更に修行を積む所存です」


 いや、あなた侍女さんですよね?


「えっと…… セレーヌさんは侍女さんが本業ですよね?」


 僕が思わずそう聞くと


「勿論でございますヨウナシ様。しかしながら私は護衛も兼ねておりますので日々腕を磨いているのです」


 戦闘侍女さんだと判明したんだよ。


「またお手合わせをお願いするかと思いますが、その際にはよろしくお願い致します」


 そう頭を下げられると頷かざるをえないよね。こうしてセレーヌさんのお願いを聞いた僕は三人で自宅の中に戻ったんだ。


「あの、タイスケ、ど、どうかしら?」


 戻った僕たちを待っていたのはアンチエイジング品、パーフェクトツーにより若返ったサキさんだったよ。二十代前半で十分に若いサキさんだったけど、やっぱり十代のタイスケの妻になるのは引け目を感じていたみたいだ。


 で、サユリがサキさんに異世界補正付きのパーフェクトツーをお風呂上がりに使用したんだって。


 うん、僕たちと同年代になったね。


「サキ!! とっても可愛いよ!!」


 タイスケも大喜びだけど、流石は主人公だね!


「ルミもますます可愛くなったね!!」


 ちゃんともう一人の伴侶を褒める事を忘れて無いんだから凄いよね。


 僕? 僕はちゃんと二人きりになった時にサユリに言ったよ。


「いつも魅力的だけど、お風呂上がりのサユリにはいつもドキドキさせられてるよ」


「エヘヘ、そんなに言って貰えて嬉しい」


 それから女子たちが揃って食事の準備をしてくれる事になり、僕とタイスケはお風呂に。


 僕とタイスケが出た後にセレーヌさんにもお風呂に入って貰ったよ。


 そこから楽しい食事会だけど、主に女子が話し合う会だから僕とタイスケは二人で僕の部屋に引っ込んで、一緒にシンペディアを見ていたんだ。そこで、


「そうそう、ヨウナシ。あの馬車は量産って出来るのかな? 空間魔法を付与してないヤツで大丈夫だと思うけど、あの馬車をヴァン王国に販売してドルガム帝国に併呑された国の貴族たちに見せれば戦争回避に一役買うと思うんだ」


 タイスケがそんな事を言ったんだ。


「馬車一つでそうなるかな?」


 僕は素直に思った通りの事を口にしたんだけど、タイスケが言うには


「だって、あの石鹸やシャンプーやコンディショナーで既に女性たちから戦争反対の意見が帝王には届かないように密かに広がっているんだよ。それに、帝国の馬車は酷いできだからね。あの馬車ならば食いつく筈だと僕は思うな」


 という事だったから、僕はハンル様に話してみるよと返事をしたんだ。


 で、その日は結局、全員が自宅に泊まって翌朝になって用意されていた伯爵邸の部屋に戻ったんだけど……


 そこで僕たちを待っていたのは涙目になって恨みがましく、


「ヨウナシ殿! セイナ嬢を連れて行くなら私も誘って欲しかった!!」


 ブチブチ言うハンル様だった……


 いや、仕事優先して下さいハンル様……


 





 

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ホントは思ってないけど、僕だけ快適でスミマセン と言っておきます しょうわな人 @Chou03

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