第23話 ハンル様の恋


 僕は思い切った金額を告げたよ!


「五百万ゴン!!」


 僕の言った金額に悔しそうな顔をする男性。そして僕を睨みつけるとギリギリと歯ぎしりしながら去っていったんだ。


 こうしてセイナさんを無事に買い取った僕たちは会いに行くと、


植生はにゅう先生、良かった…… あの、私は山都やまと静凪せいなです。その、病弱であまり学校には行けてなかったので、皆さんの顔は見覚えがあるんですけど、お名前まで知らなくてごめんなさい」


 そう言って頭を下げるセイナさん。そこで僕たちは自己紹介をしようとしたけど主人公タイスケに場を奪われたよ。


「僕は隣のクラスだったかまち太輔たいすけで、こちらが旧姓建屋たてやで現姓かまち留実るみだよ。でこっちがルミと同じクラスだった家無威いえない洋名視ようなしで、その隣が旧姓番内ばんないで、現姓家無威沙友里さゆりさんだよ。因みに植生はにゅう早樹さきも現姓は框だよ」


 タイスケの紹介に


「えっ?、えっ? ええーっ?」


 となったセイナさんだけどそこで奴隷商がやってきた。


「さて、それじゃ奴隷紋の主人登録をします。貴方でよろしいんですね?」


 って僕を見て言うから僕は奴隷商のオジサンに彼女は直ぐに奴隷から解放しますからその手続きをってお願いしたんだ。


「買ったばかりで解放しますか? まあ、良いですよ。こちらとしてはかなり大儲けさせて貰いましたからね」


 という事でセイナさんの奴隷紋は体(下腕部)から消えた。


「あの、有難う……」


 僕を見てお礼を言うから「気にしなくて良いよ」と言っておいた。それから僕たちはセレーヌさんが用意してくれた馬車二台にレンさんたちと別れて乗って、セイナさんの事情を聞くことにしたんだ。今からハンル様のお屋敷まで行ってタイスケたちがハンル様と会う予定だよ。 


 それでセイナさんの話を聞くと……


「あの、私のスキルは三つあってね。家事全般、生活魔法(全)、保護魔法だったの。それで帝国では保護魔法に注目してたみたいなんだけど…… いくら使っても私の保護魔法は一度の攻撃で壊れてしまうものだったから、結局は役立たずの烙印をおされてしまって奴隷として売られたの。帝国内では買い手もつかなくて、ヴァン王国まで流れてそこでも買い手がつかなくて…… 私、この国に来るまでは病弱な体質が治ってなくてね。この王国の奴隷商さんが教会の司祭様に頼んでくれて、完治したわけじゃないんだけどやっと普通に動ける程度にはなったんだ。それまでは横になってるだけだったから買い手なんてつくはずもなくてね。でも、この国まで来れて良かった。皆に会えて良かった。それに、私を大金を投じて買ってくれて有難う。私で出来る事なら何でもするから言ってね」


 そう言って僕たちを見てニッコリ微笑むセイナさんだけど、その表情は少し蒼白い。僕はサユリを見た。サユリは僕に気づいてセイナさんに言った。


「セイナさん、私がセイナさんの病を今から治して上げる。でも必要以上に感謝したりしないでね。私にとって重荷になっちゃうから。それと、私の旦那様のヨウくんに迫ったらダメだからね!」


 ちょっと冗談めかしてサユリがそう言うとルミさんとサキさんも、


「勿論、タイスケにも迫っちゃダメよ、セイナ」

「そうね、セイナさんは別の素敵な男性を探してね」


 と冗談めかしてノリで言っていた。でも僕もタイスケも気づいてしまったんだ。三人とも目が冗談になってない事に……


 だけどセイナさんはサユリの言葉が嬉しかったのかハンカチで目を抑えていて気づかなかったみたい。それはそれで良かったと思うよ。


「クスッ、はい。分かりました。框くんにも家無威くんにもアプローチは絶対にしません」


 その言葉を聞いたサユリは


「約束よセイナさん! 【フルヒール】!」


 回復の魔法の中でも病気の治療に使われる魔法の最上位魔法を唱えたんだ。

 えっ!? セイナさんけっこうヤバい病気だったんだね。僕は驚いたけど顔には出さないようにしたよ。


「あっ!? 治ってる!! 本当に治ってる!! 有難う! サユリちゃん!!」


 そしてセイナさんは僕の妻に抱きついた。良かったよ、ちゃんと治って。


「セイナさん、あなたの保護魔法も病気の所為で熟練度が上がらなかったの。でも今までに唱えた分の経験値が貯まってたから、今の保護魔法はかなり強力な魔法になってると思う」


 そっか、サユリは【見極眼】でセイナさんを確認したんだね。


「そうなの? それじゃちょっと使ってみるね」


 そう言うとセイナさんはレンさんたちが乗る馬車と僕たちが乗る馬車に向けて、


「【ガード】!」


 って唱えたんだ。それが本当にナイスタイミングだったって後から思ったんだよ。だって……


「よくも見捨てたなーっ! 喰らえー! 新たに覚えたスキル火炎魔法【剛炎】!!」


「アタシを見捨てた報いは受けて貰うわよ!! 喰らいなさい! 【水槍】!!」


 高橋夫妻、いやもう離婚してるかも知れないからタクスとヤヨイが二人して逆恨みして攻撃してきたんだ。どうやって奴隷商から逃げてきたのかな? 余りの売れなさに奴隷商にまでポイ捨てされたのかな?


 そんな事を思ってたらセイナさんの魔法のお陰で馬車は燃える事も水浸しになることも無く、術者の二人の元に魔法を跳ね返してたよ。


「ギャーッ! 何でだーっ!! 熱いーっ!」

「痛ーいっ! 何で私に刺さるのよーっ!!」


 跳ね返った魔法により傷つくタクスとヤヨイ。セレーヌさんが馬車から降りて二人の元に向かおうとしてるから慌てて僕とタイスケも馬車から降りたんだけど、レンさんとサックさんも前の馬車から降りてきてタクスとヤヨイを素早く縛り上げていた。


「レンさんとサックさん、物凄く手際が良いね」


「そりゃあの二人は元はある国の兵士だったからね。今はドルガム帝国に併呑されてなくなった国だけど」


 タイスケの言葉を聞いて納得する僕。


「それにしても何であの二人が? 奴隷として買い手も居なかった筈なのに。誰かが買って僕たちを襲わせたのかな?」

  

 僕がそう思った時だった。セレーヌさんがスカートをたくし上げて腿にさしていた棒手裏剣を路地裏に向けて投げたんだ。その時にスキルを発動させたみたいだ。


「【影縛りシャドウバインド】」


 路地裏に立っている男の影に棒手裏剣が刺さるとその男は動けなくなった。よく見るとセイナさんを競り落とそうとしてた男だ。

 男は動けないけど喋る事は出来るみたいだね。


「クソッ、何だ? 俺は関係ないぞ、離せ!!」


 なんて言ってる男の言葉を縛られたタクスとヤヨイが否定した。


「そんな! ご主人様の命令で我々は襲ったのに!?」

「上手くセイナを攫えたら報酬もくれて奴隷から解放するって約束したでしょっ!!」


 組む相手を間違えるからこうなるんだよ。僕は男を見据えた。


「フンッ、クソガキが! 何か文句でもあるのか? 俺を誰だと思っているんだ! これでも王都では名のしれた商会の経営者だぞ。衛兵にも知合いが多いから直ぐに釈放されるんだ! そしたらお前を絶対に潰してやるからな!!」


 そう嘯く男に静かにセレーヌさんがこう告げた。


「貴方が何方どなたか存じ上げませんが、この方はハンル·ペリ伯爵家のお客人です。あなたはペリ伯爵家に喧嘩を売ったのですよ。そして、私の名は伯爵家王都邸の侍女を勤めておりますセレーヌと申します。少しは名も知られていると自負しておりますが如何いかがですか?」


 その言葉に男が固まった。


「あっ、あっ、ま、まさか、あんたが【修羅のセレーヌ】!? し、知らなかったんだーっ!! 俺、俺が悪かったーっ、ゆ、許してくれーっ!!」


 動けない癖に土下座しようと奮闘しています…… 僕もタイスケもセレーヌさんにドン引きです。いったいセレーヌさんとは何者ですか?


「売られた喧嘩は買うのがペリ伯爵家のモットーですから、貴方もそれなりに覚悟を持って仕掛けてきたのでしょう? これから衛兵に突き出しますが本当に直ぐに釈放されるのかが見物みものですね」

 

 ガタガタと震えて何も言わなくなった男はセレーヌさんがスキルを解除しても逃げ出す事なく大人しく衛兵に捕まった。勿論だけどタクスとヤヨイも一緒にだよ。


 二人は怪我を治せとギャーギャー騒いでいたけどね。


「セレーヌさん、捕縛協力に感謝します。隊長からは確りと締め上げるとの伝言を頼まれましたのでお伝え致します」


「それはどうもご丁寧に有難うございます。ロイ隊長によろしくお伝え下さい。それと尋問結果を必ず私にお知らせ下さいとお伝え下さいませ」


「ハッ! 必ず伝えます!」


 年若い衛兵さんが最敬礼をして三人を連れて去っていった。


「それでは皆様、もう邪魔もないでしょうし伯爵邸に粛々と向かいましょう」


 う〜ん聞きたいけど聞けない。セレーヌさんの武勇伝を聞かせてくれる人は何処かに居ないかな? 


 そう思いながらも僕たちは馬車に乗って移動を再開したんだ。


「ねっ、セイナちゃん。守護魔法がちゃんと働いたでしょ? それにまだ効果は切れてないし」


 いつの間にかサユリがセイナさんからセイナちゃんに呼び方を変えているよ。まあ、仲良くなるのはいい事だよね。


「ホントだ。有難うサユリちゃん。私、これでこの世界でも何とか生きていけるかも。身体も治ったし前向きに頑張ってみるね!!」


 セイナさんはおさげ髪が似合う眼鏡っだ。その眼鏡の奥の瞳はつぶらで可愛いという言葉が似合う。背はルミさんやサキさんよりも高く、サユリと同じぐらい(百五十八センチ)だ。


 そうして楽しく話していたら伯爵邸に着いたようだよ。


「それでは皆様、応接間にてお待ち下さいね。ハンル様をお呼びして参ります」


 セレーヌさんがそう言って僕たちを置いて部屋を去った。入れ替わりにマーヤさんが入ってきてお茶を僕たちに淹れてくれる。 


「皆様、王都は如何でしたか?」


 マーヤさんの質問にそれぞれが返事をしているとハンル様とバルさんが応接間に入ってきた。全員が立ち上がって出迎えると


「ああ、いや、どうか座ってくれ。皆さんはヨウナシ殿、サユリ殿の友人なのだろう? ならば我が家の客人として迎えたのだから畏まらなくても良い」


 そう言ってソファに座るように勧めてくれたから僕たちも座った。

 で、ハンル様がセイナさんを見て固まった……


 アレ? イっちゃってる?


「あ〜、その〜。何だ、皆さんは我が領地に住みたいとの事だがここにいる全員がそうなのかな?」


 主にセイナさんを見つめたままそう言うハンル様。それに僕とサユリを除いた全員が頷いた。僕サユリは既に住んでるからね。セイナさんも頷いたのを見て嬉しそうになるハンル様。


「それで、皆さんの関係を教えて貰えるだろうか?」


 そこでタイスケがルミさんとサキさんの夫だと知り、レンさんとサックさんが夫婦でカントさんとノーハさんも夫夫ふうふと知り、セイナさんがフリーだと知ったハンル様がガッツポーズを取られたのにはビックリだよ。

 うん、一目惚れしたんだね…… ヘレン様、貴方のご子息は恋に堕ちたようですよ。


 それから住民手続きをバルさんが行い晴れて全員がペリー村の住民として登録されたんだ。


 そこからハンル様のセイナさんに向けての猛攻というには余りにも大人しい、けれども精一杯の気持ちが分かるアタックが始まったんだよ。


 バルさん、呆れて首を横に振ってないで援助してあげて下さい。


 でも、セイナさんはこの国では何の身分も無い庶民だけどハンル様と結婚なんて出来るのかな?


 それだけが僕とサユリ、タイスケたちが心配してる事だったんだ……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る