第22話 えっと、君の名は?

 そして、市場で僕たちはセレーヌさんの伝説の一端を知ることになったよ!


 市場に着くとサキさんは目を輝かせてアチラコチラのお店に顔を出して質問をしていく。

 日本でも見慣れていた果実も多くあるけど、見たことがない果実なんかもあって、木になる果実なのかどうかを確認してるみたいだ。

 タイスケに聞くと果実があればサキさんはその木を成長させる事が出来るから、気になる果実があるなら買っておけば植えて食べれるようになるよって話だった。

 僕はバナナ、サユリは林檎を買ったよ。タイスケは桃、ルミさんは柚子を買っている。

 サキさんは手当たり次第に買ってるよ。農業ギルド所属だからサキさんは売値の十パーセント引きで購入出来るらしい。


「わっ! あった! 栗!! 良かったこの国にあって!!」


 うんうん、栗って女子は好きだよね〜。サユリもルミさんも、そしてレンさんまでも嬉しそうにしている。

 その時だった、喜んでいたサキさんに前を見ずに歩いてきた男がぶつかったんだ。で、サキさんはちょっとよろめいただけなんだけど、男は転げてしまったんだ。


「いってぇーなっ!! どこ見てんだよ、このあまっ!!」

 

 転んで見上げると自分がぶつかったのが背が低い女性だと分かって男が勢いよく立ち上がってそう叫ぶ。その男の連れだろう男二人はニヤニヤしている。


 タイスケはサッとサキさんを庇うように前に出た。僕もサユリを僕の後ろにして、少し前に出たよ。何かあれば直ぐに加勢できるようにね。


 けれども後ろでニヤニヤしてた男の一人がセレーヌさんを見て顔を青褪めさせたかと思うと、まだサキさんやタイスケに文句を言おうとしてた男の頭を掴んで下に下げさせてからこう叫んだ。


「すっ、すっ、すいやせんっ!! セレーヌの姉御のお連れ様だとは気づかずに失礼いたしやした!! このバカ野郎は俺の方でキッチリと焼きを入れておきやすので、どうか平にご容赦下さいっ!!」


 セレーヌの姉御ーっ!! セレーヌさん、貴女はいったい何者ですか? けれども男の叫びを聞いた店主たちからも声が上がった。


「おおーっ!! た、確かにセレーヌ様だっ!! その昔、王都のスラム街にいた最大勢力の【丸暴マルボウ】をたった一人で、三十分で壊滅させたあの!!」


 物凄い伝説を聞いた気がするよ。


「ホントだ、セレーヌ様だよ!! マルボウから賄賂を受け取って犯罪を見逃していた衛兵十五人を五分で不能にしたセレーヌ様だっ!!」


 いや、あのセレーヌさん?


「皆様、どうか昔の事ですし尾ヒレもついた噂を伯爵家のお客人がたにお聞かせするのは控えていただけませんか? それからそちらの方」


「はい! 何でやしょう、姉御!!」


「私はペリ伯爵家の侍女のセレーヌです。姉御などと呼ばれるのは非常に不愉快です」


「失礼しやしたーっ!! これには焼きを入れますので、失礼しますっ!!」


 男三人は物凄い速さで去っていったよ。僕たちはちょっとセレーヌさんを見つめてしまうけど、レンさんだけが大笑いしてる。


「アーハッハッハッ、やっぱりあんたはアタシと同じ人種のようだねぇ! ヒィー、お腹が痛い。町のチンピラに姉御って呼ばれてるなんて!」


「レン様、その辺りにして頂けますか? 若気の至りの事ですし……」


 いや、今でもお若いですよね?


「ああ、悪かったね。馬鹿にして笑ってるんじゃ無いんだ。ただ、愉快だなと思ってね。アタシと同じような女が国が違っても居るって分かったからね」


 何だかセレーヌさんとレンさんの間で分かり合える事があったみたいだね。レンさんの言葉に


「フフフ、心根が同じならば姉妹でしょうか? レン様がお姉様でしたなら私ももう少し強くなれたかも知れませんね」


 なんてセレーヌさんが返してたからね。


 市場での買い物を終えて僕たちは王都の武器店にやって来ていた。


「おう! セレーヌじゃねぇか! またミスリルの棒小剣か? それともこの間、おめえさんが考案した十字架小剣か?」


 ここでもセレーヌさんの話が先に出るよ。というか、店主のドワーフさんが見本で並べたのって棒手裏剣に十字手裏剣だよね?


「ガンド様、本日は主様あるじさまのお客人のご案内でございます。こちらの方たちに武器を見せて頂けますか?」


 無表情になってガンド店主さんにそう言うセレーヌさん。レンさんは肩を震わせてるよ。


「おう! そうなのか! ハンル様のお客人なら無碍にできねぇな。よし、先ずはお前さんからだ!」


 指さされたのはタイスケだった。


「えっ!? 僕からですか?」


「そうだ、お前さん腰から下げてる剣は使いづらいだろ? お前さんは歩き方や立ってる姿勢から判断してこの方がシックリ来ると思うぜ。騙されたと思って手に取ってみな」


 ガンドさんがタイスケに差し出したのは杖。それも魔術師が使うようなスタッフじゃなくて、本当に歩行を助ける為の杖に見える。でも……


「あっ、何かシックリくる……」


 手に取ったタイスケがそう呟いたんだ。


「ガッハッハッ、そうだろう。お前さんにはそのじょうが相性が良いと思ったんだ。だが俺は使い方は分からんから誰か指導者を見つけて習うこった。次はそっちの嬢ちゃんだな」


 そしてルミさんになり、サキさんになり、レンさん、ノーハさん、カントさん、サックさんの順番でガンドさんは武器を手渡していったんだ。みんなが手に取った途端に長年愛用してきたみたいにシックリくるって言ってたから凄い目利きだよね。

 次はいよいよ僕かサユリの番だと思ってたんだけど……


「お前さんたち二人はその武器が一番だな。刀だろう、それは。うちにも一振りだけあるがお前さんの持ってる奴の方が業物わざものだ。それに嬢ちゃんの手斧は特別製だろ? それ以上の手斧はうちにはねえよ」


 ちょっとワクワクしてたから残念だったけど、それだけグログさんのお店で買ったこの武器が凄いって事だと納得したんだ。

 ただ、セレーヌさんがボソッと


「ヨウナシ様は刀使いでしたが…… 後でお時間のある時にお手合わせして貰わねば……」


 って言ってるのが聞こえたんだ。じょ、冗談だよね?


 それからガンドさんの妹さんが経営する防具店にお邪魔してみんなが防具を新調したよ。僕とサユリも新調したんだ。

 グログさんのお店のより良い革製の防具があったからね。しかも前の防具を下取りしてくれたから少し安く買えたんだよ。


 次は本屋さんに向かった。タイスケもルミさんも嬉しそうに本屋さんを見て回っている。レンさんたちは外で待ってるって言って中には入らなかったよ。で、僕はこの世界の小説を前にしてどちらを購入するか悩んでいたんだ。


 一つはタイトル【心優しい聖女様は慈愛の精神で性愛する】で全三巻。


 もう一つはタイトル【勇者の友人、寝取られた幼馴染を諦めたら剣聖女性女、守聖女性女、光聖女性女、魔聖女性女真聖女神性女たちから性愛されて魔王を討伐しちゃいます】で全八巻なんだ。


 一巻が三千ゴンもするけど買えない額じゃないから二つとも購入しようかと心に決めたらサユリの手にした小説のタイトルが見えたよ。


【継承権の無い第二王子様は騎士団長候補と宰相候補を籠絡する。国が傾く? それとこれとは関係ないでしょう?】だった。


 チラリと見えた表紙絵がBLボーイズラブだねぇ。それも全十巻みたいだね。僕もサユリもお互いの本の趣味については何も言わないって約束してるからね。


 それぞれが読みたい本をカウンターに持っていったんだ。それを見ていたタイスケとルミさんが羨ましそうに見てくるから、僕は二人に言ったよ。


「人生、何があるか分からないんだから読みたい本を読むべきだよね」


 僕の言葉にハッとした顔をした二人は互いに頷きあってサキさんの所に言って三人で話合いを始めた。そして、それぞれが読みたい本を購入したみたいだよ。


 因みに言っておくけど僕の購入した小説はタイトルほど如何わしい内容じゃ無いからね。性に関する表現はR12レベルなんだよ。


 こうして楽しく本屋で買い物をして、いよいよ王都で一番のレストランでランチを頂く事になったよ。時間もちょうど良かったからセレーヌさん流石と思ったよ。


 レストラン【マッタ·キテ·ネー】は高級レストランというわけじゃなくて、ただ美味しいから一番の人気店なんだって。貴族の人も食べに来るそうだけど、ちゃんと順番待ちをするそうだよ。以前、横暴な貴族が割り込もうとした時にシェフがそれならこの王都ではもう店を出さないって叫んだら、その時にお忍びで来てた王太子殿下が「それは困る!!」

って叫んで正体がバレて…… そこでその横暴な貴族を懲らしめた上で、お店に順番待ちをしない貴族は王太子の名の元に裁くと書状をしたためて飾らせてるそうだよ。

 それぐらい美味しいお店なんだって。


「ペリ伯爵様のご予約でございますね。承っております。ご案内致します、こちらでございます」


 タツ少年はちゃんと予約を入れてくれたんだね。お店に入ってセレーヌさんが言うと直ぐに十人ぐらいが余裕を持って入れる部屋に案内されたよ。


「皆様、本日のおすすめランチでよろしいでしょうか?」


 給仕の人がそう聞いてきたので僕たちは頷いた。


 ランチは素晴らしかった!


 豚面鬼オークのステーキがメインで、パンは小麦の香り高い白パンで、スープはほうれん草のような野菜(実際にほうれん草の近種)を使ったポタージュで、スイーツはベリーシャーベットだった。


 オークだから豚肉かと思ったけど牛肉に似ていてとろける脂がたまらなく甘かったんだ。女性たちは毎日これを食べると確実に太るねなんて言い合っていたよ。

 パンに関してはこのお店のレシピと焼き方が職人ギルドで販売されてるって聞いたからルミさんが買いに行くって言ってたよ。


 全て大満足なランチだったから、王都にいる間にまた来ようねと皆で話し合ったんだ。


 お店にご馳走様でしたと、給仕の人やシェフにとチップを含めて渡して会計を済ませて、いよいよ奴隷市場に向かう事になった僕たち。ホントは僕たちは遠慮しておこうかなと思ったんだけど、カントさんからもしもお金が足りなかった時に貸して欲しいからとタイスケが頼まれて、それならと僕たちも後学の為に行く事にしたんだ。


 そこでまたとある人たちと再会するとは思わずにね。


 セレーヌさん曰く、奴隷市場で扱っているのは主に借金奴隷で、偶に戦争による捕虜奴隷が居るらしい。戦争自体は遠い場所であっても売れなかった場合にこの国まで奴隷が流れてくる事があるんだって。


 奴隷市場に着くと既に販売会が始められていたよ。奴隷商が自分の仕入れた奴隷を壇上に上げて最低額を告げる。その奴隷を購入したい人が最低額を超える金額を言う。最終的に一番高い値を付けた人が購入するというオークション形式らしい。


 カントさんとノーハさんは借金奴隷でもまだ子供だと言える年齢の子を求めているみたいだ。自分たちに懐いてくれるようならば、奴隷から解放して了承してくれたら養子にするつもりみたいだ。

 子供の借金奴隷って可怪しいって思ってたら、お金を支払えなかった親が子を売るらしい……

 昔の日本でもあったと歴史の授業で聞いていたけど、売られた子は可哀想だよね。でも中には売られて良かったと思ってる子が殆どなんだって。

 何故ならそのまま親と一緒にいても満足に食べる事も出来ないから。

 

 奴隷商に買われた子たちは奴隷商からちゃんと食事や毎日ではないけどお風呂、それに最低限の礼節や望む子には読み書き計算まで教えるそうだよ。

 読み書き計算が出来る子は高い値が付くかららしいけどね。勉強して読み書き計算を覚えた子は借金額が減るというメリットもあるから頑張る子が多いそうだよ。

 勉強が苦手な子は剣や槍なんかも学ばせてくれるそうだよ。スキルが芽生えたら借金額が減るらしいからそれも頑張る子が多いそうだよ。

 

 僕たちが想像していた奴隷とは違ってちょっとホッとしたのもあって、僕やサユリも奴隷の売買を確りと見る事にしたんだ。


 カントさんとノーハさんは六歳の女の子と八歳の男の子を無事に購入したよ。

 六歳の女の子はハキナちゃんで、八歳の男の子はコウリくんだ。二人はノーハさんの身体の大きさに少し怯えたみたいだけど、ノーハさんが大きな身体をしゃがんで縮めて二人に目線を合わせてから


「よろしくね、二人とも」


 って挨拶したら泣き笑いの顔になって


「はい、よろしくお願いします。ご主人様」


 って嬉しそうに言ったよ。ハキナちゃんは五万五千ゴンで、コウリくんは七万八千ゴンだったよ。


 で、奴隷市場での用事が終わったから出ようとした僕たちに、出てきた奴隷から声がかけられたんだ。


「あっ!! 助けてーっ、植生はにゅう先生!! 元同僚でしょう!?」

「おお! サキくんにタイスケにルミ!! 助けてくれっ!! 私たちを奴隷から解放してくれ!!」


 その言葉に振り向いたタイスケたちは声をかけてきた二人を見て三人とも


「「「ゲッ!?」」」


 って嫌そうに言ったんだ。ああ、見る影もないけど高橋夫妻先生だね…… いや、あなた達は奴隷のままが良いと僕は思いますよ。


「おっ! そこに居るのは家無威じゃないか!! 見れば侍女なんか連れてるし、さてはお前金持ちになってるな!! さあ、早くお世話してやってた先生を救え!! あ、この女はどうでも良いぞ! コイツは役立たずだからなっ!」


「キィーッ! 何をバカな事を言ってるのよ! 役立たずはあんたの方でしょ!! 家無威くん、いつも先生が庇って上げてたでしょ? さ、こっちのバカ男はどうでも良いから先生を助けてちょうだい!!」


 いや、無理です。いつもイジメられてる僕を見てニヤニヤしてただけのお二人を助けるわけないですよね? どんな思考回路をされてるのか不思議に思いますよ。


 で、僕は二人の声の大きさに気づかなかったけどもう一人、同級生が居る事に気がついたんだ。


 彼女は確か…… えっと…… う〜んと……


「タイスケ、ほら、あのって同級生だったよね?」


 僕がどうしても思い出せずにタイスケに振ると、


「あ、本当だ。僕とも違うクラスだった、名前は確か…… え〜っと…… 」


 なんとタイスケも思い出せない。仕方なくルミさんを見たらルミさんも頭を抱えている。

 最後の望みとしてサキさんを見たら、


「三人とも覚えて無いのは無理ないわ。彼女は山都やまと静凪せいなさんよ。病弱で学校にはあまり来れてなかったから。たまたま召喚された日は体調が良くて学校に来ていたのよ。でも、何で彼女が奴隷に?」


 高橋夫妻は奴隷商が告げた最低額が五百ゴンだったけど誰も買おうとせずに、最終的に二十ゴンまで下がったけど買い手はつかなかったよ。

 で、セイナさんだけどサキさんに言われて僕たちで買う事に。


「こっちの娘さんは読み書き計算も出来ますし、簡単な家事、料理、裁縫も出来ます。なので始まりは五万ゴンからです!」


「十万ゴン!」


 おっといきなり倍額だって! タイスケが慌てて


「二十万ゴン!!」


 更に倍額を言う。


「五十万ゴン!!」


 更に跳ね上がる金額。見るとセイナさんを買おうとしている男性は下心満載の顔だった。そんな男に買わせる訳にはいかないよね!


 僕は思い切った金額を告げたよ!



 

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