最終話 ライン入手は彼氏になるために必要な事

「大成功のお礼がいつものファミレスとはね」


「仕方ないだろ。オレはしがないADなんだぞ」


「そうね。この辺はあなたの出世払いにしておきましょう」



 今回の奢りは二品でなく十品なので、美姫香は何を頼もうかと、メニュー表に顔を隠してガン見している。



「デザートは別かしら?」


「込みだ」



 美姫香は「ケチね」といって、またメニュー表に顔を隠す。



「でも運が良かったわね。一年かからず澄嶋真織に会えた上に、仕事も完璧にこなすなんて」


「一回こっきりの特番だけどな」



 とはいえ、元々の計画では三年かけて近づくつもりだった。それが半分以下の時間で達成できたのは僥倖と言わざるを得ない。



「その一回にたどり着けない人は星の数ほどいるわ。この件に関しては、自分の運の良さと努力を称えなさい」



 努力か。確かに運が良かったが、それだけじゃないのは自分でも分かる。


 まののんと仕事をするために、ラジオの制作を目指した。ラジオの制作になる為に、B&Dアカデミーに入所した。B&Dアカデミーで知り合った人達の信頼を得るために、思いつく限りの行動をした。使ってもらう為にプロデューサーに売り込みをして、番組を担当させてもらった。


 あの間の準備も、アカデミーでの動きも、ADになってからの頑張りも、全部がまののんに繋がっている。その努力に運が味方してくれたからこそ、一歩を進められたのだろう。


 それに何よりも。 



「美姫香ありがとう。お前が言ってくれなかったら――」



 まののんと付き合いたいと思ったのはオレだが。



「――たぶん、オレは何もできなかった」



 その行動はコイツがいたから起こせたと思う。



「何の事かしら。私はあなたに何か言った覚えはないわよ」



 美姫香はオレの夢を無謀でバカだと一笑しなかった。可能性がゼロだと思わなかった。どんな一般人(パンピー)でも勝算はあると言ってくれた。


 瀬野美姫香の応援と助けがあったから、この道を行く一歩を踏み出せたと思っている。



「ん?」



 頼んだ料理が美姫香に届いたと同時に、オレのスマホが振動した。


 スマホを見ると百道さんからのラインが届いていた。何か雑務でも任されるのかと思ったら、「やったよ!」から文章が始まっていた。



 『やったよ! この前の特番の評価が高かったおかげで、新しい仕事がもらえた。また羅時原さん案件だが、澄嶋真織さんとレギュラー番組だって。俺がディレクターで、佐久間くんはサブディレクターだって。作家はまだ決まっていないらしいから、詳細はまた連絡するね』



「まののんとのレギュラー番組!?」



 一瞬まわりをザワつかせるくらいの大声が出てしまった。「あ、なんでもありません……」と、周囲に笑顔でフォローを入れて、もう一度ラインを見直す。しかし何度確認してもレギュラー番組と書かれている。



「良い流れね。あなたの行いがしっかりと次に繋がっているわ」



 信じられない事実だ。たしかに、こうなればいいなと羅時原さんを焚きつけたが、こんなはっきりと形になるとは。



「サブディレクターなら大チャンスがありそうね。百道って人が別案件でスケジュールが合わなかったら、颯太がディレクターをやるかもしれないもの。颯太のキューで澄嶋真織が喋るなんて、最高なのではないかしら?」



 「普段はADと変わらないけど、それでも十分最高だしな! あ、もしオレがディレクターになったら番組立案とかできるな! ああああっ! たまらねぇぇぇぇ!」



 栄化放送のスタジオの中、オレのキューを確認する為に、まののんがオレを見ている。



 なんと素晴らしい。幸せすぎる空間じゃないか!


 オレの脳内がまののんとの妄想でいっぱいになってると、もう一度スマホが振動した。



「どうしたの? 何故スマホを確認しないのかしら?」


「……ちょっとフラグ感が怖くて」



 嫌な予感がした。浮かれてた後に来る連絡なんて、マイナスの内容にしか思えない。創作の世界なら鉄板の展開だ。


 例えば「でも佐久間くんは次のサブディレクターが見つかかるまでの採用ね」とか「でも佐久間くんは基本的にスタジオに来れないよ」とか「でも澄嶋さんは遠隔参加だから現場には来ないよ」とか、上げて落とすなんて基本中の基本である。


 オレは恐る恐るライン画面を見た。


 そこの表示されているのは新しいライングループだった。


 ――ふう、ビビらせやがって。さすがに神様もそんな残酷展開(テンプレ)にはしなかったか。


 ライングループへの登録を許可すると、すぐに『百道です。よろしく!』とグループ内にメッセージが表示される。オレも『佐久間です。よろしくお願いします』と書いて送信する。


 その後、可愛らしい小熊のアイコンの人物の返信が続く。



 『澄嶋です。百道さん、佐久間さん、またよろしくお願いします』



 アイコンには“澄嶋真織”と書かれている。



「なっ!?」


 頭では分かっている。これは当然の返信だ。オレは澄嶋真織のラジオ番組のサブディレクターになり、その仕事用ライングループが作られた。そこにいるメンバーは番組に関わる者達であるから、オレがいて百道さんがいてまののんがいる。だから、まののんは仕事仲間に挨拶をしただけだ。


 そう、分かっている。そうであると自覚している。そしてこのライングループは、いつか番組が終わればなくなってしまうモノだとも理解している。


 でも。でも、だ。


 で、も、だ!


 オレは今、まののんとラインができるようになった。


 彼氏になりたいくらい大好きな声優とやり取りができるようになったのだ。


「ああああああああああああああああ!」


「リアクションの忙しいADね」


 美姫香はオレが言わずともわかっているらしい。


 ハンバーグを口に運びながら、感激で泣き崩れるオレを冷静に見つめていた。



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好きな声優と付き合える方法 三浦サイラス @sairasu999

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