第27話 好きな声優に自分の名前を個人的に呼ばれます
「え?」
流石にこれは想定外だったのか、羅時原プロデューサーから気の抜けた声が聞こえた。
「この前みたいにブースの中で卓球とかだと困りますが、これはマイクの前でやる事です。声優の領域ですし、これくらい挑戦的な方が澄嶋もやりがいがあります」
オレは稲積さんと直接話をさせてもらっていた。
百道さんにお願いして稲積さんに連絡をとってもらい、完成台本をオレが直接渡しに言ったのだ。その時、企画に関してオレの考えや、まののんに対する考えも全部話した。
そして企画の許可をもらったのだ。
「……わかりました」
羅時原マネージャー。あなたに熱意は届かないのかもしれない。でも、本当にまののんの事を考えている人には熱意が最も信頼の証になるんだ。
稲積マネージャーは最もまののんの近くにいる人で、それは即ちまののんの一番の理解者だ。もし、羅時原さんが何か言ってきたとしても、マネージャーの信頼を得て味方についてもらえれば、企画を実行できると思ったのだ。
「稲積さんがそうおっしゃるなら問題ありませんね……」
事務所のマネージャーが良いと言っている。なら、プロデューサーがやらせないとは言えないだろう。
「という事ですので、打ち合わせを続けますね♪」
凪杦さんが悪魔の様な笑みを浮かべていた。相当気持ちが晴れたのか、あからさまにテンションがあがっている。声も浮いている。――今更だが、凪杦さんって結構二面性ある人だよな。
すっかり静かになった羅時原さんを尻目に、オレ達は意気揚々とその後の打ち合わせを滞りなく終わらせ、ついに本番がやってくる。
「不思議な光景だ……」
オレは誰に聞かせるでもなくボソリと呟いてしまう。
栄化放送のスタジオにまののんが座っている。そしてブースの外からオレがそれを見ている。
「まののんと一緒に仕事をしている……ただの声優ヲタでしかなかったこのオレが……」
これは少し前まで妄想の世界だったのに、今は現実だ。
凪杦さんが緊張をほぐす為にまののんと楽しそうに話している。ちょっと悔しいが、それはブースの中の人の仕事だ。オレはブースの外で全力を尽くそう。
百道さんの指示で収録を回す。ブースの中も準備OK。まののんがキューを確認するためこちらを見ている。
オープニングBGMドン。全員が百道さんの右手に視線を集めた。
右腕がヒラリとひっくり返り、キューが出た。
「みなさんこんばんは。緊急特番、エレメンタルディラクション放送、パーソナリティの澄嶋真織です」
各所チェック。収録、まわってる。クライアントさん、ちゃんとついてきてる。進行、問題なし。
羅時原プロデューサーも腕を組んで大人しくブースの中を見ている。本番が始まってしまえばプロデューサーのやれる事はない。ここからはディレクターが指揮をとる世界だ。
オープニングのまののんの挨拶が終わり、ゲーム紹介が始まった。オレはゲームの公式ツイッターが連携をしていく段取りが滞りなく進行しているかチェックする。
ゲーム紹介は台本四ページ分の紹介があるので結構長い。これだけ長いとその内ずれていってしまうのは確実なので、どこまで進んだかを細かく百道さんに報告していく。
まののんも慌てずゆっくり、こちらの様子を伺いながら読み進めてくれている。
今更ながら感動する。今まさにオレ達とまののんが力を合わせて番組を作っているのだ。実感して鳥肌がたつ。
クライアントさんのツイッターの画像アップが少し滞ったので、それを百道さんに報告する。百道さんがトークバックを使って「少しコメントを入れて引っ張って」と、まののんに指示を出した。
まののんが素早く対応する。生放送でトラブルがあっても、それが伝わらない様に対処していく専門家(プロ)同士の連携に見惚れてしまう。
番組前半のゲーム紹介パートが終わった。オレがまののんに惚れ込んでいて高く評価しているのを覗いても分かりやすい説明だった。台本を作った凪杦さんも流石だが、それを声だけで相手にしっかりイメージさせていくのは声優さんの凄いところだ。
ラジオでゲーム紹介なんて難しいと思ってた。でも、よく考えれば、今みたいな配信環境が整う前は、こういう風にラジオを使って情報を出していた時期があったはずだ。
「それではそろそろ曲に入りますので、良きとこで紹介お願いします」
百道さんの指示が飛んだので、いつでも音素材を出せる様に備えておく。
まののんのキッカケ台詞の後、ディレクターがオレに対してキューを出してくれるので、それを見逃さない様に待つ。
「……はい、曲どうぞ!」
このやり取りは、芹沢さんとの番組で何度もやったので手慣れたものだ。
曲が流れて、まののんにほんのわずかなブレイクタイムが訪れる。手元の水で水分補給をしながら、凪杦さんとこの後の流れの確認をしていた。
オレはこの時間を使って、出演してくれる視聴者の方に連絡を取らなくてはいけない。
あらかじめこれくらいの時間に連絡すると伝えてある。電話をつないだ状態で待機してもらわなくては。
卓と繋がっている二台のスマホの内、一台を使って電話をかける。スマホが二台繋がっているのは、一人目と話しているうちに二人目と連絡を取り、一人目が終わったら隙間なく二人目と話せるようにするためだ。
「栄化放送佐久間です。そろそろ出番になるので、準備をお願いします」
「わかりました。こちらの準備は整っているので、いつでも大丈夫です」
突然連絡がとれなくなる人もいるので、少し心配していたが問題なさそうだ。この番組で失敗しそうな大きな要素の一つであっただけに、時間をかけて精査した甲斐があった。
これでこちらの準備は完了だ。
曲が終わる。
「三……二……一……どうぞ!」
百道さんのキューが飛んだ。
「エレメンタルディラクション演劇部、アドリブオーディション!」
元気のいいタイトルコールが響く。
「このコーナーは、エレメンタルディラクション演劇部の次回の演劇発表会に出演するために、アドリブで芝居をして役を勝ち取るガチンコオーディションです。アドリブ! なにやら怖いワードが出てきましたね。あらかじめ設定を決めたキャラクターからセリフを受けて、それがどんな設定なのかを瞬時に判断して、アドリブでセリフを返していくみたいです。そしていくつかやり取りをした後、それがどんな設定だったのかを解答します。なるほどー。わたしにはこの設定は教えてもらえないんですね。更に、そのやりとりをするお相手はなんと視聴者さんらしいです! これ完全にわたしがいじめられるやつですよね? どうぞお手柔らかにお願いします」
まののんの表情を見るに楽しそうだ。思ったとおり、こういう試される系の企画は好きらしい。
こっちで用意しておいてなんだが、オレだったらラジオで知らない相手と即興で何かやれなんて、ずっと挙動不審のまま終わる。だが、まののんは不敵に笑っていたし、実際今楽しそうにしている。
いつぞや百道さんが言っていた「売れている役者は心に一本筋を持っている」というのは言いえて妙だなと思った。
「それでは最初のお相手に登場いただきましょう」
百道さんがスマホに接続されているチャンネルのフェーダーを上げた。
「もしもーし。繋がってますかー? まずはお名前よろしいでしょうか?」
「ラジオネーム、バリバリ越前といいます」
「バリバリ越前さん! 強そうなお奉行さんみたいですね。本日はよろしくお願いします。緊張してますか?」
「き、緊張してます」
「大丈夫です! わたしも緊張してます。うまくやろうとしなくても、せっかくなので楽しんでもらえればなと思います」
そう言ってもらえるのは嬉しいが、自分の好きな相手を前にして緊張しないなんて無理だと思う。バリバリ越前さん頑張れ。君の最高の思い出を作れ!
「それではバリバリ越前さんがどんな設定を用意してきたのか? オーディションスタート!」
「は、はい。ではいきます。…………あ、いたいた。悪かったな、呼び出して。今日は部活が休みって聞いたから、時間あるかなと思って。えーと、そういえば今日の英語の授業、答え教えてくれてありがとうな。昨日徹夜でゲームやってたら、今日あてられる事すっかり忘れて――」
一人目は割と簡単な設定を採用した。セリフの中にヒントがたくさんあるので、どういうシチュエーションか分かりやすいはずだ。
「ふーん。わたしをこんなところに呼び出して、そんな話がしたかったんだー。せっかく大事な話があるのかと思って気合入れてきたのに、ちょっとガッカリだな。君って、いつもここぞっていう時は、そうだよね」
いたずらっぽい喋り方に相手との距離感、さすがだ。これはまののん、絶対に設定を読み切っている。しかも相手のセリフを誘導までしている。
「え、えーと……ち、ちげーよ! 話したい事は別にあるんだよ。ただ……」
「ただ、なに? 言いたい事があるなら、はっきり言って欲しいな。男だろー?」
企画とは言え、まののんにこんな風に言ってもらえるとは。正直、オレが応募したかった。
「あのさ、あの、俺さ」
「……うん」
「お前の事が、その、好きなんだ」
「……そっか。……やっと言ってくれたね」
「俺と、付き合ってください!」
「……わたしも、ずっと好きだったよ」
チーン!
終了のチンベルの音が響く。はいはいそこまでそこまで。そこまでだからなオイ。
「はーい! という事でここまでです。バリバリ越前さんどうでした? 設定に沿ったシーンになりましたか?」
「は、はい! 完璧でした」
「ありがとうございます。ではわたしからの回答です。この設定は“クラスメイトが放課後に告白”です。どうでしょうか?」
ピンポーン!
「やったー! 最初のセリフでシチュエーションが結構しぼれたので、割と自信がありました。話をはぐらかしてなかなか本題に行かないから、伝えたい気持ちがあるのかなと言うのはすぐ分かりましたし、授業中に答えを教えてくれるなんて親しい関係だから、幼馴染とかなのかなぁ」
「凄いですね! その通りです」
「ありがとうございます! って、ここで言うのは変ですね。フフフ」
一人目はなんなく正解。視聴者さんが頑張ってくれたおかげで、普通に聞きものとして面白かった。
多少のトークを挟んで一人目が終了する。百道さんが繋がっていたフェーダーを落とした。ありがとうバリバリ越前さん。
さきほどのやり取りの裏で二人目に繋いでいる。いつでもOKだ。
「正解だったので五ポイント獲得! 幸先いいですね。では、じゃんじゃん行きましょう!次の方、繋がっていますかー?」
「はい。聞こえてます」
「それではお名前を教えてください」
「ラジオネーム、しまむらファッションです」
「しまむらさんよろしくお願いします。しまむらさんはあれですか? お洋服はいつもしまむらに買いに行くんですか?」
「いえ、ユニクロで買ってます」
「いかんのかーい! なんでそのラジオネームつけたし」
しまむらファッション。君も頑張れ。バリバリ越前さんのように、この思い出を心に刻むのだ。
「それではしまむらファッションさんの用意してきた設定をお願いします。オーディション、スタート!」
「……ねー、これどうすんだ? このままだと絶対怒られるって。なんとかしないとやばいって」
――ん? セリフが段取りと違う気がするが。
「もう少しで帰ってくるから、どっかに隠そうぜー」
いや、待て。こんなセリフ入ってないぞ! セリフが変わってる!?
段取りと違うセリフになっているので何がなんだか分からない。二問目も比較的情報多めの問題だったが、これでは問題の難易度が跳ね上がっている。
「…………」
流石にまののんも難しい顔をしている。何かフォローをいれなくてはならない。凪杦さんに視線を送るが、彼女もどうしたらいいか迷っている様子だ。
「ってかさー。悪いのあんたじゃん。なんでお姉ちゃんが悪いみたいに言うの?」
しかし、まののんは続けた。というか正解を導き出しているんだが!? あのセリフだけでシーンが分かるのかよ!
「ずるい! それだと俺だけが犯人みたいじゃん」
「あんたが壊したんでしょ? 謝るんだったら、あんたが謝んなさいよ」
それも正解だ。何で今のセリフからそれが分かるんだ?
「やだよ! そしたらまた夕飯抜きじゃん!」
「わたしだって嫌よ。あ! おーかーさーん。こいつまたお母さんの大切にしてるもの壊してるよー!」
チーン!
危なかったがなんとかなった。聴取者側が勝手にセリフを変えたせいで、情報が少なく極端に難しくなってしまった。相手が姉であるのと、母親が帰ってくるという情報は最初に出てくる筈だったのに。
「しまむらさん。シチュエーション、今ので合ってましたか?」
「はい! 合ってます。どうしてわかったんですか?」
「フフフ、ではまず回答をしますね。しまむらファッションさんの設定は“母親の大事なものを壊してしまった姉弟”です」
ピンポーン!
完全解答だった。まののんは頭の中を整理する様に話し始めた。
「しまむらさんの声の感じが、親しい仲で、かつ自分より上の立場の人にかけている様に聞こえました。ただ、友達なのか、家族なのか、くだけた関係の会社の後輩なのか、そこが分からなかったんですが、声の甘える感じで家族なのかなと。自信はなかったのですが、一旦姉でいく方針にしました。もし違ったらその時はその時ですね」
マジか。オレが聞いててもそんな風には感じとれなかった。想像で弟の喋り方を探りだしたのか。
「最初のセリフで“怒られる”“隠そう”と言っていて、次に“俺だけが犯人”と言っていたので、二人で何かを壊したんだろうなというのは分かりました」
本来はここが問題部分だった。でもそれは相手が弟で、かつ母親が帰ってくるという情報があって初めて推理できるものだ。
どうやって母親の大切なものだと特定したんだろうか。最後のセリフは自信満々で母親に話してた様に聞こえた。
「後は“また夕飯抜き”から連想できたのが母親でしたね。お父さんの可能性もありましたけど、お父さんの大切な物だったらもっと切羽つまってるかなと。あの感じだと、今までも何回かやっててその度に怒られてるのに、隠してごまかそうとするくらいの出来事だと思いました。なので、わたしの役もお母さんに告げ口してごまかす、というセリフにしました」
「凄いです。正解です……」
出演者と同じ様にオレも驚いていた。
「しまむらファッションさん。ありがとうございました! あ。これで十点ですね。すでにオーディションは合格ラインですが、楽しいので時間の許す限りやりましょう!」
役者としてのまののんも見せたい、と思って考えた企画だったが、ここまでハマるとは思わなかった。オレも他スタッフもきっと聴取者も、みんなまののんの凄さを味合わされている。
「銀行強盗と新人銀行員!」
正解。次四人目。
「お客さんが誰もいないお店での、やる気のない店員と店長!」
正解。次五人目。
「初めて海外旅行に来たおじいちゃんとおばあちゃん!」
正解。全問正解。
なんとかクリアさせるためのポイント操作? すでに二回分クリアしてるんだが? こちらで忖度する必要なんて全くないが? あまりに的確なんだが? ツイッターで実況してる聴取者がだんだん怖がりはじめたんだが?
クライアントがツイッターの反応を見て大喜びしている。予想以上の反響が起こっているようだ。
これは絶対に間違いなく盛り上がっている。制作側としても喜んでいい状況だ。
「いい時間だね。エンディング行こうか」
呆然としていると、百道さんがそう言ったのが聞こえた。オレは我に返り、急いでエンディングテーマの準備をした。
百道さんがブースの中の凪杦さんに指示を出して、コーナーの締めに入る。
「いやー、とってもとっても楽しめました。参加してくださった方々、本当にありがとうございます。以上、エレメンタルディラクション演劇部、アドリブオーディションでした!」
「BGMどうぞ!」
オレが音素材を叩いて、エンディングBGMが流れる。この生放送がとうとうエンディングを迎える。
「緊急特番、エレメンタルディラクション放送、いかがだったでしょうか? ゲームが遊べる様になるまでもう少しですが、みなさんが楽しみに待っていてくれると嬉しいです。公式ツイッターの方では引き続き情報をお伝えしていきますので、アカウントのフォローをよろしくお願いします。さて、先程のオーディション白熱しましたね。個人的にああいうのは大好きなので、また機会があればやってみたいです!」
その言葉が聞ければ、ここまでの苦労も報われる。しかも言ってるのはまののんだ。
「ゲームも、この番組もそうですが、色んな人達が、時間をかけて、必死の想いで作ってくれています」
まののんがそう話しながらこちらを見た。スタッフ全員を見ただけだと思うが、一瞬オレと目が合った気が――浮かれるなオレ。気のせいだ。
「今後も、みなさんに楽しんでいただける様に頑張りますので、応援いただければと思います。あっと言う間のお時間でしたが、パーソナリティは澄嶋真織が務めさせて頂きました。それではみなさん、おやすみなさーい!」
ラジオでもマイクに向かって手を振るまののん。
BGMを少し聞かせて、音のフェーダーを――下げ切った。そのままラジオ局のCMに乗り換える。
「はい! みなさんお疲れ様でした!」
百道さんの声がスタジオに響いた。
これにて本番完全終了。クライアントから拍手が起こる。
「おつかれさまでしたー!」
まののんの元気な声がブースの中から聞こえた。
オレは声の主をじっくり見たい気持ちを諫め、収録を止めて、データをコピー&編集する。生放送でも、収録データをクライアントに渡さなくてはいけないからだ。
まののんは台本をまとめると、凪杦さんと一緒にブースから出てきた。
「お疲れ様でした。コーナー面白かったですよ!」
「澄嶋さん凄いですね。まさか全問正解されるとは思いませんでした」
凪杦さんがまののんに賞賛を送っている。
オレは「だろ? まののんは凄いんだぜ?」と言いたかったが、鼻息を荒くするくらいで我慢しよう。
羅時原さんを交えて、クライアントとまののんで話が始まったので、オレは撤収作業を急いだ。
「百道さん、佐久間さん、お疲れ様でした!」
凪杦さんが台本の束をまとめながらこちらにやってきた。
「初の生番組でしたが、何とか事故なくやれて良かったです。佐久間さん、ブースの外で色々助けて頂いてありがとうございます」
「いやいや、凪杦さんもいい仕事してたよ。お疲れ様」
オレは結局のところADでしかない。百道さんの後ろでサポートするのが精いっぱいだったが、凪杦さんは構成作家として一人ブースに入っていたんだから大健闘である。
「オレ、凪杦さんに声かけて良かったよ」
「何言ってるんですか佐久間さん! こっちこそよくぞ声をかけてくれました! まさかこんなに気持ちよく仕事できる日がくるなんて思いませんでしたよ!」
「そ、そうだね。ハハハ」
凪杦さんが何について言ってるのかすぐに察したが、例の本人が数メートル先にいるので何も言えない。
「二人目の人がセリフを変えてきた時はどうしようかと思ったなぁ。澄嶋さんがうまくやってくれたおかげでどうにかなったけど、あそこは反省点だ」
「俺達でハンドリングしているつもりでも、ああいう事は起こりうるからね」
百道さんが「お疲れ様」とオレと凪杦さんのそばにやってくる。
「もしあそこで止まっちゃう様だったら俺がフォローしていたから、そんなに気にしなくてもいいよ」
やっぱりあの状況でも百道さんだったら何かしらの対処が出来たのか。当たり前だが、オレとの経験差がエグい。
「それよりも二人が考えてきてくれた企画が挑戦的だったのが素晴らしかったね。それ以外の部分でも積極的に動いてくれたみたいだし、俺からは褒めるところしかないよ」
あれだけ好き勝手やらせてくれたのに、それをちゃんと評価してくれるのは本当に有難い。次に向けてモチベーションがあがる。
「ありがとうございます。これは美味しいお酒が飲めそうですね」
凪杦さんがそう言うと、オレと百道さんは顔を見合わせた。
「お酒も飲めるご飯屋さんがあるんだけど、そこでもいい?」
一応、オレは凪杦さんの打ち上げ場所許可をとる。
「? いいですよ?」
凪杦さんが来るのだ。時間が合えば、影ながら力を貸してくれた山崎も呼んで一緒に――うん、焼き鳥を食べよう。
「あの、お疲れ様でした!」
話が一区切りついたのか、まののんが挨拶に来てくれた。
「今回は色々とありがとうございました。あの企画って、わたしが楽しめる様にって考えてくださったんですよね? 稲積から聞きました」
稲積さんまののんに話してくれたのか。本人に知られると照れくさいな。
「澄嶋さんが楽しめたなら、制作側としてこれほど嬉しい事はありません。と言っても、あの企画はほとんどこの二人が考えてくれたんですけどね」
百道さんがオレと凪杦さんの背中を叩く。
「そうだったんですね! ありがとうございます! おかげでとても楽しめました」
まののんがオレの方へはっきりと身体を向ける。
「佐久間さん。打ち合わせで言ってくれた事……凄く嬉しかったです。わたし、ああいう風に言ってもらえると自分に喝が入るので、いつも以上に頑張れました」
――――今、名前を呼ばれた。
まののんに名前を呼んでもらえた!
信じられない。ついこの前までもの凄く遠くの存在だったのに、まののんがファンでもない、その他大勢でもない、オレ自身に声をかけてくれた。
ふいに涙が零れそうになったが、それは絶対にまずいので全力で止める。
「そ、そんな恐縮です! こちらこそありがとうございました」
ギリギリ言えたのがそれだけだった。これ以上は感情がこぼれ出しそうだ。
「また一緒にお仕事できるのを楽しみにしていますね」
リップサービスだったとしても嬉しかった。そうやって言ってもらえるのは叫び出したいほど嬉しかった。
良かったぁ。ここまで頑張ってきて、本当に良かったぁ。
まののんは姿勢良く礼をして、綺麗な歩き姿でマネージャーと一緒にスタジオを出ていった。
オレはその余韻に浸っていると、羅時原さんがこちらにやってきた。
「お疲れ様。これは成功だったんじゃない?」
羅時原さんはふぅーと深いため息を吐く。
「ま、次も頼むよ」
そう言って、羅時原さんはクライアントを連れてスタジオを出ていった。
スタジオにはオレと百道さんと、しきりに羅時原さんの背中に向かって「帰れ、帰れ」と言っている凪杦さんだけが残った。
「さ、俺らも撤収しよっか」
百道さんが機材の灯を落としていた。凪杦さんが台本をまとめてくれていたので、オレはスタジオのそれ以外の片づけをしながら、ブースの中をもう一度見た。
そこにはもう誰もいないが、オレの目標がまた一つ進んだと実感した。
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