第26話 最後もヤツが立ちふさがる

 オレは集合時間の一時間前から栄化放送入りし、スタジオで集中していた。


 準備は万全だ。台本も、音素材も、その他の雑務も全部終わらせてある。番組のイメージもバッチリだ。


 スタジオの重いドアが開いて百道さんと凪杦さんが来た。事前に打ち合わせをしっかりやっているので、今更話す事はない。凪杦さんと台本を確認して、百道さんと収録の準備を始める。


 しばらくすると、またスタジオの扉が開いた。



「おはようございます!」


 聞き慣れたまののんの声だ。どんな時間であっても、現場入りする時は「おはようございます」と言うのは役者世界の決まりだ。


 後ろには、以前打ち合わせでお会いした稲積マネージャー、そして羅時原プロデューサーがいた。羅時原さんの更に後ろには男性が二人。おそらくクライアントであるゲーム会社の人だろう。


 いつも使っている打ち合わせルームが使用中だったので、今日はスタジオの中で打ち合わせである。卓のある側にオレと百道さん、入り口側の椅子にまののんと稲積さんとクライアントが座り、羅時原さんは入り口付近で腕組をして立っていた。



「本日はよろしくお願いします。ディレクターの百道です。いま台本を配ってくれたのが構成作家の凪杦さん。隣がADの佐久間くんです」



 クライアントの二人と顔を合わせるのは初めてなので、軽くスタッフの説明が入る。



「ご存じだと思いますが、出演者の澄嶋真織さんです」



 まののんは椅子から立って、丁寧にクライアントへお辞儀をした。


 クライアントの二人は嬉しそうに拍手をする。自社のゲームで採用しているのだから、どういう声優さんか知っているのだろう。宣伝番組にも起用するくらいだから、ある程度ファンなのかもしれない。凪杦さんが制作側にはそういう人達もいると言っていたし。



「事前に台本を送らせて頂いているので、大まかな流れは分かると思いますが、一連の流れを説明していきますね。では凪杦さん、お願いします」



 羅時原さんがここに来て台本を熱心に読んでいる。まさかこの人、事前に関係各所にデータで送った台本を確認してないんじゃないだろうな。



「構成作家の凪杦です。よろしくお願いします。では台本一ページから順番に説明していきます」



 番組の打ち合わせは時間との勝負だ。特に今日は生放送で、本番開始時間が決まっている。ダラダラと打ち合わせに時間を使ってしまうと、慌てて本番を迎えなくてはならない。


 説明の後に質問が来るのを考えると、さらっと終わらせてしまいたいところだが、今回ばっかりはそうもいかない。



「台本五ページ目までは以上となります。ゲームの紹介部分はこの内容で間違いないでしょうか?」



 クライアントにゲーム紹介部分の内容を再度確認する。ここに関しては、事前に赤入れという修正をもらっているので、昨日今日で突然決まった事がなければ問題ないはずだ。



「はい。これで間違いありません」



 クライアント側からOKが出た。イレギュラーな決まり事が出なくてホッとする。

 この番組、ゲーム画面はツイッターで紹介していく流れになっている。そして、そのゲーム画面はこの二人が放送を聞きながら関連画像をツイートしていく。


 ここの連携は、オレがしっかり管理しないと事故につながる。ツイッター側で何かトラブルがあった時、どんどん放送が先に進むと視聴者がついていけなくなってしまうからだ。


 改めて考えてもリスクの高いやり方だ。前半のゲーム紹介部分はオレ達が関わっていないから、今更仕方ないけども。


 そして前半部分の説明が終わり、この後は企画の説明になる。


 ここが勝負所だ。ここで趣旨をうまく伝えないと企画そのものがダメになる。勿論百道さんがフォローしてくれるだろうけど、頼むぞ凪杦さん。


 オレの熱い視線に気づいたのか、凪杦さんもオレの方を見て小さくうなずいた。



「では、ここからは企画の説明をしていきます。台本六ページからです」



 各人が台本をめくる音が響く。緊張して手に汗が出てきた。



「台本に記載した通り、ここからはエレメンタルディラクション演劇部、アドリブオーディションというコーナーを進めていきます。このゲームの舞台で、澄嶋さんのキャラが所属する演劇部が次回の舞台発表のためのオーディションを行う、というコーナーです」



 羅時原さんがどういう反応をするかを見たが、いまのところ台本を目で追っているだけだ。何かを言い出すつもりはなさそうだった。



「このコーナーでは、事前に準備した設定に沿って澄嶋さんにアドリブで芝居をしてもらいます。ただし、相手の方はどういう設定になっているか一切説明しません。最初に相手からいくつかヒントになるセリフを言ってもらうので、そのヒントを受け取って、相手がどういうキャラなのか、どういうシチュエーションなのかを感じ取ってアドリブで芝居をしてもらいます。そしてその相手は生電話でつないだ視聴者が行います」



 生放送の利点を生かした聴取者参加型企画だ。事前に参加希望の聴取者には企画の概要を説明の上、設定を作ってもらっている。


 勿論、相手が生放送で問題を起こす様な人物ではないかのチェックは行っている。その上で、形だけでもいいから、セリフのやり取りが出来る人なのかも確認もしている。


 最初そんな条件に合う聴取者がいるか不安だった。こちらで信頼のおける人物を用意しようかとも考えた。だが昨今、個人で配信をする人も増えた影響か、ある程度の喋りができる人が多く、こちらの基準を満たしている人を確保できた。



「ある程度セリフのやり取りをしたところでディレクターから合図があります。そうしたら澄嶋さんは、視聴者がどういうシチュエーションを設定していたかをお答えください。見事正解したらポイント大幅獲得。正解ではなくても近いところまで答えられればポイントを獲得できます。一定のポイントを獲得できるとオーディション合格でクリアとなります」



 ポイント獲得はある程度こちらでハンドリングできる様にした。精査して簡単な問題も用意してあるが、それでも素人の考えた設定を読み切るのはほとんど無理だろう。


 なのでこの企画は、まののんが正解を目指す企画ではなく、視聴者と「どんな芝居をするのか」を楽しんでもらう企画だ。そしてやるからにはクリアしてもらいたいので、多少強引でもこちらでポイントを操作するつもりだ。


 相手の決められた設定を知らずに芝居をしてその設定をあてる。


 これは美姫香のアイデアで、視聴者参加型にしたのはオレのアイデアだ。でも、それだけだと難しいため、ポイントのつけ方を操作できる様にしたのは凪杦さんアイデアで、演劇部のオーディションという枠組を設定したのは百道さんのアイデアだ。


 そして、当然この企画が面白くなるかどうかはまののんにかかっている。


 これがオレ達が考えたラジオ番組の企画だ。この企画ならゲームの内容に沿いつつ、オレが考えるまののんの魅力を引き出せると思うのだが――まののんの反応はどうだろうか?


 オレは恐る恐るまののんを表情を確認すると。



「ウフ……ヒフフフ……」



 何故かドヤ顔しつつ不敵に笑っていた。なんでドヤ顔? どうして不敵な笑い?


 でもまあ、ネガティブな反応ではない。オレは安心した。横に座っているクライアントの反応も悪くなさそうである。



「これさー、出演者の負担が大きすぎない?」



 大きな声でもなく、かと言って不明瞭でもなく、盛りあがった空気を壊す様に、羅時原さんが打ち合わせを断ち切った。



「やれたら面白いのかもしれないけど、澄嶋さんの力に頼りすぎてて、成功するのも失敗するのも澄嶋さんにかかってるよ? 良くないんじゃない?」



 相変わらず正論ギリギリのイチャモンをつけてくる。



「どの目が出るかわからないサイコロを振るよりも、僕が言った企画の方が、及第点を出せると思うんだけど、どうかな?」



 ……どの目が出るか分からないだと? 


 企画にケチをつけるのは歯をくいしばって許そう。だけどいま羅時原さんが言ったのは、まののんを下に見た言い方だ。澄嶋真織という声優の実力ではどうなるか分からないと言い放ったのだ。


 オレは気が付くと立ち上がって羅時原さんの方を見ていた。


 そして。



「自分は澄嶋真織さんを信じています。澄嶋さんならこの企画を面白くできます」



 ……暴走してしまった。こういう時は、これこれこういう事だから大丈夫です、と理屈で言うのが正しいのに。


 オレがこれ以上何かを言うと、どんどん打ち合わせの中断が長引いてしまうので、椅子に座って顔を伏せる。



「君がどう思おうと、出演者の負担が大きい事には変わりがないんだよ。稲積さん、前の企画ミーティングの時も、出演者の負担が大きい企画はやめましょうって合意しましたよね?」



 あの時、マネージャーさんとそういう話をしていたのか。こちらが用意してきた企画を、出演者の負担が大きいからち潰す準備をしていたんだろう。



「百道くん、僕の方の企画の準備もできているんだよね?」



「……はい。どちらでも出来る様にしています」



 百道さんは、もし企画が通らなかった時用に、羅時原さんが提案したコーナーが出来る準備もしてくれていた。差し替え用の台本も用意しているので、企画をそのままスライドするのは可能になっている。



「なら決まりだね。僕の方の企画をやろう」



 これはオレに対する羅時原さん最後の嫌がらせだが――同時にオレへの挑戦でもあった。


 好きにやれといったが、僕の言い分を撥ね除けられないなら最初からやろうとするな。ウザいADは一生何も喋らず働いてればいいんだよ。この程度で引き下がるような企画なら持ってくるな、と。


 オレはプロデューサーの意見に逆らった。それは簡単にできていい事ではないし、やっていい事でもない。言ってしまえば、業界や仕事の経験、考えはプロデューサーである羅時原さんの方が上なのだ。


 なら――――オレは最後まで逆らわなければならない。


 中途半端になるなら最初からやってなかった。元からゼロか百かの選択肢であり、オレはまののんの為にやり切ると決めた。やりたいと決めた企画は何処でどんなケチをつけられようと、必ずやり遂げなくてはならない。



 手を尽くさなくてはならない。



「いや、別にそんな負担になっていません。うちの澄嶋ならこれくらい大丈夫です」



 稲積さんが淀んだ空気を吹き飛ばす様に言った。



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