第25話 好きな声優のためなら作戦は練りに練る!

 人同士の相性というものは会ってみるまで分からない。話してみると意外に気が合ったり、同じ趣味を持っていると分かって会話が盛り上がったりする。知り合いの幅とはそうやって増えていき、やがて友情が芽生えていくのだ。


「颯太。企画を考えるなら私だけで十分だと思うのだけど?」


「佐久間さん。元業界にいた方とはいえ、番組に関係ない人は話に混ぜない方がいいと思います」


 しかし、今オレの目の前にいる二人に関しては意外の意味が真逆だ。


 美姫香と凪杦さんは相性の悪さで言えば百点満点を叩き出した。



「あなたの頭って硬くて硬くて釘が叩けそうね。全然羨ましくないけれど」


「エセ上品な言葉使いですね。ファミレスにはお忍びできたんですか? さっさと帰らないとエセ執事さんが心配しますよ」



 水と油。犬猿。呉越。言いようはいくらかあるものの、この二人に関して言えば、魂レベルで反りが合ってない。前世で血で血を争う戦いをした者が生まれ変わったとしか思えなかった。


 いつものファミレスに美姫香を呼び出して、そこに凪杦さんを加えて会議しようと思ったら戦争が始まってしまった。



「美姫香も凪杦さんも、ね? いつもオレに力を貸してくれる二人と一緒に企画を考えようと思ったんだ。仲良くやりません、かね?」


「嫌よ」


「嫌です」



 ひゅー、初めて二人の意見が一致した。ですよねー。



「わかった。仲良くは無理だな。じゃあ仲良くしなくていいから、力だけ貸してくれればオレは嬉しい」


「もちろんよ」


「もちろんです!」



 ひゅー、そこも意見が一致するのか。ありがとな!



「じゃ話を始める。事前に伝えてある通り、羅時原さんから企画再検討の許可はもらった。ただし、出演者との事前打合わせはなし。当日の打ち合わせのみで番組を成功させる。この二つが条件だ」



 番組が失敗した場合、オレがどうなるかは二人に黙っている。それを話すと二人の羅時原さんへのイメージがますます悪くなるからだ。特に凪杦さんは今後も羅時原さんと関わっていく。これ以上不満点をつくらせない方がいいだろう。



「当日まで打ち合わせなしですか……事前に台本は送るとして、なるべくシンプルな企画にするしかありませんね」



 当日、まののんに企画を説明するのは構成作家の凪杦さんになる。


 彼女の能力は信頼しているが、まだ駆け出しの作家だ。あまり重たい事は任せたくないし、本人も自分の実力的にそれを望まないはずだ。



「大見得を切ったのでしょう? なら、斬新な企画にしなければならないわね。何処かで聞いたような企画を出せば、むかつくプロデューサーに鼻で笑われてしまうわ」


 美姫香の言う通りだ。可能な限り、今まで聞いた事がなく、複雑でもなく、でもまののん魅力を引き出す様な企画を考えなくてはいけない。


 ――うん、客観的に見ると、あまりにとってもすさまじくやべー挑戦だ。



「佐久間さん。澄嶋さんについて結構調べたと言ってましたが、何かネタにできそうなのありました?」


「ネタというか、澄嶋さんの趣味や特技に関する事だと、主題であるゲームの内容からちょっと外れるんだ。だから、この前の打ち合わせみたいにゲームに紐付けて考えた方がいいと思う」



 凪杦さんの前では間違ってもまののんと言わない様にしなくては。仕事場じゃないから、緩む可能性がないと言い切れない。



 「澄嶋真織の持ってるイメージが、そのゲーム内容と一致するといいのだけれどね。まののんファンもきっと喜ぶでしょうし」



 美姫香が珍しくフルネームではなく、まののんというファン愛称を言った。多分、オレへの注意のつもりだろう。



「まののんってなんですか? あなた、澄嶋さんと友達のつもりですか?」



 そして、当然のようにというか、凪杦さんが美姫香に噛みつく。あと、すいません。オレはまだまののんと友達のつもりはありませんが、いずれ彼氏になる気満々です。



「澄嶋真織は友達ではないわ。ならどんな呼び方をしても問題ないでしょう? それにまののんはファン愛称よ。勉強が足りないのではなくて? 颯太の“お知り合い”さん」


「私は佐久間さんの仕事仲間なんですが?」


「それが何なのかしら? 私は颯太と長い付き合いの“友達”よ」



 凪杦さんは所謂ダメな人に対して露骨に反発モードに入る性格らしい。そして、美姫香は何というかパーソナルスペースに入られるのを極端に嫌がっている。


 不安を通り越して、このまま放っておいたらエンタメに発展しそうな予感があるが、オレは首を振る。ここはちゃんと仲裁しなければ。



「はいストップストップ。二人ともオレが頼りにしてる相棒なんだから、オレの方だけ気にしてくれればいいよ」


 そう言われて「相棒……」と満足して刀を収める凪杦さんと「どうして私がこんな女と同じ扱いなのかしら?」と目で訴えてくる美姫香の差が面白かった。


「さっき美姫香が言っていた澄嶋さんについてのイメージなんだけど、オレは近頃の声優さんの中では役者気質が強いと思っているんだ。インタビューでも芝居について話す事が多いし、高校でもそれまで続けていたテニスを辞めて、演劇部に入ってるし」


「澄嶋さんのゲームのキャラも演劇部ですから、演劇に絡めた企画が狙い目かもしれませんね」



 凪杦さんがパソコンでメモをとっていく。



「あと、この前の打ち合わせで凪杦さん言った“挑戦”って言葉にポジティブに反応していた気がした。何か澄嶋さんに挑戦してもらうのがいいかもしれない」


「では、演劇、芝居、挑戦、あたりがキーワードでしょうか」



 オレと凪杦さんで話が盛り上がってる横で、美姫香はいつものようにドリンクバーの紅茶を飲んでいた。ただ、いつもと違って表情が何処かピクピク痙攣しているが。



「美姫香。元業界人として、このキーワードから何か思いつかないか?」


 すると美姫香はカップをコトリと置いてオレの顔を見た。なんとなくだが、目をキラキラさせてるような気がする。



「一つアイデアがあるわ。颯太、耳を貸しなさい」


「は? なんでだよ?」



 凪杦さんに聞かれたくないのか、普段でもめったにしない耳打ちをしてきた。



「……で、……して、……するのはどうかしら?」


 美姫香の意見を聞いて、それをしっかり頭の中でイメージする。


 ――これはいけるんじゃないか?


 この企画は今まで聞いた事が無い。



「美姫香、これ面白いぞ」


「でしょう? 私がいれば構成作家なんて必要ないのよ」


 いつものように表情が薄いが、その顔は凪杦さんに対するドヤ顔でなのは言うまでもない。


「で、凪杦さん。こういう企画なんだけど――」



 オレは速攻で美姫香のアイデアをバラした。



「私、あなただけに伝えたつもりなのだけど?」


「オレだけに留められるワケないだろ。ちゃんとラジオの企画としてブラッシュアップしないと」


「仕方ないですよ佐久間さん。業界やめて頭の古くなった人は、ネタは手入れをしないと使えないのを忘れちゃってるんです」



 今度は凪杦さんが美姫香に対してドヤ顔している。ドヤ顔祭りだ。



「勉強の足りないあなたは知っているかしら? 仏の顔も三度までって言葉があるの」



 会ってから一度でも仏の顔をしただろうか。


「佐久間さんの知り合いだから仲良くする気満々だったのにガッカリですね。人を煽るしか知らないなんて」



 会ってから一瞬でも仲良くしようとしてただろうか。あと、煽ってるのはお互いなような。



「IQが二十しかない脳では仕方ないのではなくて? だから煽るなんてネガティブにしか捕らえられないのよ。あなたにとって私は高尚すぎて理解が及んでいないのね。あ、ごめんなさい。IQは十が妥当だったわね」


「エセお嬢様が吠える姿程、滑稽なモノはありませんね。物覚えも怪しいですし、百科事典でも読んでたらどうです? ああ、IQが九では無理ですね。忘れてください」


「訂正するわ。あなたのIQは八」


「なら、そっちは七!」


「六」


「五!」



 やっぱり思った通りにエンタメ方面に流れていった。意味不明なカウントダウンしてるし、この二人本当は相性いいのは?



「二」


「一!」


 美姫香の出してくれた案は面白い。そこにオレが考えた要素を足して、それを凪杦さんに整えてもらえばいけそうだ。


 企画書が出来たら百道さんに提出して、いけるかどうかの確認を取る。感覚だが、OKはもらえる気がする。そしたら本番に向けて色々と準備をしなければ。


 始まりの場所であるこのファミレスから、まののんの彼氏を目指してほぼ一年。奇跡的な早さでまののんとの初仕事を迎えられた。


「マイナス二」


「マイナス三!」



 ここで成功すれば大きな前進。


 失敗すれば大きな後退。


 本番までの時間が、あっという間に過ぎていった。




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