紗月編 前編

 藍ちゃんと出会う一年前くらいに、大好きだったパパが死んだ。

 なんで治らなかったんだろう。


 難病ってわけでもなかったのに。

 あたしの家はメイドさんを何人も雇うほど、お金持ちなのに。

 メイドさんも早く治ってってお願いしてたのに。


 それなのに、パパは帰ってこれなかった。

 パパが死ぬとこを見届けたのは、私とメイドさん達だけだった。

 ママは、来なかった。


 パパが死んでから、あたしはすごく寂しかった。


 だから、パパの代わりになる子を探してた。

 ……いや、パパよりももっと大きい繋がりが欲しくて、

 クラスの子達を見てた。


 あたしは家で飼ってる犬や猫みたいに、

 まんまるで、ふわふわで、もちもちで、ぷにぷになのが好き。

 だから、男の子も地雷ってほどじゃないけど、

 メインの候補は女の子ばっかだった。


 それから、最初にアプローチする子を選んだ。

 ヒメちゃんは、最初の学校で初めて知り合って、

 当時で一番仲良しだって言える子だった。


「ねぇ、あたしのこと、好き?」

「紗月ちゃん?急に、どうしたの?」

「好き?」

「う、うん。もちろん、好きだよ?」

「ほんと?じゃあ、もっと仲良くしてくれる?」

「……え?」


 戸惑いながらも、「おつきあい」に付き合ってくれた。

 直接嫌だとかは、一度も言われなかった。

 でも、ヒメちゃんからあたしを求めることはなかった。


 今ならわかる。

 ヒメちゃんは、あたしの事を親友以上には見れなかった。

 ヒメちゃんの我慢強さが、親友という関係が、

 あたしとの「おつきあい」を支えていた。


 それが続けばまだ良かったんだけど、

 クラスの男子の一人と仲良くなった途端に、

 あたしから急に離れていった。


 あたしと遊んでくれる時間が少なくなった。

 あたしに微笑んでくれる時間が少なくなった。

 あたしと話してくれる時間が少なくなった。

 あたしと目を合わせてくれる時間が少なくなった。

 あたしの見えるところにいる時間が少なくなった。


 もう、友達なのかも分からなくなった。


 許せなかった。


「え゙ぅ!?う、ゔっ……っ!?

 さづぎっぢゃっ……!?」

「ヒメちゃんが、悪いんだから」

「え?……ゔ……ぇ?」


 放課後、彼氏と遊ぶ予定のヒメちゃんを、

 校舎裏に呼びだした。

 ちょっと話があるって、言って。


 久しぶりにヒメちゃんに触れることができて、

 久しぶりにヒメちゃんの視線を貰うことができて、

 一気にあたしの心が満たされた。

 手のひらで、すべすべな肌に触れた。

 新しく買ったキラキラな第二の指カッターで、内側に触れた。


 ヒメちゃんから流れ出るものは、

 どれもあったかくて、とても愛おしかった。

 舐めると、しょっぱかったり、鉄の味がしたり。

 ヒメちゃんの色んなところを知れて、

 嬉しかった。


 あんなに我慢強いヒメちゃんが、

 こんなに顔を歪ませるのを見れた。

 いっぱい苦しんで、喘ぐ声を聞けた。

 ヒメちゃんの彼氏だって見れない、

 あたしだけの特権だ。


 でも、ヒメちゃんの熱は、すぐに消えちゃった。


 それから色々あって、あたしの転校が決まった。




 次の学校でも、あたしは運命の相手を探していた。

 今度は、あたしの「おつきあい」を嫌がらないような

 えっちな子にしようと、ヒメちゃんから学んだ。


 そうして選んだのが、ミカちゃん。

 よく大人向けの本とかこっそり学校に持ってきてて、

 色んな子といっぱいらしい、すごい子。


「ねぇ、あたしとおつきあいしてくれない?」

「え、ミカに言ってる?紗月って女が好きなんだぁ?

 変なのぉ。でも可愛いし、面白そうだからいいよぉ」

「ほ、ほんと!?」


 それで、放課後ミカちゃんの部屋に来るように言われた。


「ここで、するの?」

「うんうん。ほら、脱ぎなって」


 それから、ミカちゃんとするのを一週間くらい続けた。

 ミカちゃんは色々知ってて、

 あたしの身体を扱うのが上手だった。


 普通に気持ちよくしてくれて、

 可愛いとかもいっぱい言ってくれた。

 これなら、しばらくは寂しくないなぁ。


 七日目までは、そう、思ってた。


「あ、来た来たぁ!

 ほら、この子が前言ってた紗月よ!」

「え、誰?この男の人たち、誰ぇ!?」


 異変が起きたのは、八日目。

 いつも通りミカちゃんとすると思ってたのに、

 何故か数人の男の子がいた。

 中学生かな、多分。


「う、うわ、か、可愛い!」

「じゃ、じゃあ、早速っ……!」


 男達に腕を掴まれて、逃げられなくなった。


「み、ミカちゃん!?

 なにこれっどういうことぉ!?」

「何事も経験が大事って言うじゃん?

 紗月は男にモテるタイプだし、

 こういうのも知っておいたほうがいいよぉ?」

「や、やだぁ!あ、あたしはっミカちゃんとだけっ!」


 流石にあたしでも、男三人には敵わない。


「もう、ワガママ言っちゃだーめ。

 ほら、ミカも見ててあげるから」

「え?見る?」


 スマホのカメラを、あたしに向けてきた。


「じゃ、はじめてくださーい。

 痕跡落とせないんで入れるのは無しで」


 そこから、地獄が始まった。

 今までそこにいけば幸せだったのに、

 ミカちゃんの部屋が完全に不幸の象徴に塗り替えられた。


 汚くて、痛くて、生臭かった。

 誰もあたしのことを大事にしてくれなかった。

 少しも気持ちよくなかった。


 汚れに汚れたあたしを、嬉しそうに録画し続ける、

 ミカちゃん。


「うぅわぁ、やっばぁ~。

 どんだけかけてるのよあんたたち」

「紗月ちゃんが、可愛すぎて……」


 喉に引っかかった分をなんとか吐き出しても、

 気持ち悪さが止まらない。


「お゙ぇ……ゔぇ……な、なんでぇ……」

「ミカ、気づいちゃった。

 男にぐちゃぐちゃにされる紗月のほうが、

 すっごく可愛いし似合ってるわぁ」

「あ、あたしのこと、好き、なんだよね?」

「まぁ、好きだけど、恋人としてじゃないよ?

 本命の彼氏は別にいるし」

「そ、そんな……」

「てか、女同士なのに本気だったとか、マジウケる。

 あんたみたいな変態に付き合ってあげたんだから、

 感謝してよねぇ?」

「う、うぅ……」


「うわぁ、ミカちゃん酷ぇこといいやがる」

「俺がこの子だったら耐えられなかったかも」


 四人で一緒になって、あたしのことを馬鹿にしてた。


 でも、男達に汚されたのは、割とどうでもよかった。

 一番酷いのは、あんなに可愛いって言ってくれてたのに、

 ミカちゃんはあたしのことが好きじゃなかったってこと。


 許せない。あたしの愛を踏みにじった。

 あたしの「おつきあい」を、裏切った。


「じゃあ、じゃあさぁ、最後に一つだけ聞いてほしいの」

「んー?どーしたのぉ?」

「明日……明日だけでいいから……それで最後でいいから!

 最後にもう一回、二人だけでしてほしいの!」

「んー…………」


 色々なものでべちゃべちゃになりながら、

 裸で、土下座して、お願いした。


「わかった。いいよ」

「ほ、ほんと!?」

「ただし、明後日からは全部ミカの言う事聞いてね」

「う、うん!そうする!そうするよ!」


 それから、次の日。

 あたしはまた新しいカッターと、

 今回はハンマーを持っていって、

 ミカちゃんに仕返しした。


「ゔっ!!ぐぇぁ、あ゙ぁ!?」


 ヒメちゃんのときは大きい傷を数回だったけど、

 ミカちゃんは色んな鳴き方をするから、

 小さく何回も突き刺した。


「ご、ごめんってぇ!ミカっミカが悪かったから!

 だから、もう、ささな゙ぁ゙っ!!」

「ねぇ、あたしのこと、好き?」

「う、うん!好き!好きよ!だから、やめ゙っ……」

「そうなんだ。

 でも今のあたしはミカちゃんのこと、ちょっと嫌いだよ。

 すっごい嘘つきだもん。ほんと最低」

「ゔぅ……ゔうぅ!!!」

「だから、このままあたしに刺された痛みとか、

 苦しみながら見るあたしの顔とか、

 あたしのことばっか考えながら、死んでほしいなぁ。

 そしたら、また好きになれる気がする」

「ぐぇ、うぇえぅ……!」


 何回も刺し続けてたら、ミカちゃんは

 もう鳴かなくなってしまった。

 それからスマホと中のSDカードも粉々に砕いた。


 うん。これでいいんだ。

 おつきあいしたんだから、責任を持って

 あたしが最期を見届けなきゃ。


 次の日、敢えて何も知らないふりで、クラスメイトに聞いた。


「あれ、ミカちゃんどうしたの?」

「知らないの?昨日刺されて、死んじゃったってニュースでいってたよ!」


 あたしはそれを聞くと、とても悲しんで、泣き崩れた。


 うん。死んでほしかったのも本当だけど、悲しいのも本当だもん。

 この涙は嘘じゃないから、誰もあたしが殺したことには気づかなかった。




 そして、また転校して、あたしは藍ちゃんと出会った。

 これがあたしのおつきあいの来歴。

 いつか藍ちゃんにも話したい。

 どんな顔するんだろうなぁ。


「紗月?何か考え事?」

「あっ、ごめん!何の話だっけ」

「さっき食べたチーズケーキ!神みたいな美味しさだったわよね!?」

「あ、それか!すっごく美味しかった!

 さすが専門店だけあって、あたしが作るやつよりワンランク上だったね!」

「アレのワンランク下、作れるんだ……」 

「今度作ってあげよっか?」

「う、うん、食べてみたい……」


 これでもっと藍ちゃんの胃を掴めるチャンスをゲットできた。


 結構町中歩いたから、愛ちゃんの家に帰ってまた色んな遊びとか、

 おつきあいとかして今日を素晴らしい休日にしていこう。


 ちょうど道の角を曲がろうとしたとき、

 向かいから誰かが来て、藍ちゃんにぶつかった。


「きゃっ!?」

「わっ!?」


 思わず藍ちゃんは転びそうになって、

 あたしはぶつかってきた相手に怒る。


「ちょっと!藍ちゃんに謝ってよ!」

「ご、ごめんよ!ちゃんと見てなかっ……

 ……あれ?もしかして、紗月ちゃん?」

「え、誰……」


 ぶつかってきた中三くらいの男が、

 あたしの名前を言ってきた。


 あたしがいつ、こんな男と……

 ん?え、その、髪型と、顔つきって……


「え、うそ……なんで、ここに……」


 なんか、急に、胸の奥から、酸っぱいのが。


「……オ゙ェ゙ッ」


 一瞬、立っていられなくなって。

 あたしは、藍ちゃんに寄りかかって、

 さっき食べたチーズケーキを、全部戻しちゃった。

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つきあい リンシス @eagleowl

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