後編

 美しく揺らめく月白の髪が景色を埋める。

 紗月の濃密な甘い匂い、紗月の頬や胸の感触、

 伸し掛かる紗月の重さ。


 あと、カッターに伝わる肉の感触。


「う……ぐううぅ、うっ!……ぁ」


 耳のすぐ横で、紗月の呼吸とうめき声。


「な、なんで、なんでよぉ!紗月ぃっ!」

「あ、藍、ちゃ……ん……」


 なんで私、恋人を傷つけてるの。

 傷つけないって、誓ったばっかりなのに。

 胸が張り裂けそうなくらい強張って、

 心臓が壊れそうなくらいに鼓動が早くなる。

 苦しい。痛い。痛すぎる。


「ぁ、藍、ちゃんの、が……うぁ……あぁ、あ……」

「しゃ、喋んないで!お腹動いちゃうでしょ!

 早く離れて!手当しよぉっ早くぅ!」

「あたしの゙……なか、に゙ぃ……」


 紗月は両腕で私にぎゅっと抱きついてきた。

 しかもガクガクって、すごく震えてる。

 い、痛いの?寒いの?


「な、なかっ、ぁ、あ゙~~……あ゙ぁ、あ゙~~~……」


 え、どうしたの?紗月?

 痛がってる感じの声じゃ、ない……?

 なんていうか、マッサージしてる時みたいな……


「……え、なんか、出てる?」

「あい、ちゃぁ……♡」


 私の太ももにあったかい液体が途切れ途切れ流れてくる。

 なに、なんなのこれ?紗月から出てるの?


「ぁ、あぃちゃ……これ、これぇ゙、すごぉ……

 ……ゔ!?うぇ?ふ、あ、あぁ……」


 時々抱きしめる力がぐっと強くなったり、

 びくっ!て強く跳ねたりしてて。

 わ、私のせいで、ど、どこか壊れちゃった?


「はぁ~……はぁぁぁ……」


 今度はリラックスしてるみたいに、

 大きく、長く息を吐いてる……


 それで、だんだんと力が抜けてきて……


「あいちゃん……すきぃ……」


 刃がお腹から離れて、そのまま仰向けに倒れた。

 紗月はなんでか、とっても気持ちよさそうな顔をしてて。

 腰が跳ねたり、全身が震えっぱなしで、

 パンツから足までびしょびしょだった。


「さ、紗月……あぁ……」


 どうしよ、どうしよぉ……!

 私、なんのために紗月をっ……


「……はっ」


 そ、そうだ!お母さんを守るためだ!

 あれ、命を守るって、大人でも難しい、

 ずっとずっとすごいことじゃない?

 これなら……これなら、褒めてもらえるよね……?


「お、お母さん……!」


 振り向くと、お母さんはただ退屈そうにそこに立っていた。

 私は、ふらつきながらもお母さんの前まで歩いた。


「ご、ごめんなさいお母さん!もっと静かにするから!

 ギリギリだったけど、なんとか紗月、止めたから!

 私頑張ったんだよ!お母さんのこと、守ったんだよ!

 だから――」


 私が言い終わる前に、強烈な痛みが顔に来た。


 お母さんが、返したのは、

 私の身体を吹き飛ばすほどのビンタだった。


 痛い。痛い。すごく、痛い。


「ふざけるなこの出来損ないの泥棒猫ぉ!!!」

「…………ぇ?」


 え?なんで?これでも、だめ、なの?


「なんでガキのあんたがしゃしゃり出てんだよ!?」

「そりゃ、お母さんが危ないからっ……」

「あのね、私は大人で、護身術教室にも通ってるの!

 子供のあんたとは違って、賢くて強いの!!

 あんなガキ一人に殺られるわけないの!!

 いい!?あんたよりずっとずっと優れてるのよ!!」

「で、でも!」

「よくも私の部屋をこんなに汚してくれたわね!

 なんでそう何度も何度も恩を仇で返すわけ!?」

「う、ぁ……」

「ハルキがどうしてもっていうから腹ぁ痛めて

 産んでやったのに、なんであんたがハルキを奪うのよ!」


 まだ、お父さんのこと下の名前で呼んでるんだ。

 ……待って?私が、お父さんを奪ってる?

 ……まさか、私と遊んでくれてたときの事を、

 奪われてるって言ってるの?

 お父さんの膝の上で一緒にテレビ見て笑ってたら

 急に叩いて泣き叫んできたの、そういう意味だったの?


「せめて、せめてハルキに似てたら、まだ可愛かったのに!

 全然似てないじゃない!

 劣化版なら劣化版なりに私に追いつくくらいしなさい!」

「だ、だからその通りに頑張って――」

「どこが!?自己評価もまともにできない無能がぁ!!

 あんたは私の人生最大の失敗作よ!!

 本当に……本当にぃ!ほんとに産みたくなかった!!!」

「……ひ、ひどい……ひどい、よぉ……」


 瞼が壊れた。涙が止まらない。


「ひどいのはあんたよ……

 私からハルキも、お金も、時間も……

 全部全部奪って……

 そんで今度は、こんな粗相のする

 きったないケダモノまで呼んで……」

「……は?」

「頑張って家綺麗にしてる私のことも少しは考えてよ」


 今、なんて言ったの?

 紗月のこと、ケダモノって言った?


「……」


 私の中で、何かが切れた音がした。


 同時に、後から足音が。

 紗月が、何かを後ろに隠し持っていた。


「ほらね、言った通りでしょ」

「え、さ、紗月?た、立てるの?」

「うん、平気。さっきは気持ち良すぎて、

 それに耐えるので精一杯だったの」

「ど、どういうこと?」

「それは後でじっくり話そ?

 でも今は、やらなきゃいけないこと、あるよね?」

「……分かったわ。私も、もう、諦めた。

 残念だけど」

「(じゃあ、藍ちゃんは向かってって、

 あいつの注意引きつけて。

 それからあたしが動き止めるから)」


 お母さんに聞こえないように、囁かれた。

 止め方は分かんないけど、私は紗月を信じる。


「……クソガキども、何のつもり?

 あんたたちに何ができると思ってんの?」


 カッターを構えて、私は覚悟を決める。


「ほんと子供って嫌い……状況は見れないし、

 自分がどういう立ち位置なのかも分からないバカだし」


 思いっきり、お母さんめがけて手を振りかぶる。

 もう、躊躇なんてしない。

 私のために。紗月のために。


「はぁ?走ってくるしかできないの?

 ほぉ、らぁ!!」


 体格が違うから、当然腕の長さも違う。

 予想通り、私の手は簡単に払いのけられた。

 でも、お母さんは私の方に集中してて、

 そして私を凌いだことで油断しかけていた。


「ふんっ!」


 紗月が投げたのは、罠結びが作られた縄。

 あ、紗月が持ってきたやつ?


 怖いくらいに絶妙なコントロールで、

 お母さんの身体にぴったりと入った。

 紗月が全体重でそれを引っ張る。


「な、なによこのロープ!

 この程度……ぐうぅ!!!」


 紗月の全力で閉まろうとする縄を解こうと、

 お母さんが暴れる。


「足引っ掛けて!!」


 言われたとおりに、足を崩そうと全力で蹴ったり殴ったりした。


 何度かやったら、つまずいて勢いよく倒れた。


「……あっ」


 すごい速度で頭が落ちていった先には、机の角が。

 確か、黒檀とかだったような。


「ゔっ!」


 すごい音が響いて、お母さんの動きがかなり鈍くなった。

 あ、血が、だらだら……


 でも、まだ声がするし、死んでない。

 まだ、終わってない。


「……っ!」

「紗月っ!?」


 縄を手放して、風のように私の横を通り過ぎて、

 お母さんのところへ紗月が駆け寄った。


 それで、机の上にあったウィスキーかなんかの空き瓶を持って、

 何も言わずに大きく振りかぶって。

 三回くらい、全力で頭を叩いた。


 今の紗月を、私はかっこいいと思った。

 思ってしまった。


「…………死んだ、かな」


 紗月にとって一番重要なことを確かめると、

 瓶を放り投げて、私の方に歩いてきた。

 本当に嬉しそうだった。


「やったね!藍ちゃん!」

「……私、人殺しに、なっちゃった」

「あたしは三人目だよ!えへへ」

「あんたは、こんな事をしてきたのね」


 お話とかニュースの中の出来事だと思ってたけど。

 こうやって本当にやってみると、

 よくわからない不快感が残っちゃう。

 多分、人間の本能みたいなのが、責めてきてる。


 お母さんは私にも紗月にも、

 これ以上無いくらい酷いことを言った。

 私への悪口は、とんでもない絶望だけで済んだけど、

 紗月を悪く言われた時、自分でもびっくりするくらい、

 怒りが込み上げて……溢れすぎて、

 自分の考えることが一瞬分からなくなった。


 同時に、いなくちゃいけない存在という枠組みから、

 お母さんが消えた。


「落ち込んじゃだめだよ。

 こういう最低なやつは、ちゃんと消しておかないと。

 藍ちゃんは正しいことをしたの」

「清々しいくらい反社会的ね……

 でも……そうね。慰めてくれて、ありがと」


 だから、こうなって当然なの。

 絶対に許せなかった。

 私どころか、紗月まで侮辱したんだから。


 ……それから、どうなったんだっけ。


 あぁ、お父さんに見つかったんだった。

 でもお父さんは「いつかこうなると思ってた」とか

 「俺は父親失格だ」とかだけ言って、救急車を呼んでた。

 私達を叱るとかは、しなかった。


 気づいたら色々と汚れてたので、お母さんはお父さんに任せて、

 私達はお風呂に入った。

 家族含めて、誰かと一緒に入るのなんていつぶりだろう。


 私と入れることに紗月はとっても喜んでた。


 二人で半分ずつシャワーを浴びて、

 私は紗月の傷を確かめる。


「あれ、もう血止まってるの?」

「うん。傷口自体はそんな大きくないし」

「意外と逞しいわね……」

「頑丈なのはあたしの自慢の一つだよ!

 だから藍ちゃんにはあたしのこと、

 もっともっと痛めつけてほしい!」

「はぁ?なんでそうなるわけ?」

「さっき藍ちゃんに刺されたとき、

 すっごく気持ちよかったんだよ!」

「刺されるのが気持ちいいですって?

 い、意味わかんない」

「わかんなくてもいいから、

 とにかくいぢめてほしいの!」

「あぁもうしつこい……

 そんなに言うなら今度やってあげる」

「わーい!!!」


 仕方なく返事をしたら、紗月にすごく喜ばれた。

 痛めつけられたいなんて、変なの。


 ……今度は何?

 顔から足までジロジロ見てくるんだけど。

 まだどっか汚れてる?


「やっぱり藍ちゃんって、きれいだよね」

「……へ、うえぇ!?」


 あれ、私、またドキドキしてる?


「恥ずかしくなってる顔も、きれいで可愛い……」

「また、そんな……!

 適当に言っとけばいいと思ってない!?」

「じゃあ、一つ一つじっくり教えてあげるね?」


 身体を洗いながら、紗月にいろんなところを、

 いろんな方法で触られて、見られた。

 そのたびに褒められたり、耳元で好きって言われたり。


 それから私の知らないことを、たくさん教えられた。

 私よりも紗月のほうが私の身体を知ってて、

 本当に不思議だった。


「ほらっ、ここをっこうするとっ、すごい、でしょっ!」

「あ゙っ、まってぇ、それ、だめぇ……ゔぅうぅ!……」


 自分でも気づかないうちに、

 身体まで紗月を受け入れるようになってた。

 ……気持ちいいの意味は分かったんだけど、

 刺されてこうなるのは、やっぱり分かんない……


 色々な熱と一緒にお風呂から上がった後は、

 パジャマに着替えて、二人で宿題を済ませる。


 あと、血が止まってるとはいっても

 流石にそのままだと不安だし、

 何より痛々しくて見るの辛いから、

 包帯を紗月のお腹に巻いた。

 紗月はすごく嬉しそうにしてた。


 それから、二人でベッドに入る。

 誰かと同じベッドで寝るのも、初めて。


「おやすみ、藍ちゃん」

「うん……おやすみ、なさい……」


 紗月が先に目を閉じて、すぅすぅって可愛い寝息を始めた。

 初めて見る紗月の寝顔は、つい見ていたくなる愛おしさで。

 疲れてたのに、寝るのに時間かかっちゃった。

 



 翌日。

 いつもと全然違う朝を迎えた。

 とても安心する熱と匂いが、すぐそばにある。


「ん……んぅ……」

「おはよー!藍ちゃん!」


 ……そばっていうか、上に乗っかってた。

 結構、重いんだけど……


「うる、さい……」

「学校遅れちゃうよ!起きて!」

「え……?嘘、もうこんな時間……」

「昨日は疲れてたからね。

 あっそうだ、いっそ学校休む?

 そしたら今日はずっと一緒にいられるよ!」


 正直、今の私にとってはかなり選びたい選択肢。

 なんか、妙に、紗月といるのが落ち着く。

 紗月だけとの時間を過ごしたい。

 そばにいてほしい。


「だ、だめよ、ズル休みなんて……」

「んもう、真面目だなぁ藍ちゃん。

 ま、そこも好きなんだけど」


 真面目、かぁ。

 お母さんがいないなら、もう無理して頑張る必要なんてないよね。

 もちろんあんまり怠けるのはだめだけど、私のしたいように……


「じゃあ起きよ!朝ご飯はもう作ってあるから!」

「え?誰が?お父さんは料理苦手だし……

 まさか……?」

「うん!

 あたしは藍ちゃんのお嫁さんになるからね!

 ちょっとした料理くらいできないと!」

「そ、そんな堂々と言われると……」


 リビングに行くと、結構本格的な朝食が。

 え、これ、本当に作ったの?一人で?

 す、すごい……のはいいんだけど。


 その、人参に、キャベツ……

 どうしよう、苦手なのが誤魔化せない量使われてる。


「え、えっと……」

「ど、どうかした?あ、もしかして苦手なのある?」

「……あ」


 そ、そっか。もう、ワガママ言っても、

 皿投げつけられたりしないんだ。や、やった……!


「こ、今度は……今度が、あったらだけど。

 できれば人参とキャベツは、使わないでもらえると」

「うん!分かった!教えてくれてありがと!

 (また藍ちゃんのこと、知れた!!!)」


 紗月、すごく笑ってる。

 紗月が笑ってると、私も嬉しい。


 二人で、朝食を楽しんだ。見た目はもちろん、味も最高だった。

 私の苦手なやつは紗月にあーんしてあげると次から次に食べてくれた。


「あ、紗月、服どうすんの?」

「藍ちゃんのクローゼットから一つ借りていい?」


 しばらくして、紗月が準備を終えた。


 え、待って、それめっちゃお腹見えるやつじゃん。


「なんでそんなの選んだのよ」

「藍ちゃんが巻いてくれたから、

 みんなに見てもらいたくて」

「変なこと言わないで普通のにして」

「やだ!これがいい!」

「しょーがないわねぇ全く」


 私達はランドセルを背負って、家を出た。

 こんな遅くに登校するのは、初めて。


 教室へ向かう廊下で、見覚えのある顔が。


「え?藍ちゃんと紗月ちゃんが一緒?」


 あ、茅じゃん。


「なにか?」

「別に。……藍ちゃんに興味ないし。

 ……あれ、紗月ちゃんなにそれ、包帯?

 怪我したの!?」


 思った通り、速攻で聞かれた。


「うん!カッターでグサってなっちゃって!」

「うわ、いたそ~!

 お腹に刺しちゃうなんて、何があったの?」

「実は昨日藍ちゃんちに遊びに行ったんだけどぉ」

「……え?」


 なんでこっち睨んでくるの、茅?


「藍ちゃんのとこに?」

「そうだけど」

「……ひ、人殺し!」


 な、何叫んでっ……!


「わ、分かったわ!きっと無理やり連れてったのね!

 自分のグループに取り込めなかったからって、

 見えないところで暴力振るってたんでしょ!」

「か、茅ちゃん?急にどうしたの?」

「大丈夫よ紗月ちゃん!

 もう怖がることはないわ!

 ゆっくり落ち着いて、藍ちゃんから離れ――」

「茅ちゃん!!」


 紗月が大声を上げて、廊下が静まった。

 茅が怯んだ次の瞬間……


 ――紗月が体重を乗せて、思いっきりグーパンで殴った。


 それをモロに受けた茅は回転しながら廊下に倒れた。


「……い、いぁ、いだあああぁぁぁ!

 ひ、ひぐ、ぐぇ、な、なに゙、するのぉ!!」


 うわ……鼻血出て、歯一本折れてる……


「やっぱり。

 その泣き方、誰にも殴られたことないでしょ。

「そ、それがぁ、なんだっていうのぉ!」

「藍ちゃんはね、暴力が嫌いな優しい子なの。

 クラスの中で威張ってたのも、苦痛に耐えるため」

「う、うぇ……?」

「どいつもこいつも、藍ちゃんの事全然知らないくせに、

 知ろうともしないくせに、好きとか嫌いとか、

 浅くて、勝手なことばっか……」


 倒れた茅を持ち上げて、胸ぐらを掴んだ。


「あたしがいつ、言った?ねぇ?教えて?」

「ひっ……!?」

「教えてよぉ!!!あたしがいつぅ、

 藍ちゃんにぃ、傷つけられたって言ったぁ!?」

「いぃ、言ってない!言って、ないです……」


 その答えを聞くと、茅を適当に離した。


「せいか~い!二度と変なこと言わないでね」


 完全に茅は怯えきってて、慌てて逃げていった。

 周りの子達も紗月の怒声にびっくりして、

 しばらくは静かなままだった。


「じゃ、教室いこ」

「う、うん」


 私達は自分の席に座った。

 朝日が、眩しい。

 窓からの景色ってこんなにきれいだったんだなぁ。


 教科書たちを机に移し終えたあたりで、

 座ったまま椅子を少し引くように紗月から言われた。


「えいっ!」

「さ、紗月っ!?」


 紗月が私の太ももの上に跨って、私と向かい合った。

 その行為にみんなの視線が集まっていく。


「待って、みんな見てるから変なことは!」


 大半がハテナって感じだけど、うっすら感づいているのか、

 顔を赤くしてる子も数人くらいいる。


「……昨日は、藍ちゃんママ。

 それとさっき、藍ちゃんの周りに集るやつ。

 この二つが消えたから、安心してあたしのことだけ見れるよね」

「え……まさか、お腹見せる服も茅を引っ掛けるためにわざと?」

「おぉ、よく分かったねぇ、流石藍ちゃん。

 そうだよ。ああいう奴らが何人か残ってたからね。

 これで仕上げってわけ」

「ぬ、抜け目ない……」

「全部大好きな藍ちゃんのためだもん」


 わ、私のために、ここまで……

 そんなに、私のことを……


「大きくなったら、婚姻届出して、

 小さな家を買って、ずっとずっと暮らそ。

 あ、子供はどうする?いらない?養子?

 それとも未来の技術で作れるようになってるかな?

 あっでも同性婚いけるようになるか分かんないか。

 じゃあ海外もありかな。

 景色は海?山?それとも都会?」

「色々と早すぎだって……」

「えー、そんなことないでしょぉ?」


 紗月は本当に、私達の話をしていると

 いつも楽しそうにしてる。


「も、もういいでしょ。

 そろそろ降りてくれない?」

「やだ」

「ま、まだなにかあるの?」

「おつきあい、してるんだったらさ。

 ちゃんと、周りに見せつけなきゃ」

「――え?」


 紗月が考えてることは無意識では分かってたけど、

 意識がそれを認めたがらなかった。

 それは……どう考えても……


 予想通り、紗月の次の行為が始まると

 周りの子達が赤くなる割合が一気に増えた。

 漫画みたいな、キャーという声も聞こえて。


 初めてのときと同じだった。

 絡まる髪の毛も、太ももにかかる体重も、甘すぎる匂いも、

 柔らかな唇の感触も、何もかもが、

 ただひたすらに私を快楽の海に突き落とそうとして。

 本当に、恥ずかしすぎてどうにかなりそうだった。


 それなのに、私の顔はあまり赤くなかった。

 恥ずかしさ以上に、私の心を釘付けにしたものがあったから。


「えへへ、みんなの前で、しちゃった」


 差し込む朝日に照らされて、

 私に向かって微笑んでくれる紗月は、

 今まで出会ったどんなものよりも、

 綺麗だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る