中編

「二人とも、殺したの」

「……え?」

「二人とも最初は好きって言ってくれたんだけど、

 後になって、それが本心じゃないって分かった。

 でも別れるなんて嫌だから、せめて恋人のまま死んでほしかったの」


 にぱにぱした笑顔と透き通った唇から放たれた突飛な告白。

 当然、私は受け止められなかった。


「わぁ、藍ちゃんがもっと怖がると、そうなるんだね。

 やっぱり怯えてる藍ちゃん可愛い」

「……嘘……だよね?」

「えー?信じられない?信じたくない?

 でも、ここまであたしの事見てきたんなら、

 分かるよね?」

「い、いや……!」


 そこからしばらく、記憶が曖昧。


 気づいたら、もう下校時間で、

 私は学校の校門を出たあたりでスマホを見ていた。


「そうだ、お母さんに言って……」


 いや、別にいいか。

 前に友達というか、グループの子を勝手に呼んでも、

 特に怒りもしなかったし。

 挨拶もしなかったけど。


「藍ちゃん!」

「うわっ!?」


 紗月が急に後ろから抱きついてきた。

 雰囲気はいつも通りの、朝の自己紹介みたいな

 明るい感じに戻ってた。


「じゃあ、約束通り後で行くね!」

「え、あ、うん」

「流石に藍ちゃんの履いたまま行くのはまずいから、

 一旦家に帰って着替えてから来るね!

 パンツと靴下は洗って明日返すよ!」

「そ、そう……その……ごめんなさい。

 さっきは急に逃げちゃって」

「いいよ!気にしないで!

 これから藍ちゃんちに行くの楽しみ!」


 それから、私と紗月はそれぞれの帰り道を歩いていった。


「ただいまー」


 家について、とりあえず挨拶してみたけど、

 やっぱり誰も出てこない。

 ちょっと音は聞こえるから、まだ仕事してるんだ。


「適当にお菓子とかゲームとか準備しとくか」


 そうしているうちにインターホンが鳴って、

 大急ぎで玄関まで走ってドアを開ける。


「お邪魔しまーす!」


 ドアの先には、さっきと変わらない笑顔で

 大きなバッグを持った紗月がいた。

 あと、下半身もズボンからプリーツのミニスカに変わってる。


 廊下の奥にある私の部屋の前まで行って、ドアを開けて入った。


「わぁ!藍ちゃんのお部屋可愛い!

 水色と白がとっても素敵!」

「そ、そうでしょ。

 もっと今っぽく綺麗にしたくて、

 頑張って調べて揃えてみたの」


 当然、全部両親が買ってくれた。

 完全に見た目や質で選んだから、

 全部で何十万、何百万なのかも知らない。


「ねぇねぇ、ベッド寝てみていい?」

「う、うん」


 大喜びで私のベッドにダイブした紗月。

 幸せそうな顔で中に埋まって、

 包まった毛布の中からこっちを見てくる。


「むふー!」


 あ、す、すごい。

 紗月の髪と目の色が、完全に部屋と調和してる。

 天使みたいな部屋に、本物の天使が降臨したって感じ……


「すごい、私よりこの部屋に似合ってる……」

「ほんと!?すっごく嬉しい!

 まるであたしのために用意してくれたみたい!

 やっぱりあたしの運命の相手だよね藍ちゃん!」

「流石にそれは飛びすぎ」

「むー藍ちゃん冷たい……」


 本当にこんな子が、二人も人を殺したの?


「あんたほんと見た目と中身違いすぎよね?

 こんな子があんな変態行為してるだなんて誰が想像できるの」

「んー、綺麗な見た目のほうがやばいのは普通じゃない?」

「そーゆーものかしら……」


 とりあえず、用意したお菓子とかゲームとかで

 適当に色々やって過ごしてみよ。


「……ねぇ、こっち来て」

「え?」

「藍ちゃんも一緒にベッドに入って」

「なんで?」

「いいから、早く」


 やけに強請ってくるから、

 仕方なく言う通りにしてやった。


 紗月がベッドの奥半分に避けて、

 前半分に私が入る。


 向かい合ってぴったり収まったのを確認すると、

 紗月が私達を閉じ込めるように毛布を被せた。


「……っ!?」


 ……え、なにこれ。

 紗月ってこんな、甘い匂い、してたっけ?


「藍ちゃんトロトロしてきたね……」

「え、いや、なん、で……」

「この香りの事?

 それなら、さっき家に帰ったときつけてきたの」

「へ、へー……」

「気に入った?」

「だ、だったらなんだって――ふぇ!?」


 今度は両手の指を絡めてきて、手のひらも密着させてきた。

 ひ、人ん家にきて早々こいつ何を……!


「ちょ、ちょっと、仲良く遊ぶんじゃないの!?」

「だから、仲良くしてるじゃん」

「遊ぶ、のほうは満たしてない!」

「もー細かいことはいいで、しょぉ!」


 足まで絡めて、逃げられないようにされた。

 ち、力っ、強っ……!


「藍ちゃん、おててもあしも、ぷにぷにだね」

「えぇ?ま、まさかあんた、最初から私の体目当てでっ!」

「それはちょっと違う。

 確かにあたしは触ってて気持ちいいのが一番好きだけど、

 藍ちゃんは体も心も全部全部大好きだよ」

「うぇ、もう、近いちかいちかいぃ……」


 学校のとき以上に顔を近づけて、額がコツンと当たった。

 私を目の前にした紗月は、とても幸せそう。

 紗月の熱が籠もった吐息が私にぶつかる。


「藍ちゃんを初めて見たとき、ちょっとびっくりしたの。

 だって、すごく強くも見えるのに、とっても弱くも見えて。

 あたし、貴女みたいな人には会ったことない」

「褒めてんのそれ?」

「好きに受け取って。

 あたしはありがとうでも殴るのでも嬉しい」

「なっ殴るだなんて、私を何だとっ」

「じゃあ、お願いしたら、殴ってくれる?」

「……だ、駄目よ、それは聞けない」


 紗月は、握りしめた両手を離して、

 私の脇から後ろに回して、

 もっと抱きしめる。


「(藍ちゃん意外と手汗すごい)

 そっか、藍ちゃんは優しいね。

 もっと好き」

「傷つけたり、傷ついたりしたら、怒られるから」

「そっかそっか……」


 首の後ろから抱きしめられて、体まで密着して、

 頭も後ろから抱え寄せて。

 そのせいで息するだけでも紗月の首筋を直に嗅いでしまう。


「んん、くすぐったい……

 こんなふうにさ、藍ちゃんのすぐ近くまで来れた人って、

 どれくらいいるのかな。

 藍ちゃんの怖がった顔も、とろけた顔も、

 お漏らしも、あたし以外に見た人いる?

 きっと藍ちゃんのパパとママも、見たことないんじゃない?」


 ……っ……そう、そうよ。

 そういえば、おねしょをして怒られた記憶もない。

 両親に何も言われなくてもトイレを覚えてたような。

 じゃあ、本当に紗月しか知らない私が、今日……


「それは……そう、かも」

「でしょ?あたしもね、

 栄養おかねさえやってれば勝手に成長する大きくなると思ってる大人、大嫌いなの。

 お花だって、どんな子なのか調べて正しく愛情をあげなきゃ枯れちゃうんだから」


 んー……あー、一応、家族の悪口言われてるんだよね。

 ……イライラするどころか、完全に共感しちゃってる。

 でも、しょうがないよね。いくら自分がすごいからって、

 わたしを愛さなくていい理由になるわけない。


「あたしはすくすくと幸せに育つために、藍ちゃんが必要だし、

 藍ちゃんが欲しいものも一つ残らず知りたい」

「わ、私が、必要なの?私の事、知りたいの?」


 寄せた首を離して、またお互いの顔が一番近くで見えるようにしてから、

 紗月は口と身体を精一杯動かした。

 両手は私の肩に置かれて。


「うん」


 う、ぁ……そんなに真剣に……

 私が誰かに、求められた?初めて?


「藍ちゃんのためなら何でもする。何でもあげる。

 だから、あたしを恋人にして!おつきあい、しよ!!」

「……しょ、しょうがない、わね。

 そこまで言うんだったら、なってあげても……」

「ほ、ほんと!?ほんとぉ!?やったぁ!!!」

「んぎゅぇ!?!?」


 喜ぶあまり、紗月はまた私を抱きしめて。

 頭を強く擦り付けてきた。

 ペットじゃないんだから。


「ありがと!ありがと!うれしいうれしい!!

 しあわせ!さつき、しあわせ!!だいすき!!!」

「んぉ、もー、ちょっと落ち着――」


 少し落ち着かせようとしてたら、

 急に私の口を、柔らかな熱がこじ開けた。


「んっん……んむ……」

「……~~~!?!?!?(ばたばたばた)」


 私はそれを理解するのに数秒かかっちゃったけど、

 すぐに紗月を剥がそうと暴れまくった。

 人生で一番、顔が熱くなって、恥ずかしくて。

 鼓動も早くなって。何も考えられなくなって。

 でも不思議と、ずっと空いていた何かが埋まった気がして。


「んむ……ぢゅ~…………」


 い、や、もう、もういいったら!

 舌入れすぎ!どんだけやれば気が済むのよ!

 ……待って、息!私の息まで吸わないで……!


「~~~……ぶはぁっ!!!」

「はぁ~っ!はぁ~っ!はぁ~っ……はぁ~……」


 キスしたせいか、酸欠のせいかわからないけど、

 今、とても意識がふわふわしちゃってる。


 紗月まで、とろっとした顔になっちゃってて。

 そんな顔、するんだ……


「……」

「……」


 後味も余韻も、いつまでも消えない。


 疲れて枕に倒れている、

 お互いの真っ赤っ赤な顔を見つめ合ったまま。


「……これが、本物の恋なんだね!?藍ちゃん!?」

「わ、私に聞かれても、分かんない……」

「ドキドキもぽかぽかも、ずっとずぅっと消えないの!

 ほら、まだまだこんなに大きくて!」


 紗月が私の頭を紗月の胸に持っていくと、

 紗月の言う通り、ドクンドクンと早く脈打ってるのが

 はっきり聞こえる。


「前の二人と全然違うの!何もかも違う!

 さっきの思い出すだけで、またきゅんきゅんして……!

 すごい……!すごいのぉ……!」

「と、とにかく、落ち着きなさいよっ……

 こっちだって大変なんだから……!」


 怖いくらいの幸福感が私達の身体を襲い続けた。

 最終的に二人で抱きしめ合いながら、

 それが治まるまで乗り切った。


「……大丈夫そ?」

「……なんとか」


 ようやく治まって、ベッドからも出た。


「すごく、すごかった!藍ちゃんは!?」

「ま、まぁ、確かに、すごかった……」

「こ、恋人になったなら、もっともっといろんな事できるよね!」


 紗月は、持ってきたバッグの中から色々取り出した。


「……なに、それ?」

「えっと、右からぁ、手錠、ムチ、縄……」

「これを、どうするの?」

「今度は藍ちゃんが聞く番!今から紗月の身体は藍ちゃんのもの!」


 あぁ、この子が変態だったの忘れかけてた。


「あんたそういうのしかできないわけ?」

「え、こういうの、嫌い?」

「さっき傷付けるなんてできないって言ったでしょ!」

「藍ちゃんになら、何されても嬉しいからあたし傷つかないよ?

 ま、まぁ身体はついちゃうけど、すぐ治るし」

「絶対やらないから!ほらさっさとしまって普通に

 ゲームしてお菓子食べまくりましょ!」

「わ、わかった……」


 普通にお菓子を食べて、ゲームを起動して、ワイワイとはしゃいだ。

 私達の仲なんだから、楽しいに決まってる。

 特に最近のルーティーンになってるのは、

 めっちゃ運動する系のやつ。


「ふ、負荷上げすぎた、かしらぁ……しんどぉ……!」

「流石藍ちゃん!普段から努力してるんだね!」

「そ、そんなんじゃないって!

 最近ちょっと体重が気になってきたからぁ!」

「あ!それでさっきぎゅってしたときぷにぷにだったんだ!

 ……あれ、それじゃ痩せちゃったらぷにぷに無くなるじゃん!

 藍ちゃん今すぐゲームやめて!!!」

「い、いやよ!運動は私の取り柄なんだから!

 デブってのろまになんてなりたくない!」

「太った藍ちゃんも好きだよ!そのままでいてぇ!」

「ぜっ、たい!い、やぁ!」

「ぬううぅ!かくなる上はぁ!!」


 紗月が立ち上がって私のお腹を揉もうと襲いかかってきた。

 ゲームのことも忘れて、

 最後はただの追いかけっこになっちゃった。


「や、やめ、やめなさいったらぁ!あはっちょ、そこは!」

「やっぱりこれだよこれ!

 これが無くなるなんてあたし耐えられない!」


 ……そっか。これが、幸せってやつなんだ。

 普通とはちょっと違うかもしれないけど、

 私にはどうでもいい。


 部屋のドアまで追い込まれて、

 私はドアを背中につけて、紗月に捕まろうとしていた。


「あ、やば、逃げ方しくったぁ……!」

「ふっふっふ……観念したまえよ藍ちゃあん!

 つっかまっえ――」


 紗月に飛びかかられようとした瞬間。

 背中にひどい衝撃が来た。

 同時に響いたドス黒い音に紗月も止まる。


 ドアが、重いもので強く蹴られた。

 これは、大人の足だ。


「うるさい……うるさいうるさいうるさい!!!

 そんな野蛮に走り回って騒ぐな!みっともない!

 私の娘なんだからもっと行儀よくしなさいよ!

 また出来損ないって呼ばれたいのぉ!?」


 ……ドアの向こうから、お母さんの声がした。

 今日、お母さんの声を聞いたのは初めてだった。

 それだけ言い放った後、また部屋に戻っていく音がした。


 今までの明るい空気は完全に壊れて、

 私と紗月は放心状態だった。


「……なに、あれ」

「ご、ごめん。もうちょっと――」


 紗月は、聞いたことないような濁った声と声量で怒鳴った。


「なんなのぉ!!!あいつぅっ!?!?」

「……さつ……き?」

「あいつ、藍ちゃんのこと、出来損ないって言った?

 いつまで呼ばれてたの?」

「そ、それはっ……」

「どの口が……どの口が言ってるのぉ!!

 他の何者でも無い、藍ちゃんを苦しめた元凶なのにぃ!!

 家族なのに、藍ちゃんを大切にできない、

 藍ちゃんの良いところ一つも気づかないゴミクズがぁ!!!」

「だ、大丈夫!大丈夫だから!もういいよ!」

「許せない!許せない!!

 あんな奴っここにいちゃいけない!!!」


 激怒しながら、バッグを乱暴に漁って、

 何かを取り出した。


 ――ぬいぐるみを切りつけてた、あのカッター。


「え、嘘……嘘でしょ、紗月っ!」

「藍ちゃんは何もしなくていいよ。

 ここで待ってれば全部終わるから」

「いいぃ、いいって!そこまでしなくても!!」

「あいつのせいで藍ちゃんは十年も苦しんだんでしょ!!

 ここで誰かがやらなきゃずっとこのままなんだよ!?!?」


 完全に憎しみに満ちた顔でお母さんの部屋に向かう紗月を、

 私が止められるはずもなく、転びながら一歩後を追いかけることになった。

 力で紗月に少し及ばないのを、すごく後悔した。


 お母さんの部屋に行くと、二人が対峙しようとしてた。


「あたし達の幸せを、藍ちゃんを否定する奴はみんな死ねぇ!!」

「……ううぅ!!」


 カッターを構えてお母さんに走りだそうとしている

 ギリギリで阻止した。


「っ!!藍ちゃぁん!こんなの家族じゃない!!

 あいつは藍ちゃんを敵だと思ってるっ!!!

 早く消さなきゃ藍ちゃんがもっと不幸になるんだよぉ!!」

「ごめんなさいっ!ずっと頼っちゃって!

 紗月に甘えてばっかりで!こんなことまでさせちゃって!」

「いい!いいんだって!!そのために付き合ったんだからぁ!!

 貴女のためなら何でもするって言ったじゃん!!

 だからぁ!!そのことばを今っ!!証明するのぉっ!!!」


 死にもの狂いで、カッターを奪い取った。


「やだあぁ!返してぇ!返してよぉ!!!

 ここでやらなきゃぁ!!!」

「頼むから、こないでっ……!」


 震えた手でカッターを構えて、お母さんの前に立つ。


「お願いだから、今日は、帰って……」


 紗月は、何かを考えて、静かに語りかけてきた。


「そっか、もっと進めないと、わからないんだ。

 分かった、いいよ、してあげる。

 あたしは貴女の恋人だから、怖くないよ」


 すると、足を丁寧に踏み出して、こっちへと向かってきた。

 ――これは、助走だ。


「……え、何、何してっ?や、やぁっ、やめぇっ!

 や゙め゙でええぇっ!!!」


 濃密な甘い匂いと、滑らかな髪と肌の感触が私の頭を包んだ。

 一方、握りしめた私の手には、

 皮に当たった引っ掛かりと、肉に潜っていく生々しい感触。


 紗月のシャツには、鮮やかすぎる赤が滲み出て、

 真っ白な生地の上をぼんやりと広がっていった。

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