つきあい
Lyncis
前編
「
私のいる五年一組に、転校生が来た。
名前通り、月の光のように冷たくて白い髪。
見た目はまぁ、普通に可愛い。
黒板にでかでかと下手めな字で書かれた、
「
「みんなともっともっと仲良くなりたいです!」
なんか、ちょっと狙いすぎててウザいかも。
まぁ多分、表向きにちょっと盛ってるんだろうけど。
「かわいー!」「好きなのとかある?」
「えっと、犬とか猫とか、ベッドとかクッションとか、
ふわふわでもちもちで、触ると気持ちいいやつ!
家でいっぱいペット飼ってるから
動物のお世話も得意だよ!」
うん、定番のやつね。
私も犬は好き。逆らわないし。
「というわけで、これからよろしくお願いします!」
気づけば、無駄に大きい拍手。
ああいうのは人気が出そうだし、
とりあえず適当に仲良くして、
時期を見て私の下に引きこもっと。
何度か授業を終えて、休み時間。
「(うわ、
「(何かあったら助けてあげなきゃ)」
わざとらしくヒソヒソして。
ほんと鬱陶しい。
「藍ちゃんってどんなのが好き?」
「え?あぁ、んと……
花とか宝石みたいな、きれいなものとか、音楽とか。
あとゲームとかも少し」
「あたしも好きだよ!キラキラいいよね!」
うわ、すごい笑顔で急に抱きついて、
身体とか手とかをとても強くぎゅってしてきた。
近くの子はもちろん、ヒソヒソしてた奴らも引いてる。
「は、離して!」
「わっ!?」
妙に深く触ってきて、不気味で、思わず強く跳ね除けちゃった。
吹っ飛んで紗月は尻もちついちゃったけど、しょうがないでしょ。
なんでこんなはしゃぐの?ちょっとした質問に答えただけよね?
てかいくら
「ご、ごめんなさい……」
今度はすごく申し訳無さそうというか、
泣くんじゃないかってくらい罪悪感に呑まれて、
うるうるした顔になっている。正直、ちょっとグッと来る。
そんなになるなら最初からやらなきゃいいのに。変な子。
……いや、このまま引き込めるんじゃない?
そう思ってたら、ヒソヒソしてた奴らの中から一人歩いてきた。
げ、よりによって……
「ちょっと藍ちゃんなんてことするの!」
「何言ってんの
急に抱きついてきたのは紗月じゃん。
嫌いすぎて目までおかしくなっちゃった?」
ピリピリした空気になろうとしたけど、
倒れ込んだままの紗月が止めた。
「だ、大丈夫!あたしのせいだから!
藍ちゃんは悪くない!」
「で、でも香下さん……」
「しつこい。本人が言ってるんだからもういいでしょ。
今度からはもっとタイミングを見極めることね」
「ちっ……」
それから、体育の時間。
「っしゃっ!」
今日の授業はドッジボールだった。
どうやら私以上に運動神経があるみたいで、
最後に相手に残った紗月に、
同じく最後に残った私が当てられて負けちゃった。
「紗月ちゃんナイス!」
「今までずっと藍ちゃんにやられてたもんね!
ほんとざまぁって感じ!」
あんなに喜んじゃって、腹立つなぁ。
何発か紗月の顔面に当ててやりたい。
「んぃ……」
は?何今のニヤつき?
明らかに私に向かってやったよね。
あーやっぱそういうとこあるんだ。
……いや、それならなんで勝った直後じゃなくて、
私に睨まれた後に笑ったの?
……私の考えすぎかな。
それから給食も終わって、昼休み。
周りの子達は、それなりに紗月の話で盛り上がってた。
でも、何を話してたかは聞こえなかった。
だって、給食の片付け始まってすぐ催した尿意に気を取られてたから。
歯磨き中もなんかタイミング逃しちゃって、かなり限界近い。
「(……漏れそ)」
大急ぎでトイレへと向かった。
無意識に強くドアを開けて、空いている個室へ走る。
「……あたしのこと、好き?」
え?……この声、紗月?
何してんの?
てか誰に何聞いてんの?
「と、当然だとも。
お前の好きなのも、今つけてるのも、
全部買ってやってるじゃないか」
何故か、声のする個室には鍵がかかってなくて、
扉が完全に開いてる。恐る恐る、覗き込む。
「でも、私のこと全然見てくれないじゃん。
飽きちゃったんでしょ?そう言ってよ」
……え?何、して……
便器に座って、ぬいぐるみを膝に……
しかもなんで、上履き以外、裸……!?
「そ、そんなことない!
今だって、こうして……!」
乱暴に立ち上がって、ぬいぐるみに対して怒鳴る。
「あたしはただ愛して欲しいだけなのに!」
声を荒らげて、
ペーパーホルダーに置いてあるカッターを手に取った。
「その程度の愛で、好きなんて言わないでよ!
あんたみたいな大嘘つきなんか死んじゃえ!」
すると、紗月はカッターでぬいぐるみの首を切りつけて、
そのまま頭を引きちぎった。
その頭がそのまま投げられて、
綿をばらまきながら私にぶつかった。
「うわっ……」
あ、声、出ちゃった。
バレた……どうしよう、どうしよう……!
こ、殺されっ……!
「……!」
こっちに気づいた紗月は、すごく目を見開いて、
笑ってるのか怒ってるのかもわからない表情で。
「っ!」
逃げる間もなく私の腕を馬鹿みたいな力で掴んで、
そのまま個室に引きずりこんだ。
あまりに怖くて、悲鳴すら出せなかった。
「はぁっ……はぁっ……」
鍵を締めて、壁を両手でついて、私に覆いかぶさる。
鼓動が早まって、身体がどんどん強張って。
は、早く、助けを……
「藍ちゃん……どうだった?」
「……ぅ……え?」
「あたしのおままごと、どうだった?」
あ、あれが、ままごと?
相手の首刎ねるままごとがどこにあるっていうの?
「いや、違うかぁ……ここまで見てたんだから、
見惚れてたよね?」
「……」
「ね?」
「ぃ、いや」
――私の耳すれすれに、カッターを突き立てられた。
「……ね?」
「え、ぁ……ぅ、うん……?」
「ありがと~!」
急に今までどおりの明るい雰囲気に戻って、
どうにもならないほど緊張した空気はほどけた。
あれ、太ももが、温かい……
「あっ!藍ちゃんお漏らし!
待って全部出さないで!」
大慌てで、空のペットボトルを取り出して、
キャップを取った。
「ぎゃぁっ!?」
私のスカートを乱暴に捲って、
股にそれを強く押し当てた。
はしたない水音を立てながら
中身がすごい勢いでどんどん溜まっていく。
「出終わった?……おぉ、二五〇くらい?
取れなかったの合わせたらもっとだからぁ……
すっご~く我慢してたんだね」
私のが溜まったボトルを嬉しそうにずっと見て……
ひっ、頬ずり……!?
「藍ちゃんの、温度……
あったかい……落ち着く……」
何こいつ、すごく、気持ち悪い……
「……あたしのこと、変態って思ってるよね?」
「……」
「えへへ……あたしのこと、ずっと見てくれてる」
「な……なんで、こんなこと、すんの」
やっと声が出るようになってきて、
小さくぶつけた私の問いを耳にした紗月は、
ペットボトルの外についた水滴を丁寧に拭いてから、
置いてあったポーチに押し込んだ。
私とゆっくり目を合わせて、うっとりした顔で。
「貴女のことが、大好きだから」
「……は?」
意味わかんない。
キモい。裸で言われると余計に。
会ってからまだ半日も経ってないじゃん。
「あ、頭おかしいんじゃないの!
会ったばかりの奴に、こんなこと、
しかも同性だし、子供だし……」
「女の子だから?子供だから?それっておかしいの?
あと、まだ逃げないってことは、つまり……」
「それはあんたが脅してるからでしょ!」
「えー、藍ちゃんくらい強い子ならぁ、
これくらいすぐに逃げられると思うよ?
でもしないってことは、やっぱりぃ……」
なら、言う通りにしてあげようじゃない。
「そんなに逃げられたいなら望み通りにっ――」
「――し~!」
「……?」
急に紗月が静かにするように口を塞いできた。
誰か入ってくる。
「ほんと藍ちゃんってムカつくよね~」
「ねー。今どきお山の大将とかダサすぎじゃん」
「いくら運動と勉強ができるからって調子乗りすぎ」
「アレに一泡吹かせた紗月ちゃん、かっこよかったなぁ」
好き勝手言ってた奴らは、用を済ませるとすぐに出てった。
……何、見てんの。
「だから、何だっていうの?
別にこれくらいいつものことだし。
私を嫌う奴ばかりでもないんだし」
「……本当は、寂しいんでしょ?」
「……うぇ?」
今、なんて?
寂しいって、言った?
「本当はもっと自分のこと見てほしい。
頑張ってるんだから、褒めてほしい。
もっと仲良くして、好きって言ってほしい……」
「て、適当なこと言わないで!」
「周りに人を集めてるのも、紛らわしたいからでしょ?」
「あ、あんたに何が――」
「あたしもそうだから」
……ほんとに?
「あたしといっぱい遊んでくれた
大大大好きなお父さんは、
一年前に死んじゃったの。
お母さんはいるんだけど、その……
あたしの事、あんまり好きじゃないみたいで。
ほんとは、男の子が良かったとかって」
ほんとなら、とても、かわいそう……
「わ、私は……」
「っ!聞かせて。あたし、藍ちゃんの事、知りたい」
「私の、パパとママは……頭良くて、いっぱいお金稼いでるし、
私が言えば、何でも買ってくれる。
私もすごい子に育ってほしいって言ってたから、
言われた通りにすごく頑張ってるの。
だから頑張って九十点以上取って、
運動会でも一位とか二位とかいっぱい取って……」
「うんうん」
「それで、テストとかメダル見せに行ったら
いっぱい褒めてもらえるって思って……
でも、「そう、そのまま取り続けなさい」って……
……それだけ、で……う、うぇ……」
あ、やばい……目が、熱い……
「やっぱり、あたし、藍ちゃんのこと、大好き。
お母さんとお父さんの願いに応えようと、
頑張って、文句も気にせずに、
たとえ誰からも褒められなくても、
ずっとずっと頑張ることを止めないで。
……すごく、かっこいい」
「うぇ……うぅ……」
我慢できずに溢れてしまった涙を、
紗月はそっと指で拭ってくれた。
「(ぺろ……んん、藍ちゃんの涙、美味しい……)
ねぇ、今日の放課後、お家に遊びに行っていい?」
「ふぇ?な、何、急に……」
「昼休みだけじゃ、全然足りないから。
それにずっとここにいたら、怪しまれちゃう」
「なら……うん、わかった……」
紗月に、家の場所、特徴、道を教えた。
「ありがと。じゃあまた後で」
「ちょ、ちょっと待ちなさい」
なんか、紗月が思ったよりすごい子なのは分かったけど、
まだ解決してない問題がある。
「これ、どうしてくれんの」
「あ、あー」
私のパンツと靴下、ぐちゃぐちゃなんだよね。
紗月が脅したせいで。
「じゃあ、あたしのと交換しよ!」
「え、え?それって……」
「大丈夫!今日あたしズボンだから!」
「そうじゃなくて……」
なんか、ちょっと喜んでるように見えるんだけど。
もしかして、そういう汚いのが好きなのかな、紗月って。
てか、さっきボトルに溜めたやつ持ち帰って、何するんだろ。
んー……
あー、もういいや、なんでこんなの考えてるんだ私。
ペーパーで拭けるところは拭いて、
紗月が言った通りお互いのに履き替えた。
靴下はともかく、パンツはかなり黄色が分かるくらいに濡れちゃってる。
めっちゃ恥ずかしいけど、一応気持ち悪さは解消されたし、
紗月は無駄に嬉しそうだし、ひとまず、いいか……
「それじゃ、出よっか」
個室のドアを開けて、トイレに出る。
「ねぇ、一つ聞いていい?」
「え?あたしに興味持ってくれた!?
嬉しい!何でも答えるよ!」
「いちいち声でかい。
それでさ、なんで転校してきたの?」
「あーそれかぁ。本当に聞きたい?」
「まぁ、気になる」
トイレのドアを開けて、蛇口をひねって手を洗う。
久しぶりに、ポスターに書いてある長々とした
やり方をやってみる。なんとなく。
「単にお母さんとか学校の都合って感じ?
実は、転校するのは二回目でさ。
ここの前と、最初の学校にも
告白してみて付き合ってた子いたんだ」
「は?こんなやばいこと二回もしてきたの?」
「だって、あたしのタイプがどんな人かってのが、
イマイチよくわかんなくて、手探りだったし」
「……てか、転校したんなら、その子達はどうしたの?」
「何って、仕方なく別れたけど」
蛇口を閉めて、紗月のほうをじっと見た。
「…………それ、本当?
さっきの紗月見てたら、
そんな簡単に手放すやつには見えない」
「えへへ、あたしの事、よく見てるんだね」
紗月も手を洗い終わって、教室まで歩く。
珍しいことに、その時の廊下は誰も歩いていなかった。
「でも、心配しなくていいよ」
数歩先にスキップしていって、
アニメのワンシーンのように大げさな可愛いポーズで、
紗月は笑顔で振り向いた。
「二人とも、殺したから」
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