つきあい

リンシス

前編

「あたしの名前は、香下かした紗月さつきです!」


 私のいる五年一組に、転校生が来た。

 名前通り、月のように真っ白で、ふわふわなワンサイドアップ。

 あと……六芒星だっけ、そんな形の黄色い髪留め。

 服は肩とか脚とか出してる黒をメインにした今っぽいの。


 まぁ、可愛いといえば可愛い。


 黒板にでかでかと下手めな字で書かれた、

 「香下かした紗月さつき」という文字。


「みんなともっともっと仲良くなりたいです!」


 ウザいくらいに完璧な笑顔とハキハキした喋り。

 まぁ多分、少し演技で盛ってるんだろうけど。


「かわいー!」「何が好きなのぉ?」

「えっと、犬とか猫とか、ベッドとかクッションとか、

 ふわふわでもちもちで、触ると気持ちいいやつ!

 家でいっぱいペット飼ってるから

 動物のお世話も得意だよ!」


 私も動物は好きなほうかな。

 信頼したり愛したり、嫌ったりするかを、

 ちゃんと私の心を見て決めてくれてる気がするから。


「というわけで、これからよろしくお願いします!」


 気づけば、無駄に大きい拍手。


 たくさんペット飼ってるならお金にも余裕がありそうだし、

 そもそも見た目からして好かれそうだし。

 ステータスは十分だから、早く仲良くならなきゃ。


 そうすれば、お母さんも褒めてくれるはず。


 何度か授業を終えて、休み時間。


「(うわ、あいちゃんと話すの?大丈夫?)」

「(何かあったら助けてあげなきゃ)」


 またいつもの奴らか。

 わざとらしくヒソヒソして、ほんと鬱陶しい。


「藍ちゃんってどんなのが好き?」

「え?あぁ、んと……

 花とか宝石みたいな、きれいなものとか、音楽とか。

 あとゲームとかも少し」

「あたしも好きだよ!キラキラいいよね!」


 うわっ!?すごい笑顔で急に抱きついて、

 身体とか手とかをとても強くぎゅってしてきた……

 近くの子はもちろん、ヒソヒソしてた奴らも引いてる。


「は、離して!」

「わっ!?」


 妙に深く触ってきて、不気味で、思わず突き飛ばしちゃった。

 吹っ飛んで紗月は尻もちついちゃったけど、しょうがないでしょ。


 ちょっとした質問に答えただけで興奮しすぎじゃない?

 てかいくら女子だからってこんなに抱きつく?


「ご、ごめんなさい……」


 今度はすごく申し訳無さそうというか、

 罪悪感に呑まれて、うるうるした顔になっている。

 ……正直、結構可愛い。


 泣きそうになるなら最初からやらなきゃいいのに。変な子。

 とりあえず、嫌われたりはしてなさそうだからセーフね。

 気を取り直して、順調に仲良く……


 と思ってたら、ヒソヒソしてた奴らの中から一人歩いてきた。

 げ、よりによって……


「ちょっと藍ちゃんなんてことするの!」

「何言ってんのかや、今の見てないの?

 急に抱きついてきたのは紗月じゃん。

 嫌いすぎて目までおかしくなっちゃった?」


 ピリピリした空気になろうとしたけど、

 倒れ込んだままの紗月が止めた。


「だ、大丈夫!あたしのせいだから!藍ちゃんは悪くない!」

「で、でも紗月ちゃん……」

「しつこい。本人が言ってるんだからもういいでしょ。

 今度からはもっとタイミングを見極めることね」

「ちっ……」


 それから、体育の時間。


「っしゃっ!」


 今日の授業はドッジボールだった。

 どうやら私以上に運動神経があるみたいで、

 最後に相手に残った紗月に、

 同じく最後に残った私が当てられて負けちゃった。


「紗月ちゃんナイス!」

「今までずっと藍ちゃんにやられてたもんね!

 ほんとざまぁって感じ!」


 私に勝ったのは紗月じゃん。

 なんで一度も勝てたことのないあんたたちが騒いでんの。

 ムカつく。


「んぃ……」


 は?何あの、紗月の顔?

 なんでこっちみてニヤついてんの?

 明らかに私に向かってやったよね。

 あーやっぱそういうとこあるんだ。


 ……いや、それならなんで勝った直後じゃなくて、

 私があいつらを睨んだ後に笑ったの?

 それとも気のせい?勘違いだった……?


 それから給食も終わって、昼休み。


 周りの子達は、それなりに紗月の話で盛り上がってた。

 でも、何を話してたか聞く余裕は無かった。

 だって、給食の片付け始まってすぐおしっこしたくなっちゃって。

 歯磨き中もなんかタイミング逃しちゃって、かなり限界近い。


「(……漏れそ)」


 大急ぎでトイレへと向かった。


 無意識に強くドアを開けて、空いている個室へ走る。


「……あたしのこと、好き?」


 え?……この声、紗月?

 何してんの?

 てか誰に何聞いてんの?


「と、当然だとも。

 お前の好きなのも、今つけてるのも、

 全部買ってやってるじゃないか」


 何故か、声のする個室には鍵がかかってなくて、

 扉が完全に開いてる。恐る恐る、覗き込む。


「でも、私のこと全然見てくれないじゃん。

 飽きちゃったんでしょ?そう言ってよ」


 ……え?何、して……

 便器に座って、ぬいぐるみを膝に……

 しかもなんで、上履き以外、裸……!?


「そ、そんなことない!

 今だって、こうして……!」


 乱暴に立ち上がって、ぬいぐるみに対して怒鳴る。


「あたしはただ愛して欲しいだけなのに!」


 声を荒らげて、

 ペーパーホルダーに置いてあるカッターを手に取った。


「身体すら見てないくせに、好きなんて言わないでよ!

 お前みたいな大嘘つきなんか死んじゃえ!」


 すると、紗月はカッターでぬいぐるみの首を切りつけて、

 そのまま頭を引きちぎった。


 その頭がそのまま投げられて、

 綿をばらまきながら私にぶつかった。


「うわっ……」


 あ、声、出ちゃった。

 バレた……どうしよう、どうしよう……!

 こ、殺されっ……!


「……!」


 こっちに気づいた紗月は、とても嬉しそうに近づいてきた。


「っ!」


 逃げる間もなく私の腕を馬鹿みたいな力で掴んで、

 そのまま個室に引きずりこんだ。


 あまりに怖くて、悲鳴すら出せなかった。


「はぁっ……はぁっ……」


 鍵を締めて、壁を両手でついて、私に覆いかぶさる。

 鼓動が早まって、身体がどんどん強張って。

 は、早く、助けを……


「藍ちゃん……どうだった?」

「……ぅ……え?」

「あたしのおままごと、どうだった?」


 あ、あれが、ままごと?

 相手の首刎ねるままごとがどこにあるっていうの?


「いや、違うかぁ……ここまで見てたんだから、

 見惚れてたよね?」

「……」

「ね?」

「ぃ、いや」


 ――私の耳すれすれに、カッターを突き立てられた。


「……ね?」

「え、ぁ……ぅ、うん……?」

「ありがと~!」


 あれ、太ももが、温かい……


「あっ!藍ちゃんお漏らし!

 待って全部出さないで!」


 大慌てで、空のペットボトルを取り出して、

 キャップを取った。


「ぎゃぁっ!?」


 私のスカートを乱暴に捲って、

 股にそれを強く押し当てた。

 はしたない水音を立てながら

 中身がすごい勢いでどんどん溜まっていく。


「出終わった?……おぉ、二五〇くらい?

 取れなかったの合わせたらもっとだからぁ……

 すっご~く我慢してたんだね」


 私のが溜まったボトルを嬉しそうにずっと見て……

 ひっ、頬ずり……!?


「これが、藍ちゃんの温度……

 あったかいね……」


 何こいつ、すごく、気持ち悪い……


「……あたしのこと、変態って思ってるよね?」

「……」

「えへへ……あたしのこと、ずっと見てくれてる」

「な……なんで、こんなこと、すんの」


 やっと声が出るようになってきて、

 小さくぶつけた私の問いを耳にした紗月は、

 ペットボトルの外についた水滴を丁寧に拭いてから、

 置いてあったポーチに押し込んだ。


 私とゆっくり目を合わせて、うっとりした顔で。


「貴女のことが、大好きだから」

「……は?」


 意味わかんない。

 キモい。裸で言われると余計に。

 今日会ったばっかで、会話も数回だけじゃん。


「あ、頭おかしいんじゃないの!

 会ったばかりの奴に、こんなこと、

 しかも同性おんなだし、子供だし……」

「女だからだめ?子供だからだめ?

 ……つれないこと言うね」


 私の今の言葉に、紗月はとても悲しい顔をした。


「聞いて藍ちゃん?あたしの好きは大きいんだよ?

 藍ちゃんの仲間なんかよりもずっとずっと」

「う、うるさい!もういいわよ!

 先生に言いつけてやるんだから!」


 タイミングを見て逃げようとすると、

 急に紗月が静かにするように口を塞いできた。

 何人か手洗い場のとこにいる。


「ほんと藍ちゃんってムカつくよね~」

「ねー。リーダー気取っちゃって、何様なの」

「いくら運動と勉強ができるからって調子乗りすぎ」

「アレに一泡吹かせた紗月ちゃん、かっこよかったなぁ」


 好き勝手言ってた奴らは、すぐにいなくなった。


 ……何、見てんの。


「だから、何だっていうの?

 別にこれくらいいつものことだし。

 私を嫌う奴ばかりでもないんだし」

「……本当は、寂しいんでしょ?」

「……うぇ?」


 今、なんて?

 寂しいって、言った?


「本当はもっと自分のこと見てほしい。

 頑張ってるんだから、褒めてほしい。

 もっと仲良くして、好きって言ってほしい……」

「て、適当なこと言わないで!」

「周りに人を集めてるのも、紛らわしたいからでしょ?」

「あ、あんたに何が――」

「あたしもそうだから」


 ……ほんとに?


「あたしといっぱい遊んでくれた

 大好きなパパは、一年前に死んじゃったの。

 お母さんはいるんだけど、その……

 あたしの事、あんまり好きじゃないみたいで。

 ほんとは、男の子が良かったとかって」


 ほんとなら、とても、かわいそう……


「わ、私は……」

「っ!聞かせて。あたし、藍ちゃんの事、知りたい」

「私の、両親は……頭良くて、いっぱいお金稼いでるし、

 私が言えば、何でも買ってくれる。

 私もすごい子に育ってほしいって言ってたから、

 言われた通りにすごく頑張ってるの。

 だから頑張って九十点以上取って、

 運動会でも一位とか二位とかいっぱい取って……」

「うんうん」

「それで、テストとかメダルをお母さんに見せに行ったら

 いっぱい褒めてもらえるって思って……

 でも「そんなの当たり前でしょ、いちいち言うな」って……

 ……それだけ、で……う、うぇ……」


 あ、やばい……目が、熱い……


「やっぱり、あたし、藍ちゃんのこと、大好き。

 お母さんとお父さんに振り向いてもらおうと、

 頑張って、みんなからの嫉妬も気にせずに、

 誰からも気づいてもらえなくても、

 一人で、ずっと頑張ることを止めないで。

 ……すごく、かっこいい」

「うぇ……うぅ……」


 我慢できずに溢れてしまった涙を、

 紗月はそっと指で拭ってくれた。


「(ぺろ……んん、藍ちゃんの涙、美味しい……)

 ねぇ、今日の放課後、お家に遊びに行っていい?」

「ふぇ?な、何、急に……」

「昼休みだけじゃ、全然足りないから。

 それにずっとここにいたら、怪しまれちゃう」

「なら……うん、わかった……」


 紗月に、家の場所、特徴、道を教えた。


「ありがと。じゃあまた後で」

「ちょ、ちょっと待ちなさい」


 なんか、紗月が思ったよりすごい子なのは分かったけど、

 まだ解決してない問題がある。


「これ、どうしてくれんの」

「あ、あー」


 私のパンツと靴下、ぐちゃぐちゃなんだよね。

 紗月が脅したせいで。


「じゃあ、あたしのと交換しよ!」

「え、え?それって……」

「大丈夫!今日あたしズボンだから!」

「そうじゃなくて……」


 ペーパーで拭けるところは拭いて、

 紗月が言った通りお互いのを交換した。


 靴下はともかく、パンツは誤魔化せないくらい黄色。

 まさか無地の白にしてたのをこんなに後悔するなんて。


 紗月が穿く前にある程度便器の上で絞って、

 ズボンまで濡れないようにしてた。

 よく他人のおしっこ塗れの下着、触れるわね。


「あ……藍ちゃんに包まれてる……」

「(キモい……)」


 うぇ、私のを穿いて、喜んでる……


 すごく恥ずかしいけど、一応気持ち悪さは解消されたし、

 紗月は無駄に嬉しそうだし、ひとまず、いいか……


「それじゃ、出よっか」


 個室のドアを開けて、トイレに出る。


「ねぇ、一つ聞いていい?」

「え?あたしに興味持ってくれた!?

 嬉しい!何でも答えるよ!」

「いちいち声でかい。

 それでさ、なんで転校してきたの?」

「あーそれかぁ。本当に聞きたい?」

「まぁ、気になる」


 トイレのドアを開けて、蛇口をひねって手を洗う。

 久しぶりに、ポスターに書いてある長々とした

 やり方をやってみる。なんとなく。


「単にお母さんとか学校の都合って感じ?

 実は、転校するのは二回目でさ。

 ここの前と、最初の学校にも付き合ってた子いたんだ」

「は?こんなやばいこと二回もしてきたの?」

「こんな大胆な告白したのは藍ちゃんにだけだよ?

 最初はあたしのタイプがどんな人かってのが、

 イマイチよくわかんなくて、手探りだったんだ」

「……てか、転校したんなら、その子達はどうしたの?

 トイレでの物騒なままごとのセリフからして、

 ただで別れるなんてしなさそうだけど」

「えへへ、あたしの事、よく見てるんだね」


 答えないまま、紗月も手を洗い終わって、教室まで歩く。

 珍しいことに、その時の廊下は誰も歩いていなかった。


「本当に、聞きたい?」

「まぁ、気になる、わね」

「分かった、教えてあげる。

 藍ちゃんにだけ特別だよ?」


 数歩先にスキップしていって、

 アニメのワンシーンのように大げさな可愛いポーズで、

 紗月は笑顔で振り向いた。


「二人とも、殺したの」

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