第35話 話せることと聞きたいこと
今、この部屋にいるのは、彼女のおにいさんと僕だけだ。
やっと、全てを話せるし、聞きたいことが聞ける。
レミアシウスという人は、とても人当たりのいい、優しそうだけど苦労人のような、不思議な感じの人だった。
『ただ、きみがどうやって発信しているのか知らないけど、今のままだと相手に集中し切れていないから、対象者以外も感じ取れてしまう。
そこは気をつけたほうがいいよ』
もっと照準を絞れってことかな。
立ち上がったレミアシウスが壁際のテーブルにあるティ・セットのところへ行ってポットに手をかざした。すると、少ししてポットから湯気が出始め、あっという間に湯が沸いた。
え……この人、何者!?
魔法使うにしたって、何かその、詠唱とか、それっぽい動きとか、ナシ?
そういえば彼女も石を持っていただけでテレポート(?)していった。
リュアティスの戸惑いをよそに、お茶を入れながら話し出すレミアシウス。
『テレパシーは、僕たちにとっては会話の手段の一種で、周り全体に発したり、遠くの人と会話したり、個人を限定して発したりできる、
さっき、きみとエリスレルアがやっていたように発信し合えば双方向で会話できるし、ある程度の人数で討論とかすることもできる。
まあ、心で話しているようなものだから、悪用すればとんでもないことになってしまうけど」
それは、まあ、なんだってそうだ。
悪用すれば、布切れだって人を殺せる。
ソファ用テーブルのリュアティスの前と自分のところにお茶を置き、レミアシウスはソファに腰掛けた。
『『魔法』と称して僕がやっている会話方法はちょっと特殊で、話し言葉がわからないから、テレパシーを発信して心に話しかけ、声と一緒に発せられている想いを聞いて会話している』
想いを……聞いて……
『だから近距離でしか使えない。
ま、言葉が通じない相手と会話する『魔法』なら近距離で充分だし』
それはそうか。
というか―――やっぱり、想いを聞けるんだ。
『エリスレルアもできなくはないんだけど、あの子のテレパシーは強過ぎるから聞くだけにしておけって言ってある。
話しかけると、かなり弱くしたつもりでも気絶させちゃうと思うし。
実は、きみがあの子とテレパシーで会話できるっていうの、珍しい事象っていうか、貴重っていうか、特別っていうか、とにかく、とても特異なことなんだよ。
って、そうだ! きみ、大丈夫だった?
何度も気絶したでしょ。あいつ、加減するのが苦手でさー』
いつもの通信時のことを思い出し、確かにそうだな、とリュアティスは思わず苦笑してしまった。
「気絶しなくてもひどい頭痛がして大変でしたが、大丈夫だったと言っていいと思います」
『ごめんよーー!』
心底申し訳なさそうにしているレミアシウスに、この人、相当苦労してるんだろうな、と同情するリュアティス。
ひとしきり謝ったあと、気を取り直したようにレミアシウスはリュアティスを見つめた。
『僕らがこっちへ来たのは召喚魔法のせいじゃないっていうこと、気づいているよね?』
リュアティスも少し緊張気味に見つめ返す。
「ええ。
詠唱を破棄したのに魔法が発動してしまったというのは本当のことですが、あの時、異世界との間の扉が虹色に光って壊れたのが見えましたから」
『でも、それだと何が原因かとかまではわからないよね?』
「そのあと聞こえてきた、あなたを呼ぶ声が虹色に輝いていたのです」
「
?
『あ、ごめん。なるほどね。
それでこっちへ来たのがエリスレルアの『力』だってわかったのか』
「召喚魔法によらないのであれば、それ以外説明できません」
召喚魔法を知らないレミアシウスに、リュアティスは詳しく説明した。
「あの時の召喚魔法は、お茶を濁そうとしていた程度の魔法でした。
つまり、全力で召喚しようとしていたわけではなかったのです。
そんなレベルの魔法で人を召喚するなんて、対象に指定されていたとしても失敗に終わってしまうのが関の山でした。
兄上も言っていたのですが、召喚はゼロか100。成功するかどうかは技術力と魔力量だけで決まるので、本当は、詠唱を破棄しなくてもあなた方が召喚されることはありませんでした」
レイテリアス兄上はとっくにそのことに気づいている。
召喚魔法には不確定要素が多いため、断言できないでいるだけだ。
レミアシウスがため息をついた。
『ということは、逃げる必要はなかったってことかー』
「ええ。
それなのに、どうやってこの世界へ渡ってきたのか、兄上でなくても気になるところです」
『そりゃそうだよね』
カップを手に取り、少しだけ見つめたあと、レミアシウスは一口飲んで、それを置いた。
『リュアティス君。……あ、リュアティス君って呼んでもいいのかな?
リュアティス王子、とか呼ぶべき?』
笑った。
「
あの、こちらとしても失礼に当たるのではないかと聞きづらいのですが、僕としては身分とかは置いておいて、僕よりも年上な気がするのですが、確認してもよろしいですか?」
『構わないけど……あ!!
僕ったら、
失礼いたしました!!
不敬罪とかで処刑とかされたらどーしよ!』
今更?
爆笑しそうになるリュアティス。
「そんなことで処刑したりしませんよ」
『そ、そう? よかった』
ホント、おかしな人だ。
レミアシウスは、気を取り直して、呼吸を整えた。
『きみは、僕たちがここへ来たのはエリスレルアの『力』だとわかっていて僕たちを守ろうとしてくれた。
そして、僕たちを元の世界へ帰すと言ってくれた。
それが本心からの言葉だってことはわかってる』
一旦そこで言葉を切り、少しだけ逡巡して、レミアシウスは続けた。
『だから僕も、僕たちの現状をちゃんと話すよ。
ただ、エリスレルアの行動は僕には読み切れないってことだけは、心に留めておいてくれると助かる』
僕の部屋にいきなり現れた、あれみたいなことかな。
「はい」
一度目を閉じ、それを開いて、レミアシウスはソファの対面に座っているリュアティスを見つめた。
『きみが魔法陣を開いたのは地球だけど、僕たちは地球人じゃない。
彼女が以前きみに言ったように、ルイエルト星から…まぁ、休暇みたいな感じで地球に来ていて、たまたまあそこにいただけなんだ』
えぇぇっ!?
『で、この、レステラルスさんの屋敷に来てから周りの人に聞いたり、いろいろな本を読んだりして、この世界のことについて知った。
ここの人たちの成長速度と照らし合わせると、僕は大体、16,7歳くらいで、エリスレルアは、11,2歳くらいかな』
「え゛っ?」
変な声が出てしまった。
レミアシウスさんは、僕が思ったとおりだった。
けど、彼女は僕と大して変わらないように見えるっていうか、そんな子供に見えないっていうか……
身体の成長速度が速いってこと?
『僕たちの成長、遅くてね。
実年齢だともっと多いんだけど、それを言われてもわかりづらいでしょ?
だから、まあ、僕は17歳で、エリスレルアは12歳かな!』
成長が、遅い???
この人たちには、僕も12歳くらいに見えてるんだろうか?
この話を更に掘り下げていいものか、リュアティスが悩んでいるのも知らず、レミアシウスは話を続ける。
『まだまだ子供のエリスレルアは『力』の使い方が不安定で失敗もやり過ぎも日常茶飯事。
行き先間違いテレポートもいつものことで、今回に限ったことじゃない。
だから、僕たちが向こうに帰る手助けはしてもらえるととても助かるけれど、僕たちがここへ来てしまったことについてはきみが責任を感じることではないんだ。
これだけは、了承してほしい』
……そう言われても……
すぐに返事をすることができないリュアティス。
この少年の性格じゃ了承し辛いだろうな、と思うレミアシウスだが、ここを譲るわけにはいかない。
『きっかけは自分でも選んだのはエリスレルアだ』と思えない彼にこの先の話を続けると、彼にはどうしようもないことを自分のせいだと思わせてしまうことになってしまう。
そして、エリスレルアが自らこの世界に来たのだとどれほど主張しても、彼にはそれを信じることができないだろう。
それは、いくらなんでもあんまりだ、とレミアシウスは思ったのだ。
(変に期待させるのもどうかとは思うけど)
『了承できないのなら僕の話はこれでおしまい。
レイテリアスさん対策を考えよう!
その、大量の魔力があれば、きみでも送り返せるの?』
!? 切り替えが……早過ぎませんか?
リュアティスは考えた。
この人は僕の責任を軽くしようとしている。
それは、なぜなのか。
「どうでしょう?
生き物の送還はやってみたことがないので。
学園では生き物の召喚は許可されていないため、誤って召喚してしまった場合、先生方に送還していただくのです」
先の話を聞くと、僕では重責に耐えられなくなると思われたとか?
それとも何か、ほかに理由が……
『えっ! 先生が送り返せるなら頼めば―――』
「兄もクレファイス学園の学生なのです」
『……真っ先に手を打つか』
「おそらく」
ここで了承しなければ、その『先の話』というのは永遠に聞けないだろう。
そして、そのうち二人は向こうの世界に帰ってしまう。
―――それでいいのか?
「レミアシウスさん」
『うん?』
リュアティスは姿勢を正し、レミアシウスをまっすぐ見つめた。
「了承します。
僕はあなた方がこちらへ来るきっかけをつくってしまいましたが、こっちへ来たのは、エリスレルアさんの自由意志であると」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます