第34話 そういうことか
今回リュアティスが意識を失ったのは、エリスレルアのテレパシーのせいというより、酸素欠乏による意識障害のほうが強かったため、レステラルスが部屋を出ていくより前に意識が戻っていた。
……僕が何に気づいていないって?
よくわからないが、叔父上がとても喜んでいらっしゃるようだ。
そして、さっきの自分の行動を思い出し、また身体が熱くなる。
彼女を見て動けなくなるなんて……何が起こったんだ?
いくら虚を突かれたとはいえ、最悪だ。
今後、どのような顔をして叔父上に会えばいい?
レステラルスが部屋を出ると、ネスアロフが傍まで来て立て膝を突いた。
「殿下、お目覚めですよね?」
「……」
「一体何があったのですか?」
「……」
「お答えください」
「……彼女がいた」
それだけだ。
「それだけ、ですか?」
「……」
くっ!
リュアティスは飛び起きた。
「それだけで、なぜか僕は動けなくなったのだ!」
小声でそう叫び、その勢いのままソファから降りた。
珍しく目を丸くしてポケッとしているネスアロフを見て赤面したリュアティスは、イラついてベランダへ向かい、扉を開いた。
何が起きたのか知りたいのは、僕のほうだ!
そう思いながらベランダに出ると、意味不明な言葉が聞こえてきた。
彼らもベランダにいるのか!?
思わず身を隠した。
エリスレルアたちがいる部屋のベランダはレステラルスの演出による花々が盛りまくられていて、声は聞こえるが姿は見えない。
リュアティスにとっては、ありがたいようでいて、言葉が理解できない分、何をしゃべっているのか気になって仕方がない。
話しかけるかどうか迷っている時、レステラルスの明瞭な声が聞こえてきた。
「まさかあれほどリュアティスが緊張するとは思っていなかったのだ」
誰のせいですか!
憤りながらリュアティスが耳を凝らしていると―――
「それより、きみたちに聞きたいことがあるのだ」
ん?
「きみたちは―――ずっとこの世界にいることはできないのか?」
えっ!?
「きみたちがずっとこちらにいるというのなら、この国でのちゃんとした身分を与えてもいいし、俺の養子にしたっていい」
!!!
「だから、ずっとこの世界にいることは―――」
反射的にリュアティスは駆け出した。
何を考えておられるのですか! 叔父上!!
「殿下! どちらへ!」
「隣だ!」
☆
☆
☆
「まったく! 勝手な行動は慎んでください、叔父上」
エリスレルアから受け取った花束をネスアロフに渡し、彼はそれを抱えて部屋を出ていった。
レステラルスの提案が突飛過ぎて、つい、部屋に飛び込んでしまったリュアティスだが、大量の花を抱えて自分のところに走ってきたエリスレルアの姿を目にしても、さっきのように固まらないでいられた。
話しかけられたのに背を向けてしまうという、速攻で嫌われても仕方のない行動をとってしまったのに、エリスレルアがまったく気にしない様子で再び話しかけてきたことで救われた気持ちになり、ほんの少しだが心に余裕ができたのだ。
「僕には彼らを無事に送り返す義務があるのです」
『え、僕たちを送り返せるのですか?』
えっ?
驚いた顔をして、レミアシウスを見たリュアティスを見て、レステラルスが解説した。
「ああ、この方は言葉の通じない者と会話する魔法を使うことができるので、我々は普通に話せばいいそうだぞ。
エリスレルアさんも聞くことだけはできるのだそうだ」
魔法?
というか、彼女も会話しているが……って、普通に話せばいい?
では、僕の苦労は一体……
『魔法ではなく、エリスレルアが使っているのと同じテレパシーです。
今話している内容はレステラルスさんには聞こえていませんが、詳しくご説明したいので、その話は彼が退室したあとにしてください』
「わかりました。
で、先ほどのご質問の答えですが、それは可能です。
ただ、召喚魔法には召喚魔法と送還魔法の2種類があるのですが、送還魔法はとても難しいのです。
帽子くらいならば僕でもすぐに送り返せるのですが、お二人を、となると、僕の技量ではできるかどうかわかりません」
「生き物の送還はそれだけで難しいからなぁ。
ましてや、人となると……」
できたとしても、相当な魔力を消費することになるだろう。
「でも、やらなければならないのです」
リュアティスは経緯を説明した。
「というわけで、僕は、お二人に向こうの世界へ無事帰っていただきたいのです」
『……学生の戯れで、こんな面倒な状況になっていたなんて……』
「そのことについては、お詫びのしようもありません」
断罪されても文句が言えない状況だ。
「リュアティス……本当にそれでよいのか?」
「いいとか悪いとか、そういう問題ではないのです。
召喚対象の指定間違いという失態による強制転移でこちらへ来させてしまったのですから、僕は彼らを送り返さなければならないのです」
『リュアティスさん、こっちへ来たのは―――』
エリスレルアのせいだと言いかけたレミアシウスを手で制す。
「もうひとつ問題が」
転移が彼女の力だと、勘のいい叔父上ならいつか気づいてしまわれるかもしれないが、なんとなく気づくのと、はっきり言われるのとでは受け取り方に差が出る。
「僕が詠唱破棄に失敗したためにお二人がこちらへ来てしまったのですが、レイテリアス兄上がそれを信じていないようなのです」
「レイテリアスが?」
『レイテリアス、とは?』
「僕のすぐ上、この国の第4王子です」
「信じるも何もないのではないか?
現に二人はここにいるのだから」
「信じていないのはお二人、というか、彼女の話は兄上の前ではまったくしていませんので、一人だと思っておられるはずですが、とにかく、あなた方がこちらに来たのが召喚魔法によるものだ、ということを信じておられないのです」
「はぁ!? 何を言っているのだ、お前」
レミアシウスがリュアティスを凝視した。
「召喚魔法以外でこちらに来られるわけないではないか」
「そうなのです。
ですが、つい、僕が見栄を張ってしまって、詠唱を破棄したと言ってしまったために、召喚していないのに誰を探しに行こうとしているのだ、と。
召喚以外に何かあったのではないかと執拗に興味をお持ちになられまして、勘違いなされている兄上がお二人に危害を加えられるのではないかと心配なのです」
腕組みをして考え込むレステラルス。
「あいつは確かに、そういうところがあるな。
普通ではない工程を探し出そうとし、あり得ない発想に固執するというか……」
「ですから、僕としてはなるべくお二人を兄上に近づけたくないのです。
叔父上は、どなたか敏腕召喚魔術師の方をご存じではありませんか?」
「うーーーん」
『そういうことなのですね』
『そうです』
リュアティスは、初めて、レミアシウスに向かって高出力発信をおこなった。
「……すまぬが、思い当たらぬ。心当たりの者は皆、既に王宮専属となっておる。
王城にいる公認召喚魔術師たちに頼むしかあるまいな」
「やはりそうですか」
リュアティスもそれしかないと思っていた。
が。
「だがレイテリアスもそう思って、お前が二人を連れ帰るのを心待ちにしていることだろう」
そうなのだ。
それが一番の、大問題なのだ。
僕がここに来ている間に、魔術師たちを巧みに自分の領分に引き込んでいる可能性だってある。
そんなところに彼女を連れて帰っていいのだろうか?
『リュアティスサンダー!』
そう叫んで明るく手を振っていた彼女。
彼女を異世界に返すのと、興味本位の兄上に奪われるというのは、彼女が僕の前からいなくなるという点では一緒でも、まったく違う話だ。
「あまり期待できないが、兄上にも知り合いに誰かいないか聞いてきてやる。
そのようなややこしい状況では、お前が聞くより俺が世間話的に聞くほうがよかろう」
「ありがとうございます、叔父上」
「気にするな。お前はここでしばらく休養してから公爵邸へ行けばいい」
感謝いたしま―――
「兄上には、お前は風呂場でのぼせたのでしばらく俺のところで療養すると言っておいてやる!
ワッハッハッ!」
…………感謝する必要はないようだ。
レステラルスが部屋を出ていくと、レミアシウスは大きく伸びをして、ソファの背もたれに沈み込んだ。
『そういうことかーー!』
『あ……あの……』
『ああ、きみは普通にしゃべっていいよ。
さっきのように、誰にも聞かれたくない時だけ、伝えたい相手に向かって発信すればいい』
!
先ほど、彼に向かって高出力発信をしてみたものの、ちゃんと通じているかどうか気になっていたリュアティスは、成功していたとわかって安堵した。
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