第33話 ある提案

 部屋に残されたエリスレルアは、リュアティスが消えた扉を凝視したまま突っ立っていた。彼らに付いていこうとしたのだが、レステラルスが『来ないでくれ』と強く思っているのを感じて、行けなかったのだ。


 その彼女に、レミアシウスが近づいた。


「あれがリュアティスさんかー。

 リュアティスさんっていうより、リュアティス君っていう感じかな?」


 いかにも王子様って感じだったなー。

 王子様に君付けは、不敬かな?


 二人は、リュアティスがただの学生ではなく、この国の第5王子であるということをレステラルスから知らされていた。


「おにいさま、リュアティスさん、馬車で疲れたって言ってたけど、ホントに大丈夫かな?」

「だ……大丈夫だよ、きっと、ハハハ……」

「でも、熱が出たって言ってたよ! 病気かも!」


 あの様子だと、病気は病気でもあれはたぶん……いちばんやっかいなやまいでは……

 そしてそれは、今のこいつにいくら説明しても、たぶん理解できない病だ。


 どう言えばいいんだーー!!


「えーっと……あれは………………病気じゃない」

「でも熱が!」


 ん-ーーー


「お前だって、病気じゃなくても熱が出ることってあるだろ?

 すっごく走り回った直後とか、あっつあつのラーメンを食べたあととかぁ、温度高めの風呂上がりとか。あれと一緒だよ!」


 一緒じゃないけど。


「ふむー」

「リュアティスさんは馬車が着いた直後に熱めのお風呂に入ったんじゃないかな。

 それで、きっと熱が出たんだよ」


 これでどう?


 エリスレルアは少し考えて、にっこり笑った。


「そっかー。

 ここのお風呂、広くてノビノビだもんねー!

 疲れてたらお風呂の中で寝ちゃうくらいだし!」


 それはリルちゃんと遊びまくって疲れ切ったお前だろ。

 あと……それに付き合わされている侍女の方々と。

 ……ごめんなさい!


「うんうん。

 だからリュアティスさんは、ゆっくり休ませてあげよ!

 彼の夏休みは始まったばかりなんだし」

「わかった! よかったー、病気じゃなくて!」


 よし!


 レミアシウスが心の中でこっそりガッツポーズをしていると。


「そうだ!

 お花持ってお見舞いに行こうかな!」


 言いながらエリスレルアはベランダへ出ていこうとした。


 いやいやいやいや!

 もう少し状況がわかるまで、じっとしてろー!


「病気じゃないんだから、お見舞いはおかしいだろ?

 そうだ、クッキーでも食べながら待っていよう!」

「えー? 今お腹空いてない」


 くーー! 食べ物で制御できないと、辛い!


 レミアシウスがどうしたものかと悩んでいるうちにベランダに出たエリスレルアは花束づくりを始めた。

 もう、ここで時間を取っているうちに状況が変化することを願うしかないな、とレミアシウスも花束づくりに参加した。


 色どりや花の種類などで試行錯誤していると、レステラルスが戻ってきた。


「レステラルスさんだ!」


 花を抱えて部屋に入るエリスレルア。


『放っておいてすまなかった。

 まさかあれほどリュアティスが緊張するとは思っていなかったのだ』

『僕たちのことは気にしないでください。

 彼の具合はどうですか?』

『大丈夫だ。風呂で長湯してのぼせたのだろう』


 彼の発言はただの偶然だったが、レミアシウスはその偶然に感謝した。


「ホントにお風呂のせいだったのね! よかった~!

 じゃあ、この花を持ってお見舞いにー」


 そう言いながら扉へ向かうエリスレルアをレステラルスが止めた。

 何を言っているのかはわからなくても、何をしようとしているのかはわかったのだろう。


『まあ、待ってくれ。

 彼は少し休めばすぐよくなる。

 それより、きみたちに聞きたいことがあるのだ』

『僕たちにですか?』


 レステラルスが真顔になった。


『きみたちは―――ずっとこの世界にいることはできないのか?』


 えっ?


「えっ?」


 この質問に、さすがのエリスレルアも動きを止めた。


『きみたちがずっとこちらにいるというのなら、この国でのちゃんとした身分を与えてもいいし、俺の養子にしたっていい。

 だから、ずっとこの世界にいることはできないだろうか?』


 それは……無理だと……


 レミアシウスが「できません」と断ろうとした時。


「でも、ここにはセルネシウスおにいさまがいないし、ルイエルト星もないし」


 その前にしなければいけないことが発生した。


 わーーっ!

 やっとこっちの生活になじんできたのに、帰りたいって言い出したらどーしよ!


『? 彼女は何と?』


 「そんなこと言うと、かえって帰りたいって言い出しますよ」って言いたいんだけど、そんなこと言うと、こいつはますます帰りたいって言い出すに決まってる!


 この話を、これ以上、エリスレルアの前でしないためには―――


『レステラルスさん、それは。

 寝た子を起こすっていうか、逆効果で自業自得の不首尾に終わるっていうか、裏目で棒に振るっていうか、自縄自縛で本末転倒の思惑違い、言わずもがなのヤブヘビの地雷です』

『何!?』


 これで伝わるだろうか?


「おにいさま……ネタコのジライって何?」


 よし! こっちはOK!


『寝た子っていうのは寝ている子供で、地雷っていうのは地面に埋められている爆弾さ』


「なんで寝ている子供が地面に爆弾を埋めるの?」


『それはちょっと、僕にはわからないなー。

 埋めたことないし』


 実際は埋めまくってる気もしないでもないけど……


 エリスレルアが何を言っているのかはわからないレステラルスだが、レミアシウスの発言とその後の彼女への説明を聞いて、自分のさっきの発言が逆効果で思惑とは違う結果をもたらすということと、彼がエリスレルアの意識をそれから逸らそうとしているということはわかった。


 その時。


『叔父上、無理を言ってはいけません。

 彼らがここにいるのは僕が召喚したからですが、あの時の本当の召喚対象は帽子だったのです。

 ですから、召喚時の契約もしていませんし、確定すれば、最悪の場合、誘拐殺人となってしまいます』


「リュアティス……」

「あ! リュアティスさん!」


 花を抱えたままエリスレルアがリュアティスに駆け寄った。

 さっきの彼の様子が頭をよぎり、大丈夫なのかと心配になったレミアシウスだったが、息を吸って固まりかけた彼はそれを吐き出すことでなんとか凌いだようだ。


 無言で花束を差し出す彼女に、少し赤面しながら無言で受け取っている彼。

 二人は、いつもの通信と同じ『会話』をしているんだろうな、とレミアシウスは思った。


 彼がこの世界の人たちとしている『会話』は、レミアシウス側はテレパシーを発信しているが、相手側は普通にしゃべっていて、その言葉とともに発せられている微弱な『声』を聞いている『会話』だ。

 だが、今エリスレルアとリュアティスがしている『会話』は、二人とも発信している、本当のテレパシーでの『会話』なので、周りにいる者には無言で見つめ合っているようにしか見えない。


 ただ、完璧にプロテクトされているエリスレルアの『声』と違って、魔力を使って発信しているリュアティスの『声』は、すぐ傍にいるレミアシウスにも感じ取ることができる。

 他人のテレパシーでの会話を盗み聞くなんて、褒められた行為ではないとわかってはいるが、レミアシウスはシャットアウトすることができなかった。


 王子様だし、何か、甘い会話とかしてたりして。

 「キミ可愛いね」的な……ふふふ♪


『………………………………………………………』

『ありがとうございます』

『…………………………………』

『大丈夫です。心配かけました』

『……………………………………』

『風呂?』

『……………………………………………………』

『ああ、煮えるんじゃないかってくらいでした』

『………………………………………』

『さすがにそれは無理です』

『………………………………………………………』

『かもしれません』

『……………………………………』

『それでは風呂に入れません』

『………………』


「「ハハハハ(笑い合う二人)」」


 なんの話やねん!


『………………………………』

『昔はよく泳いで叱られました』

『………………………………………………』

『ええ、船から落ちた時に泳げないと困りますから』

『……………………………………………………』

『空から!? それは怪我をするのでは(ていうか死…)』

『…………………………………………』

『だとしても、しないに越したことはありません』


 ……どなたか、王子様に甘い会話のご指導を……


『彼らは何をしているのだ?』


 レステラルスさんが擦り寄ってきた。


『あ、えっと……』


 返答に困っていると、救いの天使が舞い降りた。

 ではなく、救いの天使が扉をノックした。


『レルたん、あしょびにきたのーー』


「あ! リルちゃんだ!!」


 エリスレルアが扉に駆け寄ってそれを開けると、そこにはロドアルとリルテが立っていた。


「おにいさま、リルちゃんが来たから遊んでくるねー!」

「お、おぉ…」


 エリスレルアは部屋から出ていった。


 リルちゃん、ナイス!

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