第30話 誰のせい?

 次の日の10時頃、ロドアル家の前に立派な馬車が到着した。


「おにいさま! あれが馬車?」

「そうだよ」

「ホントに馬が引っ張ってるー!

 あれにリュアティスさんが乗って……ないよ?」


 やっぱり。

 お前は全ての馬車にリュアティスさんが乗っていると思っている、と思ってた。


「あれはたぶん、レステラルスさんがよこした馬車だよ。

 リュアティスさんが来るのは15日後だって、昨日レステラルスさんが言ってたじゃないか」

「そうだった」


 見るからに気落ちするエリスレルア。

 ロドアルが家から出てきて御者の人と言葉を交わし、レミアシウスたちのところへやってきた。


『テレパシだっけ?

 あれをいきなりやられると最初の時の俺のようになりかねないんで、俺が通訳として付いていって、きみたちの世話を主にしてくれる者たちに、驚かせないように伝えてやるよ』

『ありがとうございます』


 本当にいい人だなー、ロドアルさんって!


『じゃ、行くか』

『はい』


 荷物を持ってレミアシウスはロドアルに付いていこうとしたが、エリスレルアが3歩くらい歩いて止まってしまった。


「エリスレルア?」

「……」


 すると、リルテがトコトコと駆けてきた。


『レルたん、これ、あげるのー。

 とーたんに、ちゅくってもらったのー。

 リルテとおしょろいなのー』


 それは、きれいな石のペンダントだった。


『リルちゃん……』

『リルテ、あしょびに行くからね!

 しょしたら、あしょんでね!』

『うん!』

『いったらっしゃーい』

『いってきまーす!』


 エリスレルアは手を振って馬車のところへ駆けていった。

 リルテのところまで戻ってきたレミアシウスは、彼女の両脇に手を入れて高い高いをし、軽くハグした。


『リルちゃん、ありがとう』

『どーいたいましゅてー』


   ☆

   ☆

   ☆


 到着すると、伯爵であるレステラルスが自ら迎え入れてくれ、いろいろと案内してくれた。

 彼ら一行が通ると、この家の使用人と思われる人たちが深々とお辞儀し、レミアシウスは微妙に居心地の悪い思いをしながら歩いていたが、エリスレルアはレステラルスの横をキョロキョロしながら普通に歩いていた。


 その様子は傍目はためには無礼に映ったかもしれないが、セルネシウスと一緒に他星を訪問した時などでは普通の光景だ。

 そして、レステラルスも何かを感じているのか、彼女の態度に気分を害したり、とがめたりすることはなかった。


『ここがきみたちの部屋だ。この屋敷の中なら自由に過ごしてくれて構わない。

 何か不都合があれば家の者にすぐ言ってくれ』


 破格の待遇、というより、破格過ぎる待遇だ。


『ありがとうございます』


 こちらへ向かって軽く会釈して部屋を出ていきかけたレステラルスが二人を振り返った。


『夕食のあと、少し話したいのだが、構わないか?』


 それはそうだよな。

 どこの馬の骨ともわからない僕たちを、何も聞かずに家に入れるなんて、普通あり得ない。

 聞きたいことがたくさんあるはずだ。


『はい』


 同意すると、彼はにっこり笑って部屋を出ていった。

 エリスレルアは、部屋の中をいろいろ見てまわっている。


 昨日の夜の通信で、リュアティスさんから、レステラルスさんが彼の大叔父に当たること、伝書鳥で帰省することは知らせたがそれ以上のことは書けなかったということ、会ったら一部を除いて全てを話すつもりでいるということを聞いた。


 僕たちが『リュアティス』という名前に反応してしまったことを伝えると、しばらく返事がなかったが、『僕に召喚されたが、なぜか船の上に行ってしまい、それが難破したということにしてくれ』と言われた。

 たぶん、その際に『リュアティス』という名前を知ったということにしてくれという意味だろう。


 リュアティスとの会話はエリスレルア経由である。

 レミアシウスがダイレクトに彼と話せるわけではない。


 だからレミアシウスは、こっちへ来たのがエリスレルアのせいだと思われる、ということを、リュアティスに伝えることができないでいた。

 彼女の『力』で移動できる可能性があることをエリスレルアに知られたくないからだ。


 伝えられていないだけで彼女のせいだと思っているレミアシウスは、リュアティスが自分の詠唱した召喚魔法で二人をこの世界に召喚してしまったと謝ってくれた時、本当はそうじゃないのにそういうことにしたいのかな、と思った。

 ほかの人に説明する際に召喚魔法で来たことにしておいたほうが説明がしやすいのかな、と。


 ベランダへと続くおしゃれな扉を開けて外に出る。

 庭には美しい花が咲き乱れていた。


 扉を開いたのは彼でも、こっちへ来たのは彼のせいじゃない。

 ぶっちゃけ、自分を守るために「召喚したのではなく、彼らが勝手にこっちへ来たんだ」と主張するやつだって普通にいそうなくらいだ。

 それが通れば責任はほぼなくなるし、しかも、たぶん、その主張は正しい。


 なのに、彼はそんなことしそうもないっていうか、どっちかっていうと自分のせいにしたがっているっていうか。


 それは彼の性格なのかな?

 人のせいにはしたくないっていう。


 案外、召喚したことにしたほうがマシってこともあるか。

 例えば、召喚じゃなく勝手に移動したということ自体が重罪に当たり、そのきっかけをつくった彼も同罪となってしまうとか……


 それか、まさかの、二人召喚できるという実績がほしいとか。

 それはないか。


 夕食後の会談に備え、一番突っ込まれると困る点から派生したことについてレミアシウスがいろいろ考えを巡らせていると、エリスレルアがベランダに出てきた。


「ロドアルさんのとこの庭もきれいだったけど、ここの庭もステキー!

 3階からだと全体が見えていいねーー」


 人の気も知らないで暢気のんきなやつだ。

 大体、お前がこっちの世界にテレポートしたりしなきゃ、こんな面倒なことにはならなかったんだ。


 そんなことを考えながらエリスレルアを見て、レミアシウスははたと気づいた。


 もしかして彼は、僕たちがこっちへ来たのがエリスレルアのせいだと気づいているんじゃ?

 その上で、エリスレルアのせいではないことにしようとしているのでは……


 ―――なんで?


 隣ではしゃいでいるエリスレルアから庭の花壇に視線を移す。


「そうだなー。あの花とか、花冠にできそうだし」

「そうよね!」


 女の子のせいにするのが嫌だから?

 または、女の子のせいにするのはかわいそうだから?


 だからって、見ず知らずの子の失敗を自分のせいにするか?

 聖人君主じゃあるまいし。

 大体、そんなことしてたら失敗した子のためにならないだろ。


 エリスレルアの失敗テレポートを何度も経験しているレミアシウスは、その罪を代わりにかぶるなんて御免こうむると思った。


 まあ、その失敗が重罪に当たって処刑されそう、とかなら、かばえるものならかばうかもしれないけど……って、えっ?


 まさか…………もしかして、重罪に当たるのか?


 レミアシウスの血の気が引いていく。


 ちょっ………ちょっと待って!

 僕たちは遊園地で遊んでただけだぞーー!


「おにいさま? どうしたの?」


 急に青い顔をして引きつったまま固まってしまったレミアシウスを、エリスレルアが見上げる。その、無邪気な明るい青紫色の瞳に、彼はリュアティスの気持ちをなんとなく理解した。


 エリスレルアは次元を越えただけで、今のところ何の罪も犯してはいない。

 それを理由にこいつに危害を加えるものがいるなら、にいさんも僕も全力で阻止しようとするだろう。


 彼はそれと似たような心境でいるのかも。


「ロドアルさんのところの小屋に落ちた時、ここよりもっと高いところから墜落したなってことを思い出してさぁ。

 よく生きてたなと、急に悪寒が……」

「もー、おにいさまったら、オーバーだよ~!」

「オーバーじゃないよ!」


 とにかくここは、リュアティスさんの言うとおりにしておこう。

 そのあとの話は、彼と合流してからだ。


   ☆

   ☆

   ☆


『きみたちは…異世界から来たのか』

『はい。ですが、そこにリュアティスさんはいませんでした』

『ではなぜリュアティスのことを知っている?』

『それは―――』


 エリスレルアのテレポート先は、いい加減だが何の根拠もないわけじゃない。

 あの時、向こうの世界のどこか、例えば、少し前に乗りたがっていた走っているジェットコースターのところに飛んでいったっておかしくない状況だった。


 テレポートの行き先は、そこに行きたいという強い思いの先なのだから。


 結果、エリスレルアは、世界を渡った。

 つまりそれは、その存在自体知らなかったこの世界へ、あの瞬間、『行きたいと思った』ということだ。


 それは、おそらく、彼の『声』を聞いたから。

 召喚という魔法に込められている、彼の『想い』を。


『召喚主の名前だけは、はっきりと感じ取ることができたからです』

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