第29話 異国の魔法使い
「異国の魔法使いか……午後にでも様子を見に行くかな」
午前中の雑用を終えたリュアティスの大叔父・レステラルスが窓の外を眺めながら昨日の昼過ぎに馬を飛ばしてきたロドアルの報告について考えていると、ノックする音が聞こえた。
「旦那様、お食事のご用意が整いました」
「ああ、すぐ行く」
天気がいい日は大抵庭で昼食とるレステラルスは、木々を眺めながらワイングラスを傾ける時が一番やすらぐ。
その至福のひと時に浸っていると、執事のカーテアスがやってきた。
「旦那様。リュアティス様から鳥便が届いております」
「リュアティスから?」
封を切りながら、ロドアルの話が頭をよぎる。
【親愛なる大叔父様
お久しぶりです。リュアティスです。
この度、少々体調を崩しまして、母上のお見舞いをかね、少しの間、公爵家にて療養することとなりました。大叔父様の牧草地から見える景色も懐かしく、機会があればお伺いしたい所存です。
到着は15日後となる予定です。
お会いできる日を心より楽しみにしております。
リュアティス】
「………」
「リュアティス様は、何と?」
普段は主宛ての手紙の内容を気にすることなどないカーテアスだが、鳥便の種類が最速のものであることと、差出場所が王都ではなく街道の休憩所であったことが彼の不安をあおったのだろう。
「体調を崩して療養しに来るようだが、それほど心配する必要はないだろう」
最速の鳥便とはいえ、王都を出てすぐの休憩所からだと10時間以上かかる。
それがこの時間に着くということは、リュアティスは真夜中頃に王都を出ていることになる。
心配しなければならないほど体調を崩しているのならば、そんな時間に出発するものか。
「もうすぐ始まる夏季休暇を延長したかっただけじゃないかな」
そう言って笑顔を向けると、安堵したようにカーテアスは微笑んだ。
食器が下げられ、周りに人がいなくなったのを確認して、レステラルスは真顔になった。
ロドアルの話は、船が難破して流れ着いたという言葉の通じない若者二人を保護しているが、その二人が交わしていた会話の中に『リュアティス』という単語があり、それが王子の名前なのか、彼らの国の言葉なのかがわからない、確認するべきだろうか、というものだった。
素性もこの国へ来た目的も定かではない者たちを下手に刺激して、見失ったり、逆襲されたりするのは得策ではないと思い、その者たちが自発的に『リュアティス』の話をするまでは放置しろと指示したのだが。
「このタイミングで、当のリュアティスが帰省する、だと?」
しかも彼は、わざわざ俺に宛てて鳥便を送ってきている。
リュアティスの手紙をもう一度読んでみる。
そこには、『機会があれば伺いたい』と書いてある。
ロドアルの話を聞く前ならば文面どおりに受け取っているところだが、聞いたあとだと、機会をつくってでもここへ来ると言っているように見えなくもない。
今回の帰省の本当の目的が『異国の魔法使いたち』に会うことだと考えるのは、飛躍し過ぎだろうか?
ま、その場合、難破して流れ着いた者たちのことを、王都にいたリュアティスがなぜ知っているのかという疑問が発生するのだが。
自室に戻ったあと、カーテアスに「見回りに行ってくる」と告げ、レステラルスは家を出た。
☆
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「ロドアルはいるかー?」
レステラルスの声に、洗い物をしていたネルティが小走りで玄関から出てきた。
「これはレステラルス様。
夫はただ今牧草地のほうへ行っております」
「ネルティか。元気そうだな」
「はい。レステラルス様もお変わりなく」
馬から降りたレステラルスはそれを柵の柱につないでネルティに近づき、声をひそめた。
「異国の魔法使いを二人保護したとロドアルに聞いたのだが、それはどのような者たちだ?」
その問いに微笑み返すネルティ。
「とても可愛らしいお嬢さんと、優しい青年です。
娘とも仲良く遊んでくれますし」
「言葉が通じないそうだが」
「ええ、ですが、おにいさんのレミアシウスさんは魔法でわたくしたちと会話ができますし、妹さんのエリスレルアさんも、聞くことはできるようでそれほど不自由ではごさいません」
なるほど。
「二人は今」
「レミアシウスさんは夫とともに牧草地へ行かれました。
エリスレルアさんは娘と一緒に昼寝をしています」
昼寝?
「お前の娘は確か……5歳であったか?」
「はい。もう、やっちゃ盛りで持て余しております」
5歳の娘と一緒に昼寝?
「その者も5歳くらいの子供なのか?」
「いいえ。
年齢は聞いておりませんが、見た目は14,5歳に見えます。
印象は……もう少し娘寄りに感じますけれど」
「……見に行っても構わぬか?」
「それは構いませんが……くれぐれもお静かにお願いいたします」
昨日も昼食後にエリスレルアとリルテは昼寝をしたのだが、先に目を覚ましたリルテが「遊ぼう!」とエリスレルアを無理矢理起こし、超不機嫌となった上に寝ぼけ気味のエリスレルアが「私、帰る!!」と叫びながら窓を叩き壊してそこから外へ出ていったのだ。
騒ぎに気づいたレミアシウスが駆けつけて捕まえ、無理に起こした時のエリスレルアの寝起きは最悪で、いつも自然に起きるまで放っていること、いろいろなことがショックで情緒不安定気味なことを告げ、そのことを伝えていなかったことと彼女の暴挙を平謝りした。
壊した窓はレミアシウスが『魔法』で修復し、ロドアルたちもそういう事情ならばと快く許したのだが、ネルティとしては、昨日の二の舞になることは避けたかった。
「子供たちを起こしたくはありませんので」
その様子から苦労しているのだろうと察したレステラルスは快諾した。
案内された部屋へそっと入り、様子をうかがう。
二人はすやすやと、一つのベッドに並んで眠っていた。
確かに14,5歳に見えるな。
そういえば、リュアティスもそれくらいだったか……
公爵家から寮へ移った頃はまだあどけなさの残る子供だったが、昨年城で見かけた時は、身長も伸び、随分男らしくなったな、と思ったものだ。
隣で眠っている幼子と同じような、無防備な寝顔を見ていると、この子の素性はわからないが、リュアティスには合っているんじゃないかと思えてくる。
そのほうが彼は幸せになれるのではないか、と。
「ふっ……まさか、な」
まかり間違ってそんなことにでもなれば、王家とのつながりを強めて地位を確固たるものにしたいと考え、元々のリュアティスの許嫁を排除して自分の娘を強引にねじ込んだベシス家の者たちは、寝耳に水の大騒ぎとなるだろう。
日頃からベシス家の者たちのやり方に閉口していたレステラルスにとっては、大歓迎な展開ではある。
「この子にとっては、いい迷惑な話だろうが」
「レステラルス様?」
「なんでもない。
おとなしくしているから、ここでお茶にしてもいいか?」
「え? ……えぇ」
ネルティは目を丸くしたあと、にっこり笑って準備のために部屋を出て行った。
☆
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『えっ、アークレルトさんのうちへ?』
『ああ、そうだ。ここより広いから気兼ねなく過ごせるぞ』
『僕はどちらでも構いませんが、妹がなんて言うか』
午後3時頃に戻ってきたレミアシウスに、レステラルスが自分の家に来るように告げると、彼はそう言って彼女を見た。
「リル
エリスレルアが何と答えたのかはわからないレステラルスだったが、彼女が乗り気ではないのは伝わってきた。
そこで彼は、鎌をかけてみることにした。
『今日、リュアティスから手紙が届いて、俺の家に来ると言っていたのだがな』
『えっ?』
『『『『えっ!!! リュアティスさんが?』』』』
リュアティスと聞いて、一気にハイ・テンションになったエリスレルアのテレパシーが直撃し、レステラルスは意識を失った。
「こらーーーっ!!!!」
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