第17話 彼女と話したい

 リュアティスは軽く伸びをしてベッドから降りた。


 コップを手に取って東側の窓まで行き、二重になっているカーテンを引くと、だいぶ昇った三つの太陽の暖かい光が差し込んできた。

 薬が効いて頭痛は治まっていたが、さっきまで寝ていた身には眩しすぎたので、窓を開けてレースのカーテンだけ閉めると、やわらかい風にふんわりと揺れた。


  『私、エリスレルア!』


 今朝、彼女は僕の問いかけに答えてくれた。

 ということは、こっちの言いたいことを伝えられたということだ。


 あの時は大声で叫んでしまったから、ネスアロフが飛び出して来てしまった。

 気絶したまま放っておかれるというのは考えものだけど、一言しゃべるたびに飛び出して来られても困る。

 そもそも、こっちの声が届くところに彼女がいるわけではないから、叫んでも意味はない。どんなに大声で叫んだって、ネスアロフに心配をかけるだけで彼女には聞こえないのだから。


 って、それでは……


 ―――彼女は、一体何を、返事をしたんだ?


 ものすごく耳がいい、とかとは違う気がする。

 それはたぶん、彼女の声が、耳に聞こえる声ではないからだろう。


 鎮痛剤を一口飲む。


 叫んでも彼女に届くはずないと、冷静な自分はわかっていたが、叫ばないではいられなかった。

 無駄だとわかっていても、この声が届いてほしいと願っていた。


 それが聞こえたってことだろうか?


「…………」


 そんなことって、ある?


 リュアティスは声を出してみた。


「アーーーー」


 …………。


 実際に声を出してみると、圧倒的に【耳がいい】説のほうが正しそうだ。

 それなのに、僕の声を聞いて返事をしてくれたとはどうしても思えない。

 なぜか違和感がすごいのだ。


 でも、普通の声より思いのほうが聞き取れるっていうのも、どうなんだ?


 例えばネスアロフが相手だとしたら、言葉にしなくても動いてくれることはよくある。この鎮痛剤を持ってきてくれたのだってそうだ。僕は持ってきてくれなんて言ってないし、それどころか、頭が痛いとも言ってはいない。

 それは、これまでの長い付き合いで彼が積んだ経験から僕が何を必要としているのかを察して動いてくれただけだ。


 だが、それができるネスアロフにしたって、目の前に立っていたとしても、何の脈絡もなく『今日の宿題をやってくれ』とかどれだけ念じようと「わかりました」とか「宿題はご自分でなさらないと」などと言葉を返してくることは絶対にない。


 けれど、彼女はそれをやった。


 彼女には、普通の声より思いのほうが伝わりやすいとか?

 または、『声』を届けた時に相手の心を感じ取れるとか……


 ―――それで遠くにいても僕の思いを感じ取ることができたのかも……


 でも。


「そんなこと、本当に可能なのか?」


 胸の奥から高揚感と畏怖の念が同時に湧き上がってきて、リュアティスはコップの中身を飲み干した。


 本当にそんなことが可能かどうかは、この際どうでもいいか。

 「できる」「できた」と考えて次の行動を決めよう。


 昨日、彼女は、レミアシウスという人に話しかけた。

 魔力の消費し過ぎで倒れそうになっていた僕は、それを聞いて意識を失った。


 次に、今朝、彼女は、再びレミアシウスという人に話しかけた。

 ひどい頭痛がしていたけど、僕はそれに耐えて名乗り、彼女の名前と居場所を尋ねた。

 彼女は、「私、エリスレルア!」と名乗り、僕は気を失った。


 これは―――彼女が話しかけたのは、彼にで、僕にじゃない。

 にもかかわらず、僕の思いに返事をしてくれた、ということだ。


 これを魔法に例えると、知らない誰かに向かって放たれた広範囲魔法に巻き込まれた僕が反撃のために放った攻撃魔法を、彼女は受け止めて反撃者を突き止め、反撃者に向かって高出力魔法を打ってきた、ということになる。


 ということは。


 空になったコップをサイドテーブルに置き、ベッドに上がってクッションにもたれる。


 僕も攻撃魔法を彼女に向けて放つつもりで思いを発すれば、もっと言いたいことを伝えることができるのでは?

 とはいえ、彼女の居場所がわからないから、どこに向かって放てばいいのか……


 ―――彼女はどうやって高出力魔法の狙いを定めているんだろう?


 もっといろいろ考えたかったリュアティスだったが、鎮痛剤の効果で急激に眠くなってきた。


 眠っている時に話しかけられたら目が覚めるんだろうか?


 それとも……そのまま……気絶する?


   ☆

   ☆

   ☆


 校舎の時計塔の鐘が正午を告げる音で目が覚めた。


「もう12時か。さすがに腹が減ったな」


 ネスアロフに何か頼もうとベッドから降りようとした時、力が抜けるような感じがして、軽いめまいが起きた。


 ―――これは……今朝と同じ現象!



 誰、それ…………もしかして、僕?


 ……随分省略されたな。


 ひどい頭痛がして意識を失いそうになりながらも、リュアティスはなんだか笑いたくなった。

 気絶に備えてベッドに横になり、薄手の掛け布団を頭からかぶる。


 僕宛てなのに耐えられている。

 加減してくれたのか?


 頭がズキズキと痛んでいたが、構わずリュアティスは自分の魔力を高めていく。



 時間はあまりない。

 いろいろ聞きたいことがあるが、でも、その前に、この世界の人間として、呼んだ側として、どうしても伝えたいことがあるんだ。


 


 彼女の居場所はわからない。

 けれど、確かに自分に向かって来ているモノがある。


 それは―――彼女の『声』!



 単体ターゲットに高出力魔法で思いを届けるイメージに、この前授業でやった、自分に向かってくる魔法を同種の魔法で相殺するイメージをプラスし、リュアティスは、全身全霊を込めてエリスレルアの『声』に向かって魔力を放出した。


『ユアテスです! 来てくれてありがとう!!』

『!! どういたしましてー!!』


 彼女の返事は強烈で、意識が遠のいていく。


 が、そこは暗闇ではなく、笑ってしまうほど虹色の光が満ちていた。


 ―――つい……ユアテスと…………名乗ってしまった……


 ☆ ☆ ☆


 なんだろう、これ、すごいパワー!


 肩よりちょっと長かっただけの私の髪が、背中の途中まで伸びたように見えるくらい光った。

 すぐに切れちゃったけど。


「おにいさま! ユアテスさんが、来てくれてありがとうって!!」


 おにいさまは、口をパクパクしていてるだけで、声が出ていない。


「おにいさまったらー、また口パクおにいさまになってるよー」


 ハッとしたように我に返ったおにいさまは、いつものように照れ隠しの咳払いをした。


「ん、んー、あー、コホン! えっと、そう!

 僕のことより、お前だよ!

 最後の返事、加減しなかったろ」

「……あ……」


 ……だって……


「だって、なんか、うれしかったんだもん!」

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