第16話 問題点の考察

 虹色に光る声が、「私、エリスレルア」と言った。

 彼女の名前は、エリスレル―――


「………ア」


 自分のつぶやきとともに意識が戻ったリュアティスが目を開けると、そこは自分のベッドで、適度に水分を含んだタオルをネスアロフがリュアティスの額の上に乗せてくれたところだった。


「お目覚めになられましたか、殿下。ご気分はいかがですか?」

「悪くない……と思うか?」


 よほどのダメージだったのか、まだ頭痛がする。


「いいえ。

 ロルトアン先生のお話では、今回は魔力欠乏症は起こされていないそうです。

 ゆっくり休めばすぐに良くなると仰せでしたが、お顔の色はまだよろしくないようですね」


 額に乗っていたタオルを右手で掴んでベッドから身体を起こそうとすると、ネスアロフがそれを補助し、リュアティスの背中の後ろにクッションを入れた。


「カーテンを開けますか?」

「いや、いい。僕はどれくらい意識を失っていた?」

「1標準時ほどです。朝食はいかがいたします?」


 ということは、今、7時前くらいか。


「食べたら戻しそうだからやめておく」


 あの子と意思疎通ができそうなのはありがたいんだが、この頭痛、何とかならないものだろうか。


 一言しゃべるたびに意識を失っていては会話などできない。

 けど、どうすればいいのかわからない。


「では、今日の授業は」

「やめておく」

「わかりました。学園のほうにはそのようにお伝えいたします」


 もし彼女が話しかけてきた時に授業中だったりしたらチャンスを逃しかねないとリュアティスは思っていた。自分のほうから話しかけることができない以上、向こうから話しかけてくるのを待つしかないのだ。

 数少ないそのチャンス時に、こちらからの反応がなければ二度とコンタクトしてこない可能性だってある。

 それだけは何としても避けなければならない。


 あ! そうだ!


「欠席理由は秘匿で!」


 セフィテアに嗅ぎ付けられたらやっかいだ。


 欠席理由を秘匿扱いにすれば公には「諸事情により不在」と伝えられ、体調不良等がほかの学生たちに漏れることはない。王族が秘匿している欠席理由を追求することは不敬とされていた。

 秘匿したい理由を瞬時に理解したネスアロフがクスッと笑った。


「何がおかしい」

「いえ、殿下はよほどセフィテア様が苦手なのだなと思いまして」

「彼女が得意なヤツなんているのか?」


 だったらすぐにでも譲りたい。


「……すぐには思い当たりませんが」

「だろ」

「強いて挙げるなら、レイテリアス様とか」


 できれば譲りたいところだが、さすがにそれは無理だろうとリュアティスは額に手の甲を当てた。


「……許嫁って、なんのためにいるんだろう」


 カルファレス兄上は悪いものじゃないって言っていたけど、いいものとも思えない。

 学園内でも、それ関連でもめているのをよく見かけるし。

 仲よさそうな者たちもいるけれど。


 異世界との間の扉越しに見えた彼女。

 彼女は今、こっちの世界にいる。


 ―――彼女にも、許嫁って、いるんだろうか?


「とにかく、僕はゆっくり休みたいんだ。よろしく頼む」

「承知いたしました」


 ネスアロフを見送ってクッションに身体を預け、頭を切り替える。


 許嫁問題より彼らのほうが重要だ。


 問題点を洗い出すために頭の中で箇条書きにしてみた。


  1 居場所が不明

  2 頭痛・気絶対策

  3 探しに行けるかどうか

  4 無事に送り返せるかどうか

  5 兄上


「5番はともかく、1番目が大問題なんだけど、やはり一番に解決しなければならないのは、2番だよな」


 2番がなんとかなれば、もっと話を聞ける。そうすれば居場所もわかり、探しにだって行ける。


 鎮痛剤が効くだろうか?

 鎮痛剤は、痛くなってから飲む物か。間に合わないな。


 精神攻撃魔法だと考えたらどうだろう?

 それなら防御すれば………って、防御したら聞こえなくなったりして。


 そこまで考えて、リュアティスは気づいた。


 そうだ。

 あの声、耳で聞いたわけじゃない。

 直接頭の中に響いた感じだった。


 ―――頭痛がするのは、そのせいか?


 戻ってきたネスアロフがサイドテーブルに水差しとコップを置いて出て行った。

 その水差しを手に取り、コップに注ぎながら、あれがもし耳に聞こえる声だったらどうだろうと考えてみる。


 耳が痛くなるような声って、相当大きな声だよな。

 それこそ、耳元で叫ばれたくらいに。

 耳痛を避けるためには、もっと音量を下げてしゃべってくれと頼むしかない。

 けれど、それができないから困っているのだ。


 コップに注いだ液体を一口飲んだリュアティスは、微妙な顔をしてそれを見つめた。


「これ、薄めてあるけど、蒸留酒じゃないか」


 朝っぱらから何飲ませてるんだと思ったが、即効で頭痛が消えていき、その液体が鎮痛剤だとわかった。

 こんなに即効性があるなら飲みながら会話すれば、と考えて、この年でアルコール中毒になるのはご免だと却下する。

 もう一口飲んで、サイドテーブルに置いた。


 昨日のはともかく、今朝の「レミアシウスおにいさまー」は耐えられた。

 でも、次の「私、エリスレルア!」は、耐えられなかった。


 この二つの違いはたぶん、耳に聞こえる声だった場合の音量、音の強さと同じようなものだろう。

 前者は、呼びかけた対象者が近くにいて加減された強さだったか、または、居場所がわからず、広範囲魔法のように威力が拡散されたものだったかで、後者は、明らかに僕宛ての、つまり単体がターゲットの高出力魔法のようなものだった、ということかな。

 とすると……最初の強さでずっとしゃべってくれれば、意識は失わなくて済むのかも。頭痛はしても。

 ただ、それを向こうへ、どう伝えたらいいのか。


 結局はそこへ行き着いてしまい、リュアティスは頭の後ろで指を組んで、クッションにもたれかかった。


「受け取っているだけでは、お話にならないという話だな」


 要は、こっちの意思を向こうへ伝えるにはどうすればいいか、なんだ。

 一方通行では会話にはならない。


 脳内の箇条書きを更新する。


  1 居場所の特定

  2 意思疎通

  3 頭痛・気絶対策

  4 なんとか探しに行く

  5 無事に送り返す

  6 兄上


 ……どこにいるかわからない相手と、どうやって意思疎通を図れというんだ……


「難問だ」


 と言いつつ、リュアティスの口元には自然と笑みが浮かんでいた。

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