第15話 唯一の手掛かり

 召喚対決騒動の次の日、リュアティスは気持ちのいい朝を迎えていた。

 昨日の夕方あれほど重かった身体が驚くほど軽い。


 よく寝たから魔力が回復したのかな。


 もうこれはいらないなと左腕の腕輪を外し、ベッドのサイドテーブルに置く。

 起きるにはまだ早い時間だったが着替えてベランダへ出ると、夜明け前の空に星が輝いていた。


 ホントなら、ピエフトのように昨日のうちに反省文を提出するべきなんだけど…


 「対象者の居場所もわからないのに、どう反省するんだ?」とレイテリアスに言われ、リュアティスはまず見つけることを優先することにした。

 発見後に反省文を書き、魔導管理局に公認されている召喚魔術師の方々に送還してもらうことになるだろう。


 無事に送り返せても1年くらいは謹慎処分とかになってしまうかもしれないな。


 それは別に構わないんだが、と思いながら手すりに右手を置く。


 一番の問題は、彼らが今どこにいるのかが全くわからないということだ。

 なんの手がかりもない今の状況では、どこを探していいのかすらわからない。


 昨日、二人の兄が帰ったあと、リュアティスはそれとなく門番とか学生食堂にいるクラスメイトとかに、どこかで騒ぎが起こったり不審者はいなかったか聞いてみたが、彼が医務室に運ばれたこと以外の騒ぎは起こっていなかった。

 学園の外の様子を見に行ってもらったネスアロフの報告も、「平常時と変わりございませんでした」というものだった。


 ここの近くじゃないなら、街?

 もしかして、王都の外とか?

 さすがに、国外ってことは……ないと思いたい。


 リュアティスは未成年の王族である。お忍びで街に出ることはできても、王都の外にさえ滅多に出られない。ましてや、国外など、出られるわけがなかった。


 どうするかな…


 いっそ、長期休暇でも取って、彼ら探しの旅に出るというのはどうだろうと思ったが、そんな許可が下りるはずもないことはわかりきっていた。

 左肘を手すりに乗せ、頬杖を突く。


「こんな時、レイテリアス兄上なら上手い言い訳とか思いつくんだろうな」


 ため息をつきながら東のほうを見ると、空が明るくなってきていた。

 朝食までにはまだ時間があるし、少し身体でも動かすか、と部屋の中へ戻り、鍛練用の剣を取りに行くためにリビングを通り抜けようとした時、スーッと力が抜けるような感じがして軽いめまいのような感覚に陥った。


 地震?


 そう思った直後―――



 ひどい頭痛がして意識を失いそうになる。

 リュアティスはそれに必死で耐えた。


 ……唯一の手掛かり……これを逃すわけには……


「僕は、リュアティス・ラディサリス!

 君は誰だ! どこにいる!!」


 聞こえた声がテレパシーであるということなど知るはずもないリュアティスは、とにかく思いを込めて叫ぶしかなかった。

 その声に、ネスアロフが従者用の部屋から飛び出してきた。


「どうなさいました!」


『私、エリスレルア! ―――』


 リュアティスは、意識を失った。


 ☆ ☆ ☆


 誰かと、しゃべってたぁ???


「誰と!」

「んと…ユ? ユア? ラかな? リャかも?

 ルヤジ…スラジ …ス? ラリスライスみたいな、なんか、長い名前だったの。

 リヤリシュラジアジスか、ルアリスヤジサジフか、ユアテスライアイスって人。

 すっごく小さな『声』だったから、よく聞こえなかったのよ」


 人の名前だからどれもありなんだろうけど、その三択なら3番目がマシかな。


「じゃあ、仮の名前として、ユアテスさんにしよう。

 ユアテスさんは、どんな人だった?」

「んー、ここに来て最初に聞こえたおにいさまの『声』よりずっと弱くて、言ってることはよく聞き取れなかったんだけど、伝わってくるイメージは男の人だった。

 名前と場所を聞かれたような気がしたから名乗ったんだけど、そしたら、何も聞こえなくなった」


 ユアテスさん、気絶したな。


 昨日レミアシウスを探していた時のように、エリスレルアの最初の呼びかけは全方向へのテレパシーだったから弱くてソフトなものだった。

 が、相手を認識し、ある程度方向が決まればそこへ集中させることができる。

 それは、彼女のテレパシーが最初より何倍も強くなるということだ。


 僕もルイエルト星に帰った当初、エリスレルアのテレパシーの洗礼を何度も受けて気絶したなぁ……


 15年前の辛い日々を思い出し、涙がにじみそうになる。


 そのうち慣れたけど。

 ユアテスさんも慣れることができればいいんだけど。


 唯一とも言えるせっかくの情報源を気絶させてしまっては元も子もない。

 どれくらいで彼が回復するのかわからないので、次のコンタクトをいつにするかが問題となる。


「もう一度話しかけてみる?」

「やめとけ。

 彼の意識は、たぶんまだ戻ってないよ。

 次に彼と話す時は、ガイコツが落ちてきた時と同じくらいの強さで、ずっとしゃべれよ。

 でないとすぐに会話は終わってしまうぞ。

 で、これからどうするかだよなー。

 ずっとこの島にいるわけにはいかないし」

「そうよねー。

 セルネシウスおにいさまはこの世界にも楽しいことがあるって言ってたけど、この島じゃ、向こうの端まで走っていって戻ってくる、とかしか楽しいことなさそうだし」


 遠くの山のほうを指さしながら言ったエリスレルアに、引き気味になるレミアシウス。


 それのどこが楽しいんだ、と思ったが、言うと、「じゃあ、競争しよう!」とか言い出すに決まっているので、スルーすることにする。


「ただ、この島を出て最初に僕がいたほうの岸に渡ったとしても、そこがどんなところかわからないってのがなぁ」

「おにいさま、あっちにいたのにわからないの?」

「僕のいたところが牧草地ってのはわかったよ。

 そうじゃなく、この世界がどんなところなのかがわからないってこと」


 そういう情報もユアテスさんにもらえるといいんだけどなー。


 辺りを見渡したあと、エリスレルアは小首をかしげた。


「? 山と草原と海がある世界」


 どう言えば伝わるのだろうと考えてみる。


「つまりー、僕たちは、今まで行ったことがない星にいるようなものなんだよ」

「行ったことがない星?」

「そうだぞー。

 まさに、未知との遭遇! みたいなさ」

「道とのソオグウ……ソオグウって?」

「遭遇は出会うってことだよ」

「ここ、道、ないよ?」

「道じゃなくて未知!

 まだ知られていないっていう意味だよ。

 ユアテスさんという手掛かりしかなく、ルイエルト星人は誰も知らない、にいさんとも行ったことがない星に、知り合いは僕とお前だけって状況なんだぞ?」

「セルネシウスおにいさまとも行ったことがない星に、レミアシウスおにいさまと二人だけ……」

「だから慎重に行動しないと、どんな危険が待ち受けているか―――あ」


 ……失敗したかもしれない……


 エリスレルアの瞳は、ワクワクする気持ちを抑えきれないように輝いている。


「あのさ、エリスレルア……」

「探検! 探検ね!!」


 ……とんでもなくまずいことになったような気がする。

 世界にとって、とかじゃなく…………僕にとって!


 レミアシウスは、セルネシウスから受け取った記憶の中に「エリスレルアには秘密」というものがあったことを思い出したが、あとの祭りである。


 全て受け取ったからといって、全部思い出せるわけ、ないじゃないかー!


 そもそも、いつもいる世界とは違う世界がある、とか、ここはよく知らない星と一緒だ、とか言わないで済む話ではない。

 既に今二人がいる世界は、いつもとは違う、よく知らない世界なのだから。


 なんか、わかったぞ。

 全ての元凶は、ユアテス、きみだな!!


 レミアシウスはあてずっぽうのただの八つ当たりをしただけだったが、事実上、それは正解であった。


「ま、まあ、まず、この島を探検しよう!

 この島のこともよく知らないし!

 ガイコツの謎も残ってるし!

 って……あれ?

 なんかこのガイコツ……最初のバラバラ度より、治ってないか?」

「え? あ。ホントだ! なんかいろいろくっついてる!

 やっぱり、このガイコツ、生きてるのよ!」

「生きてるガイコツって……ホラー!?」


 こんな明るい時に、しかも1体だけって……さすがに、まったく怖くないぞ。


 なんとなく、干からびないように水でもかけてあげたい気分になったレミアシウスは、エリスレルアを寝かせるために作った草の敷物と同じような物を作り、日が当たらないように囲ってあげた。


「これでよし、と。

 じゃあ、この島の探索再開ー。

 で、どうする? 周辺の山を先にまわる?

 それとも、この、遺跡っぽいものでも調べてみる?」

「山をまわる!」

「ハイハイ、じゃあそうしよう。何か食べ物があるかもしれないしな」


 二人は山へ戻った。

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