第11話 その頃向こうの世界では 2

「フレシエス……

 けど、見つけたらすぐ向こうへ渡り、なるべく早く足りないエネルギーを補って、こちらへ戻って来るのが最速だろ?」

「そうですね。ですが、セルネシウス様。

 33年前のことを覚えていらっしゃいますか?」

「ん? ……うん」


 忘れられるはずがない。


 ―――33年前の洪水時―――


 エリスレルアとセルネシウスはコミノア星の、地図にも載っていない小さな無人島に滞在していたが、エリスレルアが「フレシエスが作ったドーナツが食べたい」と、無意識のうちに足りない分のエネルギーを周りにあるもので補ってテレポートしようとし始めた。

 その頃フレシエスは、コミノア星のある銀河とは反対方向にある星を旅行中で、そこはコミノア星からだと50万光年以上離れていて、制御が不安定なエリスレルアのテレポートでは失敗するのが確実だった。

 それに気づいたセルネシウスが、滞在していた無人島をエネルギーに変え、エリスレルアを連れてフレシエスのところへテレポートしたのだ。

 一緒にいた者たちが、島がなくなったことによる物理的な損失を補い、徐々に海にしていったのでほかへの影響は最小限で済んだのだが、一歩間違えば大惨事になっていてもおかしくない出来事だった。


「あの時、もし私がコミノア星にいたらどうなっていましたか?」

「それは、きみがいた星までエリスレルアを連れて行かなくていいから、島がひとつ消えることもなく、洪水期間が終わるまであそこで過ごしていたよ」


 このセリフを聞いた瞬間、セルネシウス以外の3人はフレシエスの言わんとしていることを理解した。

 すなわち、セルネシウスが向こうへ行くと、エリスレルアはそれで満足してしまい、こちらへ帰ってくる気がなくなってしまうかもしれないということを。

 そしてそうなってしまえば、何年でも、何十年でも、何千年でも向こうの世界に居続けてしまえるということを。


「そうか、向こうの世界にはきみがいないから、僕が行く前にエリスレルアがこっちに戻ろうとするかもしれない。

 急いでなんとか連絡だけでも付けて、止めないと」


(((我らにとっての問題は、そっちではないのです)))


 レスタリサが代替案を提案する。


「セルネシウス様が行かれるのではなく、フレシエスを行かせるというのはどうでしょうか?」

「今すぐ行かせられるならそれでもいいけど、それができるなら僕はとっくに向こうへ行っている」


 できなくてよかった、と心の中で安堵しながらフレシエスが問う。


「セルネシウス様。

 異世界にいらっしゃるエリスレルア様が、今一番傍にいてほしいと願われている方がどなたか、ご存じですか?」

「それはきみだろ、フレシエス。

 この前のランチセットも絶賛していたよ。

 焼きそばは5回くらいお代わりしていたし、ケーキには埋もれて眠りたいとか言ってたし……これはホントに急がないとまずいかもしれない。

 なんとかレミアシウスに連絡が付けばいいんだけど」


(私ではないと思います)


(((フレシエスではないと思います)))


「セ……セルネシウス様、先ほども申し上げたとおり、エリスレルア様がこちらへ帰ってこられるために向こうの世界が壊れてしまうのは仕方のないことなので、お止めにならなくてもよろしいかと」


(金庫を破壊しても構わないと?

 ダメだよ、それは)


 苦笑するセルネシウス。


「クラフィアス、それは危険から逃れるためとか、どうしようもない場合だろう?

 いくらなんでも、フレシエスの料理が食べたい、なんて理由で、向こうの世界に迷惑をかけるわけにはいかないよ」


 若干、認識にずれはあるが、それはそうだと納得するしかない4人。


 彼らの心配をよそに、セルネシウスは思案していた。


(どうすればレミアシウスに伝えられる?

 居場所のわからないレミアシウスに……)


「…あ…」


 そして、ずっと昔に一度だけやったことがある特殊な連絡方法を思い出した。


   ☆

   ☆

   ☆


 調度品がすべてほかの部屋に移された広い寝室。

 その中心で、虹色に輝きながら空中に溶け込むように横たわっていたセルネシウスの身体がゆっくりと降りていく。

 床まで降りきると、光が消えて本来の長さに戻っている空色の髪がフローリングの床に広がった。


 マンションを破壊してしまうのではないかと思われるほどの『力』の圧がなくなり、全力で守っていた4人は緊張を解いて息をついた。

 クラフィアスがベッドを室内に戻し、起き上がろうとしているセルネシウスにリスティラルが手を貸してそこへ腰かけさせる。


「ふうぅ」


 大きく息を吐いたセルネシウスに、『力』で取り寄せた温かいおしぼりをフレシエスが差し出した。


「……お疲れさまでした」

「僕の100倍くらいレミアシウスは疲れてるだろうけどね」


 上を向き、受け取ったおしぼりを額に乗せて目を閉じたセルネシウスに、どう声をかけてよいかわからない4人。

 皆、彼が全力で何かをしていたことはわかっていたが、それが何なのかがわからないのだ。


 追加でおしぼりを取り寄せ、みんなに配っているフレシエスの腕の辺りをレスタリサが突っついた。


(私に、聞けってー?)


 心の中でため息をつきながらも、自分も知りたい気持ちでいっぱいのフレシエスは、おずおずと質問を口にした。


「あの……セルネシウス様、話せる範囲でよろしいのですけど、今、何をなさったのですか?」

「ん? 別に秘密にするほどのことじゃないよ。

 同調……ていうか、置き換え?

 転送のほうが近いかな?

 簡単に言うと、思考をテレポートさせた」


「「「「……はい???」」」」


「そうすると、レミアシウスが僕になる。

 受け取る側の負担が半端ないから、ごく短い時間だけなんだけど」


「「「「……っ! えぇぇえっ!!」」」」


 驚きの声を上げた4人は、絶句したあと、一斉にしゃべりだした。


「ど、え? どーいうことですか?」

「そんな技、聞いたことがありません!」

「そのようなことをして、大丈夫なのですか?」

「レミアシウス様はどうなるのですか?」

「セルネシウス様は?」


 額のおしぼりを手に取り、微笑むセルネシウス。


「ずっと前に一度だけやったことがあったからレミアシウスも僕も大丈夫なのはわかってた。

 異なる次元間でもできるかどうかはわからなかったけど」

「過去に一度だけって……そんな……そのような危険なことをなさっては……」


 フレシエスにレスタリサも同意する。


「そのとおりです!

 もしも戻ってこられなくなったらどうなさるおつもりですか!」

「その場合は、レミアシウスはこの世から消えて、僕はあっちの世界で暮らすことになっていたかもね」


「「「「セルネシウス様!!」」」」


 微笑みながら言ったセルネシウスに、4人は激高した。

 みんなの勢いに目を丸くしたセルネシウスは素直に謝った。


「ごめん。冗談だよ。

 前回はわからなかったんだけど、どうやら、彼が意識を失うと僕はここへ戻ってきてしまうようだ」

「ということは、完全にセルネシウス様に置き換わってしまわれるわけではないのですね?」


 心配そうなフレシエスに笑みを返す。


「僕たちは元はひとりだから、自我が確立する前ならそうできたかもしれないけど、彼には彼の、これまでに培ってきたものがあるからね。

 でも、ほんのわずかな時間でも彼の思考のほとんどが僕に替わったのは確かだ。

 だから、伝えたかったことは伝わったはずだ」

「ですがそのような超ピンポイントとも言えるテレポート、レミアシウス様の正確な居場所がわからなくてもできるものなのですか?」


 リスティラルの素朴な疑問にセルネシウスはフッと笑った。


「今よりずっと幼い頃、僕は、ルイエルト星の『力』を使って地球にいるレミアシウスとテレパシーで時々話をしていたんだけど、ある時、生まれたばかりのエリスレルアのめちゃくちゃに耐えられなくなって、レミアシウスのところへ逃げようとしたことがあったんだ。

 でも、その頃の僕がテレポートできる距離はせいぜい10光年くらいで、30万光年も離れたところにあるこの地球までなんて飛べるはずなかったし、そもそも、地球がどこにあるのかもわかっていなかった。

 だけど僕は、居場所のわからない彼のところへテレポートした。

 身体ごと飛べないなら心だけでもって思った瞬間にね」


 このセリフを聞いて4人はセルネシウスが何をやったのか、感覚的に理解した。


 実際に発生しているわずかな心の波長を増幅して送ったり感じ取ったりするテレパシーと違って、テレポートはそこに行けるだけのエネルギーがあり、行き先がイメージできればどこへでも行ける。

 行き先が「レミアシウスのところ」と決まっていたため、身体ごと移動するのは不可能な距離を、精神だけなら越えていけたのだろう。

 そして今回の場合は、テレパシーの送受信や普通のテレポートには邪魔な次元の壁を、思考だけなら越えることができたのだろう、と。


(だが、理論的には可能でも……送られる側はたまったものではない。

 自分の脳に他人の思考がテレポートしてくるなんて、考えるだけでも恐ろしい)


 普段あまり動じることのないリスティラルの身体が震えそうになる。

 会話手段であるテレパシーが頭の中に送られてくるのとはわけが違うのだ。


「気づいたら僕は見知らぬ部屋にいて、周りにはレミアシウスの世話をしている者たちがいて……テレポートに成功したんだって、思った。

 けど、彼らは僕のことをレミアシウスだと思っていて、何かおかしいなって考えていたら、かすかに『声』を感じたんだ。『苦しい』っていう声にならない声を。

 それで、身体がレミアシウスだと気づき、その直後、極度の疲労感に襲われて身体が意識を失い、僕はルイエルト星に戻っていた。

 ルイエルト星にいた僕の身体は意識不明になっていたようで、周りにいた人たちにものすごく心配をかけていて、めちゃくちゃ怒られた」


((((当然です))))


 クラフィアスが期待を込めてセルネシウスを見た。


「ということは、どこの次元にいらっしゃるのかわからなくても、やろうと思えばエリスレルア様のところへテレポートできるということですか?」

「大量のエネルギーを使って相当無茶をすれば可能かもしれない。

 でも、それをやると、たぶん彼女がいる世界そのものが破壊されると思う。

 使っているエネルギー量に世界の壁が耐えられなくて。

 開錠せずに金庫を壊して中に入ることになるから」

「クラフィアス。

 世界が壊れたら、エリスレルア様たちも無事では済まないだろう?」


 リスティラルのセリフに肩を落とすクラフィアス。

 それを見て、セリネシウスは心の中でつぶやいた。


(世界が壊れてしまっても、おそらくエリスレルアは大丈夫だ。

 よほどの理由がない限り、向こうの世界に迷惑をかけるつもりはないけれど、もしも、そうしなければ助け出せない状況に陥ったら、僕は、世界を壊してでも二人をこちらへ連れ戻す)


「とにかく、今日は『力』を使い過ぎた。

 さすがに疲れたから、ちょっと休むね」


 そう言うとセルネシウスはベッドに横になった。

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