第10話 その頃向こうの世界では 1
エリスレルアたちを地球へ送ったあと、セルネシウスがコミノア星に来て30日が経過していた。
洪水期間中、彼は彼女たちと一緒に過ごすつもりだったが、星間連絡会議からルイエルト星にコミノア星を援助してほしいとの要請があり、対応を検討した結果、ルリテス・ラ・ルミエリル湖の水を持っていくことになったため、彼はそっちへ行かなければならなくなったのだ。
作業は順調に進んでいて、既に3ヶ所の処置が終わっている。
にもかかわらず、セルネシウスはよくわからない不安を抱えていた。
(あの子から発せられている『力』の波動が安定しているのはここでも感じる。
なのに、たった40日間離れているのが寂しいなんて、僕もまだまだだな)
そう思おうとしても、なぜか不安が拭い去れない。
そしてその不安は的中してしまう。
昼食のあと、この星での最後の作業が終わる頃。
「!?」
―――えっ?
あまりのことに、全身から血の気が引いていく。
「どうなさいました!」
「お顔が真っ青ですよ!」
同じ部屋にいた者たちが突然立ち上がったセルネシウスに異変を感じて駆け寄ってきた。
―――なぜ?
衝動のままに飛んでいきそうになって、なんとかそれを
―――どこへ?
「エリスレルアが……」
―――消えた―――
「……僕は、リナレリア星(=地球)へ行く。
落ち着いたら迎えに来る。あとは、頼んだ」
それだけ告げてセルネシウスはテレポートした。
☆ ☆ ☆
エリスレルアたちと一緒に地球に滞在していたのは4名。
黒髪のリスティラル、ゆるくウェーブした金髪のクラフィアス、薄い赤茶系でセミロングの髪を編み込んでいるレスタリサ、そして銀色に近い薄い青髪のフレシエスである。
遊園地へはリスティラルとレスタリサがそっと付いていき、楽しんでいる二人の邪魔をしないように離れた人けのない塔の窓から様子をうかがっていた。
その二人の視界の範囲内で事件は起こった。
エリスレルアたちが忽然と消えてしまったのだ。
瞬時に広域探索を行ったがどこにもいなかったため、探索範囲を地球全体にしようとしていた時、すぐ傍にセルネシウスがテレポートしてきた。
「彼らはこの星にはいないよ」
そう言うとセルネシウスは自分の長い髪を目立ち過ぎないように腰の辺りくらいの長さでカットした。
濃い青緑色の瞳で目の前の二人を見つめる。
その、怒りと悲しみのオーラに包まれた視線の前では、何を言っても言い訳しているように思えて、リスティラルとレスタリサは言葉が出てこない。
セルネシウスはセルネシウスで、口を開けば非難と泣き言しか出てこない気がして何も言えないでいた。
(彼らのせいじゃない。原因は別にあって、エリスレルアじゃ
頭ではわかっていても、見ていたはずなのになぜ助けてくれなかったんだ、と言ってしまいそうになる。
それは、彼女の傍にいなかった、自責の念の裏返しだった。
いつも穏やかな空気を纏っているセルネシウスとは別人のような冷たさに
「現場へご案内いたします」
二人分のアイスクリームが地面に落ちているその場所で、二人の話をもとに目を閉じて手掛かりを探していたセルネシウスは、なければいいと思っていた
(やっぱりそうか。でなきゃ、いきなり消えた説明が付かないよな)
地面のアイスを消し、自分の感情を鎮めるために一つ息をつく。
「この辺りの次元の壁に、開かれた痕跡がある」
「「!!」」
「エリスレルア様たちは別の次元へ行ってしまわれたということですか?」
「攻撃を受けて消えたような形跡はないから、それ以外ないと思う」
セルネシウスは、答えながらすぐにでも探しに行きたい衝動に駆られるが、彼の『力』をもってしても、闇雲に飛んでエリスレルアたちがいる世界へ無事にたどり着く確率はほぼゼロに近い。
(何かの理由で彼の近くの壁が開かれ、そのタイミングでエリスレルアが出現。
そこから逃げようとして向こうへ行っちゃった、ってところかな。
既に壁が開いていれば、そこを通れるかどうか、だし。
それにしても、あいつの飛び先が不安定なのは今に始まったことじゃないけど、なんでよりによって、向こうへ行っちゃうかなぁ)
何か対策を考えないと、と心に決め、セルネシウスは二人を促した。
「これ以上ここにいても仕方ない。マンションへ移動しよう」
「「はい」」
3人は滞在先のマンションの部屋へテレポートした。
☆ ☆ ☆
エリスレルアとレミアシウスが別の次元へ行ってしまったとセルネシウスが告げると、クラフィアスがこぶしを握り締めて叫んだ。
「まったく!
二人も付いていながら何をやっていたんだ!
セルネシウス様。
エリスレルア様は、何を犠牲にしてでも取り戻さなければならない存在です。
時が経てば経つほど姫様の身に何か危害が加わってしまうかもしれません。
早急にお助けするべきです!」
飲み物をローテーブルに配りながらフレシエスが口を開く。
「そうは言ってもクラフィアス、どうやって?
お二人がどの次元に行かれたのかさえわからないのよ?」
「それは……くそっ!
どうして別の次元なんだ!
僕たちではお探しすることさえできないじゃないか!」
(あまり言いたくはなかったけど、今回の場合、仕方ないかな……)
「彼らは僕が探す。
無数にある次元のどれにいるのかわからないから時間はかかるけど」
「「「「えっ!」」」」
セルネシウスの発言に、クラフィアスが目を見開く。
「セルネシウス様は次元を越えることがおできになるのですか?」
「……うん。まあ…ね」
リスティラルが顔を上げる。
「次元の壁を開くのは大変難しいと、以前聞いたことがありますが」
「それは、特殊な技術か、かなりのエネルギーがないと開けられないからだよ。
今回の場合、レミアシウスの足元に現れたという模様が特殊な技術だと思う。
技術があれば比較的楽に壁を開くことができるけど、なければ
「パワーがあれば、我らでも開くことができるということですか?」
「次元の壁を開けるのは、鍵をなくした鍵のかかった金庫を開けるようなものなんだ」
ソファに座り、置いてあるコーヒーを一口飲んだセルネシウスは、みんなが座るのを待って話を続けた。
「鍵がなくても特殊な技術、開錠の技術があれば金庫は開けられるだろ?
その場合、集中力とか忍耐力とかは使うかもしれないけど消費するエネルギーは少なくて済む。
でも、その技術がなくても大量のエネルギーで錠自体を破壊すれば開けられる。
もっと言えば、金庫自体を破壊すれば錠なんて開ける必要はない。
まあ、その場合、中身や周囲については、なんの保障もないけど」
5人の脳裏には、金庫を開けようとしたエリスレルアがそれを木っ端微塵に破壊してしまうさまがありありと浮かんだ。
「つまり、開錠の技術がない僕たちは、効率よく開けられる箇所を見つけ出し、そこにエネルギーを集中させて壁を開かなくちゃいけない。
それ以上の無茶をすれば
「その場所を見つけられるかどうかが次元を越えられるかどうか、なのですね」
「そういうこと」
「その場所はどうやって見つけるのですか?」
レスタリサが問いかけると、セルネシウスは困ったような笑みを浮かべた。
「集中して感じ取るしかない」
その答えに、3人は肩を落とし、クラフィアスが叫んだ。
「勝手に次元の壁に穴を開け、姫を連れ去った世界など、壊れてしまっても構わないではないですか!
リスティラル!
お前と僕の『力』を合わせれば次元の壁くらい壊せるんじゃないか?」
「落ち着け、クラフィアス。
エリスレルア様第一主義のお前の気持ちはわかるが、俺には効率のいい場所どころか次元の壁自体、どこにあるのかわからん。
お前はわかるのか?」
「それは……」
クラフィアスが口ごもるのを見て、フレシエスが口を開いた。
「セルネシウス様。ほかに次元を越えられる方をご存じではないのですか?
お二人をお探しできる方が増えればそれだけ早くよい結果を得られるのでは」
「僕が知っているのは、先代、第98代代表者のフィアシェアル様だけだよ。
実際はほかにもおられるはずだけど、公にするといろいろな危険を伴うから秘匿されているんだ」
セルネシウス自身も、こんなことにならなければ明かす気はなかった。
「フィアシェアル様……」
「でも、あの方は確か、他星人と駆け落ちされて行方知れずでは……」
フレシエスとレスタリサが顔を見合わせ、リスティラルが続ける。
「ご自分の任期は全うされて、しかもセルネシウス様が代表者をお務めになられるようになるまで期間を延長されていたこともあり、自由にしてよいということになったと聞いているが」
フィアシェアルの補佐をしながらいろいろ学んでいたセルネシウスが、最後に彼女に会ったのは5年前のことだ。
「それでも、なんとかお探ししてお力をお貸しいただかないと。
緊急事態ですもの」
フレシエスの言葉に、セルネシウスは首を振る。
「それはできない」
「なぜですか?」
「これは極少数しか知らないんだけど、フィアシェアル様のお相手は、他星人ではなく他世界人。
彼女の本当の行き先は別の次元なんだよ」
「「「「!!!」」」」
「だから、エリスレルアたちは僕が探す。
場合によっては向こうへ行って、二人と一緒に戻ってくるよ」
「それしかなさそうですね」
「そうだな。向こうの世界が安定した平和な世界だとよいのですが」
「それに、急がないと……
エリスレルア様がフィアシェアル様と同じ罠に引っかかったら大問題だ!!」
(罠って)
(罠ではないだろう)
(罠じゃないと思うわ)
(罠じゃないでしょうけど、でも)
((((……確かに、それは、大問題だ……))))
クラフィアスの発言内容はともかく、概ね3人はセルネシウスに同意したようだった。
が、フレシエスは、それはダメだと思った。
(セルネシウス様が向こうへ行ってしまわれたら―――)
「セルネシウス様ご自身が向こうの世界へ行かれるのは、私は反対です」
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