第9話 決 意
この兄はそのために魔力を分けてくれたのだろうと察していたリュアティスは、口を開きかけて、つぐむ。
どこまで話していいものか…
レイテリアス兄上も召喚魔法を使えるから、下手なごまかしは効かないし。
それに、僕は二人がこっちの世界に来たって思っていたけど、聞こえたのは彼女の声だけだ。
彼女だけがこっちへ来てるっていう可能性も……
「―――この前のテストの成績を受けて、ピエフトが絡んできたのです。
召喚対決をしよう、と。
ネスアロフが10分以内に送り返せるものという条件を付けました。
だから僕は、練習でもよくつなげている地球に扉を開いたのです。
そして、目的のものを選んでいる時にピエフトが生き物を召喚し、それに動揺してしまって魔法が暴走しそうになりました」
―――彼女のことを言うべきか、言わないほうがいいのか……
レイテリアスの鋭い視線がリュアティスを見つめる。
心臓がぎゅーっと掴まれるような感覚に、リュアティスは言葉に詰まった。
「……それで?」
先を促され、なんとか口を開く。
「それを制御しようとしている時に兄上たちと同じくらいに見える男性が目に留まり、対象指定されてしまったので詠唱を破棄しました」
全てを見透かすような濃紺の瞳に見つめられて再び言葉に詰まる。
黙ってしまったリュアティスに、レイテリアスが笑みを浮かべた。
「それで終わりじゃないだろう、リュアティス。
もっと何かあったはずだ。
それは、僕たちにも言えないことなのか?」
「…………」
レイテリアスの重圧に言葉が出なくなっているリュアティスを見かねてカルファレスが助けようと口を挟む。
「レイテリアス、リュアティスが怖がってるじゃないか。
今日のところはこの辺りで……」
「
これはリュアティスの生死に関わりかねない、とても重要なことなのです」
「……ハイ……」
数ヶ月早く生まれただけの自分を兄上呼びする時のレイテリアスに逆らうのは無謀だとよーく知っているカルファレスは、素直に引き下がった。
「召喚魔法は、途中で破棄すれば対象物が何であれ、こちらの世界に召喚されることはない。不完全な魔法陣だったから不完全な形で召喚されました、なんてことは基本的に起きないんだ。
技量と魔力量によって、召喚できるものとできないものがあるだけでね。
そして、お前は詠唱を途中で破棄したんだろ?
それなのに、一体何を……誰を探しに行こうとしていたんだ?」
言うべきか、言わないほうがいいのか……
言わなければ絶対に探しに行くことはできないだろう。
でも、言えば、とんでもなく大ごとになってしまう予感がする。
異世界との間の扉を破壊して、自らこっちへ来たのかもしれない、なんて。
リュアティスが重圧に耐えられなくなりそうになった時、ふっとそれが緩んだ。
レイテリアスが威圧を解いたのだ。
「リュアティス。これは本当にお前の生死に関わることなんだ。
それと、召喚されていないのにこちらの世界へ来てしまった者のね」
「召喚されていないのに来た?」
「そうだよ、カルファレス。
そうなんだよね? リュアティス」
リュアティスが返事をする前にカルファレスが驚きの声を上げた。
「召喚されていないのにどうやって来るんだ?
そんなことできるのか?」
「どうやって来るのかはわからないけど、古い文献にはその例が載っている。
明らかにこの世界のものではないモノが突然現れた、というのがね。
大抵の場合、それらは、この世界に来るきっかけとなった者や、この世界自体に害悪をもたらしていたが、中には有益なモノもいたようだ。
だから、太古の魔法使いたちは、世界間の壁を強固なものにして侵入を防ぎながら、それを開いて呼び寄せたいモノだけを引き入れる術式を編み出した。
それが本来の、この世界の召喚魔法なのさ」
その時、リュアティスはこの第4王子の心をなんとなく感じとった。
―――兄上は、召喚魔法によらずにこっちへ来た存在に興味を持っているのか?
「なるほどなー。
召喚魔法が魔導管理局の管理下に置かれているのは、危険すぎる魔法だからか」
「対処不可能なモノを呼び寄せられたらそれだけで世界が終わりかねないからね。
ある程度自由に使えるのは、学園内だけさ」
「合法的にはね」と付け加えて、レイテリアスはリュアティスを見つめた。
「今回の場合、この世界に来るきっかけとなった者とはお前だ、リュアティス。
その人物は、詠唱が破棄されていたにもかかわらず、こっちへ来ている。
もしかしたらお前やこの世界に危害を加えに来たのかもしれないんだぞ。
謎の魔力減少症状も、そのためだった可能性だってある」
それは否定できない。
でも。
カップを手に取ったレイテリアスは、その紅茶を見つめながら続けた。
「それに、対象者が善良な普通の人だった場合……
本当なら召喚時の契約によって得られる情報を何も与えられないまま、この世界で生きていかなきゃならない状況に陥っていることになる」
紅茶からリュアティスに視線を移す。
「どちらにしても、速やかに対処する必要があるんだ」
だから隠さず全てを話せ、と?
異世界にいた彼女の姿が胸に浮かぶ。
兄上が言っていることは正しい。
僕だって、早く彼らを探し出さなければ、と思っている。
彼らに悪意がなくても、この世界にとって災いとなることだってあり得るし。
でも。
全てを話したら……彼女はどうなるんだ?
召喚ではなく、彼女の力でこっちへ来たと確定したら、兄上は彼女をどう……
『リュアティスは子供だなぁ』
胸の奥に不思議な感情が湧き出す。
―――レイテリアス兄上が彼女に近づくのは……なんか、嫌だ。
迷いが消えた。
「なぜ上手くいかなかったのかは、今はまだわかりませんが、あの時、詠唱を破棄できたと思ったのが間違いだったのです。
これは認めたくなかったのですが、僕が未熟なせいで扉を閉じるのにかなり時間がかかっていました。
そのため、展開されていた魔法陣が白く光ってしまったのです」
「召喚魔法が発動してしまったと?」
「はい。
ですが、扉がゆっくりとですが閉まっていっていたのも見えていました。
そのため、こちらの場所指定が失われたのではないでしょうか」
対象に指定されていたのは、レミアシウス(?)さんだった。
彼に関しては、起こったと思われることを話さなければならない。
そうしなければ、探しに行く理由がなくなってしまう。
探しに行った先にいるのが、彼だけなのか、彼らなのか、それとも、彼女だけなのか、今はわからないけど。
「僕は、詠唱の破棄に成功したと思い込み、ゆっくりと閉まっていく扉をただ眺めていたのです。
実際、彼は、自分たちのところへ現れませんでした。
だから安心していたのですが、ウシを召喚したピエフトより自分のほうが疲れていることを疑問に感じ、もしかしたら、と思ったのです」
「リュアティス様……」
「そのあとはもう、頭の中が誘拐とか殺人罪とかでいっぱいになり、情けないことに意識を失ってしまいました。
確かに僕は、人を召喚してしまったにもかかわらず契約を交わしていません。
ですから、早急に探し出し、公認魔術師の方々に向こうの世界へ無事に送り返していただきたいのです」
召喚してしまったと断定したこと以外、嘘は言っていない。
だからリュアティスはレイテリアスから目をそらさずに言い切ることができた。
☆ ☆ ☆
「どう思った?」
とりあえず今日はゆっくり休み、今後どうするのがいいのかは明日以降話し合うことにして解散し、自分たちの部屋がある17歳以上の王族専用棟へ並んで向かいながら、隣を歩くカルファレスにレイテリアスが問うた。
「……リュアティスを問い詰めるお前が怖すぎると思った」
それを聞いて立ち止まり、レイテリアスはフッと笑った。
「あいつは結構強情でガードが堅いからね。
あれくらいしないとしゃべらないと思ったんだ。
で? どう思った?」
「嘘は言っていない。
ただ、すべてを話したわけではない、と思った」
「理由は? 戦士の勘?」
「ま、そんなところだ。
お前のプレッシャーから解放されたあと、急に饒舌になったからな。
あれは言いたくないことを隠す決意をした者が無意識にやってしまう行動だ」
(隠す……か)
自分の威圧から解放されたあと、リュアティスは確かに決意したのだろう。でもそれは、「隠す」ではない、とレイテリアスは思った。
(厳密に言えば「隠す」なんだろうけど……)
笑みを深め、カルファレスの右肩に自分の左手を乗せる。
「決意は決意でも、あれは、隠す決意じゃないよ、カルファレス」
「そうか? 俺にはそう見えたが」
手を放し、歩き出したレイテリアスに出遅れたカルファレスが駆け寄る。
「じゃあ、何の決意だ? 教えろ」
(リュアティスの、あの灰色がかった青色の瞳に宿った強い光―――)
「あれは、守る決意だよ」
意表を突かれ、キョトンとするカルファレス。
「何から? 何を?」
「それはわからない。情報不足だ。
ただ、自分の失敗を認めてまで探しに行こうとしている人物がいるってことだけは確かだ。
是非ともそれに、ついていきたいね」
今度はカルファレスがフッと笑った。
「お前が行くのはリュアティスが嫌がるんじゃないか?
よし、俺が行ってやろう!」
「なんで嫌がるんだよ。てか、なんでお前が行くんだよ」
「お前はリュアティスをいじめすぎたからな。自業自得だ!」
大らかに笑うカルファレスに、かもしれないと思うレイテリアスであった。
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