第2話 召喚対決 1
放課後、王侯貴族が多く通うクレファイス学園の庭で、今年15歳になるクレンリア国の第5王子、リュアティス・ラディサリスは少し離れた場所に立つ従兄弟に喧嘩を売られていた。
売ってきた相手、ピエフト・ニスタクラスの方を見てため息をつく。
「本当にやるのか?」
「やるったら、やる!
どっちがより有益なモノを召喚できるかで勝負だ!」
元はといえばこの勝負、この前の試験の結果でリュアティスが全教科ピエフトを上回ったことが発端となっていた。事あるごとに勝手にライバル心を燃やしているピエフトが「召喚魔法なら負けない!」「どっちが有益なモノを異世界から呼び寄せられるかの勝負だ!」と騒ぎ出したのだ。
とはいえ、別にリュアティスが学年トップの成績だった、というわけではない。
学園の授業でおこなわれる召喚魔法の対象は、基本的に物体である。
それ以外のものを対象にしていると問題の発生確率が高まり、最悪の場合、死傷者が出かねないため、充分な対策が取られていない限り物体以外のものを対象とすることは禁止されていた。
この対決も、当然それに則っておこなわれる。
遠巻きに様子をうかがっている数名のクラスメイトたちの視線の中、敵意むき出しで自分に向かって人差し指をビシッと突き出しているピエフトに、リュアティスは再びため息をついた。
「僕には付き合う義務なんて、ないと思うんだが」
「逃げるのか!」
「王子、こうなったらもうお諦めください。
ピエフト様は引っ込みがつかなくなられていらっしゃいますので」
「何か言ったか、ネスアロフ!」
「いえ、何も」
「ふん!
……そうだ、ネスアロフ、条件はお前が決めろ。
僕が勝ったら、僕の従者にしてやってもいいぞ?
給金はリュアティスの10倍出してやる!」
って、僕は給金なんて払っていないが……
「……お前、どうやって生活しているんだ?」
「必要なものは王城からちゃんと支給されていますのでご心配には及びません。
……それより、なんとか上手くお茶を濁してくださいね」
リュアティスより5歳年上で専属の従者であり親友でもあるネスアロフ・コーレスタが小声でささやいてその場から少し離れた。
お茶を濁せと言われても……
王家に次ぐ地位である公爵家の次男・ピエフトは、物心ついた頃から同い年のリュアティスにやたらと絡んできてうっとうしい存在だ。
ピエフトの兄であるトレフィテスは彼らより7歳年上で、リュアティスのことも敬意を払いながら弟のようにかわいがってくれるのだが、ピエフトはそれも気に入らないらしい。
次男が五男に絡んでどうする、と常日頃から思っているリュアティスとしては勝敗にそれほど興味はないが、それでもやるからには手を抜きたくもなかった。
「では確認いたします。
召喚対象物、召喚範囲はオール。
ただし、有益性を確認したあと10分以内に自力で送り返せるものに限ります。
時間内に返せないものを召喚した場合は、その時点で失格といたします」
ネスアロフの言葉にうなずく二人。
授業では指導者が付いているため時間制限はなく、術者の技量を量りやすいよう難易度で対象物や召喚先などが指定される。
だが、今回、対決を言い出したのはピエフト。
彼は既に対象や場所をある程度想定している可能性が高く、それをなるべく邪魔しないように制限をかけるには時間設定が最適だとネスアロフは考えた。
下手に対象物を指定したりすれば、リュアティスに有利なものだったなどと文句を言われかねない。
それに、召喚魔法には大きく分けて「召喚魔法」と「送還魔法」の2種類があるが、時間制限を付ければ召喚と送還の両方ができて初めて成功となるので、より難しい送還魔法のほうに対象物が依存し、それだけ危険度が下がると判断した。
子供の遊びの範囲内であっても召喚にアクシデントは付き物。
リュアティスが強大な魔力を持っていることを知っているネスアロフは、何か手違いがあった時に起こる不測の事態を最小限のものにしなくてはならない。
王子を危険な目に合わせるわけにはいかないのだ。
「では、始め!」
何にしようかな、とリュアティスは思った。
対象がなんでもよいとはいえ、10分以内に返せるものというのはかなりの制限となる。
自分よりリュアティスの方が召喚魔法が得意だと知っているピエフトがこの魔法対決を選んだのは、ひとえにこの勝負の勝敗が魔法自体ではなく、召喚したものの有益性だからだろう。
勝負を持ちかけた時から考えていたらしいピエフトは両手を前に突き出し、既に詠唱に入っている。
どれくらいの物ならお茶を濁せるんだ?
空を見上げると初夏の太陽がまぶしかった。
地球の人たちが被ってる帽子くらいが適当かな。
地球は練習でよくつなげているし。
すぐに返すのだから騒ぎになることもないだろう。
帽子の持ち主がなくなっていることに気づいても、知らないうちにどこかで落ちた、くらいの認識で済むだろうと考えてリュアティスも詠唱を始めた。
彼の頭の中に異世界への扉のイメージが浮かび、それが徐々に開いていく。
魔力を込めながら扉の向こうの世界をそっと覗くと、カラフルな帽子をかぶっている人や動物の耳を頭に付けている人たちが歩いているのが見えた。
どれにするか迷っていると、ピエフトが叫んだ。
「来たーー!! って、わっ!」
辺りが一瞬明るく光って衝撃波が広がりピエフトは尻もちをついた。
衝撃波?
何が来たのか気になるが、安定して異世界とつながっているとはいえ詠唱中によそ見をするなどもってのほかと、リュアティスは自分の召喚に集中しようとしたのだが。
「げっ! 水の入った桶のはずが!!
あっ! 待て!」
なんとか集中力を保とうとしているリュアティスの目の端に自分に向かって突進してくる白と黒の生き物が見えた。
生き物!?
ピエフトは生き物を召喚したのか?
「モォオオオーー!!」
「王子!」
それは一頭の仔牛だった。
仔牛とはいえ召喚直後でパニック状態である。とっさに自分自身を強化したネスアロフが間に入り、その突進を止めた。
おかげでリュアティスは無事だったが集中が乱れて魔力が暴走しそうになり、それを必死にコントロールしようとしていると、自分より少し年上に見える、整った容姿をした一人の青年が目に入った。
僕より少し背が高いか……レイテリアス兄上と同じくらいかな?
なんとなく、向こうが透けて見えるような、よくわからない透明感をまとってる青年に意識を奪われる。
ダメだ!
対象が、帽子じゃなくて人だ!
このまま発動したら大事件に!
すぐさま詠唱を破棄し、完成間近だった魔法陣がゆっくりと消えていく。
異世界とつながっている空間を元に戻すのに時間がかかりすぎるのが今後の課題かな、なんて
閉じていく異世界への扉の向こうで、驚いたように少女の方を振り返る青年と、何かしゃべりながらこっちの方へ「何あれ?」とでも言いたげな視線を向けている少女。
瞬きするより短い一瞬。
自分でも認識することができないほどのわずかな意識の隙間で、リュアティスは思ってしまった。
―――あの子と話したい―――
その瞬間、かなり小さくなっていた魔法陣が白く輝き、虹色の光を浴びた異世界との間の扉のイメージ映像が消し飛んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます