第3話 召喚対決 2

 リュアティスの前の空間が光り輝き、ピエフトの時とは比べ物にならない強烈な虹色の閃光が辺りを照らす。


「「「うわっ!!」」」


 目を開けていられないほどのまばゆい光が収まり、ゆっくりと目を開けた三人と一頭と数名のクラスメイト及びピエフトの従者たち。


「な、なんだったのだ、今の光は。あのような光、見たことないぞ。

 リュアティス!

 一体何を召喚したのだ!」


 …召喚した…?

 詠唱は破棄した。

 消えかけている不完全な魔法陣で召喚などできるわけもない。


 それなのに成功した時に発せられる光に似ている閃光を浴び、リュアティス自身も若干不安になりながら辺りを見回した。


「……何も、来て……ないよな?」


 召喚主であるリュアティスにしか向こうの状況等は見えていないが、詠唱の途中で彼が破棄したのはネスアロフにもわかっていたので、なぜそんなことを聞くのかと疑問に感じながらも注意深く辺りを見渡す。


「……そのようですね」


 よかった。やはりちゃんと破棄できていたようだ。

 そうだよな。召喚成功の光は真っ白なはずだし。

 時間はかかっていたけど魔法陣は消えていっていた。

 消えかけの魔法陣で召喚なんて、できるわけないんだ。


 想定以上に魔力を使っていたのか、ふらつきそうになる。

 それに耐えながら、空間を素早く閉じる練習もしなくては、とリュアティスが考えていると、立ち上がって汚れを払いながらキョロキョロしていたピエフトがやってきた。


「なーんだ、謎の光には驚かされたが、肝心の召喚には失敗したようだな。

 この勝負、僕の勝ちだ!

 間違って生き物を召喚してしまったが、何も召喚できていないよりはいいだろ。

 これは地球のウシという生き物だ。いろいろ使えるらしいぞ」


 自分の従者たちが動きを制限している仔牛を、呼吸を整えながら得意げにアピールしているピエフトに、ネスアロフが言葉を返す。


「この勝負は引き分けです」

「なんだと!?

 リュアティスは何も召喚できていないじゃないか!」

「ええ。ですが、ピエフト様。

 この生き物を10分以内に送り返せるのですか?」

「うっ! それは……」

「10分以内に送り返せないものを召喚なされた場合、その時点で失格です。

 そしてちょうどその頃、リュアティス様は詠唱を破棄なさいました。

 ですから、両者失格で引き分けとなります」


 ピエフトは、水の入ったバケツを召喚しようとしていた。

 向こうの世界の水は衛生的に優れている上、送り返すのは入れ物だけでよい。

 それならピエフトにも送還可能なので、今回の召喚対象としては完璧だった。

 だが彼は対象の指定を誤り、バケツではなくその水を飲もうとしていた仔牛を召喚してしまったのだ。


「こ、これから送り返すところだ!

 見ていろ、この程度の大きさの生き物なら、僕だって―――」

「ピエフト様!」


 送還魔法の詠唱に入ろうとしたピエフトを従者たちが慌てて止める。


「それ以上魔力をお使いになられますと、お身体に障ります!

 どうかここは」

「そうです!

 それに、万が一にもこのようなことで窃盗の罪に問われることなどあってはなりません!」

「うっ!」


 窃盗と聞いて、さっきまで高圧的だったピエフトが冷や汗をたらし始めた。関わり合いになるのを恐れたのかギャラリーたちはいつの間にか姿を消している。

 興奮状態だった仔牛は、今はおとなしく足元の芝生を食べていた。


 道具と生き物では状態変化の速度に雲泥の差があり、生き物の送還は難易度が格段に跳ねあがる。

 予定外の生き物召喚に多くの魔力を使用してしまっている今のピエフトに、仔牛を無事に送り返すことなど、技術的にも消費魔力量においてもできるはずがない。

 それは、冷静になればピエフトにもわかることだった。


「ネ、ネスアロフ、なんとかならないだろうか?」

「召喚主が反省文を書いて先生方に元の世界へ戻していただくようお願いするしかございません。お急ぎになるほうがよろしいでしょう。

 追加で芝生の復旧もご依頼になる必要があるのではないかと」


 ネスアロフの言葉に芝生をむ仔牛を認めたピエフトは、がっくりと肩を落とした。従者たちに仔牛の世話を任せ、自分はとぼとぼと校舎へ戻っていく。

 その様子を肩で息をしながら眺めていたリュアティスは不意に違和感を感じた。


 仔牛とはいえ生き物を召喚しているピエフトより、自分の方が疲れているのはなぜだろう、と。

 さっきから呼吸を整えているだけなのに、整うどころか全身の力が抜けていっているような感じがする。


 ドキン!


 心臓が早鐘のように打ち始めた。

 それを少しでも鎮めようと胸の辺りを抑える。


「王子?」


 もしかして……


「どうなさいました?」

「……いや」


 そんなはずはない、そんなことできるはずがない、そう思いながらもその可能性に至ってしまう。

 立っているのも辛くなり、ふらついたところをネスアロフに支えられた。


「リュアティス様!」


 僕は、彼を、召喚してしまっているのか?


 ―――ここではない、どこか別の場所に―――


 召喚はある種の契約である。

 意思疎通ができるものを召喚する際には契約の確認をおこなう義務がある。

 すぐに送り返せれば罪に問われることはないが、それができない場合、契約義務をおこたると誘拐罪が適用されることもある。

 同意なき召喚は拉致監禁であり、対象を元の世界に戻せないことが確定すれば、ことによっては殺人罪の適用もあり得るのだ。


 ピエフトのウシも意思疎通ができれば契約する必要があった。

 それ以前に、物体ではないため学園の禁止事項に抵触している。


 ただ、彼は学生で、ここは学園内。

 対象指定を誤っただけなので、召喚してしまった経緯を述べて反省文を書けば軽い罰を与えられるだけで許され、先生方が召喚対象を送還してくれる。


 それはリュアティスも同じなのだが、彼の場合、召喚対象者が目の前にいない。

 この状況では先生方に送還を頼むことなどできない。

 それどころか、召喚していること自体、信じてもらえない可能性がある。


「お顔の色が……すぐ医務室へ参りましょう」

「大丈夫だ」


 このままだと誘拐……送り返せなければ殺人罪……


「…探しに行かないと…」


 自分の身体を支えてくれたネスアロフの手を押し返そうとしたが力が入らない。


「リュアティス様?」


 その時、リュアティスの頭の中に『声』が響いた。



 !!


 ……まさか……


 薄れていく意識の中で、リュアティスは思った。


 ―――僕は―――彼だけじゃなく――――――彼女も召喚してしまったのか?

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