星の姫、世界を渡る~王子の願いと虹色の奇跡

香名斗星南

第1部

第1章 どこ?

第1話 遊園地の仕掛け

「楽しかったー!

 次はどれにしようかなー。

 おにいさま、どれにする?」


 ニコニコ笑いながら今にも駆け出しそうなエリスレルアに、レミアシウスは大きめのショルダーバッグから遊園地のパンフレットを取り出した。


「そうだな~」


 地球から30万光年離れたところにある彼らの星、ルイエルト星は、ルリテス・ラ・ルミエリル湖という特殊な湖の水が11年周期であふれ、それによって星全体が活性化される。

 洪水期間中は大多数の者が他の星で暮らすことになるのだが、ルイエルト星は今まさにその大洪水の真っ最中であった。

 エリスレルアたちはその期間を地球で過ごすことにしたのだ。


「私だって地球までテレポートできるよ! この前できたもん!

 だから私が連れてってあげるよ!」


 エリスレルアは自信満々にそう主張したが、『力』の制御がまだ不安定な彼女のテレポートは失敗も多く、微妙に信用できないことをよく知っているレミアシウスが彼の双子の兄、セルネシウスにエリスレルアの説得と地球滞在組の移動を懸命に頼み、所用でしばらく一緒にいられないセルネシウスは、彼らを地球へ送ったあと別の星へテレポートしていった。


 それから既にひと月が経っている。


 平和な日本にはエリスレルアを楽しませるものがたくさんあり、彼女はわがままを言い出すこともなく、普通にここでの生活を楽しんでいた。


 やっぱり、滞在先をここ日本にしてよかったなー。

 数ヶ月も地球に滞在して、もしも何かのはずみで富士山とか吹っ飛ばしたりしたらどうしようって、すっごく心配だったけど。


 訳あって地球暮らしが長かったレミアシウスは、ルイエルト星に帰ってからセルネシウスの代わりにエリスレルアの遊び相手というをしているが、彼女の行動に振り回されてばかりで肝を冷やすことも度々あったので、地球に長期滞在するなんて無謀に思えたのだ。


 でも、これだけ楽しそうなら問題ないな、とホッと胸を撫で下ろす。


 ルイエルト星人の外見は地球人とほぼ変わらないので、彼らの特徴であり最も大切なものとも言える長い髪を目立たなくすれば簡単に紛れ込める。

 普段は地面に着きそうなほどに長いエリスレルアの透けるようなピンク系の虹色の髪も、今は目立たないように一般的な茶系で肩より10センチほど長いくらいの長さにしてある。


 その、いつもよりかなり短い髪を風に揺らしている彼女から周囲へ視線を移すレミアシウス。


 この遊園地、僕がこの辺りに住んでいた頃にはなかったよな~。


 十数年のうちに随分変わるもんだなと感慨にふけっていると、エリスレルアが叫んだ。


「おにいさま!

 今度はあれ! あれに乗りたい!」


 肩がけしているポシェットの上に園内のアトラクションフリーパス券を首から下げて、意気揚々と歩いていた彼女が指さした先を見ると、一番人気のジェットコースターがあった。


「いや~~、あれは、やめたほうがいいんじゃないかな?」

「なんでー?

 すごく速いし、グルグルまわって楽しそうだよー?」


 確かに楽しそうだ。

 できれば、僕も乗ってみたい。


 そう思うレミアシウスだったが、彼が危惧しているのはそれに乗るために続いている長蛇の列だった。


「楽しそうだけど、乗るまでにかなり時間がかかるんじゃないかな」


 待ち時間の目安は【2時間】と表示されている。

 エリスレルアでなくても無理だな、とレミアシウスは思った。


 みんな、よく並んでいられるな。


「でも、この券があれば、何でも乗れるんでしょ?」

「券があっても、席が空いてなきゃ乗れないだろ?

 お前、あの行列に並んで待ってるなんて、無理だろ」


 むーっと軽く頬を膨らませたエリスレルアだったが、いいことを思いついたとでも言いたげに、明るい青紫色の瞳を輝かせた。


「あれは、次に来る乗り物を待ってる人たちでしょ?

 もう走ってるのに乗れば!」

「絶対ダメ!!」


 急に大声を出したレミアシウスに付近の人たちの視線が集まり、彼は、頭に片手を当てて照れ笑いを浮かべながら会釈を繰り返した。


「ていうか、走ってるのも席は空いてないだろ?

 こんなに混んでたらよほどの事情がない限り席は詰めて乗せられそうだし」


 無理強いはできないだろうから空いてる席もありそうだが、そんなことを言ってそこにピンポイントでテレポートさせるわけにはいかない。

 

「椅子が空いてなくても、一番前の人たちよりも前とか、最後の人たちよりも後ろに腰掛ければ!」


 コースターの先頭や最後尾に腰掛けてはしゃいでいるエリスレルアの姿が容易に想像できて、レミアシウスは頭を抱えた。

 上手くできても大騒ぎだし、失敗すれば大惨事。

 「やめてー!」と叫びたいところだ。


 いきなり飛んでいかないで、自分に相談しているうちになんとかしないと、と辺りを素早くうかがうと、いいモノが目に入った。


「あ! あんなところでアイスクリームを売ってるぞ!

 なんか、食べたくなったなー、アイス!」


 それは広場の向こう側にあるアイスクリーム屋だった。


「え! アイス、食べたい!」


 上手くエリスレルアの興味を変えられたようだ。

 アイスクリーム屋の前にも列ができているが、4,5組ほどなのでこっちはそれほど待たなくてよさそうだった。

 レミアシウスは少し離れたところにあるベンチを指さした。


「お前はあそこで待ってろ」

「うん!」


 ベンチに向かって駆けていくエリスレルアと別れてアイスクリーム屋に向かいながら、次にどこへ行こうかと思案するレミアシウスだった。


   ☆

   ☆

   ☆


「2400円です」


 代金を支払って三段重ねのアイスクリームを両手に一つずつ持ち、溶けないように少しだけ『力』を使ってアイスの周りを冷やしながら指定したベンチの方を見ると、座って待っているはずのエリスレルアの姿がなかった。


「あれ?」


 アイツ、どこ行ったんだ?


『エリスレルアー?』


 テレパシーを送ってみても反応がなかったが、アイスを待っている彼女が遠くへ行くなどありえないので、目を閉じて辺りを探してみるが見当たらない。


 僕の『力』の探索範囲外にいて、テレパシーは無視してるってことだよな。


 何を考えているんだか、とため息をつきながらも店の前で立ち止まっていては邪魔だと気づいてベンチの前まで行き、もっと集中して探そうとした時、レミアシウスの足元に不思議な模様が広がり始めた。


 ん?


「何これ?」


 広がっていくきれいな模様の輪を眺めていると、今度は外側から消え始めた。


 遊園地の仕掛けかな?


 最大で半径3メートルくらいまで広がっていた模様が2メートルほどまで小さくなった時。


「わっ!!」

「っ!?」


 エリスレルアが突然背後に出現し、レミアシウスの背中を両手で軽く叩いた。

 危うく持っているアイスクリームを落としかけて、咄嗟に『力』で止め、後ろを振り返るレミアシウス。


「びっくりするじゃないかー!

 落としたらどーするんだよ」

「驚かせようと思ったんだもん!

 作戦、大成功ーって…おにいさま、なんかドアが浮かんでる―――えっ?」


 その時、半径1メートルほどまで小さくなっていた模様が真っ白に光った。


 レミアシウスは反射的にエリスレルアを模様の外へ弾き出そうとしたが、エリスレルアには一瞬のうちにいくつかの場面が見え、彼女は本能的にそこから退避するため、レミアシウスを連れてテレポートした。


 そして、白く光っていた魔法陣が虹色に輝いて、消えた。

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