第27話 結婚式


「リーゼア様!」


 教会に響く声に、結婚式に呼ばれた全員がぎょっとした。


 何故ならば、現れた花嫁はエッタではなかったからだ。現れたのは、ファナであった。


 ファナは、花嫁ではないというのに白い衣装を身にまとっている。ただし、とてもひどい有様であった。


 白のドレスはゴテゴテとした飾りが多すぎて下品だし、ほどこされた化粧も濃すぎる。まるで道化のようだ。


 一歩進むごとに腹の贅肉が揺れるので、参加者のなかには吹き出す者もいる。イテナスと父は、余りの娘の醜悪さに言葉を失っていた。


 実のところ、ファナもロアの魔法にかかっていた。それは、どんな人間でも醜く見えるようになる魔法だ。


 女には屈辱的な魔法であったが、ロアにはエッタを苦しめたという恨みがある。周りの人間に醜く見えるようになるだなんて、ロアにとっては軽すぎる報復である。


 ファナは、自慢の弟子の首を絞め上げた。さらには花嫁の座を奪おうともしたのである。


 ロアは、ファナに怒りを抱いていたのだ。だからこそ、一生分の恥をかかせてやろうと考えたのである。


 醜悪な礼儀知らずの娘。ファナの悪評は、社交界ではあっという間に広まるであろう。そんな噂の人間と結婚をしたいという男はいないはずだ。


「リーゼア様!準備は全て整いました。結婚しましょう!!」


 イテナスと父は娘の失態をこれ以上は晒せないと考え、ファナは引っ張って退場させようとする。しかし、ファナは二の腕の贅肉をぶるんと震わせて、両親を振り払った。


 リーゼアが招待した身分の高い貴族たちは、ファナの醜態を見て笑っている。


 この結婚式には、リーゼアと同じくらい身分の高い人間がたくさん招待されていた。


 ここでファナの結婚相手を見つけようと思っていた両親は崩れ落ちる。このような醜聞が広まってしまえば、ファナとの結婚を望む人間はいないと分かっていたからだ。


 今までファナの幸せを願った様々な努力が、水の泡に消えた。どこで間違ったのだろうと両親は思う。父とイテナスは、いつでもファナの幸せだけを考えていたと言うのに。


「お姉様……」


 花嫁として入場したエッタは、姉の様子に唖然とした。ファナはリーゼアと誓いのキスをしようとして、唇をタコのように突き出している。


 リーゼアは、必死にファナを押しのけようとしていた。しかし、どうにも上手くいかない。結局、ファナは教会の関係者に引っ張られて、教会のを外に放り出された。


 教会を追い出されたファナは、どんどんと教会のドアを叩き続ける。その音を聞きつけた教会の関係者は、ファナを縛り上げた。


 まるで罪人のような姿であったが、式を台無しにしたのだ。これぐらいの罰は当然であろう。


 ファナのせいで満身創痍となったリーゼアは、息も絶え絶えになりながらもエッタを見た。


 花嫁衣装のエッタは、とても綺麗だった。ファナのゴテゴテしたドレスの後では、エッタのドレスはよりシンプルに見える。だが、それ以上にエッタを楚々とした上品な女性に見せていた。


 エッタが歩けば、足元からは白い薔薇の花びらが舞う。招待客は、その光景を見て驚いた。同時に、神秘的な光景はエッタをより美しく見せる。


 エッタの姿に、誰もが見入っている。このような清純な花嫁は見たことがない、と誰もが思う。


 来年当たりには、シンプルな花嫁衣装が流行るだろう。エッタの姿に感動した招待客が、こぞって真似をするからだ。それぐらいにエッタの花嫁衣装は素晴らしく見えたのである。


 リーゼアは、目の前の光景に言葉が出なかった。


 エッタが一人いるだけで、結婚式場がぱっと華やいだ。まるで、この場所だけ薔薇が咲きほこっているようだ。


 いいや、違う。


 エッタ本人が、薔薇の精のようだ。少なくともリーゼアには、そのように見えた。


「エッタ嬢……。いいや、エッタ」


 リーゼアは、エッタの手をとった。エッタは、微笑む。その微笑は、作り物ではなかった。


 ここまで美しい人は初めて見た、とリーゼアは思った。そして 、エッタと結ばれる自分は世界一の幸福な男だと思った。


「これは、契約結婚だ」


 リーゼアは、小さくエッタに囁く。


 魔石をなくしたリーゼアを守るための契約結婚。それでも、もう一つだけ確かなことがある。


「初恋の君を迎えられることは、僕の至上の喜びだ。僕は君を守れるぐらいに、強い人間になりたかったんだ」


 幼い頃に出会ったエッタは、全てのことに興味を抱く子供だった。


 リーゼアは、その姿に一目惚れした。彼女の目には、世界がどのように見えているのだろうか。きっと鮮やかに見えているに違いない。


 幼いリーゼアは、エッタと同じ景色を見たいと思った。


 若くして公爵家を継いだリーゼアは、初恋の相手であるエッタを妻にすることを決めていた。リーゼアが幼いころに、エッタが本当は男爵家の娘であることは聞いていた。


 エッタが庶民でなくて良かった、とリーゼアは思った。もしも、エッタが庶民であれば、何処かの家の養子になってもらうなどの複雑な手続きが必要になる。


 だが、貴族であれば話は違う。


 身分差こそあるが、複雑な手続きなしで結婚ができる。その上、エッタは第二王子にリーゼアの婚約者として認められた。


 エッタを認めないと親戚が言い出してもエッタには『第二王子の覚えがめでたい令嬢』というジョーカーがある。そのジョーカーがある限り、親戚たちはエッタとリーゼアを引き裂くことは出来ない。


 リーゼアは微笑んだ。


 その笑みを間近で見たエッタは、じっとリーゼアを見つめ返す。


「リーゼアさま。私は、リーゼアさまの身体と名誉を守ります。それと……」


 エッタは最後までは言い切れなかった。心も守りたいというのは、あまりに大仰が過ぎると思ったのだ。


「魔法使いの全てをかけて……。あなたを守りたい」


 それが、エッタの精一杯の愛の言葉であった。


 いつか何も恐れずに「愛している」と伝えたい。エッタは、そう思いながらリーゼアの口付けを受け入れた。


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魔法使いと公爵の契約結婚~あなたは私が守るから~ 落花生 @rakkasei

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