弐
不知火家は、鬼すらも喰らう一族であると
◇
「うっ……」
くぐもった声が、牡丹から漏れた。蝋燭の灯りで薄ぼんやりとした部屋の中。空気は重く、どんよりと。蝋燭は円の形で置かれ、一見儀式の様相。その中心に牡丹はいた。今にも崩れ落ちそうな姿勢で座り込み、痛みに耐えるように顔は怪訝に曇る。牡丹を取り囲むのは、綿布をした
その姿を、鬼――
その瞳は何を思うか。ただ、無言で見つめるばかりだった。
漸く、最後の一人が終わると、途端に蝋燭の火は消える。薄暗い部屋の空気はどんよりと重暗かったが、牡丹がふうと息づくと、空気は微風にでも流されたかのように澄んでいく。しかし、牡丹はその場から直ぐには動けないのか、蹲ったままだった。
そんな牡丹を放って、囲っていた者達は次々に出口へと足を向ける。が、出口で待ち構える
「牡丹、立てないのか?」
嫌味な口ぶりに聞こえたのだろう。牡丹は素っ気なく返すだけだった。
「別に待ってなくて良いのよ」
明朗とは言い難い。それでも不調を思わせない口達者なそれに、可畏はくぐもって笑った。
「強がるなぁ、運んでやろうか」
「要らないわ」
「遠慮するなって」
抵抗する力も無い牡丹は可畏にされるがまま。ひょいと持ち抱えられて、だからと言って、暴れてまで降りる気力も無いのか、何をする様子も無い。大人しく抱えられたままの牡丹の姿を可畏はじっとりと眺めた後、漸く歩き始めた。
「次は
「結構よ」
「遠慮しなくても良いぞ」
「嫌よ、あなたずっと見てるし、余計なところを触るじゃない」
「当たり前だ。何の為に洗ってやると思ってるんだ」
そんな、悠長な会話を繰り広げながら、儀式の間を抜け出した可畏の足は別棟にある湯殿へと向かった。檜の浴槽には湯が張られ、湯気が視界を奪う。浴槽の淵に牡丹を下ろすと、本当に手伝おうとしているのか可畏の手が帯へと伸びる。だが、牡丹は漸く身体が動くようになったのか、ぺちんと可畏の手を
「何だよ、元気になっちまったのか」
「えぇ。手は必要無いわ」
「つまんねぇなぁ」
だらりとした態度であっさりと諦めて、可畏は湯殿の外に出た。そのまま、湯殿の入り口扉に背をつけて、そこからは一歩も動かない。牡丹の前で見せていただらりとした姿は消えて、表情の無い冷たい異形の姿に誰も湯殿へと近づけなかった。
そうして、四半刻もすると牡丹は扉の隙間からひょこりと顔を出した。そこに、可畏がいると知っているかのような――しかし特に表情に変化の無い顔は湯で
「はあ、今夜喰っちまうか」
艶めかしく熱い息を吐きながら、不穏な事を口走る。しかし牡丹は意に介していない様子で、「出来るものなら、お好きにどうぞ」と軽口に返すだけだった。
◇
「ねえ、私はいつ食べ頃になるのかしら」
自室に戻り、
「まだだなぁ。美味そうなんだけどなぁ」
と、まるで明日の夕食でも決めかねているかのように答える。しかし、ふつと何か思うところがあったのか、可畏の頭上で視界を埋めていた書物を牡丹から奪い取った。
「何かあったか?」
「いいえ、
「幾つになった」
「十八よ」
「なんだまだガキじゃねぇか」
「世間一般ではお嫁に行ってもおかしくない年頃よ」
牡丹は可畏に奪われた書物を取り返そうとするも、可畏に阻まれる。可畏は身体を横にしながらも、下から牡丹を鋭く見やった。
「嫁に行きたい相手でもいるのか」
「当主様が贄の私を行かせるわけないじゃない」
「そりゃいるって話か」
「いないわよ。私の死に場所はもう決まっているもの」
牡丹の言葉に、可畏は何も返さなかった。しかし、目線は牡丹を見つめたまま。だからか、牡丹はもう一度、可畏へ「ねえ」と、問いかけた。
「いつ、私を食べるの?」
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