第三章:歪みの森に梟は哭く
16話:奇妙な道
アウスを旅の仲間に迎えた日から、今日で五日目。
国境を超え、シスト公国領に入った私たちはそれ以降、ひたすら南西にある首都を目指して歩いてきた。
幸いにして、道は綺麗に整っている。
さすが二つの国の首都同士を結ぶ街道よね、大きい石や倒木なんかめったに無いもの。
歩きやすくてとても快適、天気にも恵まれてまさに旅日和。
ただ、その、なんというか……。
「……あの、ちょっといいかしら?」
「ん? どうかした?」
案内役として馬の手綱を引き、先頭を颯爽と歩くアウスが、私の声に振り返る。
「疲れたかな。今日ももう長い時間歩いてるしねぇ」
「いえ、それは別に大丈夫なんだけど」
「んん?」
「あの、本当にこの道でシストに着くの?」
怪訝そうに、歩を止めて首を傾げるアウス。
言っといてなんだけど、私自身、変な質問をしてるなって自覚はあった。
この街道は一本道、例の“ある意味で思い出深い”分かれ道――キィルと出会った、ボロボロの看板が立っている分岐路以降は、一つの枝道もなかったんだから。
道が間違っているとすればもう遥か手前のことで、なんで今そんなことを聞く?って思われるのが当然よね。
ただ、なんというか……。
「あの……実は私も、同じところをずっと繰り返しているような気分で……」
私の疑問に乗っかって、フィリアも控えめながら同意の手を挙げる。
そう、そうなのよ!
昨日泊まった、小さいながら宿のある村を出たあたりからかしら、街道が急に森と森に挟まれた――というか、森を貫く直線路になったんだけど。
道といったら普通、多少は曲がりくねったりアップダウンがあるものでしょうに、今歩いているこの道はあまりに平坦で真っ直ぐすぎる。
もう半日以上、まるで代わり映えのしない景色が延々と続いてれば、そりゃあ薄気味悪さだって感じるわよ。
「なんか、この道が永遠に続いてるように見えてきたわ」
人通りらしい人通りもないから、余計にそう感じるのかしら?
お昼前に一度だけ、急ぎらしく早足の旅人とすれ違って以来、だーれも通らないなんて……一度疑いだせば、ここが街道だという話すら怪しく見えてしまう。
「ああ、なるほどね」
でも、不審げな私たちと対象的に、旅慣れて土地勘もあるアウスは『なんてことない』って感じに軽く頷いてみせた。
「確かに気持ち悪いかもね。僕は過去に何度も通ってるから、もう変だとは感じないけど」
「何か、異常な構造をしている道なのですか?」
「異常なことはなにも無いさ。だけど、無いこと自体が異常とも言える」
まーた、この
持って回った言い方、人を食った謎掛けが大好きなのはもう分かってるから、早く答えを教えなさいよ!
そんな、視線で伝える無言の非難を軽く躱して、アウスは長く伸び続ける道の先を指差す。
「実はこの道、森が切れるまで……そう、歩きでざっと二日ぐらいの距離、ずーっと直線で続いてるんだよ」
「ふ……二日ぁ!?」
ぎょっとし過ぎて、思わず変な声が出る。
な、なんでわざわざそんな酔狂な道を作ったのよ!?
王宮でなら絶対に「はしたないですよ」とたしなめてくるフィリアも、これには流石に驚いたのか、ただただ目をまん丸にしていた。
「そ。歩いても歩いても終わらないし、どこまでいっても同じ景色……そのせいか、一本道のくせに迷う人が続出してね」
苦笑いしてるところを見ると、アウス自身もやらかしたことがあるのか、それとも身近な迷った人の話を聞いたことが有るのか。
「誰が言い出したのか、この道は『人生の縮図』と呼ばれてるよ」
「人生? なんで?」
「このまま進んで良いのか不安になると、誰でも立ち止まってキョロキョロしたくなるだろ?」
「ええ、まあ」
「そうしてるうち、どっちが進むべき方向かわからなくなるから、だって」
「………………」
もうちょっと近くにいたら、肘鉄を食らわせてやるところだったわ。
誰が上手いことを言えといったのよ、全く!
「まあ……それは……」
「無理に感心しなくていいわよ、フィリア」
「ははは。弁明しとくけど、別に僕の作り話じゃないからね」
それは信じとくわ、一応。
なんでそんな道が出来たのか、という大きな疑問は残ったものの、不安感には説明がついた。
おかげで一気に弛緩した空気の中で、アウスの明るい笑い声が響く。
「ま、ともあれだ。そろそろ日が落ちるし、野営できる場所まで少し急ごうか」
「え? まだこんなに明るいじゃない」
今朝は早く出たから、さっき早めの昼食を頂いて――それからまだ二時間ぐらい。
急ぐのは別に構わないけど、見上げてみても太陽はまだまだ天高くを渡っているし、アウスがなぜそんなに焦るのかよくわからない。
不思議そうな私に諭すよう、アウスは西側の森に並ぶ木々の天辺をなぞるように指で示した。
「この道は綺麗に南北に伸びているだろ。それにほら、両脇はすぐに深い森だ。つまり――」
「木が太陽を遮って、想像以上に早く真っ暗になるのでしょうか?」
「ご明察! さすがは王室付き侍女のフィリア殿だね」
大げさな動作で驚いて見せ、そのまま敬礼するアウスに、フィリアも
「へ、へぇ……やるわね、フィリア」
……なによ、私が知らない間に妙にアウスと仲良くなったじゃない?
出会いが
そういえば昨日も、宿で寝る前も二人して本を開いてなにか熱心に話してた――というより、フィリアがアウスに色々と教わってた、ような。
「ねえ、貴女――」
「はい、イナ様、何か?」
「あ、ああ、いえ、なんでもないわ、ごめん」
「……?」
思わず声をかけたは良いけど、私は彼女に何を言うつもりだったのか。
良いことよ、仲がいいのは。うん。
もちろん、それはそう。
……ただね、これじゃ「いつかケンカになったら二人をどう宥めようか」とか、色々一人で心配してた私がバカみたいじゃない!
一応、なんとなく理由はわかるのよ。
知識欲の固まりなフィリアにしてみれば、四百年間ずっと様々なことを調べてきたアウスなんて、文字通りの生き字引き、最高の先生に見えるんでしょう。
「……でしょうけど、だからって生まれたときからの友達な私を差し置いてよ? ポッと出の優男と親しくするのは、淑女としてほら、やっぱりほら……」
「おーい、ブツブツ言ってないで早く行こうよ」
「ああはいはい、分かったわよ!」
自分でもよく分からないモヤモヤを抱えたまま、仲間のもとへ足を向ける。
瞬間、視界の端を何か白っぽい大きなものが掠めた気がして――……
「…………?」
森の中に目を凝らしても、別になにもない。
……多分、なにかの見間違いね。
気を取り直した私は、馬のカツカツという規則的な脚音を追い、旅装の裾を翻して走り出した。
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