断章2:第二王女クラヴィスの恐れ

 敬愛するイナーシャお姉様。


 貴女が旅立たれてから、もう既に七日が経ちました。

 今日は、貴女の葬儀の日。

 国中が喪に服し、民の嘆く声がここまで聞こえてきそうなほど、重く暗い雲が立ち込めていますが、それも当然かもしれません。

 お姉様は病み崩れて亡くなった――その身体を衆目に晒すのはあまりに哀れゆえ、棺は閉じられたままに埋葬される。

 お母様からは、そのように聞かされています。

 なんて……なんて残酷な仕打ちなのでしょうか?


 お姉様。

 もう二度と、貴女とお会いすることは無いのですね。

 その事実を思うたび、胸の奥がひどく締め付けられて、最近は何をする気力も起きません。

 貴女から、しっかりしなさいと叱っていただけたら、どれほど嬉しいでしょうか。

 不可能なことと分かっていても、私はそれを望まずに居られません。


 お姉様。

 私は、どうしたら良いのですか。

 貴女の身に起こったことは、知っています。

 貴女の悲しみも、無念も、理解しているつもりです。

 だというのに、王権も、婚約者のニコロ王子も、お前が受け取れと言われました。

 本当なら貴女が受けるべき栄光を、私は卑劣にも簒奪したのです。

 フラシアのためとはいえ、こんなことを神がお許しになるのでしょうか。

 それとも……貴女をあのような目に遭わせた『神』の許しを請う事自体、間違っているのでしょうか。 


 お母様は、何も仰らないのです。

 お父様は、静かに目を瞑られるだけです。

 だから、私と妹は、ずっと悩み続けています。

 秘密とは、なんと苦しいものでしょうか。

 この、誰も知らない秘密の日記に記す以外、私に出来ることなど……。


 イナーシャお姉様。

 昨日から、弔問のためにニコロ王子がお見えになっています。

 以前ご挨拶したときに比べて、かなりおやつれのご様子。

 ああ、正式なご結婚こそしていなくとも、あの方は確かにお姉様を愛しておられたのだと、痛いほどに感じました。


 お姉様。

 だからこそ、私はあの方が恐いのです。

 ニコロ王子は、こんな私に優しくお声をかけて下さいました。

 お姉様のことを思って沈むばかりの私を慰め、ご自身も苦しいでしょうに、色々と気を使って下さり、微笑みを向けて下さいました。

 ……なのに。

 あの方の目は、まるで笑っていないのです。

 私の奥底を見抜いてやるぞと、そう叫ぶような目をしているのです。

 ニコロ王子は、お姉様の代わりに、私に婿入れすることを快諾したと聞きました。

 なぜ。

 なぜなのですか。

 あんな目を向けておきながら、これからは私だけを愛していくと、本気でそう仰るつもりなのでしょうか。


 お姉様。

 私は、どうしたら良いのでしょうか。

 私は、あといくつ嘘と罪を重ねることになるのでしょうか。


 恐いのです。

 いまはただ、全てが恐ろしくて仕方有りません……。



 ――フラシア聖国 第二王女 クラヴィス・ル・フラシエラ 記す

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