13話:不死者の提案

「……それで、結局のところ」


 日が傾き、部屋の中が暗くなっていくのに比例して静まり返った場の空気を打ち破ったのは、渋面じゅうめんを浮かべたままのフォビアだった。


 「アンタらのご大層な来歴と、お姫サマをさらって監禁した事に、いったいなんの関係があるんだよ?」


 ……言われてみれば、確かにそうだ。

 彼らの事情には大いに同情するし、四百年余りという時間を耐え忍んできた辛さは絶望的な痛苦だったことは察するに余りある。

 でも、だからといって、私たちにそれを聞かせて何になるのか――ある意味ではいちばん重要な点に、私はフォビアの言葉でやっと気付かされていた。


「うん。僕らが一国の王女を拉致しようという、とんでもない結論に至った理由は、ある『お願いしたいこと』があったからさ」

「元、よ。王女としての私はもう死んだ。今はなんの権力も持ってない、ただの『巡礼者イナ』だからね」


 フォビアのお陰で少しずつ戻ってきた平常心に感謝しつつ、アウスの目を見て釘を刺す。

 どのように言葉をろうそうとも、私が王家の血を持つことだけは事実で、それを誰かに利用されることだけはあってはならない。

 最悪の場合、自ら舌を噛み切ってでも……と、そんな警戒心をあっさりと見破ったのだろう、アウスはわざとらしくおどけた調子で肩をすくめて見せた。


「言い方が悪いのは承知だけど――僕らにしてみれば、お姫様がなってくれたことに感謝すらしているよ」

「おい」

「わかってる」


 一気に目をつり上げて殺気を放ったフォビアをやんわりと手で制した彼の目は、痛々しいほどに弱い光を湛えていて。


「でもね、それが正直な気持ちなんだよ。キミの主が『王女様』のままだったら、僕らの願いを伝える手立ても、その機会も無かったんだから」

「だから、結局お前らの願いってのはなんなんだよ!?」


 持って回った言い方ばかりされ、とうとう癇癪をおこしたフォビアが声を荒げると、キィルがとうとうビクッと体を震わせて目を覚ました。


「なに……? ケンカはダメだよー……?」

「う……」


 寝ぼけ眼、ぼんやりとした表情のまま、幼気な子供の理を諭すキィルの言葉に、フォビアが思わず怯む。


「外デ遊ボウ、きぃる」

「ふあ……うん」


 ローブの少女がそっと少年の手を取り、戸外へ連れ出すのを目で見送るアウスと、立ち上がりかけた姿勢のままで固まってしまったフォビア。

 私は、バツの悪そうな友人の裾を軽く引いて座らせると、居住まいを正してアウスと改めて正対した。


「私からも問いましょう。貴方の願いとはなんですか?」

「うん。お願いとは言ったけれど、実質的には取引きの提案だと思ってもらいたい」

「取引き……?」

「そうさ」


 怪訝な顔を見合わせた私たち二人に向けて、今度は至極真面目な態度のアウスはしっかりと頷き、そしてこう続けた。


「僕はこの身をもって、君たちの旅の補助をしたいと考えている」


 え?

 補助――ってつまり、アウスが一緒に来るってこと??


「却下だ」

「ちょっと、フォビア……」

「考えるまでもないだろう! コイツは誘拐犯、ましていい年のクソ野郎だぞ!」

「いや、ひどい言われっぷり――」

「事実だろ!」


 ……彼女フォビアの言うことが全面的に正しいのはわかっている。

 私たちも一応は女の二人連れなのだから、ほとんど見ず知らずの男性を連れて行くのは色々と、こう、危険デメリットが大き過ぎると思うし。

 しかし、それでも。

 私は、そんなことは百も承知であろうアウスが、あえてこの交渉カードを切ってきたことに妙な引っ掛かりを覚えていた。


「アウス、貴方を連れて行くことになんのメリットがあるというの?」

「うん。まず、僕は君たちの目的地について、豊富な知識がある。当然そこまでの道のりにも詳しいから、案内人の役ができる」


 胡座あぐらをかいていても姿勢の良いアウスは、手を挙げるなり一本の指を立ててそう言い、さらに続けてもう一本立ててみせた。


「それから、旅そのものへのアドバイスができる。飲める水の見分け方、その土地の食べ物、疲れずに歩く方法から荷物の持ち方まで……実際、旅慣れないお二人さんは、ここまで来るだけでも一苦労だっただろう?」


 実際、それは私たち二人に大きく欠けている部分だ。

 フィリアがいかに莫大な知識を持っていても、いざとなったらそれを適時に引き出せるわけじゃないのは、ここ数日だけでもかなり思い知っていた。

 フォビアが今、「ちッ」と舌打ちはしても「私たちだけで大丈夫だ」と言わなかったのがその証拠。


「最後に、これが一番大きい助力だと思うんだけど」


 私たちの反応を伺い、好感触なのを掴んだアウスは、ここぞとばかりに身を乗り出して言い募る。


「僕もまた、未来視さきみの力が使えるんだ。特に、差し迫る危険は無意識に視える――これが出来るのは、自慢じゃないけど僕だけだね」

「危険の予知? ……もしかして、あの牢で庇ってくれたのは」

「うん。石が落ちてくる未来が分かったから、キミを助けられたんだ」


 そういうことだったのね。

 あのとき覚えた疑問、どうして落石が起きる前に私を庇えたのか、に対する答えは、こうして聞かなければ一生わからなかったに違いない。

 未来を見られる人間なんて居るはずがないと思っていたし、今ですらまだ少しは疑っているぐらいなんだから。


「……とは言え、何でも分かるわけじゃない、ってことは先に自白しておくよ。実際、お嬢さんの襲撃は予知できなかったしねぇ」

「へっ、残念なこったな」


 ……アウスが正直に告白してるっていうのに、フォビアがここぞとばかりに意地悪を被せたのは、私とアウスだけの時間があったということへの嫉妬ね、多分。

 いずれにせよ、彼の提案は、デメリットを打ち消して余りあるだけのメリットをもたらしてくれそうではある。

 だけど、だからこそしっくりこないのよ。

 だって、あまりにも都合が良すぎるじゃない――私たちにとって。


「どうかな、僕を連れて行ってはくれないか?」

「待って」


 すっかり優位性を見出したのか、微笑むアウスが結論を促してきたけれど、私はハッキリと一度その誘導を打ち切った。


「貴方はさっき、「取引き」といったわ。さらにもともとは「お願い」だったはず。なら、私たちに対価として求めるものがあるはずよ」

「だな。それを伏せるのは交渉術か、それとも……」

「…………」


 二人分の視線を真っ向から受けて、アウスの表情と身体、緊張の糸が引き締まる。


「僕の……いや、僕らが君たちに求めることは、ただ一つ」


 そこから、数秒間。

 切れ長の目を閉じ、深呼吸を繰り返したあとに彼が発した一言は……


「無事、至誠の祠にたどり着いたなら――僕らの『神』を殺して欲しい」


 逆に、私達の身体を固くさせるのに充分なものだった。

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