10話:一難去って……お食事会?

 森の中にある隠れ家、という表現があまりにも似合う建屋――アウスとキィルの兄弟が住む小屋に通された私は、そこで彼らの一族を代表する三人と向かい合い、緻密な文様の編まれた敷物に腰を下ろした。


「………………」


 他人様ひとさまの物をじろじろ見るのはお行儀が悪いとわかってるんだけど、思わずそうしてしまうぐらい、綺麗に整えられた調度品の数々。

 それらからは、異国の蛮人などという表現は全くそぐわない……むしろ、この人たちの大切にしてきた文化の高尚さがにじみ出ている。

 本当に、アウスたちは何者なのか。

 ここにこんな集落があるなんて、いままで噂ですら聞いたことがない。

 全てが木造の家であっても、あれだけの人数で集落を作り上げるには、相当な年月が必要だったでしょうに。

 この会合が、正当な手続きを踏んだ異文化交流の場だったのなら、ぜひとも彼らの生活様式や文化について聞いてみたいぐらいだけど……。

 今の私には、そうしているだけの時間的な――あるいは精神的な余裕は、残念ながらなかった。


「――さあ、詳しい話を聞かせてちょうだい。貴方達も“呪われて”いるってどういうこと? どうして私の境遇を知っているの? そんな私をさらって牢に閉じ込めた理由は何?」

 

 聞きたいことは幾つでも、それこそ滝から落ちる水のような勢いで溢れ出ていく。

 けれど、さっき台所とおぼしき場所へ立ったアウスは、鼻歌を歌いながら食事の支度をしっぱなしだった。

 当然ながら、私がまだ王宮にいたときは誰かが料理をしている現場を見ることなんてなかったから、手鍋の中で何かが煮える音、油で炒められる刺激的な匂いには……まあ、正直、ちょっとそわそわしているのだけど。

 それにしたって、あまりに長閑のどか過ぎない?

 私としては、結構重たい話をしてる最中のつもりなんだけど……?


「話は食事をしながらにしようよ。キミは牢で食事をしてくれなかったし、ほら、そっちの恐ろしく強いお嬢さんだってお腹が減ってるでしょ?」

「お、毒入りか?」

「そんなことしないってば! まったく主従そろって手厳しいなぁ」

「ははっ、そりゃ仕方ねぇだろ。自業自得さ」

「…………ぬぐぐ」


 ……何よ、フォビアったら。

 馴れ馴れしいと言うか、馴染みすぎというか……まだギリギリ誘拐犯の判定をしておくべき相手なのに、妙に仲良くしすぎじゃない?

 まあ、こっちに背を向けたままのアウス、さっきから好き勝手に一人で遊んでるキィルの二人は害なしと言って良いかもしれないけど、残る一人……ローブのヤツ。

 この館に入ってからずっと、こっちをじっと見つめている目だけしか見えないから、いまだに年頃も性別も一切分からない怪人っぷりで、ちっとも油断がならないのよ。


「……それ、室内でも脱がないの? いくらなんでも暑いでしょ」

「………………」


 こちらから話しかけても、全く返答が返らない以上、敵味方で言ったら敵としておかざるを得なくて、変な疲れを覚える。

 もっとも、仮に話が通じたとしても……「かなり強度がある」と自負してた私の魔法耐性をあっさり突き破るレベルの魔法をかけてきた人なんて、絶対に信用してやらないけども!

 

「やだな、まーた僕らを睨んでるの? そろそろ眉間のシワがとれなくなるよ、可愛いのに勿体ない」

「余計なお世話です。お世辞も無用」

「別に僕、お世辞なんて言ってないけどねぇ。はい、おまたせ」


 両手と腕を使って、器用に四つの丸皿を運んできたアウスが、ひょいひょいと料理を配っていく。

 ローブの人の前には何も置かなかったけど……そこまで徹底して顔を見せない理由は何なのかしら。


「さ、どうぞ。高貴なお姫様の口に合うとは思ってないけどさ、僕らにはこれが精一杯なんだ」


 どうぞ、と言われても……ど、どうしたらいいの、これ?

 木を削って作られたお皿の上には、一回たりと見たことが無いもの――殻を剥いた麦のようなツブツブ――が、どっさりと盛りつけられている。

 その上に、鼻がチリチリする刺激的な匂いを放つ汁物がかかっていて、それで――それでおしまい。


「え……ええと……?」


 私だって、サラドやスープがついているコースを期待してなどいなかった。

 でも、およそこれまでしてきた「食事」と何もかもが違うこの料理は、一体どう食べていいものかが分からなくて、いやな汗が背中ににじむ。


(こうなると分かってたら、牢屋で出されたのも食べておいたのに……!) 


 王族にとっての食事、特に見知らぬ誰かと初めて席を同じくする会食は、一種の試練の場、戦いの舞台と言っても過言じゃない。

 おしとやかな妹たちと比べると礼儀作法の面でかなりガサツだった私は、教育係からイヤになるほど叱られた記憶ばかり。

 だからなのか、こんな境遇に陥った今でも、食事のマナーは気になって仕方ないのよね……。


 ――これは……汁と粒を混ぜるもの?

   それとも別々に頂くもの?

   添えられた赤いものはどうしたらいいの?

   お皿は持っても大丈夫?

   スプーンはこのままお皿の中に入れていていいの?


(ど、どうしよう……?)


 ……困った。

 フィリアなら、こういうときも豊富な智識でそつなく乗り切るし、私に対してもそっとフォローの手を入れてくれるんだけど、でも。

 横目でちらっと見てみると、フォビアは礼儀などには一切構わず――どころか、立膝をしたままこの奇妙な料理を掻き込むように食べている。

 あれは決して行儀が悪いわけじゃなくて、反射的に立ち上がれるように備えているんでしょう、多分……多分!


「……あのさ、ホントに毒なんて入ってないから。大丈夫だよ?」


 置かれたお皿をじっと見つめたまま、ピクリとも動けずに居る私に、アウスが気遣わしげな声をかけてくる。


「それでも気になるようなら、急いで木の実でも摘んでこようか。それなら……」

「……いえ、頂くわ」


 彼らの食べ方を見る限り、お皿を手に持っても不品行には当たらないらしいのは何となく分かった。

 王宮でそんなことをしたら即座に手を叩かれたでしょうけど、私はいま、全く違う世界にいる。

 この先、旅を続けるなら――その場所場所に馴染む努力が出来ないままじゃ、どんな不利益を被るかもわからない。

 大丈夫。誰も怒りはしないし、食べたって死にゃしないわよ!

 意を決して温かい料理の盛られた皿を手に取り、木匙で口に運ぶ。

 ……あ。

 これ、見た目はとにかく、結構――……


「!?」


 『美味しい』の感覚のすぐ後を追いかけて、舌から喉へ千本の針を立てるような刺激が走り抜ける。


「なっ、何こ、えっ?」

「ありゃ、ごめん。辛過ぎたかい?」

「か、辛い……?」


 私が知っている「辛い」料理というのは、もっとじわじわとお腹の中から温かくなるようなものであって、こんな風に口の中が燃え上がるようなものではないのだけど!?

 いえ、そもそもこんなに「熱い」食べ物なんて、出てきた試しがなかったのよ。

 これまで泊まった宿でだって、温かいものといえばスープだけが当たり前。

 料理は冷めているのが当然だった私にとって、この……なんとも表現しようがない食事は、旅に出てから第一発目のカルチャーショックだった。


「やっぱり何か果物でも……」

「だ、大丈夫よ! これぐらい私にだって食べられるわ!」


 食事を選り好みしていたら、旅をすることなんてできない。

 もう一度そう自分に言い聞かせて、二口、三口と食べ進めていく。

 二日ぶりの食事だからなのか、それともこの複雑な香りのおかげなのか、最初は痛いぐらいだった辛さが身体に染み渡り、どんどん活力が漲っていく。


「…………は、はあ、はあ」


 食べ終えたときにはもう、舌がビリビリして感覚がないぐらいだったけど、それまで頭の中にかかっていたモヤのような感覚――ついついネガティブな方へと傾いてしまう暗い気持ちなんか、どこかへ全部吹っ飛んでしまっていた。


「はいよ、水。毒見済み」

「あ、ありがと」


 フォビアが差し出した、これも木で出来たコップの水を飲み干すと、今度は一気に汗が吹き出す。

 ……ああ、なんか……もう。

 美味しかった、それは間違いない。

 でもこの刺激を知ってしまった今、二度とあの王宮の生活には戻れない気がするわ……私。

 ふう、と大きく息をついたところで、ニヤニヤ笑いのアウスと視線がかち合う。

 

「姫様におかれましては、たいそうお気に召されましたようで。光栄の至りで御座います」


 道化としてでもやっていけそうね、貴方って人は!

 明らかに誂われてるのは分かるけど、それはそれ、礼は礼。


「食事、ご馳走さま……でも、最初から辛いって言っといてよね」

「はいはい、次からはそうしよう」


 ……腹の立つことに、スマートに笑うとかなり良い男なのよね、コイツ。

 それがまたなんで、こんなところで潜伏生活をしてるんだか――……


「……あ」


 恥ずかしいことに、まだ少し足りていないお腹がかなりの音量で自己主張してしまって、慌てて鳩尾みぞおちを押さえる。

 そうしたところで出たものが引っ込められるわけもなく、それまで無心で自分の皿に顔を埋めていたキィルが跳ねるように立ち上がった。

 

「姉ちゃん、まだ残ってるよ! 食べない?」

「……そ、そう? じゃあ……」


 こ……これは活動のためのエネルギー補給よ!

 明らかに無理のある自己擁護を心中で独白しながら、鍋ごと持ってきたキィルにお皿を差し出す。


「……ん? ちょっと待て、キィル! そっちは――」

「え?」


 下膳のために立ち上がっていたアウスが、何かに気付いてこっちへ振り向いたのと、私が匙を口に入れたのは全くの同時。


「か……ッ!!??!?!」


 そして、頭のてっぺんまで髪の毛が逆立ちそうな辛さに飛び上がったのも、殆ど同時のことだった。


「キィル。そっちの鍋は、僕ら向けの味付けになってるんだよ……」


 なんで?という顔で首を傾げるキィルに向けて、諭すようにアウスが言う。

 分かっている。あの子に悪気はないのは重々分かってるから、決して責めはしないけれど。


「大丈夫かい、お姫サマ……ぷっ、くくくく……!」


 七転八倒する私を見ながら思いっきり噴き出したフォビアには、絶対あとでお説教すると決めたわ、今!

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