8話:気弱な侍女の大きな秘密

「……女の子が? 一人で? 襲ってきた……??」


 微振動と喧騒が伝わってくる牢屋の中、そんな報告を受けたアウスは、せっかく作った凛々しい表情を一瞬で崩されてしまっていた。

 配下の手前でカッコつけたんでしょうに、お気の毒なこと!

 私としてはこちらの方が馴染みがあるし、良い男っぽく振る舞われるのは妙に寒気がするから、重ねてありがたい話よね。


「どういうことか、もっと詳しく説明してみろ」

「は……い、いえ、その……」


 困惑しきったアウスにそう問われても、顔に深い皺を刻んだ男のほうもよく状況が把握出来ていないと見えて、その先の言葉が出てこない。

 ここから一歩も外に出ていない牢番には、余計状況が分かりっこない。

 だから、この中では私だけが――おそらくではあるけれど――何が起きてるのかを把握できている人間だということ。


「当ててみましょうか、その『女の子』の特徴」


 主導権を握るのに、絶好のタイミング。

 脚についた藁屑を手で払って立ち上がると、混乱しているならず者主従の会話に割り込み、ここぞとばかりに胸を張ってみせた。

 

「背は私より少し低い。焦げ茶の髪を左右違う形に結っていて、地味だけど動きやすい綿布の上下を着てる。それと、背負い鞄に臙脂の布を巻いているわね」

「……そ、それは……その通りだが……」

「それから、。違う??」

「な、何故そこまで……」


 この男からすればまさに、あに図らんや、というヤツだったでしょうね。

 ずっと牢屋に閉じ込められていたはずの私が、まるで見てきたようにすらすらと話すのだから、面食らっても無理はない。

 でも、アウスの方はその列挙を耳にして、全く別の感想を抱いたらしかった。


「いや、何故っていうか……その特徴って……!」

「そうよ、誘拐犯。貴方は確実に見たことがあるはずよ」


 これまでの意趣返しに、心の底からの王族スマイルを添えて。


「いま、外で大暴れしてるのは間違いなく、私を助けに来ただわ」


 そう言い放ってやると、アウスの目がティーソーサーぐらいまんまるになった。

 

「幼馴染……って、まさかあの……キミが逃した連れ添いの子!?」

「ええ。もう分かったと思うけど、そのせいで激怒してるわよ、彼女」


 この瞬間――勝ち誇ってた相手がうなだれる一瞬にちょっと快感を覚えてしまうクセ、改めた方がいいかも知れないけど。

 でも、今回だけは許されて然るべきでしょう、私は純然たる被害者なんだから!


「な、なんであの子がこの集落を見つけられたんだ!?」

「そのような容姿の女を探して捕縛してくるように、とのお言いつけでしたので、探して連れてきたのですが……村に入るなり、大暴れを始めまして」

「そんな命令を――いや、うん、したね……」


 なによ、私だけでは飽き足らず、フィリアまで捕まえるつもりでいたわけ?

 さっき救けてくれたこともあるし、ほんの少しだけ『許してもいいかな』とか思ってたけど、やっぱり外道は外道ってことか。

 アウスががっくりと肩を落としてるのも、いい気味よ――とか思っているうち、そとから響いてくる振動と悲鳴がだんだん近付いてくる。


「く……若、私は持ち場に戻ります! おい、お前もこい!」


 緊急事態がなお緊急になったことを察して、報告に来た男は牢番を引き連れて外に飛び出していく。

 牢の中には私とアウスで二人きり。

 とはいえもちろん、この男はそう望めばすぐ出られるのだから……押し通すなら今が絶好の機会だ。

 

「悪いことは言わない。私を今すぐ牢から出しなさい」

「……いや、それはちょっと……キミだけはどうしても解放出来ない事情が――」

「別に私は構わないわよ。でも、このまま彼女がここに到達したら、貴方は、絶対に、無事では、済まないでしょうね!」

「う、ううっ……!」


 わざとらしく一言一言を区切り、お腹の底からの圧を込めて言い募ると、どんどん色男の顔色が青ざめていく。

 覚悟なさい、容赦なく行くわよ!

 自慢じゃないけど、私はこの手の言い合いで負けたことがない。

 私に戦いの心構えを教えてくれた近衛兵長からも、『敵が完全に反抗の意志を失うまで手を緩めてはならない』と言われてるしね。

 段々大きくなる撃剣の音と怒号――そして、出ていった男たちが返ってこないという事実を重ね合わせてみれば、いかにへらへらしたアウスでも、すぐに余裕ではいられなくなる。

 私はただ、黙って腕組みをしていればいいだけ。

 そして案の定、彼が屈したのは、それからものの二分と経たないうちのことだった。


「わかった……キミに言う通りにしよう」

 

 心の底からの溜め息をついて、アウスが胸に下げた鍵で牢屋の錠を外す。

 扉を押し広げ、腰を屈めて私を送り出した彼は、ふと思い出したようにこう付け加えた。


「あのさ、虫の良い話だけど、命は助けてもらえると嬉しいな」

「ほんとにね、と言ってやりたいところよ。でも、さっき落石から庇ってくれたし――」


 多少の情状酌量ぐらいなら……と続けかけた言葉を遮って、さっき部下の男に見せたよりもずっと真面目な顔をしたアウスが、私の肩を掴んでまで眼を合わせてくる。


「僕のじゃなくて、他のみんなの命の話。全ての責任はこの僕にあるんだから、命で償えと言うのなら、僕のだけを持ってってくれ」

「…………考えとくわ」


 ――本当に、妙な男。

 城を落とされた高潔な領主が、自分の命をもって部下の助命を嘆願したというお話なら、美談として聞いたことがある。

 ……でも、たかが野盗の長がどうしてそんな誇りを?

 それに何故、そんなことを言うの?

 巡礼の娘がそんなことをするなんて、普通は考えないでしょうに。

 どうにもしっくり来ないことに首を傾げながら、座ってばかりいて軋む脚を引きずって、牢屋代わりの洞窟の細い道を抜けると、やがて明るいお日さまの下に――……


「「うっわ」」


 思わず知らず、王宮だったら即座に『はしたない!』と怒られてしまうような感想が、私とアウスの口から同時に漏れる。


「これはまた、派手にやったわね……」


 私は気絶したまま牢に放り込まれたから、この集落がもともとどんな様子だったかまるで知らない。

 ただ――少なくとも。

 これほど家や小屋がボロボロの穴だらけではなかったでしょうし、柱を折られてペチャンコに潰れたりはしてなかった、はず。

 その原因はいわずもがな、集落の真ん中で、おそらくは伐採用の大斧を振り回して暴れている女の子のせい。

 私からすれば、それはものすごく見覚えがある姿だ。

 でも、彼らからしたら、突然に災害が人の形をとって襲ってきたようなものだったしょうね……。


「さ、さあ、約束通り牢から出しただろ? あの子を止めてくれ!」

「……そうね、そうしましょ」


 『そんな義理は無い』と突っぱねても構わない申し出だけど、逃げ惑う人たちを見てたら、さすがにちょっと気の毒になってきた。

 正直、フィリアとはぐれた時点でこうなるだろうと予測はしてたのよ。

 でも、『あの子』がにしたって、ここまでの状況に陥るのは予想外過ぎる。

 私はもう王女でも、生者ですらないんだから、この人たちを裁く権利なんて無い――とにかく今は、すぐにこの場を収めないと!

 辺りの喧騒にかき消されないように思いっきり息を吸い込んで、私は声の限りに叫んだ。


「そこまでになさい、!!」

「――――あ?」


 私の呼びかけに反応してこっちを振り向いたのは、見た目だけはフィリアである存在。

 明らかに普段の彼女とは違う、剣呑な吊り上がり方をしている三白眼が、私の声に応じてこちらへ向く。

 瞬間、瞳がぎらりと光ったかと思うと、思い切り地面を蹴ってひとっ飛び。

 私のすぐ前まで瞬時に迫った彼女は、隣りにいるアウスには目もくれず、斧をその場に投げ棄てるなり、思い切り私を抱きしめた。


「無事だったか、お姫サマ! まさか、何かされちゃいねぇだろうな」

「大丈夫。髪の毛の一本まで全部無事よ」

「そうか……良かった……」


 鋭い双眸が僅かながら緩んだのはほんの一瞬。

 安堵で一息ついた彼女は、気付かれないようにそっと場を離れようとしていたアウスの襟首を鷲掴みにすると、軽々と私の前へと引きずり倒した。


「逃がすと思うか、クソ野郎!」

「は、はは……バレてた……?」

「覚悟は出来てんだろうな、ああ!? テメェ、よくもオレの女を横合いからかっ攫いやがって――」

「誰があなたの女よ、調子に乗らない」


 言いながら、拾った小さな枝で彼女の後頭部をはたく。

 普段の彼女――フィリア相手ならこんなこと絶対にしないけど、『フォビア』に対してはこのぐらいしないと、そもそも聞く耳を持たないから仕方ない。


「んだよ、せっかく救けに来たってのに……ご褒美にキスの一つぐらいはしてくれたって良いだろうよ?」

「はいはいはい、そういうのは後で! もう暴れなくて良いから、私の護衛に付いて頂戴」

「了解したぜ、お姫サマ」


 言うが早いか、捨てた斧を足先で跳ね上げて肩に担いだフォビアが、私たちを遠巻きにしている集落の人々を睥睨する。

 ま、荒事はあの子に任せておきましょ。


「……ず、ずいぶんと個性的なご友人をお持ちなんだね、キミ」

「まあね。お陰で小さい頃から騒動には事欠かなかったわ」


 石ころか何かみたいにポイと地面に放り出され、しこたま顔面を打っていたアウスはお気の毒だけど、もうハンカチは貸してあげない。


「キィルから、あの少女は『フィリア』という名だと聞いてたけど……?」

「いいえ、あの子は『フォビア』よ。私の――彼女が何者かは、とりあえず置いとくとして」


 それでもひきつり笑顔を浮かべるアウスへのお返しに、彼の前に屈み込んだ私は、滅多に見せないぐらいのいい笑顔で宣言した。


「――さ、まずはそっちの事情を一から十まで、きっちり話してもらうわよ?」

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